財部:
それが個別化医療を促進していくわけですか。
家次:
そうです。現実として薬の効果は個人個人違うのです。ですから先進国は個別化医療にフォーカスしています。
財部:
すごいマーケット規模になってきますね。
家次:
可能性はものすごくありますね。
財部:
日本の医薬品メーカーはどうですか。
家次:
抗体医薬品をいくつか上市しているところです。やはりグローバルメジャーであるファイザーやロシュは進んでいます。特にロシュはずいぶん前から個別化医療にフォーカスされています。グループを再編し、ダイアグノスティックスとファーマだけを残して、他の事業は全て売却しました。創業のビジネスであるビタミン事業も90年代の後半に売却しています。ダイアグノスティックスで薬を特定し、ファーマで製薬する。彼らはそういう時代が来るだろうと読んで、見事に来たという事です。戦略が大当たりしたということです。
財部:
すばらしい先見性ですね。日本はグローバルメジャーを追いかけるしかないのは寂しいですね。
家次:
そうですね。2003年にゲノムが解読され、ポストゲノムの研究が進みましたが、その活用は遅れていました。それが最近ようやく先進国医療でビジネスになってきて、アメリカは今、ゲノムが主役だと思います。日本も遅れをとってはだめなのですけども、日本の医薬品メーカーはあまり上手くいっていないようです。
財部:
将来的には、血液検査で癌の早期発見ができるようになるのですか。
家次:
癌の早期発見、予防という観点になりますと、アンジェリーナ・ジョリーさんの話がありましたけども、やはり遺伝子を調べて、リスク診断をして、リスクが高い人は頻回に検診をやっていただくということになります。我々が重視しているのは治療法の選択です。検査の結果、どういう治療法が良いのかを導くことです。技術革新によって臨床検査、血液検査の可能性はもっと大きくなると思います。医療プロセスに臨床検査がより介入する事で、医療が最適化され、トータルとして医療費が抑制されて、患者さんのQOL(quality of life)も良くなると思っています。
相対的な競争ではなく、自分たちの絶対力を持ってグローバルで戦っていく
財部:
個別化医療の分野で、シスメックスの強みはどこにありますか。
家次:
我々のお客様は主に病院ですが、我々の強みはグローバルで販売サービスのネットワークを持っているということです。この仕組みがあるのは非常に強いと思います。新規参入者がこのネットワークを今からつくろうと思ってもなかなか難しい。今後はこのネットワークに何をのせていくかということが重要と考えています。検査や手術の分野ではまだまだビジネスチャンスがあると思いますが、例えばそこに日本の優秀な技術を載せられたら良いと思っています。医療機器というのは信頼性が重要で、手術中に故障でもあったら大変なことになります。ですからこのネットワークで品質の高い日本の技術をグローバルに売り込んでいく。日本は昔、ODAで高価な機器を外国に渡しても、故障したら修理できる人がいないので、そのまま放置されるという例がたくさんありました。機器の販売はサービスがあって成立するのです。我々はネットワークを使って、試薬もサービスも供給できます。これは知識集約型産業で、日本が一番得意にしなければならない分野です。
財部:
先日、親しくしている自動車メーカーの経営者と話をしたのですが、彼に言わせると、製造業は技術だ、というのは嘘だと。製造業は販売だ、というのです。そしてこれからの勝負は販売台数ではなくて保有台数だと言うのです。まさにその「サービス」のところで、いろいろな部品を売ります、メンテナンスをしますと。ここが収益の最大のポイントになるのだと言っていましたね。
家次:
そういう意味で言うと、日本の製造業はモノを売る時代じゃなくなったのでしょうね。我々にとって機器というのは非常に大事なのですが、それを売るには、その機器を安心して使ってもらえる仕組みがあるかどうかなのです。何かあったらすぐに対応しますという仕組みです。我々のお客様が一番困るのは、機器が止まる、試薬がなくなるということで検査ができなくなるということです。そこの不安を取り除くソリューションを提供します。他にも日頃からお客様の声を集めながら、そのお客様には何が必要で、何に対して不安に思っているのかを常に意識するということが非常に重要なことだと思います。
財部:
そういう発想は、どういうプロセスで生まれてきたのですか。
家次:
やはりIT革命が可能にしたと思います。医療にITというのはものすごく適しておりまして、どこでも画像も見られますし、ネットワーク全体を瞬時にウォッチもできます。機器でいうと、機器が故障する前にいろいろな兆候があるのがわかってきました。でも止まってからでは意味がありませんので、兆候が出たらすぐ対処する。予防医学の考え方と同じで、兆候を見据えて素早く対処すればダウンタイムを減らすことができます。
財部:
これまでは、医療の現場に効率を求めるのは、良くないことだという意識が強かったと思いますね。その分、シスメックスのビジネスチャンスはたくさんあるように思います。
家次:
日本のモノづくりの現場はいかに生産性を高くするかという考えが進んでいますが、医療の現場にはそういう考えは薄かったと思います。でも先進国は医療費を抑えにかかっていますので、病院も効率が求められるようになりました。例えば、患者さんの検査データをどれだけ早く返せるかということですが、検査をしてから結果を聞きに1週間後にまた来てくださいというのが、今は、技術的には小一時間くらい待てばできるのです。これは生産性も上がりますし、患者さんの負担の軽減にもなります。いろいろなコストを下げることができるのです。
財部:
単に製品や価格で競争しない、それぞれの顧客のニーズを吸い上げてソリューションを提供していく。まさに個別化医療と同じ発想ですね。
家次:
これからはオリジナリティがあるものを持って、相対的な競争ではなく、自分たちの絶対力を持ちながらグローバルで戦っていこうと思っています。ここのテクノパークができて5年になりますが、まだアウトプットは十分ではありません。そこは努力をしながらやっていきますが、いずれにしましても、日本はこれから知識集約でいかないと勝てないと思います。
財部:
お話を伺っていて、シスメックスは知識集約という言葉の向こう側に、それをしっかり収益につなげる仕組み、販売のネットワークを持っている。だから知識集約という言葉にリアリティがあります。
家次:
いつも従業員に言っているのは、お客様が想像される以上の事をしないと評価していただけないということです。お客様が想像していることを実現するだけでは、「その通りにやったか、まぁ出来ているね」という程度です。「こんなことができるのか。こんなものが欲しかった」と言ってもらわなければいけない。そうではなければグローバルでは勝てないと思います。
財部:
あと一つ、意外感があったのは、本質的にモノづくりは日本ベースですね。最近は研究開発も海外へという潮流ですが、シスメックスが日本、神戸にこだわるというのはどういう理由があるのでしょうか。
家次:
それは圧倒的にクオリティですよね。日本は厚い中小企業の層があります。優れた技術を持っている企業がたくさんあります。そういう技術を我々は上手く組み合わせてしてモノをつくっています。そういう意味では日本はモノづくりする場所として最高の場所なのですが、コストの問題であったり円高に苦しめられたりという課題もあります。規格大量生産なら、海外での生産という選択肢もありますが、弊社は精密機器を製造していますから部品点数も多く、つくるのも簡単ではありません。それに量をたくさんつくるようなものでもない。ですので、クオリティの高い日本の技術で製品をつくっていくという選択になります。私が危惧しているのは、ここが枯れてしまうと日本は終わりだということです。このすばらしい中小企業の力を維持することが日本にとって一番の競争力だと思います。ですから少々コストが高くてもやはり日本でと思っています。そのためには我々が価格競争をしないように、ビジネスモデルを変えていくということだと思います。