人材の付加価値が向上しなければ、日本は競争に勝てない
株式会社ザ・アール代表取締役社長 奥谷 禮子 氏
財部:
最初に、今回ご紹介いただいたカルチュアル・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長とのご関係をお教えいただけますか。
奥谷:
1985年に旧通産省のバックアップで設立された、若手のベンチャー経営者からなる起業集団「社団法人ニュービジネス協議会」で、増田さんと一緒になりました。二人とも、何か面白いことをやろうということで、ある部門の実行委員会に参加したのですが、増田さんは当時まだ大阪にいて、これから東京に進出を始めようとしている時でした。私は、増田さんとお会いして話をしているうちに、なかなか面白い方だと思いましたので、同社の大阪本社を見に行きました。それから今日まで仲良くさせていただいて、いまでは社外取締役もやらせていただいています。
財部:
それにしても、増田さんは、飛びぬけた感性の持ち主ですよね。その増田さんの口から、最初に奥谷さんのお名前が出たということは、やはりどこかで波長が合う部分があったのはないですか。
奥谷:
会社の事を含めて、何でもかんでも好きに言い合っていますからね。いろいろなことを忘れて気を許せる仲間という感じです。以前はベンチャー仲間が集まって、毎年の暮れに香港だ、韓国だ、上海だといって、何回も旅行をしていましたしね。
財部:
そうなんですか。皆さん一緒に交流もされていたんですね。
奥谷:
ええ。当初、ベンチャー仲間が集まって、「無名の会」というのを作ったんです。ところが、そのうちに皆が上場し、「無名ではなくなったので、解散しよう」ということになりましてね(笑)。
財部:
なるほど。奥谷さんは経済同友会幹事を務められているほか、厚労省の労働政策審議会(労政審)臨時委員、内閣府規制改革会議委員などのさまざまな役職を経験され、女性経営者として、非常に先駆的な立場で活躍してこられましたよね。
奥谷:
わりと人を集めることが苦にならないというか、人が私の周囲に自然に集まってくるんです。そういうわけで、いろいろ役職や会合に名を連ねることになったのですが、そこで幹事役のようなこともずいぶんやらせて頂きました。
「派遣切り批判」をあえて批判する
財部:
そうですか。でも現在、派遣労働の問題について、企業サイドできちんと表に出ていらっしゃるのは奥谷さんぐらいではないでしょうか。
奥谷:
そうですね。派遣会社にも大企業が数多くありますから、できればそういう企業がどんどん表に出て、きちんとした主張を言ってほしいのですが。
財部:
思うに、派遣会社からきちんとした主張が聞こえてこないことが、世の中の雰囲気や市場を、一層悪くしているような気がします。実際、派遣労働の現状が世間にまったく伝えられないまま、情緒的なニュースや報道ばかりが飛び交っていますよね。
奥谷:
ええ。「派遣が悪い」というトーンの話ばかりですよね。でも派遣ビジネスは、雇用形態の多様化や働く人の価値観の多様化が進む中で、社会から必要とされてきたからこそ、4兆円規模の産業にまで成長してきたわけです。
財部:
そうですね。メディアでは去年の秋以降、派遣労働の問題が急速にクローズアップされてきました。ところがこの問題は、日本における雇用のあり方を考えるうえで、非常に重要であるにもかかわらず、極めて扇情的に、「一所懸命に働いていたのに、派遣先に契約を切られた人はかわいそう」とか「派遣会社は悪人だ」という単純な構図で語られてきました。
奥谷:
正直な話、メディアも政治家も「派遣村」の実態をみて、何を考えているんだろうと思います。
財部:
僕も「派遣村」や「派遣切り」のニュースを目にした時、派遣労働者を受け入れている企業も派遣会社も、きちんと表に出てくるべきだと感じました。ところが、この国のメディアはあまりにも事実を歪めた伝え方をしますから、経営者にしてみれば、なかなか出づらいという面もあるわけですよね。にもかかわらず、この問題に関して、奥谷さんだけにはサンデープロジェクトにも出ていただきました。そもそも奥谷さんが、自分1人でも番組に出ようと決断された時のお気持ちは、どんなものだったんですか。
奥谷:
たとえば「『派遣村』にいる人はかわいそうな集団」だという、一方的かつ誤った見方を正し、世の中の人に事実をわかっていただきたい。それが自分の使命である、というように感じたので番組に出させていただきました。その意味で今回、派遣会社として、番組できちんとした主張を行うチャンスを与えていただいたので、その機会を積極的に利用させていただこうと思ったんです。
財部:
まったく表に出てこない同業者に対してどんな感想をお持ちですか。
奥谷:
それぞれの企業によって、経営者の考え方に違いがあるのかもしれませんが、私自身は「なぜ表に出ないのだろう」と不思議に思っています。そもそも業界内で一定シェアを占めている企業ならば、自分たちの意見なり主張をきちんというべきで、そういうミッションや責任があるのではないでしょうか。
財部:
業界サイドの皆さんが、まずきちんと話しをしないと、派遣労働のあり方そのものが、まったく理解されませんよね。
奥谷:
