株式会社オリエンタルランド 代表取締役社長(兼)COO 上西 京一郎 氏

財部:
連日の猛暑の中で、僕は実は「パークを見せてほしい」と言ったのを後悔し、「こんなに暑い中で大丈夫だろうか」と、日を追うごとに気が重くなっていました(笑)。正直言って、「この暑さでパークが空いているのではないか」とも思いました。にもかかわらず、お客さんは汗だくになりながら、笑顔でパークを歩いています。たぶん今日のこの猛暑の中で、ああいう光景は、日本ではディズニーのテーマパーク以外にはないだろうと思いましたが、それはいったいなぜなのでしょうか。

上西:
手前味噌な部分もあると思いますが、やはりハードの部分を、エンターテイメントやイベントも含めて27年間しっかりとやってきたからでしょう。加えて、キャストの気持ちの部分におけるサービス力が向上していることも挙げられます。つまり、ハードとソフトによってうまく形作られた雰囲気の中に、ゲストの皆さんが溶け込んでくださっているということではないかと思いますね。

財部:
キャストの表彰制度も素晴らしいですが、オリエンタルランドさんでは、準社員を集めて社員がおもてなしをする日があるそうですね。

上西:
ええ。そういうことに関して、私どもの会社はかなり力を入れていると思います。 たとえば、冬場のパーク閉園後、正社員がキャストとなり、普段フロントラインで働いている準社員をゲストとして迎える「サンクスデー」を毎年開催しています。オリエンタルランドだけでなく、一部グループ会社の準社員も対象にしており、昨年度の対象人数は2万3000名で、そのうち1万3500名が参加しました。

財部:
そんなに来るんですか!

上西:
ええ。土日だけ働いてくださっている方も1人とカウントし、「私どもがキャストをやりますから来てください」と全員に声をかけています。3時間程度ですが、冬の寒い夜に1万数千人が集まり、いわゆる上司と部下とのコミュニケーションも生まれます。当日キャストをしている私たちに対しても、「そんなやり方では駄目ですよ」というようなアドバイスがあったりして、非常に和やかな雰囲気になるのです。

財部:
ええ。上司が怒られるわけですね、「笑顔が足りない」というように(笑)。

上西:
そうです。「そういう誘導の仕方でいいのですか」という会話がちらほら出てきて、いつも指示している側が、その日はいろいろと言われるのですが、そこは本当に1つの楽しみとしてやっています。

財部:
いつ頃から行っているのですか?

上西:
2003年度からです。当社では、普段フロントラインで働いている準社員たちが、プライベートでゲストとしてもかなりパークに来ていますが、自身が改めてゲストになることで、お客様が何を要望しているのかを感じてもらいたいという意味があります。その一方で、もちろん私たちの準社員に対する感謝の意もありまして、「人間関係をしっかり築いていきたい」という思いを少しずつ伝えていったらいいのではないか、ということで始めました。実は当社にはそれ以外にも、キャストのモチベーションアップの施策があるんです。

財部:
それはどういうものですか?

上西:
パークを歩いていて、素晴らしいパフォーマンスをしているキャストを見かけたら、「あなたの、いまのどんな行動が良かったのか」ということをチェックして、この「ファイブスターカード」を渡すのです。カードを受け取ると、記念品をもらえます。そういう形で、その人のパフォーマンスや行動が良かったということを、会社として認めたことになるわけです。また、記念品を渡すだけでなく、思い出の品としてそれを渡す意味もありますが、数ヶ月に1回ぐらい、カードをもらった人たちに開園前に集まってもらい、簡単な食事と飲み物を出して、30分程度の彼らのためのパーティーを開催しています。

財部:
なるほど。

上西:
要するに、ファイブスターカードをもらった人だけが参加できるパーティーで、私たちが彼らをお迎えする側になるわけです。皆、ディズニーファンばかりですから、オリジナルのちょっとしたショーを観てもらい、仕事への意欲を駆り立ててもらうことを狙っています。パーティーは、パークのオープン前に行われますが、その日に勤務に入っていない人も、それを観るためだけに来るぐらい、彼らは自分たちの仕事が好きで、ディズニーが好きなんです。そういう人が集まっていますから、彼らのそういう気持ちをずっとつないでいくために、さまざまなことを工夫して行っています。

