インテル株式会社 代表取締役社長 江田 麻季子 氏

財部:
入社してみて、ギャップはなかったのですか。

江田:
ありました。でもコーポレートカルチャーがしっかりしているので、会議やメールは英語で、一緒にいる仲間も日本人半分、外国人半分で、東京の街ではあっても、扉を開けるとアメリカに帰ってきたような気持ちになることが1つ。あとは事業形態が特殊で、インテルのようなビジネスモデルを持つ会社はおそらく他にあまりないので、そこで重要になる技術的な要素を勉強するのに少々苦労しました。最初の3カ月ぐらいは「どうしよう、大丈夫かな」と思ったのですが、6カ月経った時には楽しくて仕方がなくなりました。アンディが本に書いていたことが、少なからずインテルのカルチャーに反映されていますので。

財部:
たとえばどんなことがですか?

江田:
たとえば”Risk Taking”(リスクテーキング)ですとか。これには規律も含まれているのですけれど。また”Results Orientation”は結果主義というか、しっかり結果を見て判断しましょうという考え方。ほかにも“Great Place to Work”(働きがいのある会社)、”Customer Orientation”(顧客志向)、クオリティなどがあります。こうしてみると、製造、ものづくりの会社らしいですよね。

財部:
そうですね。

江田:
日本の製造業の方と話していて、「インテルもものづくりの会社なのですよ」と言うと「そうですか?」と驚かれますが、本当にそうなのです。うちは実際に工場を建設して、半導体の技術をものすごい勢いで進歩させていますから。「5、6年後にはこういう技術が主流になるだろう」と未来を見据えて多額の投資を行い、そこにエコシステムを作るという、思い切った経営判断をするのです。先のカルチャーも、それを実現するための規律であって、きちんとプロセスを見ながらものづくりをしっかり行っていくというバランス感覚が、私は好きです。なおかつ、(インテルは)新しい世界を作り上げている会社ですから、変な遠慮がありません。社内で「こういうことを言うのは少々憚られるかな」と思って言いたいことが言えないということはなく、「しっかりと自分の意見を持って言いなさい」とか「とくに日本人は大声でものを言わないから、もっと大声でものを言うようにしなさい」とさえ逆に言われます。それがまた性に合いまして。本当に(インテルの)文化が好きでここにいるのだと思いますね。

インターネット以上のインパクトを与える「革命」

財部:
よく言われる話で恐縮ですが、そのインテル自身も、PCからタブレットへという方向に進んでいますよね。確かに、従来のビジネスのスタイルでは不十分だという流れはあると思いますが、その一方でIoT(Internet of Things/モノのインターネット)という潮流もあります。私は2014年1月に『シェール革命』(実業之日本社)という本を出したのですが、GEのインダストリアルインターネットについてもかなり詳細に話を聞き、そこにはインテルさんもコミットされていることがよくわかりました。IoTにおけるインテルとしての可能性を、どのように考えていますか。

江田:
インテルの根本的な強みは、「ムーアの法則」に代表されるような半導体の技術革新を進めていくことにあり、それはこれからも続けていきます。私たちの競争力の源泉は技術革新にあり、最先端の技術を持っていることで、それによって作られるもの、たとえばコンピューティングの技術で作られる製品をすべてのモノに広げていくのです。インテルの技術はサーバーやストレージ、もちろんPCやタブレット、電話にもウェアラブルにもIoTにも利用されているように、1つの事業によって作り出された技術をすべての事業で共有するポートフォリオ戦略を取っているところが、2つ目の強みです。だからウェアラブル単体で事業展開している企業に比べて効率的で、なおかつさまざまな分野で技術の併用ができる。その意味で、速さと効率が求められますよね。

