「味」よりもロケーションにコミット
財部:
外食業界は、マネジメントに真剣に取り組んでこなかった――。
岡本:
1970年頃、つまり大阪万博が行われたあたりから、外食産業が本格的に成長し始めたといわれています。実際、『すかいらーく』や『マクドナルド』が開店したのも、ちょうどその頃。目下、高度成長期で、需要に対して均一のサービスを増やす必要があったので、オペレーショナルな部分でチェーン理論などはきっちりできていたわけです。ところが、どんなマーケットにどういう切り口で刺さっていくか、というマーケティング的な視点は、今に至るまで、あまり重視されていませんでした。
財部:
具体的に教えていただけますか?
岡本:
外食産業では、現場におけるオペレーションの比重が大きいので、現場に力があります。その現場が、これまでマニュアルに基づいて生産を行うばかりで、社会の動きに対してどう対応すべきか、ということはほとんど考えてこなかったわけです。しかし、本来外食産業は消費者ビジネスですから、絶えず進化し続ける消費者の「頭」、すなわち嗜好やニーズに敏感でなければなりません。その意味で、時代に合わせた戦略が採れる外食企業は、大企業にはないと思っています。そもそも、外食産業には大企業はないのかもしれませんが――。いずれにしろ、そういうわけで、ある程度先行している企業でさえ「牛丼屋は牛丼を一所懸命に作る」という事態になっています。ですから、我々は他社とは全く違うやり方で、始めは小さくても、いずれナンバー・ワンを取れる事業を広げていくことが可能だと思いました。
財部:
なるほど。最初の時点でマルチブランド、すなわち単一ブランド運営ではなく多業態運営で行くという考えはできあがっていたのですか?
岡本:
いいえ、それはなかったですね。所詮、立ち上がったばかりのベンチャー企業は最初は弱者ですから、デベロッパーに対し、いかに的確な提案ができるかということがまずありました。
財部:
そちらが先なのですね。
岡本:
ええ。でも、それは大事だと思います。自分たちにはやりたいことがあって、それが必ずどこでも流行る、というような自信もなかったですから。人が全然いない所で、素人が店を開けてもうまくはいかない。だから下手は下手なりに、怪我を少なくしてやっていきたかったわけです。そう考えると、外食産業は「胃袋の勝負」ですから、まずは人がたくさんいる場所がいいだろう、と思いました。その意味で、私は「『ディズニーランド』のレストランは素晴らしい」と常々話しているのです。『ディズニーランド』にはお客様が大勢いますが、食べ物が潤沢にはありませんから、ハンバーガーが飛ぶように、しかも高く売れています。つまり、食べ物の品質よりも、需給バランスがうまく取れたところに商売のうまみがあるんです。商売の本質とは、そういうことだと思います。
財部:
逆からいうと、そうした商業施設には「顧客を集めたい」というニーズが常にありますね。そこで「ブランド力のあるレストランに入ってきてほしい」、ということになるわけですが、そんな商業施設側のニーズを、岡本さんはどう埋めてきたのですか?
岡本:
当初は、何の経験もなかったので、紙の上で一所懸命にレストランを描き、饒舌をもって語る、ということしかできませんでした。ではありますが、商業施設のデベロッパー側も、本音の部分では、大規模なチェーン店には入ってきてほしくないのです。
財部:
それはなぜですか?
岡本:
要は、どこにでもあるような店舗は入れたくない、ということですね。「できれば日本初の店舗がいい」という思いも、彼らにはあるのです。相反するようですが、「まったく経験がないのは怖いけれども、ありきたりでは嫌だ」ということなんです。そこで、「何か新しい店舗を作ってくれるようなところはないものか」ということになるわけですね。
財部:
なるほど、デベロッパーにもそういうニーズがあるということですね。ちなみに、御社が最初に手がけた1号店はどこですか?
岡本:
東京・台場の『ヴィーナスフォート』で、『ポルトフィーノ』という地中海形式のビュッフェをやったんです。地中海・イタリアンの料理35種類以上を、時間無制限で食べ放題、というスタイルです。
財部:
最初から、思い通りに回りましたか?