財部:
その一方で、僕が非常に興味を抱いたのは、準社員ではなく正社員です。ディズニーランドそのものが持っている人と人との関係や、モチベーションアップに対するある種の哲学・思想は、オリエンタルランドさんの正社員の世界にも反映しているのですか。

上西:
正社員になると、マネジメントの部分がかなりありますので、そういう準社員の方に求めるようなレベルでの施策はあまりないですね。ただし、私どもの社員にはさまざまな分野で才能を持つ人財がいますので、彼らがどんどんアイデアを出していけるような環境を醸成しようということで、表彰制度を行っています。部署に関わらず「こういうことをやったらいいのではないか」という意見を出し、あるいは実際にそれをやってみて非常に良い結果を出した人たちを、役員以下が集まって表彰するのです。

財部:
そうですか。オリエンタルランドさんの社員には、根っからディズニーが好きだという方もいれば、会社として客観的に見て入ってこられた方もいると思います。先ほど広報の方と話した時に、「ギスギスしたような一般の事業会社とは少し違うのではないか」というご感想を伺ったのですが、そういう部分について何か特徴はあるのでしょうか。

上西:
私どもの会社は、さまざま業種から成り立っています。エンターテイメントあり、レストランあり、商品あり、もちろんオペレーション部門もスタッフ部門もありますが、それぞれの縦のラインは、外の世界では1つずつ独立して存在している業種です。ところが当パークの中では、それらすべてが連携していないと意味がなく、お客様に喜んでもらえるようなサービスができないという考え方を、皆が根底に持っています。

財部:
非常に広い業種から成り立っていますからね。

上西:
1つ1つが全く違う業種ですが、そこをうまく連携させないとゲストに受け入れられない、という思想や発想がベースにあるわけです。ですから簡単な言葉で言うと、チームワークに重きを置いていると思いますね。実際、セールスはセールスとして完全にセパレートしているわけではありません。セールスをするにしても、パークの中のさまざまな実態をよく知っていなければ、商品をプログラムとして売ることはできませんから、そういった意味でのつながりは深いと思います。

財部:
上西さんが社長になってからのマネジメントにおいて、一番気を配っていることは何ですか?

上西:
組織の中で、才能を持つ人たちにどれだけパフォーマンスを発揮させるかが、マネジメントの仕事だと思っています。いまも人事の担当者とよく話をしているのですが、そういうマネジメントにもっと注力し、社員の力を最大限に発揮できるようにすることが、われわれにとって一番大きな課題であり、マネジメントに対する期待でもあるのです。現場で起こっていることを一番よく知っているのはフロントラインですから、彼らにどう課題を持たせて創意工夫を引き出すか。それを組織としてどう形にして、ゲストに喜んでもらえるようなサービスを提供していくかということの繰り返し。フロントラインだけではなかなか形にできないことであり、それをしっかりと吸い上げるマネージメント力がまだ弱いので、そこをもっと強くしていかなければならないと思います。

財部:
具体的に、マネジメントについてどんな課題があるのですか。

上西:
フロントラインの人と話していると「こうした方が良い、ああした方が良い」という意見が数多く出てきます。もちろん全部が実現できるわけではないですが、彼らの話を聞いていると「それらを、ゲストサービスにつなげたらいいのではないか」ということがたくさんあるのです。そういうことを、いかに組織として、タイムリーに吸い上げていくかが、とくに現業部門におけるマネジメントのポイントです。一般管理部門のマネジメントについては、どの会社でも基本的に同じだと思います。

財部:
事前にお答えいただいたアンケートで、上西さんは、松下幸之助さんを尊敬されておられるということでした。実際に各誌でのインタビューの中でも、「周知を集める」という言葉を使っていらっしゃいますが、それはやはり幸之助さんの言葉から来ているのですか。

上西:
そうですね。私が幸之助さんを尊敬しているのは、家電を通じて世の中が便利になり、人々に幸せになってもらいたいという強い思いを持ち、それを実践するために、社員たちに哲学を伝えるというコミュニケーションを取ってこられた、つまり、人を育てながら企業も育っていくということを着実に行ってこられたことを、非常に尊敬しているのです。実際問題、そうは思っていても、なかなか実践できるものではありません。しかし、それをしっかりとやり遂げられた方が、ほかならぬ松下幸之助さんだと私は思います。

財部:
社長になられてから、幸之助さんの本を読まれるようになったのですか?