財部:
インテルは今、どんなことを手がけようとしているのですか。

江田:
IoTと言うと、ウェアラブル端末のように、機器の方に目が行きがちですが、そこに流れ出るデータの部分に1番の価値があります。そこに新しいビジネスのアイデアが生まれ、エッジな(優位性のある)デバイスが生まれてくるわけです。それが車かもしれないし、電話かもしれないし、タブレットかもしれないし、機械かもしれません。そこから取られるデータがハードウェアやソフトウェアで処理されて送信され、ネットワークで集約されて、フィルタリングにかけられビックデータとなるのです。そのデータはデータセンターに送られて解析され、新しいビジネスのアイデアを生み出したり、今の業務を効率化していくために活用されます。そのデータに1番の価値が生じるのです。私たちは「インテルアーキテクチャ」と呼んでいますが、その流れすべてにインテルの技術を埋め込んでいくことが、当社のIoTにおける戦略。そこで最近ではハードに限らず、買収もかなりアクティブに行っています。マカフィーのセキュリティソリューションや、ウインドリバーの組み込み用OSなどがあり、そういうものを盛り込んでいます。私たちが最終的にカスタマー向けのサービスを提供することはありませんが、サービス提供者の方が、基盤をインテルに任せておけば自社のサービスで差別化できるような形に持って行こうと考えて、展開を進めています。

財部:
その場合、日本法人であるインテル株式会社が、グループ全体の戦略に寄与していくというような関わり方はあるのでしょうか。

江田:
あると思います。何と言っても日本の凄さは、業界トップクラスの世界的企業が存在し、それらの企業がつながることで産業全体に大きなチャンスが生まれることですよね。日本の業界各社の皆様が、いろいろなことを手がけていらっしゃるのです。電機メーカーさんも、これまではパソコンやサーバーのビジネスでのお付き合いだったかもしれませんが、「これからは流通の部分や製造過程でもお付き合いしましょう」という時、すべてのセグメントにすでに他の会社の皆さんが入られています。ですので、それらをつないでデータの価値を引き出していくときに、素晴らしいパートナーになっていただけると思っています。これから世界全体でIoTの波が起こってきますから、日本の産業全体に大きなチャンスがやってくると考えています。

財部:
確かに、そういう優秀なプレーヤーをインテグレートする機能が日本にはないですからね。

江田:
今、皆さんは「次の価値」を見出そうとしています。インターネット革命がそうだったように、技術の変わり目がチャンスです。来るべきIoTの世界は、インターネットの登場と同等か、それ以上のインパクトを持つ革命であり、そこに日本の産業にとって大きなチャンスが訪れると思っているのです。でもそれぞれの企業がひとつひとつカスタマイズして対応していくのは非常に効率が悪い。汎用性のあるものを使って、差別化するサービスを効率よく提供していきましょうと、私は就任以来、ご提案させていただいています。

財部:
私もまったく大賛成なのですが、一つ気がかりなことがあります。たとえば、コンビニは昼時に長蛇の列になってしまいます。そこで混雑を防ぐために、レジにカゴをポンと置いたら即座に精算できるようにする。決済はスマートフォンで行い、帰宅したら購入品のデータが冷蔵庫と同期し、冷蔵庫の画面にストック品の最新情報が表示される。さらに一歩進めて、牛乳がなくなってきたら自動発注できるようにする。これらはすべて技術的に可能なことですが、日本の場合、社会的なインフラの標準化を行う場合、非常に手間を食いそうなのです。役所も当然出てきますから。身近な生活実感で言うと、多くの企業のビジネスモデルが変化し、業際もなくなってくるという大きな革命の中で、皆が普通に「生活が便利になった」と感じることがIoTの究極の姿だと思っているのです。

江田:
私もそれには大賛成です。こうやってモノがつながってくる中で、技術的にはいろいろできるのですが、最終的にそれらは人々の生活を向上させなければなりません。私たちの生活が変わるというより、私たちの生活がより良くなるということに寄与しなければいけないと思うのです。こういう技術の変化は、誰かがやりたいと思う一方で、誰かが買いたいとか使いたいと思わなければ実現しませんから、その時に宣伝は必要ないのです。そういう便利なものならば、人は群がってきて、お金もちょっと余計に払ったりしてくれます。その意味で今、IoTにおいて1番重要なことは、いろいろなことが技術的に可能でも、「それは社会的に価値があるものか」という判断だと思います。価値があればそこにお金が集まるはずなのですが、そこの判断が難しいのです。サービス化された時、本当にペイするものなのかという見極めですが、ユーザーのニーズや行動パターンに加えて、セキュリティとプライバシーのバランスをどこまで受け入れるかというところがキーになってくると、私は思いますね。

