財部:
そうですか。この『ウコンの力』を始めとする、新しいヒット商品もずいぶん出ているのですね。
小瀬:
失敗しているものも、ずいぶんありますがね(笑)。
財部:
まさにこういう商品は、少子高齢化社会の中で、既存の枠にとらわれず、実を取りに行くという意味合いを持って出てきたのでしょうね。
小瀬:
そうですね。先に申し上げた通り、おいしく食べて健康でいたいというのが、お客様の基本的なニーズ。したがって、私どもの製品作りにおいても、健康は大変重要なテーマです。この『ウコンの力』は、ハウスのコア技術である香辛料の研究から生まれたものなんですよ。
財部:
そうなんですよね。
小瀬:
ご存じのように、カレーの黄色い部分はウコン、すなわちターメリックの成分です。私どもは、日本の中でも群を抜いてウコンを大量に使っている会社でして、カレーを作る場合にも、個々のスパイスに加えてターメリックの研究も当然行ってきているわけです。従来ウコンといえば、粉っぽくてまずいというイメージが一般的でした。そこからウコンの有用成分を抽出し、飲みやすくておいしい飲料にするのがわれわれの技術でありノウハウです。やはりお客様は、健康に良いものはお金を出していただけますね。ただし、その価値を認めていただければの話ですが。
財部:
最初に『ウコンの力』を製品化しようというアイディアが出てきた時に、社内ではすぐにやろうということになったのですか。
小瀬:
いや、僕は反対しましたね。香辛料が持っている良さを飲料という形で引き出したい、という発想は非常に良いが、容器の色やネーミングのあまりの品のなさに僕は怒ったのです(笑)。実際にこの商品は、僕のコードからは完全に外れるようなネーミングであり、色彩感覚のデザインでした。ところが普通なら、僕が怒ればだいたい企画を引っ込めるのですが、この商品の担当者は、なんと3回も企画を出してきた。
財部:
それは凄いですね。小瀬会長がやめろと言うのに、3回も出してきて(笑)。
小瀬:
だから3回目に僕が「もう、好きなようにやれ」と言ったら、彼は廊下に出たとたんにガッツポーズをしていたようです。
財部:
『ウコンの力』は、近年に登場した飲料の中では、突出したインパクトを与えましたよね。
小瀬:
僕ははっきりと、この商品のネーミングやデザインに反対しましたが、ここまで売れるとはまったく考えていませんでした。いや、誰も考えていなかったでしょう。発売7年目であるにもかかわらず、売れ行きがまだ伸びているのですから(笑)。
財部:
最後に、食に関わる日本のメーカーにとって、少子高齢化による国内マーケットの変化をどう乗り越えていくかということが、大きなテーマとして存在していると思います。その意味でも、やはり海外マーケットは避けて通れないところですよね。
小瀬:
並行してやっていかなければなりませんね。
財部:
意外なことに、ハウス食品さんはアメリカで豆腐を販売されたりしていますが、今後はどんなイメージで海外展開を行われるのですか。
小瀬:
難しいですね。理想的には、われわれが持っている商品を海外でも普及できれば、それに越したことはないのですが。でも基本的に、食文化や味覚というものは国や地域によって大きく違います。ですから、われわれの商品あるいは考え方をあまり押し付けてはいけません。むしろ、われわれの技術をもって、商品にどのようなアレンジを加えて、その国にマーケットインしていくかという部分に、ビジネスのチャンスがあると思います。
財部:
ええ。
小瀬:
やはり「これからは海外」とか成長分野と言えば「健康と海外」と考えている日本企業が多い中、われわれのスタンスとして間違ってはならないのは、「少子高齢化社会といえども、日本にはまだこれだけの人口がいる。だから、その中で本当にお客様が求めるより良いものを作っていけば、ビジネスチャンスはまだ広がっていく」ということ。ビジネスにおいて、そういう基本的なスタンスの構築を誤ってはならない、ということが大切だと思うのです。先の財部さんのお話にあった中国のカレーショップにしても、あの国で収益を上げようと思ったら、「短期間では難しいだろう」という前提でやらなければなりませんしね。
