伊藤忠商事株式会社 丹羽 宇一郎 氏
座右の銘は、人事を尽くして天命に委ねる。(待つではない)…もっと読む
経営者の素顔へ
photo

「日本は農業をやってかないかん」と、田舎に行けば行くほど思うんです

伊藤忠商事株式会社
取締役会長 丹羽 宇一郎 氏

財部:
今回ご紹介いただいた川崎重工の田ア会長とのご関係は?

丹羽:
ああ、田アさん。川崎重工さんはですね、もともとDKB(旧・第一勧業銀行)グループの主要メンバーでした。そういうわけで、私どもはもともと川崎重工さんとも付き合いが深かったんです。三銀行(第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行)が合併してみずほ銀行になってから、われわれと田アさんのところは、古河電工さんやJFEスチールさんなどとともに、みずほ銀行グループの中核企業として話し合いをする機会が何かと多いんですよ。そういう関係がありまして、田アさんと私が中心になり、互いの周辺企業の皆さんと一緒にお会いする機会があります

財部:
何かNPOなどを通じた仲、というわけではないんですか?

丹羽:
そうではないですね。田アさんはやはり、ご自分の仕事を中心にやっておられるし、なかなかさばけた方ですよ。われわれは田崎さんのところとは、ヘリコプターや車輌関係、あるいはLNGタンカーなどを一緒に手がけています。そこで彼と中国へ出張したり、共同で契約にサインしたりと、いろいろやっています。仕事もそうですが、田アさんとは結構一緒に遊んでいますよ。

財部:
車輌というのは、地下鉄か何かでしょうか。

丹羽:
そう、地下鉄です。いま中国・広州の方でやっています。それから今度は、青島から西南、北京の方に向かう車輌、「準高速」といわれているのをやるんですよ。

財部:
そうですか。新興国でのインフラ整備は日系企業が強いですね。最近、BRICsを取材していたのですが、各国を一回りするだけでも大変でした。

丹羽:
だいたいブラジル人はどんな人々で、インド人はどんな性格なのか、あるいは中国人はどういう人々なのか、ということを理解するだけでも大変ですよね。

財部:
そうですね。中国は長く取材していたので、まだよかったんですが、実際インド、ロシア、ブラジルという、たった3カ国を取材するにも、日本国内にまともな情報がほとんどないことに驚きました。

丹羽:
ないですね。たとえばインド人は、非常に理解が難しい民族だと僕は思っています。やはりわれわれとはまったく物の考え方が違います。だから、そこのところをよく理解して入っていかなければならないですね。

財部:
私の場合、とくに印象的だったのはブラジルです。日本の企業やメーカー、すなわちメイド・イン・ジャパンへのリスペクトが、皆無に等しいんですよね。

丹羽:
まあ、そうでしょうね。それに日本はブラジルで、1980年以前に大やけどをしていますね。

財部:
ええ。

photo

丹羽:
かつてわれわれも、ブラジルは「緑の大地」ということで、繊維をはじめ、非常に夢と希望を持って現地に行ったわけですが、うまくいかなかったですね。たとえば1973年にニクソン米大統領が実施した大豆のエンバーゴ(embargo、禁輸措置)の前後に、味の素さんと一緒に搾油工場を建てたんですが、結局、株式配当の契約が一番の問題になりました。要するに、(現地通貨のレアルが暴落していたので)現金をドルに替えて送金できないので、株式での配当をどんどん進めたわけですが、こちらの投資金額が大きく膨れ上がる一方で、レアルが暴落するに従い、それが向こうに行くと紙切れ同然になってしまったわけです。結局、株式配当が行われるたびに、投資金額というか簿価が上がってくる。ところが、投資金額が高騰する一方で、それに対する配当とのギャップが膨れ上がり、最後には何億円かの損を出して完全撤退したんです。

財部:
そうなんですか。

丹羽:
当社の例に漏れず、当時日本企業は通貨の暴落で大やけどをして、ほとんどが撤退しました。われわれの事業で成功したものとしては、セニブラという、世界最安値のコストでパルプを作っている工場です。これは日本の国策のようなものですが、日本のパルプ資源の安定的な調達を目的に、王子製紙さんなどの製紙メーカーと伊藤忠商事、現地パートナーが一緒になって1970年代に設立しました。その後2001年に日本側が現地パートナーの株式を買い取り、現在は今完全に日本側のものになっております。世界最大級のパルプメーカーとして非常に競争力があり、収益性が高い事業となっています。

