松竹株式会社 代表取締役社長 迫本 淳一 氏

迫本:
復興ということで言うなら、歌舞伎座(第4期歌舞伎座)は昨年4月に休館して取り壊されたあと、建替え工事が行われています。その前の歌舞伎座(第3期歌舞伎座)は、建替えの最中に関東大震災(1924〈大正13〉年)に遭い、建物が倒れてしまいましたが、またすぐに建て直され、言わば関東大震災からの復興を後押しする存在になりました。その後、歌舞伎座は戦災で燃えてしまったのですが、資材の少ない中で再建されて終戦後の復興の旗印になったのです。ですから、われわれもまた新しい歌舞伎座を建てて、日本がさらにステージアップするために、少しでも貢献したいという思いがあります。

財部:
それは大きいですね。実際、歌舞伎座が取り壊されるという時に、メディアの取材が殺到しました。歌舞伎座の建替えが大きな話題になるだろうことはわかっていましたが、日本人が歌舞伎座に対して抱く思いは予想以上に強かったということが、今回明らかになりました。私もBS日テレの「財部ビジネス研究所」という番組の「KEY PERSONに聞く」というコーナーで、新しい歌舞伎座の共同設計を手がけた建築家の隈研吾さんに出ていただき、お話を伺ったことがあります。歌舞伎座がまたどんな姿でわれわれの目の前に現れてくるのかということは、震災復興の1つの象徴として大きな意味を持つでしょうね。

迫本:
ええ。新しい歌舞伎座のデザインを発表したのは、震災後しばらく経ってからです。その発表自体についても、社内でいろいろと議論がありましたが、「(歌舞伎座の建替えが)少しでも皆さんの励みになれば」と考え、発表しようということにしたのです。

財部:
完成するのはいつですか。

迫本:
再来年の4月から、完成のお披露目をします。日本様式の外観デザインを踏襲した劇場部分は、従来通りに低層に構え、そのバックにそびえる高層オフィス部分が、新しい歌舞伎座を引き立てる背景になります。

財部:
2013年の4月ですか。復興が本格的に動き出した頃ということになりますね。ところで一度、機会があればお伺いしたいと思っていたのですが、なぜ新歌舞伎座の共同設計者に隈さんを選ばれたのでしょうか。

迫本:
われわれとしては、取り壊す前の歌舞伎座を極力残したいという思いがあります。そういう気持ちを理解していただき、オフィスビル部分と歌舞伎座部分をきちんとした形でデザインしていただけるという意味で、隈先生がよろしいのではないかと考えました。

財部:
隈さんは、お話を伺ってもご著書を読んでも「アンチコンクリート」が信条で、それはある意味で「アンチ20世紀」の建築と言ってもいいものかもしれません。「形をいくらでも変えられるコンクリートには主張が何もない。そこで素材そのものに主張してもらう」という隈さんの哲学は、20世紀から21世紀へと文化そのものを変えていくものだと思います。そういう隈さんを、歌舞伎座を運営する松竹さんが選んだというあたりに、先ほどの歌舞伎におけるイノベーションと共通するものがあるのではないでしょうか。歌舞伎座の姿を単に残すだけなら「似たものを造ってください」と言えば、他の人にもできるかもしれません。しかし、その辺りには哲学なり何なり、松竹さんと隈さんとのあいだに、互いに共通のものがあったのではないかと思っていました。

迫本:
建築家の方が歌舞伎座を手がけるとなると、ご自分を主張したくなると思います。しかし隈先生には、松竹の伝統をご理解いただき、非常に柔軟に対応していただきました。そういう意味では逆に、これまでの建築デザインを尊重してくださったと考えています。

財部:
なるほど。確かに隈さんは、数多くの場所を訪れる中で「その土地にあるレンガがポイントならば、そのレンガを素材に使う」という方ですからね。わかりました。

「1歩前進、2歩前進すべからず」

財部:
ここからは少しプライベートなお話を伺いたいのですが、事前にお願いしたアンケートでは、こちらも考えに考え抜いて、多くの方に同じ質問をしています。その中で「天国で神様に会った時になんて声をかけてほしいですか」という質問に対しては、なにがしかの「声」についてお書きになる方がほとんどです。ところが、迫本さんが「ただ微笑んでもらいたい」とお答えになったのはなぜでしょうか。

迫本:
やはり、そういう時は、裁かれるよりも許されるという気持ちになった方がいいと思いますので。(天国で神様に)何かを言われるよりも、ただ微笑んでもらえたら、受け入れられるような気持ちになるのではないかと思い、そう書きました。