財部:
心の底から本当にそう思いますね。
小瀬:
世間では、中国、中国と言いますが、中国ビジネスはそれぐらいの余裕を持って行わなければ駄目です。もちろん、われわれも中国市場にはチャレンジしていかなければなりませんが、その結果や収益についてはどうなるかわからない部分もある。ですから、われわれはやはり東南アジアを中心にしてやっていく。でも、こういうことは、日本企業は皆考えているのであって、欧米企業も同地域にどんどん進出しています。いずれにしても、東南アジアでは、これからお客様の生活が必ず変わっていく。よりおいしいもの、より安全なもの、より体に良いものを、現地の人々が求めるようになっていくに違いありません。
財部:
そこに大きなビジネスチャンスが開けていくのですね。
小瀬:
はい。ですから、われわれの持つ技術で他社よりも勝っている部分を活かし、現地のお客様の食文化や味覚に合わせた商品を、いち早く展開していくことが大事です。ただし、われわれが今後の主軸として海外事業に力を入れるのはもちろんですが、国内マーケットとのバランスを忘れてはなりません。僕は、日本国内においても、本当にお客様が求めている、より価値のある商品を出していけば、いくらでも伸びると思っていますから。
財部:
もはや「国内市場では駄目だ」というような雰囲気になっていますからね。
小瀬:
僕は、経営者の仕事とは「明日への仕込み」だと思っています。うまくいくものも、いかないものも当然あるでしょうし、その中で、海外も当然やっていかなければなりません。ですが、これまで厳しい味覚でわれわれを鍛えていただいた国内のお客様が望んでいらっしゃるものを作り続けていくことは、非常に大事だと思います。
財部:
たとえば「明日への仕込み」とは、どのようなことですか。
小瀬:
まずは個々の商品開発と同時に、お客様の食に対する基本的なニーズを、自社の技術をもってどうクリアしていくかを考えること。それゆえ、技術テーマの検討はもちろん、われわれがどんなカテゴリーや分野で事業を仕込み、展開していくのか、という見通しが大事になってきます。加えて、会社全体が当面の業務を行っていく中で、もう1段高いハードルを目指しつつ、次の主力になるような商品を生むことを、合わせて検討する必要もありますね。
財部:
でも御社の業績を拝見すると、この2000年代における景気の乱高下の中で、売上高も利益も順調に推移していますよね。
小瀬:
当社は6期連続で増益していますが、これは食品会社としては珍しいと思います。幸いなことに、このところ私どもは順調に行っていますが、これも2001年に起きたBSE問題の影響等で利益を約4割落としたことがきっかけになり、危機意識が生まれたことが背景にあります。やはり一番怖いのは、社内に危機意識がなくなることであり、トップが率先して、良い意味での危機意識を感じるようでなければいけません。企業というものは、トップの体温で大体が決まるものだと思いますよ。
財部:
そうですね。
小瀬:
社内では皆がトップを見ていますから、それだけにトップの立場は辛いもの。しかし、トップが危機意識を持って「何とかしなければならない」と真剣になれば、部下たちもおのずとそういう意識になってくる。これが組織の風土改革ということになると、3年から5年はかかるのではないでしょうか。皆が前を向き、一気に進んでいけるようになるには、社員たちが「自ら進んで行こう」という気になることと、リーダーが「この方向に進んで行くぞ」という道筋を示すことが不可欠。そういう意味で、現在進めている「第3次中期計画」では、会社が抱えている課題をすべて出し尽くしたうえで、われわれが今後何に取り組んでいくのかというテーマを20数個設定しました。そうすることで、当社は「これに向かって進んで行く」という方向性を明確に打ち出し、それを全社員が共有できるようにしたわけです。
財部:
そうですか。本日はどうもありがとうございました。