財部:
なるほど。

丹羽:
セニブラは、世界でも指折りのパルプメーカーですが、植林にも力を非常に入れています。東京23区の倍ぐらいの土地にユーカリの木を植えていますが、ブラジルではそれが七年で育つのです。広大な土地を7つに割って、1年間の使用量にみあうユーカリの木を順番に植えてありますから、育ったものから順番に切って使い、そして、木を切ったらまたすぐに植えるというように、植林と伐採のサイクルが非常にうまくいっていまして、多くの方が見学に来られるんですよ。

財部:
場所はどちらなんですか。

丹羽:
サンパウロから1時間ぐらいのところにあるイパチンガです。そこにある製鉄メーカーは日本がやっているんですが、その近くですよ。1回ご覧になったらいかがですか。

財部:
それは新しい考え方ですね。ぜひ、お邪魔させていただきたいものです。

丹羽:
要するに、(ブラジルではユーカリの木が)世界一早く育つんです。オーストラリアでも10年ぐらいはかかると思いますが、木をきちんと植えて育て、それを切って利用するわけですから環境破壊にはあたりません。おそらく財部さんも、苗木の成長管理をご覧になったら、なるほどと思いますよ。いま王子製紙さんと伊藤忠商事が中心となって事業を進めておりアジア、欧州そして日本に販売会社を持っていて、この先おそらく中国も有望な買い手として期待できると思います。もちろんインドネシアも森林資源が豊富で、非常に有力なコンペティターですが、ブラジルのセニブラは世界規模の大規模なサプライヤーとしてのプレゼンスがあり、資源大国であるブラジルに日本としてこういう大きな成功事例を持っている意義は大きいですね。

財部:
そうですね。

丹羽:
それに加え、最近レアルもIMFの出番がないぐらい安定してきています。だから私は、これから日本は、資源を中心にしてブラジルと付き合っていけばいいのではないかと思います。つまり、(ブラジルを)南アフリカやオーストラリアのような資源国として位置づけるべきであり、逆に消費国としてのみ位置付けると難しい面もあると思います。

財部:
まだ、「消費の爆発」はしていないという感じでしょうか?

丹羽:
流通業ほど、ドメスティックかつ土着的な要素が大きなビジネスはないですからね。米ウォルマートが日本へ来ても非常に難しいのはそういうことです。資源はインターナショナルですが、流通業や小売業は極めてドメスティックなもので土着の人々に加え、リビングスタンダードだけではなく「生活のあり方」というものものがわかっていないと駄目なんです。われわれもお手伝いをしているイトーヨーカ堂さんが北京と成都に店舗を出されて、おそらく中国で唯一成功し、儲かっているのではないかと思うのですが、イトーヨーカ堂さんが最初にやられたのは、現地のごみ箱の調査なんですよ。

財部:
ほお。

丹羽:
それで現地の人々が、どんなものを使い、どんなものを捨てているかということを、詳細に調査されたんです。一般に、スーパーを開店するまでには、そういう調査を経るものですが、もしブラジルでそういうことやろうとすると、日本人ではとても難しいのではないでしょうか。

財部:
そうでしょうね。

「クリーン、オネスト、ビューティフル」の精神

photo

財部:
BRICsをずっと見てきまして、環境問題に対するアプローチの仕方や考え方の切り口が、ずいぶん変わってきました。たとえば中国の内陸部に取材で行くと、砂漠化が深刻化していることをひしひしと感じます。たとえば山東省の済寧(ジーニン/Ji Ning)市に小松製作所の子会社(小松山推建機公司)がありまして、そこを訪れたとき、ちょうど工場が繁忙期ということで、近くの造船所から溶接工を雇っていたんです。聞けば、近くに秦の始皇帝の時代から内陸部をずっと流れている運河があり、その川沿いに造船所がある。ところが、その運河の水がすっかり枯れてしまい、造船所が機能を停止してしまったために、溶接工を小松製作所の子会社に派遣しているということなんですね。

丹羽:
はい、はい。

財部:
しかも、その工場の取材を終え、済寧の飛行場に戻る道すがら、周囲を見渡すと、とにかく砂漠が広がっていて、ところどころに乾いた緑がぽつんとあるだけです。このように中国で、都市の発展とともに内陸部では砂漠化が進み、深刻な水不足にさらされている状況を目の当たりにする一方で、ブラジルのマナウスに行ってアマゾン川をあちこち渡り、ジャングルやさとうきび畑をみると、自然の持つ生命エネルギーのようなものを感じますね。いわゆる環境問題には、当然食の問題もありますし、こと日本の場合、食糧安全保障という大きな問題も絡んでいます。してみると、丹羽会長がおっしゃられた植林然り、やはりいま日本が、自国の農業について本気になって考え直していくことが、環境問題に対する最も自然な答えの一つだろうと思いますね。

