三菱商事株式会社 小島 順彦 氏 

商社のビジネスモデルはさまがわりした

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財部:
商社と銀行のリスク管理能力の差をみせつけたようなエピソードですが、こうした事実は一般的にはあまり知られていません。それどころかこの10年、15年、「商社不要論」とか「商社冬の時代」など、総合商社はもう必要ないという声が絶えませんでした。IT時代になればなったで、今度は商社中抜き論が幅をきかせてきた。でも三菱商事もこの3年ほど業績は絶好調ですよね。

小島:
商社を取り巻く環境は様変わりしました。私は1965年に入社し、機械の部門に配属されました。当時は機械を売りさえすれば良かったのですが、今は機械を売るだけでなく、自ら発電事業をやったり、自ら自動車のビジネスチェーンの中へ入っていったりと、仕事の内容がまったく変わっています。商社にとって一番大事なことは、世の中の変化を先取りすることにつきます。そうでなければ生き残れないという危機感を持ち続けているのが商社です。「商社不要論」など我々自身が一番良くわかっており、それにどう対処するのかを常に考えているわけです。三菱商事の場合、世界80カ国に200のオフィスを持っています。6つある営業グループ(新機能事業グループ・エネルギー事業グループ・金属グループ・機械グループ・化学品グループ・生活産業グループ)はほとんどの産業と接点をもっています。つまり、ほぼすべての産業と接点をもち、グローバルにオフィスを構えていれば、世界全体がこれからどう変わっていくかを判断するにあたって、ほかの業界より少しは優位性があると思いますよ

財部:
では、そのなかで、ただモノを右から左へ動かして手数料をもらうという商社の古典的なビジネスモデルから何がどうかわったのでしょうか。

小島:
我々は「バリューチェーン」と呼びますが、ビジネスは川上から川下まで流れがあります。原料を仕入れ、それを製造し、出来上がった製品を売るというバリューチェーンのすべてに関わって、商社は今新しいビジネスを立ち上げています。かつては原料を海外から買いつけてきて、お客さんにお渡しして、手数料を頂いて終わりでしたが、今は原料を生産している会社に我々が投資して、それを運搬する船会社の経営にも我々が参加していくというように、バリューチェーン全体の中で様々な投資をするようになりました。気がついてみれば、我々も驚いているのですが、収益の7割くらいはこうした投資収益から生まれるようになっていたのです。従来の「手数料」による収益は全体の3割ほどになってしまいました。

財部:
収益構造そのものがまったく変わっているということですね。

小島:
そうですね。お取引先に対して、こうしたら仕入れコストが下げられますよ、ああしたら在庫を抑えられますよとご提案をするだけではなく、われわれも一緒になって投資をしましょう、リスクも一緒にとりますよ、というのがいまの仕事の仕方になっています。

財部:
そうした変化はいつ頃から始まったのですか。

小島:
バブル経済が崩壊した後、90年代の後半からでしょう。それ以前からも「投資」はしていましたが、それまではこの企業に「投資」をすれば、この商品を扱うことができ、その結果これだけの「手数料」がいただけるという発想が原点にありました。しかし90年代なかば以降は、投資をした会社のバリューそのものに着目するようになりました。投資した会社に経営者を送り込むといった発想もでてくるようになりました。

財部:
ローソンなどもその例ですね。

小島:
ええ。ローソンに出資したのは2000年ですが、その時すぐに経営者を三菱商事から送ろうとは思っていませんでした。しばらく見ていて、どうもローソンは右肩上がりの時代の経営になっているなと感じ、これは変えなければいけない。そのためには経営者を送り込むしかない、ということで02年に社長を送ったわけです。

財部:
従来の手数料中心の時代から、投資収益が収益の大半を占める時代に変わってくると、リスク管理の能力が問われてきますね。

小島:
問われてきます。そこで、我々は投資を実行するかどうかの社内基準、いわば投資のモノサシをつくりました。私の前任社長の佐々木のときに作られたものですが、このモノサシに照らして、一定の基準を満たさない案件については、戦略上よほどの必要性がなければやらないという仕組みになりました。これをMCVA( Mitsubishi Corporation Value Added )というのですが、要するに投資金額から実質リスクを引いた時にどれくらいの利益がでるのかといったモノサシですね。それから、ビジネスユニット制を導入したことも大きな前進です。かつては組織が複雑すぎたために、経営から組織の末端が見えなかった。それを佐々木社長の時代に大きく変えました。部や課をなくしてしまったのです。そして三菱商事の組織を190のビジネスユニットに整理してしまった。その後、さらに整理が進み、今ビジネスユニットは140くらいに減っています。

財部:
しかし減ったとはいえ、140ものビジネスユニットをすべて同じ基準で評価するわけにはいきませんよね。

小島:
ええ。ですからこれらのビジネスユニットを「成長型」「拡張型」「再構築型」と3つカテゴリーに分類し、それぞれミッションを与えました。少しお金と時間をかけてもいいから、育て上げようというのが「成長ミッション」。現在稼いでいて、現在の延長線上で業績を向上しなさいというのが「拡張ミッション」。撤退も含むあらゆる選択肢を考えて建て直しをしようというのが「再構築ミッション」です。こうしたミッションがビジネスユニットごとに与えられるのですが、本当に頑張れば「再構築型」が「拡張型」や「成長型」へと格上げされることもあります。ビジネスユニットごとにこうしたミッションを与え、対話をくりかえしながら「集中と選択」をしていく。そういう社内ルールが2000年にできたわけです。そして04年に私が社長になったときには、こうした整理が相当進んでいました。そこから今度は、新たな成長戦略を描いてきたわけですが、先輩たちが蒔いた種がその過程で大きく花開いてくれたということですね。

