「自由度」こそビジネスモデルであり、生き方
財部:
岡本さんの中で、一番の悩みの種は何ですか。あるいは最も強く思っていることは?
岡本:
大企業病になりたくない、ということですね。大企業の規模感の下で仕事をしていると、変化の激しさに取り残されてしまいます。図体が大きくなって動きが遅くなると、結局は消費者の「頭」の進化、加えて情報の進化に遅れを取ってしまうんです。企業活動は、常に競合の動きに先んじていなければなりませんから、組織が大きくなっても、スピード面でいかに遅れをとらないようにするかが大事。だとすれば、ある意味で、戦略的な動きがポイントになってくると思います。企業としてやらないことを決め、逆に、やることを一定期間にいくつこなすかという――。
財部:
たとえば、ある商業施設が競争力を失ってきた場合、そこに出店しているブランドそのものを入れ替えてしまおうとか、そういうことですよね。
岡本:
そうです。商業施設全体が痛んでいるという場合は、撤退します。一方、商業施設はそこそこの状態で、我々のブランドに問題があれば、ブランドを入れ替えます。外食産業は商況の変化が速いので、早期に回収を行い、いつでもリセットできるような状態に、経営の自由度を持っていかなければなりません。
財部:
ところで、岡本さんはもう三菱商事からは籍を外されているんですか?
岡本:
ええ。
財部:
そのような生き方は、新浪さんからの影響でしょうか?
岡本:
新浪さんは私に、「商社はトレ−ディングが本業で、外食産業は亜流」とよく話していました。僕は、もともと情報システム部門にいたんですが、商社の中ではお世辞にも「自由」とはいえない、営業のサポート役でした。そんな経歴を持つ私に、新浪さんは「俺もお前も偉くなれないのだから(笑)、何かやるしかない、我流こそがいいんだ」といいたかったのではないでしょうか。彼の生き方は、三菱商事の中では「超やんちゃ」で、何をするにも直接、小島社長のところに行って決めるんです。そういう私も、社内ベンチャーでクリエイト・レストランツを作る時、糧食部門の所長だった後藤常務に「やってみたら」といっていただいたんですが、新浪さんには、意思決定を行うキーパーソンに直接話して情熱を伝えるという、仕事のスタイルを教えてもらったと思っています。
財部:
それにしても、三菱商事を去り、世間の荒波にもまれようという決断には、とても大きなものがあったのではないですか?
岡本:
会社を辞める時、お世話になった先輩方にお礼をいったんですが、半数の人が私のことを心配していました。「何があったの?」とか「奥さんは反対しなかったの?」という感じです(笑)。その時に、私は「そういう見方もあるんだな」と思いました。世間的にみれば、私は三菱商事という看板の上にいた、ということですね。でも私自身は、自由に意思決定を行うこと、そして自分自身の感性や言動に関して自由度を持つことが大事であり、それを失うことこそがリスクだと思っていました。
財部:
常務さんのところに、起業したいと伝えに行った時、おいくつでしたか?
岡本:
35歳だったと思います。
財部:
いい年齢ですよね。客観的にみても、力はまだついてくるし、自ら判断してリスクを取るにもいい年齢だと思いますね。
岡本:
ちょうど、そういう時期に期が熟した、ということかもしれません。ちょっとした勇気が必要ではありましたが――。別に、そんなことをやらなくても、生活できるわけですからね。
財部:
ちょっとした勇気――。そうなんでしょうね。私は大学卒業後、野村證券に入社したんですが、3年弱で退社していますから、ほとんど何もわからないうちに会社を辞めてしまっているわけです。しかし30歳を過ぎて、世の中のことがわかってくれば、会社の中でどういう生き方をして、どういう思いを抱いていても、とりあえずサラリーマンとして無事人生を終えられますよね。それを蹴ってしまう、ということのリスクについては、どう考えていたのでしょうか?
