創業以来最大の危機を、「自立した社員」とともに乗り切る
財部:
たしかに何事も、綺麗事ではなく、腹にグッと落ちる瞬間がありますよね。佐藤さんの場合はそこから、ブックオフ社長就任という次のステップがあるわけですが、その話をぜひお聞かせ下さい。僕は2年ぐらい前にBSの番組で橋本さんにお目にかかり、非常に得心のいくインタビューをさせていただいたんですが、その後、売上の不正計上などの責任を取って創業者の坂本さんが退任されるという、ブックオフにとって最大の危機がありましたよね。
佐藤:
おっしゃる通りですね。
財部:
カリスマの創業経営者のもとで急激に業績を伸ばして東証一部上場を達成したあと、その創業経営者が突然退任。そこで急遽、佐藤さんに社長を、という話になりましたよね。なおかつ、坂本さんは経営トップを辞任後、ご自身が保有されていたブックオフ株の大半を売却されている。坂本さんが良いとか悪いとかいう話はする気はないんですが、ただ僕が客観的に佐藤さんの立場に立ってみれば、いろいろと苦しみながらやっと1つ抜け出して、TSUTAYA事業部でやっと確かなものをつかんだ。そこからいきなり、会社がゴロンと倒れそうになった時、「次は、お前がやってみろ」という感じですよね。
佐藤:
はい(笑)。
財部:
坂本さんが筆頭株主として控えてくれているならともかく、株を手放したということについては、佐藤さんにしてみれば、非常に複雑な思いがあったと思うんです。お世話にもなったし、助けてもらったし、認めてもらった。でも「これは一体何だろう」という――。
佐藤:
ええ、そうですね(笑)。
財部:
佐藤さんとしてはどういう感じだったんですか?
佐藤:
まあ、なかなか楽しかったですよね、1年間――。もちろん反対の意味で言ってますけれどね。(笑)当時は、会社が本当に潰れる可能性があると僕は思いましたし、少なくとも上場廃止はすぐそこまできていたと感じていました。本来、人の気持ちでもっているブックオフですから、みんなの気持ちがこの件で離れてしまうと、会社は本当に潰れてしまいます。その時、蜂の巣をつついたような状況の中、自分にはあまりにも考えることが多すぎたので、「会社を潰さない」、「成長を止めない」、「創業理念をぶらさない」という、この3つだけやろうと割り切りました。
財部:
なるほど。
佐藤:
坂本さんと話をした時に「俺もまだまだ新しいことをやりたいんだ」とエネルギッシュに言われましてね。当然、自分にそれを止める術はありませんでした。しかし、創業者であり、要は超ワンマン、超カリスマのオーナーが抜けたことで、うちの社員に「心の空洞」が生じたことは否めません。とはいえ、それを口にしても仕方がないので、誰も言い出さないで、みんながそれぞれ複雑な思いを抱いていました。でも、最終的には「いろいろあったけれど、坂本さん、新しいこと立ち上げて、やっぱりすごいぜって」ってことになったら、社内も盛り上がるなって。こんな風に自分は持って行きたいと思いましたね。
財部:
でも、おそらく佐藤さん個人としてのお気持ちとしては、複雑ですよね。社員の皆さんが取り残された気持ちになっている時に、自分が「カリスマ」になりかわろうとしても難しいでしょうから。
佐藤:
それは無理ですね、はい。
財部:
ですが、社員の皆さんの「心の空洞」を、何かの形で埋めてあげなければいけませんよね。その意味で、佐藤さんとしては、ご自身の存在をどんな形で社員の皆さんに受け止めてもらうことがいいと考えていたんですか?
佐藤:
まずは「会社が潰れそうだ」という感覚をみんなが持つことで、会社が1つになりますよね。「ブックオフが好きだし、このまま落ち目にするわけにはいかない」、という部分でみんなが動けますよね。その意味で、今振り返ると、みずから考え、正しい判断基準で仕事をしてくことができる「自立した社員」が、今社内に30人ぐらいいるんです。それはやはり凄いことで、5人もいたら「恩の字」だって思うじゃないですか。
財部:
それは凄いですね。
佐藤:
店長やって鍛えられた「自立した社員」がうちには30人いて、彼らと「会社はこれからこうなっていくんだ」、という部分が共有できれば、それで基本的な部分は回るんです。あとは、「変えるべきところ」と「変えてはいけないところ」をきちんと峻別し、大きなテーマとして「これとこれとこれはやろう」と、言うべきことをきちんと言えば、みんなが「自分の部署をなんとかしよう」という思いで一所懸命にやってくれる。要は、一足飛びに本当の組織経営になるんです。
財部:
佐藤さんは、どんな組織経営を目指しているんですか?
