敷島製パン株式会社 盛田 淳夫 氏

盛田:
僕はこの5月に、その農業試験場と生産農家の皆様を、一度訪問しようと思っています。やはり、実際に育種開発を行っている人や、生産者の皆さんに面と向かい、「われわれも、いいものがあれば使わせていただきたい」という意思表示を、きちんとしておく必要がありますよね。

財部:
そうですね。たとえばカルビーのポテトチップスの場合、食品の製造プロセスは、パンとは違ってかなり単純で、いかに良いジャガイモをスライスして揚げるかがポイントになります。その意味で、極論すれば、ポテトチップスという商品を作るうえで「ジャガイモの品質がすべて」ということになるんです。同社の創業家の松尾さんは、現在、直接の経営からは離れていますが、非常に熱い思いを抱かれていて、「ただ待っていたんじゃ駄目だ。農家そのものを育てなければ」と自らが動いてきました。ただ、僕はそういう状況を見聞きすると、日本の農政や農協は非常に後進的。あるべき姿に変われば、もっと良い農作物ができるのにと、つくづく思うんです。

盛田:
なるほどねえ。

財部:
そこを突き詰めれば、やはり農業も買い手あっての話、ということになりますよね。だから「ウチが欲しいのはこういうものだ」ということを、カルビーは農家に伝えてしっかり理解してもらう。そして実際に、毎年、種の植え付けから関わっているという人たちを1人ひとり農家に派遣するということを、松尾さんは実践されていました。これはジャガイモについての話ですが、質の高い農作物を国内で大量生産するための取り組みを、いま諦めてしまったら、何十年後かはわかりませんが、本当に食料が足りなくなってしまうこともあり得るわけですよね。

盛田:
ええ。

財部:
そのとき、日本国内でどれだけ米を収穫できるのか。あるいは、パンを作るための原料をどのように手に入れるのかということについては、もの凄く多様な手段を講じていかなければならないと思うのですが――。

盛田:
はい。事前にちょっと聞いた話だと、農家の皆さんは意外と、麦を作るよりも米を作る方がいいとお感じのところがあるようですね。だから繰り返しになりますが、本当に僕らが現場に行って、「こういう品質の小麦を作っていただけたら、こんなにおいしいパンを作ることができます」ということを、面と向かってお話しないと、やはり通じないのではないかという気がしてきたんですよ。

財部:
まったくその通りだと思います。

盛田:
そこで私も、とにかくこの5月に、生産地に行こうと思っているんです。たぶん農家の方にしてみれば、「自分たちの作った小麦が、いったいどんな品質のパンになるのか」ということをうまく想像できていないような感じがしますね。

財部:
ええ。農家の方と食品会社はもっと密接になる必要があると私は思いますね。農家と消費者をつなぐ役目として、また、商品になるイメージを具体的に説明する役目として。そんのようなイメージを持てている農家と、そうでない農家では大変な違いですよね。

盛田:
最近、メディアでも農業問題がよく取り上げられますが、農業は、われわれが考える理屈とは、なんだかちょっと違う論理が働いている世界のようにみえます。

財部:
僕が調べた限りでは、日本の農業は本当に「化石」のような存在になっています。たとえば、いまの話でいえば、結局、自分たちが作った作物が、ユーザーによって有効に使われているかどうかがわからないし、そういうことを想像することもできない。なぜかというと、これは農協の仕組みのせいなんですね。つまり、いくら自分のところで良いものを作っても、悪いものを作っても、他の農家が作った作物と混ざってしまい、それで「○○産の米」とか「△×農協の人参」と、ひとくくりにされてしまうわけです。当然、同じ地域の中でも、一所懸命に農業に取り組んでいる人もいれば、個々の栽培技術にも格差があるはずなのに、実際は、画一的な商品にされてしまうんですね。

盛田:
そうですね。

財部:
作業をきちんと行った人を適切に評価し、相応の報酬を支払うといった仕組みがないことが問題です。

盛田:
そうですね。

財部:
「農家の努力というものは、いったい何なんだ?」ということになりますよね。このように日本の農業は、インセンティブとかモチベーションといったものがまったく介在しない世界になってしまったんです。ところが先のカルビーはもちろん、千葉県香取市にある農事組合法人「和郷園」のように、スーパーに直接作物を売りに行く農家の集団にすれば、自分たちが作った作物の価値がきちんと評価されるから、作業にみあった適正利益もみえてくる。農家にだって、一般企業と同じように適正利益はあるんですよね。