そうですね。一般の方は「一般派遣」(派遣会社が、期間を定めた仕事を紹介すること)と「特定派遣」(常用社員を派遣すること)、あるいは製造業における派遣と請負との違いなどについてはご存じないと思います。にもかかわらず、こうした部分をすべて一緒くたにして、「派遣は駄目だ」ということばかりいわれると、主婦のように派遣でしか働けない人や、自分にとって派遣が一番良い働き方だと思っている人たちにとって、非常に迷惑ですし、派遣が雇用創出に貢献している部分もゼロになってしまいます。
財部:
じつは「日経BPnet」のホームページで「財部誠一の『ビジネス立体思考』」という連載をさせてもらっているのですが、去年の12月に「派遣切り批判を批判する」という記事を書きました。その中で、「いまの派遣切り批判はとんでもない大間違いだ」という話をしたら、大きな支持を得た反面、批判的な意見もたくさんきたんですね。そこで僕は、次の連載で「続・派遣切り批判を批判する」という記事を書きました。その際、僕がよく知っている自動車メーカーに、派遣労働者に対してどの程度の待遇を行っていたのか取材したのですが、中には年収4、500万円の給与をもらっている人もいたんです。
奥谷:
なのに、なぜ急に「ポケットには300円しかない」という状態になるのか疑問ですね。
財部:
そうですよね。だから僕は、今回の派遣の問題は制度上の問題ではなく、日本のマスコミの問題だと思っているんです。だいいち「先月、クビを切られました」といってポケットから手を出して、「300円しかありません」というのが派遣制度の実情だというような報道が行われていますが、あり得ませんよね。
奥谷:
ええ。あたかも昔の山谷、釜ヶ崎地区のイメージそのままですが、現在では法も制度もずっと近代化されています。いずれにしても、何百万円という年収をもらっているわけですから、その一部を毎月貯金しておけば、どこかでアパートを借りることもできます。
財部:
僕は、ああいう取材には裏があるのを知っていますが、中には「やらせ」がいくつもありましたね。
奥谷:
当社の社員も、実際に「派遣村」の現場を見に行ったのですが、同じ人にしかカメラがインタビューをしないというんですよ。
財部:
そうなんですよね。じつは今回の派遣問題の中に、僕が本当に恐れていたことが含まれているんです。僕はこれまで長いこと、取材活動を通じて、90年代から2000年初頭にかけて、中国が「世界の工場」になっていくプロセスをみてきました。その中で、日本国内だけでものづくりを行っていたら、国際競争力を維持できなくなるだろうということは、誰の目にも明らかでした。でもその一方で、大企業の側にも「技術流出などのリスクをヘッジしたい。人件費は高いが、日本国内でなんとかできないか」という考え方もあったわけです。
奥谷:
そういう企業のニーズにも応えていくために、昔の「季節工」的な労働形態を、派遣というシステムで入れ込んだという意味合いもありますね。
財部:
そうですよね。2002、03年に、コマツが国内に工場を建てていますが、その時に「フィージビリティースタディー」(実現可能性調査)を行っていて、ある港のそばに工場を造り、なおかつ派遣社員をある程度の割合で採用すれば、採算が取れるということでした。もし派遣制度がなかったら、日本には工場を造らなかったと、同社の坂根会長は明言しているわけです。最近、「日本には工場が少なくなった」という人が多いのですが、逆にいえば、じつは派遣制度があるお陰で、このご時世でも日本国内に工場が造られていることの方が重要だったのです。
奥谷:
ある家具・インテリア製造販売チェーンの社長さんは、最初は北海道で、作業員の時給800円ぐらいで工場を回していたそうです。でも「これではコスト面で負ける」ということで中国に行ったのですが、そのうち中国でも人件費が高騰し、インドネシアに移りました。ところが最近では、インドネシアでも人件費が高くなり、現在はベトナムに行っています。その社長さんは、「ベトナムもこれから高くなるだろうから、今後はアフリカに探しに行く」と話していました。そうしなければ、もはや競争ができないというんですね。
財部:
そうですよね。最近マスコミから大きな批判を浴びた自動車やエレクトロニクス関連の経営トップに何度か会ったのですが、彼らは「もう2度と、日本には工場を作らない」と話しています。
奥谷:
ここまでくると、結局、企業は雇用創出云々といわれても、どんどん海外に出て行ってしまいますよね。マスコミに批判されるのが嫌だから。
財部:
そういう事情を、日本のマスコミは本当にわかっているのか、という思いでいっぱいです。とくに現在は景気が本当に厳しく、自動車やエレクトロニクス業界は輸出が厳しいので、工場をどんどん閉めています。この間も、九州のあるエレクトロニクスメーカーが工場閉鎖の発表を行う前に、ある噂が流れました。「この工場の再開はもう二度とない。でも、このただ潰すわけではないだろうから、必ずどこかで操業を再開する。それは間違いなく中国だろう」というわけです。そこで、地域の一次下請け、二次下請け、三次下請けまで、皆が中国についていく準備を始めているというんですよ。
奥谷:
そうなんですか。