敷島製パン株式会社 盛田 淳夫 氏
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世界規模で食糧難の時代になりつつあるいま、食を通じて社会に貢献していく

敷島製パン株式会社
代表取締役社長 盛田 淳夫 氏

財部:
今回ご紹介いただいたツネイシホールディングスの神原社長と、盛田さんとのご関係から教えていただけますか?

盛田:
「YPO」 (Young Presidents' Organization)という青年経営者の世界的な組織がありまして、これは一応50歳で卒業する会ですが、現在日本全体で150から160人ぐらいのメンバーがいるんです。その中に、だいたい8〜10人程度の固定メンバーで作る勉強会があり、月に1度ぐらいのペースで顔を合わせています。そこでたまたま神原さんと同じ勉強会に所属していたんですよ。

財部:
YPO、知る人ぞ知る若手経営者の国際組織ですよね。誰でも入れるわけではなく、メンバーがかなり厳選されることで知られていますね。

盛田:
私はすでにYPOを卒業しましたが、現役時代は月に1度、同じ勉強会のメンバーの会社を行き来して、ずいぶん語り合ったものです。いつも3時間、4時間話し合う。そんなことをずっと積み重ねてきたんです。

財部:
経営者としての悩み、というところに行き着くわけですか?

盛田:
いろいろな悩みですね。皆さん、生身の人間ですから、会社や家庭にかかわらず、多くの悩みを抱えていますよね。しかも、メンバーそれぞれが社長という立場であるがゆえに、なかなか人には相談できないこともある。そういう事柄を、お互いにぶちまけて、「いや、じつは俺も同じ経験をしているんだよ」ということを、話し合うことができる会なんです。

財部:
そうですか。ところで昨日(1月20日)、今年6月の株主総会とその後の取締役会の決定を経て、トヨタ自動車の渡辺捷昭社長が副会長に退き、創業家の豊田章男副社長が新社長に就任するという発表がありました。じつは私は2000年頃、豊田章一郎さんにお目にかかったんですが、そのときにご自身の子供時代の話をお聞きしたんですが、その時、盛田昭夫さんの話も出たんです。章一郎さんが「盛田家は凄いお宅で、うちとは比較になりません」とおっしゃられていましたよ。じつは今日、盛田さんの所へ道すがら、そんなことをちょっと思い出していました。

盛田:
そうですか。もっとも盛田家といっても私の方は分家ですから。

財部:
本家は"ねのひ"で有名な酒造メーカーですね。盛田さんは敷島製パン、パスコの社長ですが、創業家として会社経営を引き継いでいかなければならないという責任には、本家も分家もありません。そこでうかがいたいのですが、創業家として経営を継いでいく感覚とは、どういうものなんでしょうか。盛田さんはトヨタの社長交代のニュースをどのように覧になられていましたか?

盛田:
じつは当社はお正月の箱根駅伝を後援しています。駅伝に参加する選手たちにとって順位や記録は大きな関心事ですが、駅伝で重要なことは次から次へと襷(たすき)をつないでいくことなんです。襷をつなぐことそのものに価値があります。創業家が経営を継いでいくことは駅伝に似ています。前の世代(走者)から襷をしっかり引き継ぎ、次の世代(走者)にしっかり襷を渡すのが自分の責務だという感覚が私にはあります。襷をつなぐ。大げさに言えば、それが使命、宿命だと思っているんですよ。

財部:
とてもわかりやすい表現ですが、盛田さん自身の口から「襷」という言葉をうかがうと、格別な印象をうけますね。

盛田:
けっして陸上競技に固執するわけではありませんが、北京オリンピックの男子陸上400mリレーで、日本が史上初めてトラック競技でメダルをとりましたよね。私は彼らの姿にも襷と共通の感覚をうけました。日本チームの4人がメダリストになった背景には世界トップレベルのバトンワークがあったといわれていますよね。そこまでバトンワークを磨きこんだ執念、確実に正確にバトンを次につないでいくことへの執念、そんなことを私は感じていました。

財部:
なるほど。しかし経営を引き継いでいくとなると、事は単純ではありません。複雑な要素がありますよね。盛田さん自身はどのような心持で、社業を継いできたんですか。

盛田:
僕は社長になった瞬間、従業員4000人の家族の生活を、肩にずっしりと抱えたような気がしました。まあ、誰しも社長になればみな同じ気持ちでしょうけれど、それを意識した時、まっさきに去来したのは「この会社は絶対潰したらいかん」という思いでしたね。

「食糧難の解決が開業の第一の意義」

財部:
いろいろ資料を拝見すると、盛田さんは小さい時から、お父さんに工場に連れて行かれたそうですね。そういう体験というものは、どんなときに本当にリアリティを持ってくるものなんですか。やはり、社長になられてからなのでしょうか?

