シスメックス株式会社 代表取締役会長 兼 社長 家次 恒 氏
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「医療を最適化・標準化することでさまざまな問題を解決する」

シスメックス株式会社
代表取締役会長 兼 社長 家次 恒 氏

これから医療は個別化、パーソナライズされていく

財部:
こちらの茶室はどういうコンセプトで作られたのですか。

家次:
海外にある我々のアライアンスパートナーの研究所を訪問しますと、アルプスが一望できるような素晴らしい景色を見渡せる場所にあります。日本の研究施設は都会の中など手狭な場所にあることが多いですが、私は環境が人を作ると思っています。もう一つは日本文化という点です。弊社には研究者がたくさんいますが、茶道のたしなみがある人はほとんどいませんでした。ルネサンス時代はまず文化が花開いて、その後サイエンスが生まれました。ですので、そういう流れをつくりたいと考えました。もちろん海外から来られるお客様に日本の茶道文化を見せるということもありますが、大事なのは研究開発であり、モノをよく考え、発想を転換することです。そのためには異空間が必要だと考えまして、このお茶室を作りました。

財部:
海外のグローバル企業の社屋はロケーションにこだわりますよね。私も数年前にフィンランドのノキアに取材に行きましたが、湖のほとりの本当に美しい、素晴らしい環境でした。 こちらのテクノパークも緑豊かで、日本庭園もありますね。

家次:
ありがとうございます。東京だと何かとコストがかかりますが、それに比較すると神戸はロケーションとしてはありがたいところにあります。海があって山があってという、自然と親しみやすい環境ですので、それを生かして、他とは違った景観をつくれます。このテクノパークは弊社が40周年を迎えた際、さらに研究開発を加速させていこうと決めて、この茶室・庭園を含め新しく作りました。重視したのはコミュニケーションです。研究者が部門を越えてコミュニケーションをとることはこれまであまりなかったのですが、新しい発想というのはやはり専門家同士の話の中から生まれてくるものです。特に問題解決という点で、機器開発で困っているときに試薬をこうしたら解決できるよとか、反対に試薬開発で困ったら機器をこうしたらで解決きるよとか、自分の分野だけで考えていたら解決できないものが、コミュニケーションの結果、「なんでこんなことで悩んでいたのか」となることがあります。我々は機器、試薬、ITと複合的な技術でビジネスを展開していますので、いかにコミュニケートしやすい空間を作って、新しい発想を生み出させるかということが重要になってくると思います。

財部:
頂いた資料を拝見して、医療の分野でこんなに先端を行っている会社が日本にあったのだなと正直驚きました。

家次:
ありがとうございます。「ヘルスケアの進化をデザインする。」というミッションのもと、医療を最適化し標準化することで価値の高い検査を提供するべく研究開発を進めています。お越しいただいているこのテクノパークが研究開発の中核拠点でして、研究開発に携わる多くの従業員がここに集結しています。事業領域は検体検査、IVDと呼ばれるもので、非常にチャンスがある領域だと思っています。方向性は大きく3つありまして、一つは新興国。GDPが上がればそれだけ医療に投資してきますね。二つ目は先進国の個別化医療。従来の検査、診断、治療というスキームが崩れて、検査と治療が融合、一体化する流れです。そこで我々の体外診断薬を使ったコンパニオン診断というものが重要性を増してくるだろうと思っています。もう一つは、プライマリーケアという予防の分野。薬で予防というのはなかなか難しいので、検査が主体となっているところです。主にこの三つに取り組んでいます。

財部:
その中で個別化医療というのが医療の先端なのですね。

家次:
はい、これまで医薬品というのはあまねく効くという触れ込みで販売されてきました。もちろんそれは一部の人には効いたのですが、もう一方では副作用も起こるということがあったわけです。これからの医療は個別化、パーソナライズされていく流れです。つまりその治療や薬がその人に合うかどうかということを事前に確かめるということです。事前の検査によって、あなたにはこの薬が効きますよ、あなたには効きませんよ、ということがわかるようになります。その診断薬を作っていくのです。

財部:
なるほど。

家次:
医薬品メーカーは、これまでは新薬を開発することで他社と差別化を図ってきました。しかし段々と新薬の開発が難しくなってきています。この先どうやって他社と差別化していくかというと、コンパニオン診断というかたちで、特定の疾患に対して検査をセットで処方するのです。

財部:
そうですか。患者としては効かない薬を投与されたくはありませんから、間違いなく事前に検査をしようと思いますね。

家次:
つまりコンパニオン診断は、薬の開発と並行して、患者群を層別化することを開発する動きで、医薬品メーカーと我々のような診断薬企業がタイアップして進めます。これは先進国、欧米ではかなり主流で今、グローバルメジャーの医薬品会社の多くがここにフォーカスしています。そういう意味では今、医療が大きく変わるタイミングなのです。

財部:
これはいつ頃、実現される話なのですか。

家次:
アメリカではすでにFDA(U.S. Food and Drug Administration)で承認を受けていますが、日本では体制整備をしているところです。

財部:
効く薬だけ使用するという考え方としては非常に筋が通っています。なぜこれまでなぜなかったのでしょうか。

家次:
なぜ、今、この分野が進んでいるかと言いますと、先進国すべてが医療費をいかに下げるかという問題を抱えています。薬が効かないというのは、患者さんにとって副作用だけではなく経済的な負担にもなります。それを国も負担しているわけです。今の治療ガイドラインだと、患者さんの状況に応じて最初はこの薬を処方、効かなければこの薬と処方され、患者さんと国の負担が大きくなるわけです。それを適正化することによって、経済的なコストも下げられるという考え方です。

財部:
この分野は国策でもあるわけですね。

家次:
そうです。例えば、薬を5種類ぐらい飲んで、効いてよかったと言うけれども、どれが効いているのかわからないから、全部飲み続けるわけです。これが医療財政を圧迫することになります。社会保障費の中で薬剤費というのは非常に大きいので、本当に効く人にだけしぼりこんでいけば、かなりの財政負担軽減が期待できます。

財部:
その人に効く、効かないというのはどうやってわかるのですか。

家次:
病気になりますと、例えば癌の場合、細胞が異常な動きをして、血液中に異質なタンパク質を放出します。その微量なタンパクの増減を検知するのです。その分量をはかることで癌発見の一つの指標となります。治療をした際には、投与した薬が効いているかどうかモニターとして使えます。ですから、新しい診断薬というのは血液の中の微量に含まれているものを、どう高感度に検知するかということです。現在、癌の検査は内視鏡などで臓器の組織を採取して検査し、治療方針を立てますが、簡単に採取できない組織もたくさんあります。この検査を血液検査でできるようにしたいのです。これを「リキッドバイオプシー」と呼んでいます。血液や体液で診断するという意味ですが、背景にあるのがやはり技術で、血液中にある癌由来のものを高感度に測れる技術ができつつあるということです。

財部:
シスメックスがやっているのは癌由来のものを検知する際に使う機器と試薬ですね。

家次:
はい。血液中にあるタンパク質などの物質をバイオマーカー(病気の進行や薬剤の効果など、生体内の生物学的変化を定量的に把握するための指標となる物質)と呼びますが、要はそれをいかに見つけるかなのです。国立がん研究センターと我々のコラボレーションはまさにこれで、彼らは「これは癌に関係ありそうだ」というバイオマーカーをたくさん発見しているのですが、なかなか実用化には至っていません。研究機関だけでは商品化は困難なので、我々が体外診断薬、つまり病院で使える形にして患者さんに届けようということです。