盛田:
そうですよね。

財部:
日本では昔から、「兼業農家」という言葉を、小学校で習います。これは間違いで――。つまり、専業では商売にならないから兼業になってしまっている。商売として成り立っていない。職業としてサステナブルではないんです。それなのに、農協という集団が取りまとめて、税金を突っ込んで、なあなあでやってしまっている。もう、そんなことは全部やめて、自力で専業としてやっていける農家をつくっていくべきなのです。頑張った農家がまともな評価を受けて、もまともな報酬が得られるようにする。いわばそのように、盛田さんたちと同じ理屈の作業を、農業分野でもやっていくべきだ、という気運が、最近やっと出てきたんだと思います。

盛田:
なるほどね。

財部:
それをやっていくためには、やはり御社のような企業が作物を買いに行くとか、品質の高い作物を作る農家の方を、皆と一緒に育てていただくというように、一般の事業会社が生産者と関わることが非常に大切だと思いますね。

盛田:
そうですよね。僕は別に農業法人を設立して、直接農業をやることは、まったく考えていませんが、(生産者の皆さんと)コラボレーションを行い、一致協力して、お互いに顔をみながらやっていくという方向性でいけるはずです。ましてや今後日本で、パン用の小麦を確保していくことを考えれば、やはり当社も現場に一所懸命に顔を出し、「このぐらいの品質の作物を、このぐらいのコストで」というニーズを、きちんと伝え、理解していただくような努力をしていかなければ。ただ、出てくるのを待っているだけでは、いかんのだろうな、と思いますね。

財部:
そうですね。

盛田:
まあ、そういう気はしているんですが、(それが軌道に乗るには)これから10年、20年、30年かかるかもしれません。まだ、緒に付いたばかりなので、今後の展開がどうなるかわかりません。それでも今、農業試験場で行っている試験では、2、3年のうちに目指している小麦がひとつできそうなんで、期待しているのです。

財部:
いやあ、まさか今日は、農業の話が出るとは思いませんでしたね。

日本企業&台湾企業のパートナーシップで中国に進出

財部:
農業についていえば、経済成長著しい中国にしろインドにしろ、彼らがパンを本格的に食べ始めたら、世界中から本当に小麦がなくなっちゃいますよね(笑)。

盛田:
今度、当社では、伊藤忠商事さんと組んで、上海にパン工場を作りますけどね(笑)。

財部:
そうですか。現地のパートナーは、どういう会社なんですか?

盛田:
頂新(ディンシン)ホールディング(本部・台北市)といいまして、もともと台湾で植物油の製油業をやっていて、中国本土へ出た企業です。いろいろと紆余曲折があったようですが、いまアサヒビールさんと組んで、ペットボトル飲料が大当たりしています。それからサンヨー食品とも組まれていて、『康師傅』(カンシーフ)というブランドのインスタントラーメンやカップラーメンも、中国ナンバーワンになっていますね。あとはカゴメさん然り、とにかく日本の食品企業と組んで、向こうで事業をやられていますよ。そこで今度は、彼らがパンもやりたいということで、われわれが一緒に組むことになったんです。

財部:
台湾の会社は良いですよね。それにしても、僕は中国にもずいぶん取材に行っていますが、本当にパンがおいしくないんですよね(笑)。

盛田:
そうですね(笑)。

財部:
最近、中国ではさまざまな商品について、品質が相当良くなりましたが、一流のホテルでパンを食べても、「これはなんだろう?」と思いますね。

盛田:
まあ、まだちょっとね。(ものづくりの)丁寧さというか、基本的な品質管理の問題など、原料の段階から詰めていかなければならない問題も、もちろんあるでしょう。とはいえ、いま僕は簡単に「中国に工場を作ります」と話していますが、菓子パン系統は、どういうものを作れば市場に受け入れられるのか、ということは大体わかります。ところが、食パンの場合は向こうには、そもそもトースターが家庭に普及していないんです。ですから、私たちがいま考えているのは、どちらかというとサンドウィッチ用の食パンです。中国で本格的に、家庭の朝食で、食パンをトーストで焼いて食べさせようと思ったら、まずはトースターから紹介していかなければならない、という感じですね。

財部:
ほお。

盛田:
だから極端な話、「パン食文化から掘り起こしていかなければ」という状況で、それは大変な仕事ではありますが、中国に食卓革命を引き起こすという目標を打ち立てて、面白いかなと思っています。

財部:
たしかに、それこそ中国でも、御社が日本で創業されたときと同じような話になるでしょうからね。

盛田:
もちろん、(それをやり遂げるためには)頼りがいのあるパートナーが要ることではありますが、「中国の食文化に、パンで貢献しよう」ということを、私自身が勝手に主張していますよ(笑)。

財部:
中国では、いまでもホテルで食パンが出てくるぐらいで、他では滅多にお目にかかれないですからね(笑)。

盛田:
最近は日本のコンビニが中国にたくさん出ていますが、中国のコンビニに置いてあるのも、ほとんどが菓子パンですから、本当にこれからだと思いますね。