株式会社オリエンタルランド 代表取締役社長(兼)COO 上西 京一郎 氏
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テーマパークに理想を追求する姿勢が、ゲストには自然に伝わる。
けっして手を抜くことはできない。

株式会社オリエンタルランド
代表取締役社長(兼)COO 上西 京一郎 氏

財部:
上西さんと、ハウス食品の小瀬会長とはどんなご関係なのですか?

上西:
私どもの大切なスポンサー企業様の1社です。現在、25社のスポンサー企業様にご支援をいただいていますが、1983年に東京ディズニーランドがオープンした時点でスポンサーになっていただいた企業が18社あります。その18社の皆様には、東京ディズニーランドがこれからどうなるのかまだわからないという時に、アトラクションおよび飲食施設のスポンサーになっていただきました。ハウス食品さんも当時、スポンサーになっていただいた企業様の1社です。

財部:
そうなんですか。

上西:
ご存知のように、小瀬会長は大変包容力があり、器も大きく、優しさを持っていらっしゃる方です。私が去年こういう立場になってから、本当のお付き合いが始まりました。会食をさせていただいたり、ゴルフをしたこともありますが、そういう中で、直接的に「こうした方がいい」というのではなく、プレー中や会食中にさりげなく、「トップは周りから見られているから気をつけた方がいい」などのアドバイスをいただいています。

財部:
なるほど。

上西:
小瀬会長はスポンサー企業様として当社と長い付き合いがあり、個人的な関係としてはまだ短いですが、人間的にも素晴らしい方だと思っています。これからもお付き合いをさせていただき、いろいろとご教示いただきたいと思っている方の1人ですね。

財部:
上西さんが社長に就任される際、「10年、20年の先を見据えてバトンを渡す」ということを、前任の福島社長から伝えられたそうですが、その社長就任のエピソードをお聞かせください。

上西:
昨年2月頃、会長の加賀見から会長室に呼ばれまして、「福島社長と話した中で、君に次期社長をお願いしたい」と言われましたが、実はお断りしたのです。福島前社長からも何度もお話をいただきましたが、「まだ平の取締役で、先輩方もいますし、私にできるわけがありません」と話しました。ところが「東京ディズニーランドがオープンして東京ディズニーリゾートに発展し、一定の期間を経てそれなりに成長してきた。そこで年齢も含めて、(オリエンタルランドを)次にどういう会社にしていくのかということを、自分のこととして取り組んでほしい」と説得され、最後に「わかりました」とお受けしたのですが、正直言ってかなり悩みましたね。

財部:
それは、どれぐらいの期間ですか?

上西:
実質的には1ヵ月半ぐらいでしょうか。私もそう簡単に「はい」とは言えないと思いましたから(笑)。

財部:
そういう時は、誰かに相談したりするものですか。

上西:
さすがに誰にも相談できませんでしたね。まず自分を振り返ってみて、そんな器ではないと強く思っていましたから、どうやって断ろうかということばかり考えていました。そんなネガティブな姿勢でいいのか、と怒られてしまいそうですが。

財部:
部長職から取締役になるという第1ステップの段階で、経営者とはこういうものだというイメージはおありだったのですか。

上西:
はい。私が「経営者とはこういうものか」と一番感じたのは、やはり加賀見の社長秘書を務めていた時です。加賀見の間近で動き、社内のいろいろな集まりに出たりする中で、トップの本当に大変な状況をずっと見ていました。トップは、たとえ意見が1人だけ違っても、やる時はやるという判断をしなければなりません。またトップは、得てしてさまざまな毀誉褒貶にさらされるものですが、そういう中でも実績を残していかなければなりません。しかも、それは自分のためではなく、会社の成長や従業員のためだという思いをもって行うという、意志の強さが必要です。

財部:
そうですね。

上西:
当時、秘書として(トップの姿を)客観的に見ていて、本当に「大変だな」という言葉しかありませんでした。ですから、私は取締役に選任された時、そういうトップをきちんと支えて、少しでも良い会社になるように、一所懸命にやらなければならないと再認識しました。

財部:
最終的に、社長を拝命した時は、どういうお気持ちでしたか。

上西:
そうですね。改めて、私利私欲を離れて物事をきちんと見ると、当社はグループ会社も含めると関係者が2万8000人もいる会社ですから、彼らが仕事を通じて提供する価値をもって、世の中に受け入れられる会社であり続けるにはどうしたらいいのか、ということを、もっと高い目線で考えなければならないと感じました。それは自分にとって、非常に大きなプレッシャーでもあります。

財部:
そうですか。現在、社長としての気持ちや心構えはどう変化しているのですか。

上西:
会社あるいは従業員をこうしていきたいという部分では、変わりがありません。まだできていないことも多いですが、当社が次に進んでいく方向性を早く、しっかりと打ち出していくことが大きな課題です。私が社長に就任してから1年余りが経ちましたが、日常的な業務の中でいろいろと課題があり、やり切れていないところもあるので、それをどう効率的に行っていくかについて試行錯誤しているところです。