岡本:
ええ。商業施設でバイキングがうまくいったのは、われわれにはとても大きかったですね。あとから考えれば「ブルーオーシャン戦略」、いわゆる「未開拓市場の創造」のようなものです。外食には、寿司や焼肉など様々な業態がありますが、お客様が来店したら席に案内し、注文を取り、しばらくしてから料理を出してお勘定、そして「またのご来店をお待ちしています」という、オペレーションの一連の流れがあります。バイキングというのは、そうしたサービスを省いてしまうので、コスト面で有利なわけです。
財部:
なるほど。
岡本:
その一方で、バイキングには「たくさんの料理が食べられる」というポジティブな入店動機があり、普通のレストランとはちょっと違う土俵でのビジネスが展開できます。加えて、商業施設で営業する普通のレストランでは、お客様が多数来店すると、料理を作るスピードが落ちる、接客サービスのスピードが落ちる、食事を終えたお客様の会計のスピードが落ちる、というように、どこかでオペレーションに遅れを取るわけです。ところが、バイキング形式の店舗では、お客様が入店されてから会計をされるまでの時間が、普通のレストランよりもずっと短いのです。
財部:
短いのですか? 長そうな感じがしますが。
岡本:
店内にご案内したら、すぐに食べ始めますからね。それに、商業施設の中では、食事のほかにショッピングもしたいでしょうから、お客様が入店されてから帰るまでのスパンが短いわけです。それから、普通のレストランの店舗面積は3、40坪というケースが多いのですが、このぐらいの坪数では、一度に100人が来店でもしたら、いくら一所懸命にサービスを行っても100番目に入ったお客様は待たされてしまいます。そういうことを考慮して、各店舗の商業規模が決まってくるのですが、普通のレストランでは、お客様の人数がマックスになったとたん、店舗の収益構造に限界をきたしてしまうんです。
財部:
その点、バイキングの方に分がある、ということですね。
岡本:
ええ。バイキングの場合、店舗面積あたりで捌ける人数が、大きくなるんです。もちろん、フードカウンターの料理がなくなったら問題がありますが、それを切らさないようにさえしておけば、普通のレストランのように、お客様から「料理が出てこない」という不満をいただくこともないわけです。ですから、バイキング形式のレストランでは、普通のレストランの倍の座席数が取れます。しかも先にお話したように、店舗の回転が速いですから、獲得客数において圧倒的に有利になるわけです。『ポルトフィーノ』では、店舗オペレーションにおける、そうしたフォーマット上の有利さを検証することができました。
財部:
あとから検証できたのですか、それとも最初から狙っていたのですか?
岡本:
じつは、始めから狙っていました。でも、あとで「そういうことだったのか」、とわかったこともあります。
財部:
そこから、御社の一番の特徴であるマルチブランド戦略を明確に打ち出していくまでには、何があったのですか。
岡本:
もともと、新しいレストランをクリエイトして提案し、実際に出店をする、というのが当社のビジネスの基本。しかし、その形態としては、何をやってもよかったし、立地する場所に応じて、毎回デベロッパーさんと議論をしていたわけです。「今回は蕎麦屋を入れてほしい」といわれれば、「世の中にある蕎麦はこんなイメージだから、何か違うものを入れるとすれば、どんなものがあるだろうか」、と考えるわけですね。ですから、毎回デベロッパーさんと会話のキャッチボールを進めていくうちに、結果としてマルチブランドになっていったわけです。
財部:
そうなんですか。
岡本:
その一方で、「どんなブランドでもやる覚悟があります」、というメッセージを市場に対して発信すれば、ビジネスチャンスは大きく広がります。「われわれは何屋でもやります。客単価が高いものから安いものまで、全ジャンルに対してクリエイティビティを発揮し、新しいブランドを創出します」、というメッセージを明確に伝えるためにも、「マルチブランド戦略」という言葉を世に広めた方がいいと思ったのです。
財部:
逆の立場からいうと、「何でもやります」というのは、クリエイティビティに欠けるというか、「何でもできるということは、結局、何にもできないのではないか」というネガティブな見方もあると思うのです。そのギャップを、どのように埋めてきたのですか?
