辻:
楽天の三木谷さんとは親しくさせて頂いてますが、あの会社も社内公用語を英語にしましたが、それに対して「お前たちは日本語を忘れている」という批判もかなりあるようです。しかし社内公用語が英語であっても、日本人は日本人であり、三木谷さん自身も、彼以上の日本人はいないと思えるぐらい日本人なのです。結局、社内公用語が英語であろうが何であろうが、関係ないのですよ。
財部:
グローバル化の本質をはき違えているという。
辻:
ある意味、グローバリズムのデフィニション(定義)自体が間違っています。「日本人らしさ」や日本人の根幹というものは、もっと奥深い所にあるのではないでしょうか。何でもかんでも日本語にしなければならないとか、日本の歴史を知らなければ日本人ではないというのは少し間違っていると思います。もちろん私も、教育の根幹はその部分にあるとは思いますが、その人その人にとって、国民性を学び、感じる教育のタイミングというべきものがあるのです。これは私がいつも話していることですが、何でもかんでも「日本人」とひとくくりにすればするほど、島国気質になってしまう風潮があると思いますね。
財部:
はっきり言って、日本企業は海外でも失敗を繰り返しています。先進国では成功しましたが、先進国ではコンプライアンスが機能していたこともあり、きちんとしたものを作れば商品が売れて代金もきちんと回収できたのです。ところが新興国に進出した日本企業は、商品を売っても代金が回収できないとか、社員に商品を持ち逃げされる、二重帳簿を作られて不正経理の被害に遭うなど、やりたい放題にやられてしまいました。それに対して、日本社会ではたとえば「中国市場にはルールがない」などの悪口を言っています。しかし、国のあり方というものは、経済発展のプロセスのどのステージにいるのかによって、それぞれ違うのです。
辻:
そうですね。
財部:
特に途上国では、人々の行動原理が「合理性」に基づいていると思うのです。たとえば彼らも、素晴らしい日本人上司についていくなら、自分の人生が豊かになると考えるでしょう。ところが言葉もろくに喋れず、2年も経てば帰ってしまうような日本人についていくより、二重帳簿でも作って利益を皆で上手に分け合うほうが得だと彼らが考えても仕方がありません。これはモラルの問題というよりも、合理性だと私は思います。グローバル市場では最終的に、合理的に物事が判断されていくということを、日本人はまったく理解していません。何かうまくいかないことがあると「相手が悪い」と言いますが、それは結局、自分自身が悪いのではないかということです。
辻:
はい。
財部:
国が違えば、歴史も、言葉も考え方も違います。もちろん人間としての共通のベースはありますが、「違う」という前提を持てないから同じような失敗を繰り返してしまうのです。このグローバル・センスの欠如という問題が、この7、8年間、私がビジネス分野で最も関心を抱いているテーマです。日本の自動車メーカーもエレクトロニクスメーカーも、その意味では、グローバル・センスがないと言っても過言ではありません。
マニュアル化されたサービスを「もてなし」と勘違いするな
財部:
事前にお願いしたアンケートについてもお聞きしたいのですが、辻さんはトライアスロンとマラソンが趣味とお答えです。私も最近、経営者の方が、トライアスロンのように過酷なスポーツに熱中しているという話をよく聞きます。辻さんは、どんな理由でトライアスロンを始めたのですか?
辻:
義理の弟が始めたのがきっかけです。あまりにもカッコよくて。私はウェイトトレーニングを20年以上やっていたのですが、首と腰が悪く、仕事にも大きな影響が出ていました。この痛みは同じ状況に陥った人にしかわからないと思いますが、ゴルフもできない、走ることもできない、無理をして立てばその翌日は立てないという、最悪の状態になっていた。ずっとやっていた登山もやめて、私が体を鍛えることを根本的に考え直すきっかけになったのが、ジョギングとトライアスロンです。セイノーホールディングスの田口義隆社長、青山フラワーマーケットを運営しているパーク・コーポレーションの井上英明社長ともこれをきっかけに親しくさせていただいております。
財部:
それから、辻さんは好きな映画に『ゴッドファーザー』を挙げ、「男ならこの映画について語る必要なしです」と答えています。過去に『ゴッドファーザー』とアンケートに書いた人は過去にも何人かいますが、こういう説明をした方は1人もいらっしゃいませんでした。
辻:
そうですか。好きな映画は何百本もありますが、『ゴッドファーザー』は群を抜いています。
財部:
「男ならこの映画について語る必要なし」、とはどういう意味でしょうか。
辻:
私は男性優位論者(male chauvinist)ではありませんが、家業を継ぐことから歴史、親族の問題、騙しや信用信頼、男女の愛情まですべてが映画に描かれています。それでいて、経営者にとって各場面にカタルシスがある。それを見ていて気持ち良いと思う自分が恐いぐらいです。すべてが詰まっている。
財部:
なるほど。すべてが詰まっているだけではなく、辻さんご自身の人生にかぶさってくるわけですね。
辻:
この映画には、すべてをかぶせてしまうのです。男なら誰しも、自分の人生をかぶせて見るはずです。ほかにも数多くの映画がありますが、20代の時もこの映画で、30代、40代になってもこの映画が1番好きなのです。どの年代になっても、これほど心を捉えて離さない映画があるというのは不思議ですよね。
財部:
私も去年の暮れに、パート1からパート3までを見ました。時々見たくなるのです。私の映画の見方は少し変わっていて、本当に気に入った何本かの作品をずっと繰り返し見ているのですが、その1つが『ゴッドファーザー』なのです。確かに、この作品を見るたびに、自分がその時に置かれている立場や問題意識によって、フォーカスする登場人物が変わってきます。もう1つの作品は『ディアハンター』ですが、あまりにも重い内容の映画なので、40代で見るのをやめました。
辻:
『ディアハンター』を今見ると、メリル・ストリープの演技の巧さに驚かれると思います。
財部:
映画は相当お好きなのですか?