盛田:
何といったらいいのかよくわかりませんが、覚悟という意味では、社長になる前と後ではずいぶん違うと思います。ちょっと話がずれるかもしれないですが、僕は最近ずっと、創業の話、つまり当社の原点についてよく考えます。

財部:
ほお。

盛田:
ウチの会社は、ちょうど大正時代の米騒動のとき、曽祖父がこの状況をなんとかしなければならないと思い、「お米の代用食としてパンを作ろう」という目的で始まったんです。当社の創業理念には、「金儲けは結果であり、目的ではない。食糧難の解決が開業の第一の意義であり、事業は社会に貢献するところがあればこそ発展する」とあるのですが、最近僕は、「やはり、これだな」と改めて感じています。

財部:
1920年の創業以来、こうした理念がずっと生き続けているわけですね。

盛田:
僕は社長になってから、毎年の創業記念日に、この創業理念をいつも読み直していますが、年を経るごとに(その言葉の)重みをひしひしと感じています。そこで僕は、自分なりにまた少し言葉を変えて、創業理念について社員に話をしているんですが、昨今の食の問題や資源問題を考えると、ある意味で時と場所を変えて、いま改めて世界規模で食糧難の時代になりつつある、という気がしていますね。

財部:
そうですね。

盛田:
だとすれば、つまりこの創業理念は、「いま当社が何をすべきか」ということを明確に示しているだけでなく、(当社にとって重要なのは)創業の頃とまったく変わらない精神ではないかと思っているんです。そういうところは、自分が小さい頃から、知らず知らずのうちに身につけてきたものかもしれません。

財部:
そういう価値観を、小さな頃からしっかり教えられていて、身に染みついていたということなんでしょうね。

盛田:
別に、お説教のようにいわれたわけではないですけど、いろいろなところでそういう機会に触れることが多かったですからね。

財部:
昨年は、小麦などの穀物相場が大幅に値上がりしましたが、盛田さんはどういう受け止め方をされましたか? まさに食を供給するという立場からすれば、小麦価格が急上昇し、パンの値上げも避けられないという厳しい状況で、御社の創業理念にいうように究極的には「金儲けは結果」であるとしても、現実的には自社の収益を落とすか、小売価格に転嫁するか、という決断を迫られますが、その辺はどうなんでしょうか。

盛田:
僕は、企業として適正利益は当然必要だと思うし、またこれは深い部分で創業理念とも関連してくるのですが、「会社とは何のためにあるのか」を考えたとき、やはり社会に貢献し、社会から認められる存在でなければ、会社が存続する価値はないと思います。僕はそこが最も基本的な部分だと考えていますが、やはり社会の中で永続的に貢献を果たしていくことこそ、企業の使命。となれば、企業が永続的に社会に貢献していくためには、企業は永続的に発展を続けていかなければならないわけで、会社を潰すことはもちろんできません。だから、企業が永続的に貢献していくためには、適正利益は当然必要だということになるわけです。

財部:
そうですね。

盛田:
僕はそういう解釈でやっているんですが、去年の場合、小麦価格があれだけ上がってしまうと、やはり、ある部分は価格転換せざるを得ないという状況にはありました。ただし昨年秋から暮れにはさすがに、「これ以上値上げを行うと、お客様の価格基準から大きく外れる価格帯になる」という状況になり、「これは難しいだろう」ということで、値上げを見送ったんです。まあ、その話はさておいて、昨年、ああいう状況の中で、食料自給率の問題などに絡んで、パンや小麦の話が出てきましたでしょう。

財部:
はい。

盛田:
そのときに、極論すれば「皆が米を食べないでパンを食べている。パンの主原料は国内産ではなくて、アメリカやカナダから輸入した小麦を使っている。これが食料自給率を下げる元凶だ」、というような言い方をされてしまったわけです。しかし、われわれパン産業に従事する人間としても、日々汗を流してやっているわけで、「食を通じて社会に貢献している」という自負はあるのです。

財部:
なるほど。

盛田:
その意味で、(パン食が)「(日本の)食料自給率(の向上に)反する存在」だというようなことをいわれると、正直な話、これはちょっと困ったな、というところがあります。しかし、われわれとしても、「(日本の食料自給率の向上に)貢献しているんだ、貢献できるんだ」という部分をもっと探して、皆様に理解を求めていかなければなりません。

財部:
ええ。

盛田:
たとえば去年、「小麦粉に替えて、米粉をたくさん作ろう」とか「米粉をパンの原料に使おう」という話がありましたが、当社では米粉を使用したパンも作っています。われわれは、コストと品質のバランスに合理性があり、お客様がそれを認めて「買いたい」とおっしゃっていただけるのであれば、いつでもそういうパンを作るし、それを通じて米の消費を拡大し、少しでも食料自給率の向上に貢献することができると思っています。

財部:
なるほど。

盛田:
それから日本の気候風土の関係で、従来、国産の小麦にはパン用に適したものがあまりありませんでした。そこで当社では、いまある農業試験場とタイアップさせていただいています。その試験場では品種改良を重ねて、日本の気候風土でも、良いパンができるような小麦の育種開発を進めていましてね。

財部:
そうなんですか。

盛田:
われわれも、質の高い国産小麦があれば積極的に使いたいと思うし、またそれを作り出すための育種開発等についても、協力できることはしたい。そういう活動を継続して行けば、日本の食料自給率の向上にも貢献できると思っていますから、そこは十分にアピールをしていきたいですね。

財部:
輸入の小麦に頼るだけでなく、パン作りに適した国産の小麦をつくっていく、というのは良い方向ですよね。