セーレン株式会社 代表取締役会長兼CEO 川田 達男 氏

財部:
私はこれまで何百何千というパンフレットを見てきましたが、このいただいたパンフレットにあるコア・コンピタンスの円グラフは素晴らしいですね。今誰もがコア・コンピタンスと言いますが、自社のコア・コンピタンスがどう広がっていったのかを、これだけ「見える化」できているのは、それだけコア・コンピタンスを明確にしているからです。これはほとんど例がないと思いますね。

川田:
われわれも、自社が今どんな技術を持っているのかを常に整理しながら、次はこういうことを事業化していくという計画を立てています。お客様のニーズに応えていく中で、同業他社や競争会社は提供できず、当社が提供できるものは何かを見極め、われわれが「バリュー・プロポジション」と呼んでいる価値提案をいかに広げていくのか。そして、われわれのシーズをどういう方向に事業化していくのかを、絶えず考えながら実践しています。

財部:
ある意味、同業他社とも競争しないということですよね。

川田:
そうですね、競争のない分野の仕事を増やしていこうということです。

財部:
なるほど。その結果、ビジネスがすでに宇宙関連などに広がっているわけですね。

川田:
ロケットの打ち上げ時や飛行時の爆音を吸収し、搭載されている人工衛星を保護する「衛星ロケット用防音ブランケット」も、うちは手がけています。その中で今、ファッションについてもビジネスモデルを変えようとしています。これからはブランドの個別化が進み、「あなたの」ブランド、「私の」ブランドになっていくでしょう。そうした変化に対応できるシステムを作ろうということで、パソコンを使って「バーチャル在庫」の中から好みのデザインを自分で選んでもらい、「あなただけ」のブランドを作る試みを進めています。従来の染色にはない1677万色の色彩表現で、写真や多色グラデーションから無地調の単色まで、あらゆるデザインを布地上に再現できる独自のデジタルプロダクションシステム「Viscotecs®」(ビスコテックス)を基盤にしたものですが、この辺も、もう間もなくできると思います。

財部:
そのプロダクションシステムを、顧客が直接利用できるパーソナルオーダーシステム「VISCONAVI®」(ビスコナビ)は、一般のデパートなどにはまだ入っていないのですか?

川田:
まだこれからです。

財部:
これからですか。デパートなどに入ったら凄いですよね。今まで資料で拝見したものは、社内のシステムとして利用されているのですね。

川田:
そうですね。今はものづくりに活かしていますが、やはりBtoCの中で展開したいと思います。特に百貨店さんが、自分の新しいブランドを持ちたいと思われており、非常に反応が良いですね。

財部:
宇宙関連は、どういう道筋でつながっていったのですか? 製品が形になって出てくれば、「防音機能が素晴らしい、そうか」ということで済んでしまうのですが、そこにつながっていくまでは簡単ではないですよね。

川田:
そうですね。JAXAの方々といろいろと話しているうちに、ロケットに搭載している衛星の機械が振動で壊れるので、吸音機能が必要になったと聞いたのです。帰社してから「こんなニーズがあるぞ」と話したら、やってみようということになりました。われわれの頭の中に、絶えずニーズをとらえるセンサー的なものがあれば、そういう情報が引っかかるのです。財部さんのテレビを見ていても、気が付くことがたくさんあります。

財部:
吸音機能が必要になったというお話を聞いて、「では作ろう」というのも凄いですね。

川田:
本当に繊維の可能性は大きいですね。いろいろなことができます。ウエアラブル端末でも、金属のこの部分に導電パターンをプリントすると、今アップルなどが出しているスマートウォッチと連動し、いろいろな情報が集まってくるとか、(導電パターンがプリントされた服を)着ていれば、体温や呼吸、脈拍などを感知し異常がないかどうかがすぐにわかる、といったことも実現可能です。

財部:
それは、世の中の多くの人に必要とされ、求められている機能ですよね。

川田:
そうですね、だから、こういうことがどんどんできてくると社員のモチベーションも上がるのです。当社では、「遊び軍団」という技術者たちが200人ほどいて、そんなことをやっていますから。

財部:
そういうことは、「私はこれをやりたい」と手を挙げてやるのですか?