財部:
おそらく松竹の社長は、日本人の歴史や精神性といったものを受け継いでいるという意味で、普通の事業会社の社長とは存在が大きく違うと思うのです。その松竹の社長として、こういう言葉になる、というものがあるのでしょうか。

迫本:
この質問は全人格的な問題に及んでいますから、それも大きなポイントになるかもしれませんが、あまり意識しませんでした。いろいろと考えると、私はこれまでに良いことも悪いこともしているわけで、そんな自分に対して、神様にそうしてもらえたら嬉しいと思ったのです。

財部:
2つ前の質問にある「座右の銘」には「1歩前進、2歩前進すべからず」と書かれていますね。

迫本:
ええ。これはまさに松竹と関係している話で、芝居にしても映画にしても、エンターテイメントには、お客様をハッとさせるような何かがなければなりません。古典歌舞伎にしても近代的なものにしても、日常の生活から1歩進んだ部分に、お客様を感動させるポイントがあると思うのです。ただ、(日常生活から)あまり進みすぎていると、お客様の気持ちから離れてしまうので、その意味で「1歩前進しても2歩までは進まない」ということが、松竹にとって大切な1つの目安だと考えています。

財部:
それは、先ほど話題にのぼっていた、松竹さんが伝統的に手がけてきた「芝居や演劇、映画における3つの柱」に通じるものがありますね。人間というものを、リアリティをもって描きながらも、優しさをもって見ているところに、人間の本質という部分で共通の思想があると感じます。

迫本:
そうかもしれませんね。

財部:
その流れでいくと、アンケートで「尊敬する人」にカエサルを挙げられているのは、私の中ではやや違和感がありますが、これはどういうことですか。

迫本:
カエサルは、地域や時代にとらわれずに、自由な発想ができた人だと思います。松竹に限らず個人的にも「自由な発想ができる人は素晴らしく、尊敬できる」という意味で書きました。会社としても、伝統の継承と革新の両方を絶えず行っていくことが必要で、これまで先人が築いてきたものをきちんと受け継ぐと同時に、「なぜそういうことが必要なのか」ということを、われわれは常に自問しなければなりません。そのうえで、実質的に改善すべき点があれば、それがかなり革新的なことであっても、あえて挑戦していくことで伝統が積み上がっていくと思います。ところがその時、自由な発想ができずに、(常識や慣習に)とらわれてしまうと、進歩が止まってしまいます。その意味で、自由な発想で物事を考えることができるというのは、本当に重要ですね。

財部:
松竹さんが手がけておられることは、自由でなければ発展性がない≠烽フであると同時に、伝統も守っていかなければならないし、革新もしなければいけない≠ニいうものだと思います。これは言わば、経営者の個性や考え方によっても変わり得るものですね。その意味で、社長の存在やあり方、これまでの方針、もしくはその継承の仕方はどうなっているのですか。

迫本:
先ほど申し上げた伝統と革新は、「型があっての型破り」という能の言葉にも通じると思います。基本的な型がわかったうえでなければ、次の「型破り」の段階にはつながらない、いきなり型を破ったのでは支離滅裂になってしまう、ということです。私は、これはむしろコンテンツを作る際の中身の問題だと考えており、社員たちがクリエイティビティを発揮できる場を作っていくことが、経営の仕事だと思っています。

財部:
なるほど。

迫本:
その意味で、松竹は経営的な視点においては伝統的に弱かった会社かもしれません。かつて松竹にとって非常に厳しい時代があったのは、会社としての経営、もしくは数字や財務諸表にしたがって基本的なことを処理していくという部分が弱かったからではないかと思います。ですが、良いものを作って、そのすそ野を少しでも広げ、1人でも多くのお客様に提供するということについて、歴代の経営者は皆真剣に取り組んできました。

財部:
つまり、経営そのものの近代化というミッションを、迫本社長は担っているわけですね。

迫本:
私が松竹に入った時には連結売上高の約2倍もの有利子負債があり、2004年に社長に就任してから800億円にのぼる不良資産を処理しました。リストラの実施に加え、松竹の象徴でもあった大船撮影所やテーマパーク「鎌倉シネマワールド」も売却しました。経営的な目線があれば、もっと前に手が打てたかもしれません。いずれにしても、良い経営ができるようになれば、また良いものづくりができるようになるということであり、その両方が必要だと思いますね。

財部:
わかりました。本日はありがとうございました。

(2011年 7月11 日 東京都中央区  松竹本社にて/撮影 内田裕子)