財部:
そう考えていくと、安倍政権は特区が好きだから、特区でやってしまえばいいですよね。高齢化が進んでいる村や町がそれによって救われたり、人々が心地良く生活できるというような、目に見えるものを出していったら早いと思うのですよね。

江田:
ヘルスケア分野では特に力を入れていますよね。遠隔治療だったり、見守りの機能であったり。あとは教育もそうです。学校の数が少なくなっていく中で、近くに学校がない人たちをどうやって教育するのか。あるいは国際的な考え方をどうやって教えていくのかなど。地域差があってもいけるはずなのです、技術がありますから。その意味で、もっとそういうところに使われていくべきだと思いますね。やはり価値を目に見える形で出していかないと、思い切った投資が生じないのではないかと思います。やはりインダストリアル分野が1番見せやすいのですよね。GEさんもそうおっしゃっているのだと思いますが。最近インテルでは、次世代FA(ファクトリーオートメーション)システムの開発とIoT技術を活用した予防保全ソリューションで、三菱電機様と協業を始めました。インテルのマレーシア工場のバックエンド工程に、インテルのIoT技術と三菱電機様の 「e-F@ctory」技術を組み合せた共同ソリューションを導入し、機械につけたセンサーから送られてくる情報をビッグデータ分析し、障害などの予測を行う実験を行ったのです。

財部:
私がGEの話を聞いて凄いと思ったのが、それをパッケージにしてすでに売っていて、「2割削減できます」と言ってしまうことです。日本の会社はなかなかできないと思いますね。

江田:
きっと各社でも、営業的にはいろいろとご説明はされているのだと思います。ご存じのように、インテルもGEさんとはインダストリアル・インターネット・コンソーシアムでご一緒しています。AT&TとGEとIBM、シスコシステムズとインテルが創設メンバーなのですが、目指すビジョンは一緒です。関わる部分が少々異なり、うちはどうしても基盤技術になりますけども。

財部:
なるほど。そのメンバーで推進したら、世界が動いてしまいますね。

江田:
私は何か面白いことが起こるのではないかと、個人的にはワクワクしています。 ところでインテルは、インテルアーキテクチャという半導体技術に関する研究開発にかなり投資を行ってきましたが、それだけではなく、技術革新を進めるためには関係する必要な技術を支援していかなければなりません。そのためにインテルには投資部門があり、かなりの額を投資しており、最終的には共同で事業化したり、買収したり、パートナーとしてやっていっています。日本には非常に素晴らしい技術が数多くあり、(インテルの投資部門は)日本でもアクティブに活動しています。2014年5月には、自動運転技術の開発を手がけているZMPさんに、自動車の技術革新に特化したインテル コネクテッド・カー基金を通じて投資を行いました。

財部:
そうですね。ZMPの谷口恒社長が「やりますと言ったら、すぐに出資していただいた」とおっしゃっていました。その辺にやはり私は、日本のある種の限界を感じています。ここに至ってもまだ、インテルが手を挙げたことによって、ZMPを本格的に応援しようというムーブメントがやっと起こってくるというあたりが、良いものを良いと評価しきれないわが国の弱さなのでしょう。

江田:
どうしてなのでしょうね。私も昨年就任して、日本の本当に技術は凄いと思うのですよ。非常に優れた技術がいろいろな分野にありますから、宝の山のような気がします。だとすれば、インテルの本社はとてもスピード感がありますし、私たちも同じようなスピード感で動くので、早く行動を起こしたほうが良いではないですか。未来に向けて社会が大きく変わっていく中で、すべての取り組みが成功していくわけではないはずです。ある程度失敗しないと、大きく膨らむものも膨らみませんので、早くアクションに移していったほうが良いと思い、スピード感を持って仕事をするように社員に話しています。

財部:
そこに期待をしているわけですね。

江田:
そうですね、日本の技術とインテルの技術との融合で、世の中をより早く、より良く変えていくことが、私たちの目指すところです。