岡本:
それは「経験値」です。デベロッパーさんが、実際に何を信じるかというと、経験なんですね。出店した店舗をきちんとオペレーションしているか、というような実績です。そうした実績面で全く駄目だったら、たしかに当社の評価もマイナスだったでしょう。とはいえ、われわれはベンチャーですから、チャンスをいかに最大化するかということが、事業拡大のうえで最も重要です。「どんなブランドでもやる」ことで信頼を失うのではないかという心配は、あとで解消すればいい話、と考えています。
財部:
『TSUKIJI』や『CAFE SARAI』然り、現時点でマルチブランド展開を拝見すると、凄いと思えますが、ここまでくる過程が大変だったんでしょうね。
岡本:
一つひとつのロケーションに対して、コミットしてきた、ということですね。ブランドの層の厚さで魅力を感じさせるよりも、「目の前にある新たな商業施設にはどんなブランドがふさわしいのか」をデベロッパーさんとともに突き詰める、そういうコミュニケーションの「熱さ」が大事だと思います。その「熱さ」を保証するのは、実績もそうですが、自らリスクマネーを張って商売をする覚悟と行動にほかなりません。われわれは、常にそんな思いに基づいて発言をしますし、自社が担当する区画以外でも「経験値」に基づき、「商圏規模に対してオーバーストア気味だ」とか、「このカテゴリーは揃っているから他のブランドを入れた方がいいのではないか」というような総合的な提案もしています。こうした日々のコミュニケーションに、何か響くものがあるのではないでしょうか。
財部:
一度作り上げたブランドの中身を変えていく、ということもあるわけですか?
岡本:
あります。商業施設自体もそうですが、商況は常に変化しています。その変化をにらみ、われわれにとって報酬面でも魅力的な業態にチャンスがあれば、変えるということですね。
財部:
その判断は?
岡本:
現場でやります。全店舗が自身のオペレーションに関して、課題を発見して変化を起こし、その結果を検証・発表するというレビュー会議を、毎月開いています。その繰り返しですね。また個々の店舗の商況はどう変化しているか。商業施設全体の売上に対し、店舗の売上高がどう推移しているのかについても、すべてみています。そうすると、我々の商売は相対的に強くなっているのか、弱くなっているのかが判断できます。さらに、我々が手がけていない他店のブランドのシェアに変化が生じたとき、「当社としてはどんな工夫の余地があるのか」を現場にフィードバックさせ、それをエリアマネージャーが報告書にまとめ、発表もしています。こうした繰り返しの中で、皆が成長するということですね。
財部:
味や料理人の集約については、どう考えていらっしゃいますか?
岡本:
「食べ物屋だから、もう少し味のことを伝えるべきだ」といわれたりもするのですが(笑)。そればかりは、お客様の視点で見るしかないですね。自分たちが、そこに行った気分になって「この店で食事をしたい」と本当に思えるかどうか。そして、食事をした後に、「よかったなあ」と思えるかどうかですね。
財部:
味に対するこだわりはどうなっているのですか?
岡本:
当社の場合、「いい味を目指そう」ということを全社的な最優先課題にすると、ビジネスのフォーマットがどんどん崩れていくのです。われわれが行うのはマニュアル商売ではなく、すべての店がまったく違う業態ですから。もちろん各店舗で良い食材を使い、良い料理を安く提供すればお客様は多数いらっしゃるでしょうが、商売としては駄目です。どこまで原価をかけてよいか、というのは、個々の店舗の競争状態によってすべて違うのです。有力な競合店がある店舗では、もう少し原価をかけなければなりません。マーケットが寡占状態であれば、もっとよいプライスで商売できるのですが――。
財部:
なるほど。ある意味で、味そのものがマーケティング戦略の一つだというわけですね
岡本:
そうです。たとえばある業態で、あっさりした味を出す店舗が少ない時には、そちらに振ります。ということは、味そのものをマーケティングする上で、何をもって良しとするのかという決め方も変化させなければならない、のです。長期的に考えれば、そうした味のマーケティングの精度を高める仕組み作りは非常に大事で、やはり人によるところが大きいと思います。我々は、セントラルキッチンで規格の味を届けているわけではありません。すべての店舗にシェフがいて、そこで一から料理を作りますから。