岡本:
会社をスパッと辞めて、いきなりラーメン屋を始めた、というわけではありませんから、それこそ全財産を棒に振ってしまうのではないかという怖さは、それほどありませんでした。それは社内ベンチャー制度の良い点で、三菱商事が大株主になってくれていましたし、退社したのも、事業を始めてから2、3年後です。そこそこ世の中の感覚がわかったうえで独立できたので、そういう意味では、ありがたい制度でしたね。
財部:
なるほど。でも、そうはいっても、会社の寿命というのはそれほど長くはなくて、最初は良くても4、5年経つと状況が大きく変わることもありますよね。そういうことは、心配されていなかったのですか?
岡本:
いいえ。たとえ、そういうリスクを抱えていたとしても、生き方に自由度がある方が、ノーリスクで自由度がない状況より、自分の人生にとってプラスだったと思います。
財部:
まさに、クリエイト・レストランツそのものが、そういう思想によって成り立っている企業なんですね。お話を聞く限りでも、会社のビジネスモデルの中核は「自由度」であり、各ブランドもそれに沿って動いていますよね。合点がいった感じがします。
岡本:
ビジネスを構成する要素は「ヒト・モノ・カネ」と、一般にいわれます。でも我々の場合、「モノ」を、立地とブランドに分解し、「ヒト・立地・ブランド・カネ」だと考えています。お金の面では、三菱商事の関連会社であるということが、信用面で有利に働きました。立地についても、当社の「マルチブランド戦略」フォーメーションの下では、すべての立地が事業の候補地になるという利点があります。その中で、良い出会いがあった案件だけをチョイスすればいいのですから、経営資源を有効活用するチャンスを最大化しつつ、数ある候補地の中で一番有利な形式案だけを選択する、という展開が可能なわけです。それから、もう一つ重要なことですが、単一のブランドだけにこだわっていると、その分野に有力な先行者がいて、当社のポジショニングはまったく変わらない、ということが多々あります。ところが、様々なブランドを手がけていると、その先行者が大企業ではないというケースも数多くあるんですね。ひいては、当社の目の前には誰もそのブランドを手がけたことがないとか、先行者が100年前から続く死んだような会社、ということも少なくありません。そういうジャンルにクリエイティビティを注げば、勝てるチャンスがでてくるわけです。
財部:
昨年9月に、東証マザーズへの上場を果たしていらっしゃいますね。岡本さんの最終的な目標として、この会社をどんな姿にしていきたいというイメージを持っていますか?
岡本:
外食産業でクリエイティビティを中核に置いている会社は、当社のほかにはないと思います。これまで外食産業はクリエイティビティを排除し、マニュアル化を徹底して、ある意味で従業員に「考えるな」と教育していました。
しかし、我々はまったく逆の発想で、「ヒト」を中心にしたいのです。皆がクリエイティビティを発揮し、社内でのコミュニケーションも含めて有機的なシナジーが生まれ、どんな時代、どんな場所でも、世の中の半歩先を行く提案ができる企業にしたいと思います。会社は規模が大きければいいということではなく、お客様との感性のマッチングが最強であるということこそ、会社の強さだと思うんです。お客様はどんどん変化しますから、我々も常に変化しながら、本当に強い外食のプロになりたい。一つの業態だけをやるのではなく、新しいブランドが、いつの時代にでも生まれる会社にしたいですね。
財部:
それは国内だけではなくて、海外でもお考えですか。
岡本:
はい、それはあり得ると思います。海外ではまだ相当に、時代性のギャップがあるからです。そこをうまく捕らえられれば、世界規模でビジネスができるのではないでしょうか。
財部:
具体的なイメージはありますか?
岡本:
たとえば欧米の外食市場は、日本よりも進んでいます。一方、アジアは遅れていますから、そのギャップをどのようにビジネスにするかということが、まずありますね。いくつかのブランドのオペレーションを全世界で展開できるようになれば、それをいかに、地域ごとに有機的に配置していくかが大切になるでしょう。我々は直営店舗を展開していますから、もしある時点で、時代に取り残されるようなブランドがあれば、それをすぐ廃止することもできます。結局は、世の中の変化を敏感に捉えて作り上げたブランドを、最も有効なロケーションで展開することに尽きますね。それは、アジアである場合もあるでしょうし、逆に欧米、ということもあり得ます。
財部:
どうもありがとうございました。