上西:
実は、社長になってからは読んでいないんです。一番最初は大学の時ですね。

財部:
大学生の時にですか!

上西:
就職の時に読んだのかどうかは忘れましたが、要は、働くとはどういうことかということをふと考えた時に読みました。もう30数年前になりますが、松下幸之助さんも松下電器を含めて著名だったので、少し読んでみようかと思ったのです。社会人は皆こんな思いで仕事をしているのかと痛感し、それから数冊を読みました。また入社後約5年が経った頃、当時のスポンサー業務部に配属になり、そこで8、9年勤めたのですが、運の良いことに松下電器さんを担当させていただいたのです。松下さんの社員と話をしていると、「松下幸之助はこうなんだ」という話がよく出てきたものです。学生時代、あるいは社会人になってからも読んでいた「松下幸之助イズムは、社内にこう浸透しているのか、凄い会社だな」と思いました。もちろん、他にもしっかりとしたプライドを持っている会社は数多くありますが、社員の口から幸之助さんという1人の経営者の名前が出てきて、「彼はこうやっている」と話をするのは素晴らしいことですし、幸之助さんは凄い人だと改めて痛感しました。

財部:
社長になってから、なおさらお感じになることはありますか。

上西:
そうですね。こんなことを言ってもいいのかどうかわかりませんが、なかなかあそこまでできるものではないと思います。でも少しでも機会を作り、自分の思いを、さまざまな人に話して理解を得ることは、しっかりとやり続けなければいけないですね。

財部:
僕は、かつてのパナソニックの経営危機の最中、中村邦夫会長が2000年に社長になってから6年間、同社を継続的に取材していました。とくに2003年は赤字で、あとで聞くと本当にキャッシュが行き詰まる寸前だったということもあったそうです。そんな時に、中村さんに話を聞きに行ったのですが、中村さんは横に幸之助さんが書いた『実践経営哲学』を置いてインタビューを受けてくださいました。その本には付箋が貼ってあり、僕はどこに付箋が貼ってあるのかが非常に気になって、取材が終わったあと「その本をください」と言ったんです。僕は、会社を出てからすぐに頂いた本を見ました。すると、付箋が貼られていたページの「日に新た」と書かれている部分に赤線が引いてあったんです。

上西:
そうなんですか。

財部:
中村さんは当時、社員の前でも記者会見でも、あちこちで「日に新た」と話していました。しかも、その本に書かれた「日に新た」という箇所にも線が引いてあるわけです。僕は、中村さんはこうやって創業者と対話しているのだなと思いました。彼は「日に新た」という言葉そのものは、嫌と言うほど知っているし、語りもしているのに、改めて本のその部分に線を引いているのです。それほどまでに、経営者の仕事は大変なのかと感じたと同時に、パナソニックに幸之助さんという創業者がいることが、本当に救いなのだと思いました。

上西:
変わるべきところは変わる一方で、変わってはいけないところもあり、中村社長はそこに常に戻っておられたのだと思いますね。

財部:
ええ。やはり、そこは大変ですよね。変えるのは当たり前だと皆は言いますが、何を変えればいいのか、そして何を変えてはいけないのかという点で、社長の判断は非常に難しいと思います。

上西:
そこは本当にそう思いますね。私も社長になった時に、物事をゼロベースで見直そうと提案したのですが、今度は変えること自体が目的になり、一時期「何でも変えればいい」というような雰囲気になって少し慌てました。私は、物事をきちんと見直し判断をして、良いということになれば、それをさらに進化させればいいし、駄目だったら変えようという思いで事象に向き合ってほしい、というメッセージを込めてそう言ったのです。結局、いまはそのように言い直して、いろいろと取り組んでいます。私も中村さんの本を読んだことがありますが、悩んだ時には幸之助さんの本に何度も立ち返り、本が破れるぐらいにまで線を引いたりしていた、という話を読んで、社長の仕事は大変なのだなと思いましたね。