財部:
しかしそうなると、社員の評価方法も簡単ではありませんね。

小島:
そうですね。たとえば「再構築ミッション」に携わった場合、モチベーションが上がらないこともありますよね。ですから、例えば、本当に上手く撤退できたら、高い評価を与えます。会社が与えたミッションをきちんと守ってくれたかどうか、そこをきちんと評価してあげることが大事なんですね。

財部:
そうすると、人事評価の基準も従来とは随分変ったんですか?

小島:
変ってきたと思いますね。もっともそれは常にやっています。今年も少し変えています。我々にとっては、どうしたら皆が一体感を持って仕事ができるかとか、どうしたら社員をエンカレッジできるかといったことがすごく重要になってきますから、そういうことにものすごく配慮をした人事制度になっていると思います。もちろんそれは評価だけの問題ではありません。私が出来る限りやろうとしていることは、そして私にとってもっとも重要な仕事は、全社員と話をすることなんですよ。

財部:
全社員と?

小島:
毎月1回メールを一斉に出すんですね、全社員に。日本語と英語と両方で全世界の社員に対してですから、返事も来るし、来たものには返信もします。それから、年に2回か3回「俺と話したいやつは集まれ」とメールをします。すると100人弱くらい集まるんですよ。そこで、一人一人と話すことができます。月に1度のペースで海外へ行きますが、海外でも意識して現地の社員と対話をするようにしています。例えばニューヨークの場合、日本人の派遣社員だけではなくアメリカ人の現地スタッフとも話をする。三菱商事には関連する事業会社が全世界にいま500社ほどありますが、そのうちの60〜70社は北米にありますから、ニューヨークに行ったときには、これらの会社の人たちにも来てもらって話をするようにしているんです。でも、1対1で話すって結構大変なんですよ。

財部:
それは、そうでしょうね。

小島:
8人がけのテーブルを10個用意してもらいます。そこに私の席を一つずつ置いてもらって、次々とテーブルを回っていく。すると80人の社員たちと話をすることができるんですね。一度これをやると、「どうしてうちの場所ではやってくれないのか」と言われてしまうものですから、一度始めたらやめられなくなってしまったという事情もありますね。しんどいといえばしんどいですが、実際に話をすると「やっぱりそうか、みんなこういうことを考えているのか」という発見があります。ですから2004年に社長になってからずっと続けてきました。

財部:
なぜそうしようと思われたのですか。

小島:
理由は2つあります。トップのメッセージが本当に伝わっているのだろうか。それを確認したいということが一つ。もう一つは、現場には現場の思いが必ずあるし、不満だってあるわけですから、それを聞いてやらなければいけないと考えたわけです。具体的な悩みや不満がトップと会ったからといってすぐに解決しないかもしれないが、直接経営トップと話をしたことで氷解してしまうこともあるかもしれません。

財部:
そういう社員との直接対話は、歴代の三菱商事のトップがみなやってきたというわけではないですよね。

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小島:
伝統的にやっていた、ということではなかったかもしれないですね。

財部:
無責任なことをいわせていただくと、現場とのコミュニケーションというのは商社がもっとも不得意としてきたのではないか、という印象がありますが・・。

小島:
「組織の三菱」などと言われたりもしていますよね。でも、それではもういかんと思いました。時代が変っている。現場が何考えているかわからぬまま、トップが勝手なポリシーを出していたのではやっていけませんよ。

財部:
でも社長を前にして、社員の人たちはちゃんとものを言えるんですか?

小島:
たしかにどこまで本音が言えているか、わかりません。しかし、思ったままをズバリと言う連中も結構いますよ。それに1対1ではなく、丸テーブルを囲んでやりますから、誰か一人がズケズケとものを言えば、「じゃあ、俺も言わなきゃ」と、結構盛り上がるんですよ。本社のあり方や指示に対しても、おかしいという意見がけっこうでてきます。たとえば「本社がコンプライアンス、コンプライアンスと言い過ぎると仕事がしにくくなる」なんて正直な意見もでてきます。たしかに現場ではそう思うかもしれないが、コンプライアンスを軽視した結果、ひとたびトラブルになれば、それが会社全体に与えるダメージはとんでもなく大きなものになってしまう。だから、やりにくいかもしれないが、「三菱商事はコンプライアンスを重視することで有名な会社だ」と言われるように努力しよう、と話しますよ。

財部:
確かに海外で働いている商社マンのなかには、コンプライアンスばかりいうなという空気がつよいですよね。現場は日本の本社に違和感を持っていることが多いなあという印象があります。

小島:
現場はそうですね。しかし、だからといってコンプライアンスを疎かにしていいとは言えません。だから私は現場の社員に言うんですよ。コンプライアンスを重視するあまり、取れない仕事もあるかもしれない。堅い会社だと思われるかもしれない。しかし、会社の信頼感は増す。それでいいんだよと話すわけです。