公開を目指して集まった社員はいない。皆が企業理念に共感している
株式会社スマイルズ代表取締役会長 遠山 正道 氏
財部:
遠山さんとローソンの新浪社長とは、同時期に三菱商事にいらしたことはあるんですか?
遠山:
2000年の4月1日に新浪さんがローソンに出られて、私がちょうどその前後に、三菱商事の外食事業ユニットに入ったんです。ですから直属の上司・部下という関係にはありませんが、もちろんよく存じ上げていました。その頃、ケンタッキーフライドチキン(KFC)の社長だった大河原毅さんに、スープストックトーキョーの最初の企画を見ていただいたんですが、当時外食事業ユニットマネージャーを務めていた新浪さんにも企画書を見てもらい、承認していただいているんです。
財部:
クリエイトレストランツの岡本社長とは、外食事業ユニットではご一緒になられなかったんですか?
遠山:
私が岡本君を知ったのは、私がケンタッキーに出向してからです。彼は、私より年次が下で、商事から来ていることは知っていましたが、そこで初めて会いました。
財部:
岡本さんのほうが先に行かれていたんですか?
遠山:
先に行っていたんです。私は当時、情報産業のソリューションビジネスをやっていて、たまたまKFCと何かをやろうということになったとき、「担当をやりたい」といって手を挙げたんです。まあ要するに、リテールをやりたい気分になっていたんですね。実際、それ以前から、ケンタッキーと仕事がしたいなあ、何かお互いにできないかな、と思っていましたから。
財部:
そうなんですか。
遠山:
当時、ケンタッキーやピザハットの1000店の店舗網に対して、たとえば通信衛星の『スーパーバード』を使って衛星配信などを行い、何かできないか、というトップ同士の話が下りてきたんですね。それで担当者レベルの検討会をやろうということになり、そこで初めて、ケンタッキーの赤いジャンバーを着た「KFCの岡本さん」に会ったんです。きっかけはそんなことだったんですが、じつは2人ともITにはあまり興味がなくて、「有機野菜のレストランをやらないか」とか、「チキンだけじゃなく、もっとこんなことをやりましょう」という提案をしていたんですね。
財部:
じつは、僕は凄く興味があったんですが、以前お会いした新浪さんも岡本さんも、いい意味での上昇志向というか、「自分のやりたいことを切り開いていこう」という意識が強い方だと思うんです。でもお2人に対して、遠山さんはたぶん「アーティスト」という側面が強いのではないかと――。三菱商事のご出身で、同じように起業して、という流れではありますが、じつは全然中身が違うのではないかという感じを、僕は持っていたんです。
遠山:
まあ、絵を描いていますし――。はい。
財部:
それで1つ伺いたいのは、遠山さんはサラリーマンを続けながら、絵を描き、個展を開かれました。そこで70点ある絵は全部売れ、会社や肩書、職業など一切に関わりなく、ご自身の人間そのものが評価されたということを非常に感じた、というお話がありますよね。ところが、ここから遠山さんがなぜ起業へと向かわれたのか、しかもそれが、なぜ食のリテール分野だったのかということが、わかるようで全然わからないんですよね。
遠山:
あはは、はい。じゃあその辺に(笑)。
財部:
そもそも個展を開くというのは、まず何から始まったんですか?
遠山:
絵が好きで、学生時代からイラストを描いたりしていたんです。でも、とても絵で飯を食える状況ではなかったですし、85年入社ですから、当時はバブル崩壊の少し前で、三菱商事は、そりゃあ「入れたらもちろんカッコいいし」みたいな感じでね(笑)。それで商事に入ったんですが、やはり基本的にサラリーマンに対してですね、何かあまり憧れられない要素が多かったんですね。
財部:
それはなぜですか?
遠山:
私は当時、家で毎年クリスマスパーティーをやっていたんですが、40人ぐらい仲間を呼ぶと、気がつけばそのほとんどがクリエイターやカメラマン、スタイリストになっちゃうんです。何かを個人でやるとか、個人の魅力がきらめくことへの、まあ、ないものねだりの憧れのようなものがあったんだと思いますね。だから、絵で食えるほど実力も何もないんですが、おそらく、そちらの世界を見てみたいという気持ちがあったんでしょう。それで33歳の時にですね、「年齢は四捨五入ではなくて、三捨四入だ」というプロデューサーの秋山道夫さんの言葉もあってですね、個展をやることを先に決め、一年かかって70点の作品を作ったんです。
財部:
それは相当大変なことであったわけですよね。
遠山:
大変ですね。1年52週ですから、70点というと1週間に1個以上を作らなければなりません。当時サラリーマンをやっていましたから、金曜日の夜とか、誰もが一番楽しく遊んでいるときこそ早く家に帰り、土日も絵を描いていました。
財部:
ちなみに、どんな絵を描かれるんですか?
遠山:
タイルに絵を描いて焼き付けるんです。ちなみに、それはキャベツの芯で引っかいたんですが、タイルは土でできているじゃないですか。だから野菜とは相性がいいかな、と思いましてね。
財部:
なるほど。
遠山:
要は、芋版画のように、キュウリの輪切りをペタペタ判子のように押したりするような、単純な手法なんです。それで顔だとか、モノを描こうとすると、何か「下手ウマ」とか、そういうゾーンに行ってですね。また当時は、赤いチェックのような模様を指でよく描いていたんですが、自分なりにいいものができると嬉しくて、小躍りしちゃうんです。148ミリ角の小さなタイルにそんな絵を描き、さらに、それを並べていくと、自分でも想定していなかった組み合わせを発見ができる喜びもあって――。
財部:
すごく面白いですよね。個展はどこでやられたんですか?
遠山:
一番最初は、代官山ヒルサイドテラスの大きな会場をいきなり借りたんです。本にも書いてありますが、一流のスタイリストでもある私の友人に「これで夢が実現する」と話したら、「そんなチンケな夢には付き合っていられない。夢の実現ではなく、ここからがスタートだろう」といわれて、非常にビビっときたわけです。何か、「自分で扉を開いちゃったんだなあ」と思いましたね。もう自分でステージに出たわけだから、「ここから自分はどうやって、それをみんなに示していくのか」と感じました。でも、よもや三菱商事を辞めて絵で食っていこうとはとても思えなかったですね。
財部:
それは、そこまでの実力はないっていうことですか?
遠山:
まあ、もともとアート業界の中では、自分が絵を描いたその日から、誰もが「自称アーティスト」になれるわけですからね。まあ、そういうものですから、それで食っていけるとは思いませんでした。
財部:
そうなんですか。