佐藤:
僕は「カリスマ創業者」というタイプでは全然ないので、「自立した社員」に自由を与えて「ガイド」をきちんと行い、彼らが動きやすい土壌をとにかく作っておこうと思うんです。ただ、経営者として責任は取らなければならないので、「そこははみ出すなよ」というような線引きはきちんとしますが、ある意味、意識してもの凄く引いています。実際、彼らはやってくれていますし、「自由にやらせてもらえて、凄く嬉しい」とも言ってくれています。そうすることで、成果がかなり出ていますよね、はい。
財部:
なるほどね。
佐藤:
この先、私がいなくてもいいような感じに早くなれたら、格好いいですよね(笑)。
財部:
それはかなり、具体的な感じになるんですか?
佐藤:
まあ、「社会への貢献」よりは具体的ですね。詳しく言いますと、われわれはリユース、要は中古をやっています。それで「環境に優しいですね」とよく言われるんですが、実際に自分たちが「エコ」と言い出した時に、社員たちの心が打ち震えるかというと、僕はちょっと疑問なんです。というのも、われわれはたしかに本のリユースをしています。でも新刊本の発行点数はうなぎ登りに増えていて、そのうち4割が返品されて裁断されている。結局、われわれがリユースを行うことで、その状況が変わったかといえば、ほとんど変わっていない。ということは「資源が節約された」というよりは、「本を読むことが身近になった」、あるいは「本を捨てたくないと思う人が捨てないで済むようになった」という方が正しい。そこで「捨てない人のブックオフ」というキャッチフレーズにしているんです。
財部:
なるほど。
佐藤:
その意味で、「今、世の中で、(本やCD、DVD、ゲームだけでなく、モノを)『捨てたくない』と思う人が増えている。そこで、ブックオフが作っている店舗網や買い取りシステムなどのインフラがあるからこそ、世の『捨てない人』や『捨てたくない人』が『助かった』と言ってくれる。そのために自分たちがあるんだ」、ということを社内で言っています。
財部:
いまや「環境」とか「エコ」は軽い言葉になってしまっていますよね。言ったとたんに引いてしまうぐらいに(笑)。
佐藤:
いや、もう本当にそうなんです。僕は照れ屋なんで、「環境に貢献しています」とはとても言えません。結局ブックオフという会社は、現場のパート・アルバイトさんたちが、業績から何からすべてを決めますので、その人たちの心が凄く震えて、「そうか、これはいいことなんだね。店長!」とか「良かったね、私たち!」と言ってくれるものを作りたいですね。
財部:
そういうお話を聞くと、マッキンゼー出身の佐藤さんがいろいろなポジションを1回りする中で、ご自身の持っていた良さや強さ、ポテンシャルなりが、見事に花開いてきているような感じがしますね。
佐藤:
これからですね(笑)。まあ、この3月までは「今年に限っては、春は来ないんじゃないか」と思っていましたから。実際、4月の予定を入れてはみても、それはもう「上の空」で何のリアリティもありませんでした。でも何とか3月末で、下方修正した計画を達成できたんですが、あれができなかったら大変でした。「成長が止まったブックオフは、不正をするような会社であり、一時期もてはやされた『ベンチャーの旗手』、『超成長企業』、『面白いビジネスモデル』という評価すべてがまやかしだった」、という言われ方を甘んじて受けなければならなかったでしょう。たしかにわれわれは間違いを犯しましたし、足りないこともたくさんあります。ただ、これまで坂本さんが築き上げてきたこと、橋本さんが作ってきたことがまやかしだったとか、「そういえば、あんな会社があったよね」と言われるようになるのは耐え難かったですね。
財部:
そうでしょうね。
佐藤:
でもあの時、25億円という経常利益目標を達成しようとする中で、最後は全社が「お祭り騒ぎ」のように盛り上がりました。たとえば「トイレットペーパーはシングルがいいのか、ダブルがいいのか」とか、「暖房は閉店の1時間前に消し、余熱の利用を徹底しましょう」とか、文字通り全社が一丸になりましたよね。
財部:
社員1人ひとりにとっては、もの凄く大きな経験になったでしょうね。
佐藤:
ええ、そうだと思います。当社は数年に一度、危機を経験していまして、その当時のことを社内でよく語るんですが、最近入った子たちはそれを羨ましそうに聞くんです。「第何期の闘い」、のような感じで。ところが、若手社員たちが、「自分たちにも本当にそういうことができたし、みんなで成果を出せたのが自信になりました」と言ってくれるようになりました。とはいえ、彼らには相当無理をさせたので、自分としては「みんな、ごめん!」という気持ちですが、これからです。
財部:
勝負というものは、やった以上、絶対に勝たなければいけませんからね。
佐藤:
おっしゃる通りです。いや、もう社員たちは勝ってくれました。自分が鬱っぽくしていると、周りが「佐藤さん、大丈夫。私たちやるから!」といってくれてね――。本当にありがたいですね。
財部:
今日は、いろいろと正直にお話していただいて、本当にありがとうございました。