丹羽:
『成長の限界 人類の選択』(デニス・メドウズ著)という本でも触れられていますが、要するに、人口の増加あるいは産業の成長は、それが幾何級数的に増えたあと、あるポイントを過ぎると2次曲線になるんです。よくいわれる例では、1日目に1粒のピーナッツを食べ、2日目にはそれを2粒、3日目には4粒と食べていくと、それが30日目には500tになり、そして31日目には1000tにまで増加します。これは環境問題についても同様で、環境汚染は当然、人口が増えれば深刻になるわけですが、その人口の増加ペースがあるポイントを過ぎると、文字通り「ねずみ算」式に環境汚染がひどくなるわけです。そうなったらまさに“too late”で、もう早く戻らなければなりません。地球環境はすでに、そういうオーバーターンのところまできているんです。

財部:
しかし、多くの人の感覚は「まだ“too late”」ではないですか?

丹羽:
たしかに「まだ大丈夫」ともいわれています。それが本当かどうかはわかりませんが、少なくとも取り返しがつかない、もう戻れない時期があるんです。ちなみに、人類はその「戻れない時期」に近づいていて、いままさに「絶壁に向かってアクセルを踏んでいる」という表現がありますよね。いま私が申し上げたいのは、地球温暖化について、それは何が原因なのかはまだわからない。実際、CO2がその本当に真犯人なのかということを証明する科学的なデータはまだありません。現在の「温暖化」は、大規模な氷河期と間氷期の間のサイクルの一つかもしれない、という仮説さえあります。だから現在のところはどちらともいえませんが、ただ「CO2も有力な犯人の一つである」ということは事実なのでしょう。だからCO2排出を抑えるために、地球規模での協力が必要なのですが、(こうした環境問題が)あるレベルにまで達するその時が、いちばん怖いですよね。

財部:
そうですね。

丹羽:
それから財部さんがいまおっしゃった問題ですが、食糧、水、エネルギーは人類が生存していくための三大要素。その中で、日本はエネルギーについては現在90%以上は輸入に頼っています。でも食糧についても現在「飽食の時代」といわれている一方で、日本の食料自給率は(カロリーベースで)約4割。ところが、日本に食糧を輸出している他の国で、万一食糧が不足したらどうなるか。自国の国民が飢えて死んでもなお、食糧をよそに輸出するとは到底思えません。だから日本が食糧の自給について甘えていて、よその国に頼り切ってしまうのは問題がある。しかもオーストラリアに引き続き、日本がアメリカやカナダなど他の国ともFTA(自由貿易協定)を結び、食糧の輸入関税をゼロにしたら、日本の食料自給率が12%程度に下がるというんですよ。

財部:
そうなると、日本は食糧のほとんどを輸入に頼らざるを得なくなるわけですね。

丹羽:
これは非常に危険なことです。だからやはり農業を通じて、国民の生存の三大要素の1つである「食」を守らないかんのですね。そこで、その守り方が問題になるのですが、FTAやEPA(経済連携協定)という形で、農業の競争力を向上させることが大事だと思います。これは、農業を「ぬるま湯」の中に放っておくのではなく、いわば「魚よりも釣り竿を与えよ」ということです。つまり日本の農業が、自助努力で高い競争力を身につける。そのための1つの刺激剤として、FTAなりEPAを利用する。日本の農業従事者が「もっと自分たちが危機感を持って、農業の競争力を高めなければ」、と意識を改革してもらう契機という意味で、FTAやEPAは非常に良いことだと思いますよ。

財部:
民主党では、農家に対する「戸別所得保障政策」を掲げていましたが――。

丹羽:
だから(FTAにしても)、これから10年間をかけて、農産品の輸入関税をゼロにしようということであり、その間に競争力をつけるということなんですね。そのうえで、それでもうまくいかなければ、農家に対する直接補償政策という、各国が行っている方向へ持っていくべきです。ところが民主党さんのいうように、いまから直接補償ということになると、「釣り竿ではなく魚」を与えることになる。だから、まずは努力がなければ――。

財部:
はい。