いすゞ自動車株式会社 井田 義則 氏

急がば現場をまわれ

財部:
でもタイも大変でしたよね。新型のピックアップを発売してみたら、じつはものすごいコスト高で、利益がでないという大問題が発生しました。

井田:
あの時はさすがに頭が真っ白になりました。大変な設備投資して、実際に生産を始めてみたら、利益がでない。そんなばかなことがあるかと、現地に飛んでいって、叱咤激励しながら部品ひとつをみて、コストリダクションしましたよ。

財部:
誰かを派遣するのではなく、社長みずから飛んでいったのには、現地もびっくりしたでしょうね。

井田:
やはり自分の目で確かめて納得しないとね。人から「できない」と言われて、簡単に承諾できるわけがない。自分の目で見てやるべきことをやって、それでダメだったら仕方がないですが。

財部:
問題意識を持って「自分の目で確かめる」という姿勢はすごいですね。それにしても、クルマを解体して、部品をひとつずつチェックできるほどの専門知識を社長がもっているというのは社員にしてみると脅威ですね。

井田:
みんながそう思ってくれている間はごまかしが通用しますが、本当は部品の一つひとつの値段なんて私だってわかりませんよ(笑)。

財部:
でも現地工場の方に聞くと「いや、社長は結構わかっているんだ」と言っていましたよ(笑)。

井田:
何万種類もあるのでわかるわけがない(笑)。でも「変だな」と思うところはあります。タイで最初に見たのが、ピックアップのインタークーラー。妙なところに取り付けられていたわけですよ。しかもラジエータよりも数段小さいサイズにもかかわらず値段は倍です。それを無理して付けるために、さらに特殊工具や特殊金属を使うものだから、値段が高くなって当たり前なわけですよ。そういうムダが出てくるんです。

財部:
ムダがわかるのも現場を常にまわっているからなのでしょうね。

井田:
何度か経験はしていますからね。アメリカや中国でもコストダウンをしてきました。自分が裸になって必死でやるわけですから、現場にだってその熱意は伝わります。

財部:
それは私も井田社長の姿を通じてわかります。官僚機構に乗っかっただけの社長では会社経営はできないと思うんですね。現場を絶えずまわって適切な指示のできる経営者でないと現場が時流の変化についていけないというのはさまざまな企業を取材して感じますが、井田社長はどんな意識をお持ちですか。

井田:
おっしゃる通りだと思います。常に現場をまわらないと過去の経験や知識はいずれ陳腐化しますし、机で指示するだけではとてもやっていけません。グローバルオペレーションなら、なおさらすべての現場をまわる必要があります。現場でないとわからないことはたくさんありますし、現場に行ったら悩みを聞いてその場で答え、向上した業績についてきちんと褒めることは大切です。それは現場にいなくてはできないこと。

財部:
年に何回、海外の現場をまわるのですか。

井田:
05年は18回行きました。

財部:
18回は大変ですねえ。

井田:
疲れますね。1カ月に1.5回海外へ行っている計算です。東南アジアも中国含めて世界の拠点全部まわりました。やはり信頼関係を世界中のお客さまに持ってもらうためには直接現地に行って私の素顔を見せて、私の考え方を説明して理解していただくのが一番早いのですよ。

財部:
そういうことは社長就任時にはすでに明確な方針や生き方として持っていたのでしょうか。

井田:
いや、そんなことはないですよ。そんなことを考えている余裕もなかったですから(笑)。ただ、「現場・現物・現実(現説)」とはよくいったもので、技術というのはそこの現場にしかない。私自身は技術者ではないですが、トヨタ式生産方式の講習を受けにいった時に「現場・現物」というのは絶対にその通りだと思ったものです。 社長になってからずっと継続してやってきていることは、会社の実態をすべての人間に、自分の声で伝えるということなのです。決算が出るたびに会社の内容を現場に行って伝えています。

財部:
すべての従業員に?

井田:
ええ。今ではだんだん社員からの質問が出るようになったし、現場も力をつけてきて、より現場に近い資料を出すようになってきました。自分たちの仕事と会社の決算をリンクづけてわかるようになってきた。

だれもが自分の持分で世界に貢献できる

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財部:
普通の会社の現場は、自分の会社の決算のことなんてよくわからないですよねえ。社長が次の課題として今一番強く持っておられる問題意識というのは何でしょう。

井田:
いすゞ自動車は「信頼されるパートナーとして豊かな暮らしづくりに貢献する」ことを胸に、グローバルにトラックやディーゼルエンジンを展開していますが、「グローバルな貢献の仕方」とは何かということを考えています。世界中をまわって感じるのは、貢献の仕方というのは山ほどあるし、国によってもみんな違うということです。