川田:
そうですね、うちは「やりたい仕事をやろう」ということをモットーにしているのです。たとえば社員が「海外へ行きたい」と言えば必ず行けるようにしろと。企業理念が「のびのび」「いきいき」「ぴちぴち」ですから、そういう環境で仕事ができるように相当コストをかけています。現場を見ていただくと、素晴らしいと言ってよいのかわかりませんが、非常に働きやすい環境作りをしていますから。

財部:
福井本社の方にも、ぜひ伺わせていただきますので。

川田:
ぜひ、おいでください。(工場内の写真を見ながら)こんな写真は今まで出さなかったのですが、ほとんど無人工場です。人がいませんでしょう、機械だけ動いていますから。布に絵柄がプリントされた状態でできあがってくるのですが、プリンター200台に対してオペレーターは3人しかいません。繊維産業もずいぶん海外に出て行きましたが、こういう21世紀型の繊維産業をもう1回、日本に取り戻したいですね。現場を1度見ていただくと、もっとわかりやすいと思います。

財部:
興味津々ですね。

川田:
それから、これが肌への保湿・美白・抗酸化力を持つ「セリシン」を配合した化粧品『コモエース』です。蚕の繭の中にいる幼虫、さなぎを守るために、繭の糸の中に“骨”(繊維状の硬タンパク質であるフィブロイン)があるのですが、これが絹糸になります。その“骨”を覆っているタンパク質がセリシンで、繭の糸を水洗いしてこのセリシンを綺麗に取ると初めて絹の光沢が出るのですが、その作業を「精練」と言ったのです。

財部:
それでセーレンなのですか。

川田:
そう、不純物を取る作業。ところが、この仕事をしている人の手がどんどん綺麗になっていくわけです。なぜかというと、このセリシンが実は「神様の贈り物」だったのですね。

財部:
アンチエイジングに非常に効果があるのですね。

川田:
繭の中の幼虫を守るためには保湿性や紫外線(UV)の遮蔽効果を始め、さまざまな機能が必要ですが、セリシンはその機能を全部持っています。そのため、この化粧品は保湿力が高く、アンチエイジング効果で、加齢とともに衰えがちな肌本来の力をサポートします。面白いですよ、本当に。

財部:
事前にお送りしたアンケートについてお話を伺いたいのですが、「尊敬する人」はスティーブ・ジョブズ氏とお答えですね。

川田:
彼は10年先のことを読んでいましたから、今の常識の中では非常識だったのです。だから、うまくいかずに疎外されたこともありました。

財部:
彼がいなかったら、iPhoneやiPadも、どこにでもあるような普通の商品になっていたでしょうね。

川田:
5年先、10年先のことを言うと、今の常識を否定しなければなりません。だから、今の常識の中に生きている人から疎外されるのです。スティーブ・ジョブズ氏は、まさにそういうタイプの人物ですね。

財部:
「天国で神様にあった時、なんて声をかけてほしいですか」という最後の質問項目ですが、「下界に悔いはありませんが、未練はあります」という川田会長のご回答は出色です。この真意は、やりたいことは尽きないということでしょうか?

川田:
とにかく全力を尽くしてやりましたので、そういう面で悔いはありませんが、まだ未練があります。まだ山ほどやりたいことがありますね。まさに先のパーソナルオーダーシステムは、もうほぼ実現しつつありますが、これを世界に広めたいですね。今さまざまなことを手がけていますが、繊維という枠から出ていないので、われわれにとってはそれほど大変なことではありません。海外も21拠点になりましたから。

財部:
海外拠点は、どのような仕事で出ているのですか?

川田:
生産工場があるのは、今11拠点ぐらいでしょうか。あとは開発センターもあります。ただ、EUは自分でものづくりをするようなところではないですね。日系自動車メーカーでも儲かっていませんから、今は難しいと思います。ヨーロッパのメーカーを使って、われわれがものづくりを手がけ、企画・管理を行う拠点を持っているのです。基本的には合弁はせず、全部独資でやっていますから。

財部:
過去に何かトラブルがあったのですか?

川田:
タイで50:50の合弁会社を設立したことがあります。当時、日本はバブルが過ぎたあとでしたが、タイはバブルの真っ最中。そのため合弁相手が、とにかく借金を勧めてくるのです。そのうちにタイで金融危機が起こり、相手側が手を挙げて「全部買ってくれ」と申し出たので引き受けたのです。これも運ですね。100%独資になって、非常に業績が良くなりました。

財部:
それも、バブルの時に手にしたキャッシュをしっかり持っていたからですね。

川田:
そうですね。今、日本の位置づけは、海外で事業を成功させるための開発センターで、そういう支援的な役割が多いですね。国内市場はあまり成長が期待できない状況ですが、パーソナルオーダーシステムなどの新しい技術もありますから、日本にもう少し力を入れたいと考えています。お忙しいと思いますが、ぜひ一度福井にいらしてください。

財部:
必ずお邪魔します。今日は長時間どうもありがとうございました。

(2014年9月26日 セーレン東京本社にて/撮影 内田裕子)
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