「本家」にはない東京ディズニーランドの独自の価値観と文化

財部:
先ほど東京ディズニーランドの施設を見せていただきながら、広報の方にもお話したのですが、以前、オーランドのディズニーに家族で行く機会がありまして。その時のファーストインプレッションとして、規模感などにおいて「さすがにアメリカは違うな」と思いました。

上西:
そうですね。オーランドは全然違いますからね。

財部:
お客さんの質を見ても、向こうはご年配の方や車椅子の方も数多く訪れています。そういう中で、ディズニーランドの施設全体にゆったりとした時間が流れて物事が動いているという、あの大らかな感じが素晴らしいと思って帰ってきました。それから10年近く経ちますが、今日久しぶりにお邪魔して改めて思うのは、東京ディズニーランドは本家のディズニーランドとはまったく別の価値として存在しているということです。おそらく最初は、アメリカから基本的なマニュアルを持ってこられたのでしょうが、東京ディズニーランドはアメリカのディズニーランドとはまったく違うものとして、独自の価値や文化を醸成してこられたのではないかという印象を、僕は強く持ちましたね。

上西:
ありがとうございます。まさにご指摘の通り、オープン以来数年は、米ディズニー社の各部門のカウンターパート(対応責任者)の言う通りにパークを運営していくことで精一杯でした。ところが何年かやっていくうちに、キャスト(ゲスト、すなわち来園者を迎えるスタッフのこと)の中から「日本人のお客様にはこういうやり方にした方がいいのではないか」というアイディアが出てくるようになりました。少し余裕が出てきたのか、あるいは「もっとゲストに喜んでもらいたい」という思いからか、「こうした方がいいのではないか」というアイディアが20数年間積み重なってきています。サービスの質においても、あまり比較論では言えませんが、おそらく一番ゲストの心に届くものを提供しているのではないかと思います。

財部:
マニュアルにはない部分をいかに工夫してこられたか、ということですね。

上西:
はい。これはなぜかといいますと、そもそも日本人は、人をもてなす心をベースに強く持っていると思うのです。アメリカにはさまざまな人種の方がいて、それぞれの出身国によって価値観が違いますから、一律のサービスを保つためにマニュアル化が徹底されています。もちろん、私どもにもマニュアルはありますが、マニュアル通りにやっているだけではゲストは満足しません。ゲストに喜んでもらいたいという気持ちを込めて、コミュニケーションを取るということが日本人は得意ですし、それが日本人に合っている事業ではないかということを、改めて強く思いますね。

財部:
確かにそうですね。僕は、ロスへも行っているのですが、現場はマニュアル通りきちんとやっているとは言っても、本当に人に伝わってくる繊細な感じとしては、民族の違いもあると思いますが、ある意味で雑駁なものですよね。

上西:
フレンドリーと言えば、そうなのですが。

財部:
マニュアルに従うことはもちろん当然として、そこにプラスアルファで何ができるかという社員教育に、非常に力を入れておられるというお話でした。その意味で、海外の超一流のホテルは凄いと僕は思います。たとえば、これは実際にタイのオリエンタルホテルで経験したことですが、僕はホテル内で道に迷ってしまい、目の前にいたレストランの案内係の女性に道を訪ねました。彼女はレストランの担当ですが、「ご案内します」と言って延々と歩き、われわれの行きたいところまで連れて行ってくれたのです。たぶん誰かが現場のバックアップをしているのだと思いますが、レストランの案内係の女性がコンシェルジュと同等のことをしてくれるという点が、オリエンタルホテルの評価につながっているのではないかと思います。

上西:
そうですね。

財部:
その一方で、日本のホテルがなぜ海外で評価されないのかを、東京ディズニーランドとの比較で言うと、ディズニーランドの皆さんは、本当に楽しそうに仕事をしていますよね。やってはいけないこともマニュアルに記載されているのでしょうが、「自分も楽しくやるぞ」というオープンな感じがあります。ところが、日本人の「おもてなしの心」は、日本人独特のシャイな性格と裏腹なところにあるので、それをうまく出しきれていないのではないでしょうか。その点、東京ディズニーランドの場合は、「ディズニーランドが好きだから」とか「楽しいから」という気持ちが、日本人のシャイな部分を抑え込んでくれているから、本来日本人が持っているもてなしの心が良い形で出ているのだと思います。

上西:
逆に、お教えいただいてありがとうございます。それはありますね。パークをつくっているのはキャストだけではなく、キャストとゲストの両方だと思います。たとえば、キャストがしたことに対して、ゲストが良い反応をしてくれると「もっと良くしていこう」と考えます。キャストとしても、「このゲストに喜んでいただこう」とか「この方の困っていることに対して、何かお手伝いをしてあげよう」という相乗効果が生まれやすい環境だと思います。つまり、いわゆる「非日常の空間」の中で、人と人が、お金を払う側ともらう側という立場を離れ、自身の人間力が高まるような感じになっていくのでしょう。そこがうまく出せるような雰囲気があると思いますね。