辻:
はい。今は寒いので、室内で週末にローラー台を使って自転車のトレーニングをする時には必ず映画を見ています。
財部:
ペダルをこぎながらですか?
辻:
映画の編集が大好きなのです。映画では、(各場面を)どうつないで作品を作るかが最も大事。そこで私は、各場面がどのぐらいの時間に編集されているのかをストップウォッチで計っています。自転車のペダルをこぎながら、「このシーンで5分をかけて、これだけのストーリーを詰め込んでいるのだな」ということがわかったら、次の好きなシーンまで映像を飛ばすのです。先日、『グラディエーター』でそれをやってみたら、編集が上手だということがよくわかりました。1人の俳優の良さを引き出すうえでも、編集が大きな役割を果たしているのです。
財部:
そういうお話を伺うのは初めてです。私たちもテレビ朝日系の『報道ステーション』という番組で、経済分野のノンフィクションものを手がけていますが、100時間も撮影した映像を15分程度に編集しています。
辻:
そうですか。私は小学6年生の頃に暁星小学校(東京都千代田区)の映画クラブに入り、イギリスやアメリカのニューウェイヴや、昔のモノクロ映画をよく見ていました。今はまったく見ていませんが、その頃から映画が好きでたまらなくなっていたのかもしれません。今でも、映画作りのことをよく考えます。
財部:
実際に映画を作ろうとしたことはないのですか?
辻:
ありません。まったくその気はないのです。(映画『おくりびと』などの脚本を書いた)小山薫堂さんにしても、あのような素晴らしい脚本をよく書けるものだと思います。それまで脚本を手がけたことがなかった人が、ああいう名作を作ってしまったのですから、まさに才能ですね。
財部:
それと同じ流れの上に、お好きな本であるシェイクスピアも出てくるのですか?
辻:
イギリスに留学していた頃にも、高校受験に必要な「GCE試験」の0レベル(現在は、義務教育終了時に「GCSE試験」が行われる)を達成するのに、英文学を必修科目で取る必要があったのです。ところがチョーサーやジョイスは、私の英語レベルではとても難しく、シェイクスピアのものしか読めませんでした。なかでもチョーサーは解説書があっても読めません。『カンタベリー物語』などは本当に難しい。ところがそれを、向こうの頭のいい子たちは平気で読んでいました。
財部:
なるほど。それから、好きな場所はどこかという質問で、「世界のすべての都市」というお答えもかなり珍しいですね。
辻:
私は世界のどこに行っても、感受性を強く持ち、(その場所の素晴らしさを)受け止めたいと思うし、実際にどの場所を訪れても感動します。時間的な制限もあるのでしかたがないのでしょう、日本的団体ツーリズムにも観光する限界がありますから。
財部:
辻さんは「苦手なもの」に「口実、自分の口に合わないもの、妬み」と書かれていますが、こういうお答えも前例がありません。苦手な食べ物や物、場所を書かれる人が多いのです。
辻:
物なり人を妬んでいる自分が嫌なので、他人が私を妬んでいる時の行動が非常に汚く、嫌に思えるのです。お互い様ですね。自分が妬むのも嫌だし、他人が私を妬むのも嫌なのです。それから(「口実」と書いたのは)エクスキューズ(言い訳)を言う人が許せないから。特に飲食業界では、サービス業が仕事の大半を占めるので、エクスキューズは許されないのです。
財部:
やはりサービス業には、エクスキューズはなしですか。
辻:
日本の場合は、特にマニュアルでサービスをする人が多いですよね。そういうことをされると、心理的に嫌悪感を抱いてしまうのです。日本人には「おもてなしの心」があるとよく言われますが、綺麗事です。おもてなしは心であるにもかかわらず、日本人は、その「心」の実践をすべてマニュアル化してしまう。これは最もやってはいけないことです。相手が「こうしてもらいたい」という気持ちを考えながらやるのが、本来のおもてなしであるはずなのに、「自分はこういうおもてなしをしたい」と考えてしまう。飲食業界におけるサービスであってはならないのです。
財部:
今のお話は奥深いですね。日本人は何の気なしに「おもてなしの心」という言葉を遣い、これこそ日本の競争力の源泉だという言い方をしますが、まったくそうではない。そう言われてみると、その通りだなという気がします。