財部:
たとえばどのように違うと。

井田:
発展途上国では私たちのトラックやディーゼルエンジンをお使いいただいていますが、そこで「貢献できることが山ほどある」─―私はそう思っているわけです。ところが営業社員は「いすゞのトラックは値段が高い。100万円のトラックを必要としているお客さんがほとんどなのに、いすゞのトラックは1000万円もする。これでは売れない」と言うのですね。 私は彼らに「『貢献』についてずいぶんと小さく考えているね」と答えています。たとえばインドのトラックは日本の八分の一の値段ですが、インドのトラックはいすゞのトラックには太刀打ちできない。500キロの道を2日(48時間)で届けられればいい、つまり時速10キロでいいというのです。(笑)

財部:
いすゞのトラックだったらもっと早く届けられると。

井田:
そうです。いすゞのトラックだったら7、8時間で届けられる。往復16時間のところをインドのトラックは96時間。6分の1の時間で済みます。それならたくさん積めて早く往復できる、クリーンな排ガスを出しているという私たちのトラックを使ってくれれば、それが本当に貢献しているということになりますよ。残った時間を他の仕事に充てたらもっと収入が増えるし、今の5〜6倍働けるんだから、決して高くはない。 いすゞは安かろう悪かろうという造り方はしていません。うちのトラックだったら100万キロ走ったって壊れないし整備費も全然かからない。10年、15年走ったトータルコストならうちのトラックのほうが絶対に安い。クリーンな排ガスで、「豊かな暮らしづくり」に本当に貢献できるんですよ。 そう考えていけば、グローバルな企業としてどこの国でも貢献できる可能性がたくさんあるんです。問題は「どうしてそういうふうに考えないのか」ということです。「いいクルマは値段が高すぎて売れない」と片づけるのではなく、「どうやって世界に貢献するか」を一人ひとりがその場で考えることが大切なのです。

財部:
その国ごとに貢献の形は違うのでしょうね。

井田:
海外では、日本のようにゴールデンロードばかりではなく、山の中のガタガタ道や高い所や砂ぼこりの中も走ります。そんな環境でもより良いトラックを供給するという思いがあれば、ただ早く10万キロを走ろうと思っていた時には発見できなかったことが見えてくるものです。「砂漠の砂塵の中を走るんだったらこれじゃダメだ」とか、「高い山の中を走っていくのにはこんなノズルじゃダメだ」と思い当たる点がいくらでもでてくるでしょう。それがわれわれの世界に対する貢献なのです。だから社員によく言うのです。北海道の試験場にいたって世界のお客さまに貢献できるとね。

財部:
それを会社全体の共有意識として浸透させるのは大変でしょうね。

井田:
今、そういう会社の使命や信念などを浸透させるためにも、若手の30代から40代の社員を5、6人集めて食事がてら2時間ほど話をするという試みを行っています。次の3年間で私がやり切らなくてはいけないことを説明し、それを受けた若手が自分の立場で何をしなければならないかを議論する場になっているのです。

財部:
使命や理念などが一番重要なものになってくるのでしょうか。

井田:
それが一番のベースです。私どもは単にたくさんモノを売って利益をだせばそれでよいというものではない。生産財ですから、その国のお客さまに受け入れてもらい、喜んでもらえなければ意味がないのです。

財部:
ただ運ぶものをつくればいいというわけではないと。

井田:
トラックはただモノを運んだって仕方がない。運搬物の温度管理もせずに、煙を撒き散らしながらただ運ぶだけのものが、本当に生活を豊かにするのでしょうか。たとえばベトナムではエンジンむき出しのトラックが走っていますが、本当にベトナムの人たちが豊かな生活を築いていくためにはどんなトラックが必要なのか。それを考えていけば、うちのトラックがベトナムのお客さまに受け入れられる土壌はたくさんありますよ。

財部:
その国の人たちの生活を豊かにするトラックのあり方を、深く考えていくということですね。

井田:
クルマづくりにおいてそれをきっちり押さえていけば、まだまだいすゞのトラックは世界で受け入れられると私は思っています。それをこの2年間くらい世界中をまわって本当に実感しています。 「まだまだ売れる」というよりも「まだまだ貢献できる」という思いでやっています。日本ではGPSを搭載したトラックが目的地に到着するまでの時間を表示しながら効率的な輸送をしているというのに、開発途上国ではA地点からB地点までただモノを運ぶ「箱モノ」としてのトラックを提供すればいいということはないんです。いすゞ自動車のトラックによって、世界中、どこでも同じような恩恵を享受できるようにしなければ意味がない。そのためにも、社員ひとりひとりが、どのような部署にいても世界に貢献できると、強く意識することが大事だと思います。

財部:
強く思うところからすべて始まりますからね。 ありがとうございました。

(2005年8月2日 品川区南大井 いすゞ自動車株式会社本社にて/撮影 内田裕子)