株式会社アシックス 代表取締役社長CEO  尾山 基 氏

財部:
それはなぜですか。

尾山:
日本語で、日本の社会で事業をやってくれる方がいいという人が、まだ多いはずなのです。グローバル給与体系やグローバルローテーションがいいという人は少ないので、それらが混在することでギャップが生じるため、いったん線を引いたのです。(ヘッドクォーターに対しては)「皆さんはアメリカやヨーロッパと戦わなければいけません。ヘッドクォーターがナイキ、アディダス、プーマ、ニューバランスを叩かなければいけない」と突き放していかなければなりません。当社のヘッドクォーターのロケーションは神戸で、ナイキが本社を置くアメリカ・オレゴン州ビーバートンや、アディダスとプーマの本社があるドイツ・バイエルン州ヘルツォーゲンアウラハといった地方都市よりも条件はいいと思います。神戸市には1868年の神戸港開港以来146年にわたる海外交流の歴史があり、ドイツ語学校も英語学校もあり、洋食も数多くあります。神戸の人は、100数十年も見慣れているので、外人が来てもキョロキョロしませんから。

スポーツを通じた健康の増進に貢献していく

財部:
せっかく今日こういう場でお目にかかっているのでお聞きしたいのですが、アシックスさんがオフィシャルパートナーを務めている東京マラソンをどう受け止めていらっしゃいますか。

尾山:
(東京マラソンは)世界で誇れるクオリティで、オーガナイズされたエキスポであり、マラソンであると思います。規模の大きさと市民のボランティアという意味ではロンドンマラソンが別格です。私はアムステルダムでいつもBBCを見ていたのですが、6時頃からBBCの放送が始まり、私の記憶では、確か夕方の6時か7時までロンドンマラソンを流しているのです。(ロンドンマラソンは)レースというよりもお祭りですね、1回で募金が約80億円集まる世界最大のチャリティーマラソンイベントですから。

財部:
東京マラソンも大変な人気ですよね。35500人の枠に、35万人以上が申し込むのですから、倍率にすると10倍以上。

尾山:
たぶんプレスやメディアには出ないでしょうが、東京マラソンは外国人にも人気が高まっていて、外国人枠は去年は3000人だったのが、今年は5600人に増えました。応募者は1万人以上。素晴らしいですね。ニューヨークシティマラソンは、9.11の前に約2600人だった日本人枠が約1000人に落とされています。ヨーロッパには4600人ぐらいの枠を配っていますが。私がアメリカにいた当時、「なぜアメリカ人がニューヨークシティマラソンに出られないのだ」という声も聴きましたが、同マラソンは歴とした国際的なスポーツツーリズム。市民参加型という意味では、世界的にも素晴らしいイベントだと思います。ですから、日本がインバウンド2000万人を目指して行く際に、東京マラソンの外国人枠を1万人に増やしても良いのではないかと思いますね。ここは研究の余地があると思います。

財部:
私はホノルルマラソンの応援に行ったことがありますが、何が素晴らしいかと言うと、ゴールのあとに即座にカピオラニ公園に開放されて、ランナーが応援の家族や一緒に走った仲間と芝生の上に寝っころがったり、食べたり飲んだり、自由に過ごしていること。東京マラソンはゴール直後が大行列の大渋滞になりますよね。あれはなんとかならないものでしょうか。

尾山:
私もそこには非常に興味がありまして、毎回2時間台のタイムでトップがゴールした時か、そのあとゴールにアスリートたちがどっと押し寄せる3時間台に、更衣室まで行くのです。あそこは結構広くて足湯もあって、男性たちは基本的にそこで着替えているので、仕方ないような気もしますよ。寒いシーズンですから、ああいう施設がなければ風が吹きさらしになり、アスリートの皆さんが大変な思いをするでしょう。日比谷公園もスペースに限りがありますから、難しいかもしれません。

財部:
代々木公園はどうですか。

尾山:
コースが取れないと思います。石原慎太郎元都知事のみならず元特別秘書の高井英樹さんも絡んでいると思うのですが、これはマラソンを東京の名物にするという1つの夢でした。最後まで石原さんと警察が揉めたのがレインボーブリッジです。警察は風があって危ないからと止めました。でも浅草から銀座の中心街を通り、月島を通過するあたりは少しきついのですが、聞いてみるとそれほど大した問題はない。マラソンのフィニッシュは東京ビックサイトで、室内で着替えてから公共の交通機関ですぐに帰れます。もし東京オリンピックの関連でお台場にグリーンロード・ネットワークができればなお良いと思います。でも2月開催は寒すぎるのではないですか。

財部:
ニューヨークシティマラソンも11月開催ですが、フィニッシュエリアはセントラルパークですよね。

尾山:
そうですね、ニューヨークシティマラソンは不思議なのですよね。セントラルパークにゴールしてから、今年は確かオレンジ色のジャケットを羽織って、家族と一緒に5、6番街あたりのホテルまでぞろぞろと歩くというのは不思議な光景です。かなり寒いと思いますよ(笑)。

財部:
ホノルルマラソンが特殊なわけですね。

尾山:
季節的には、7月に開催されるオーストラリアのゴールドコーストマラソンもそうですね。おっしゃるように、暖かいところで開催されるマラソンもあって、ホノルルは開催地がハワイだから多くの人が行きたがるのです。東京マラソンだったら差し詰め、銀座の中心街でしょう。すごい応援ですよね。浅草に行くと浅草太鼓がアスリートを出迎え、走っていて楽しいのではないでしょうか。御成門のあたりは道路の幅も広いので壮観です。トップランナーと交差するので、みんな手を振って走っています。私は第2回大会で、先導車に乗せられたのですよ。

財部:
先導車ですか。

尾山:
大会役員として先導車に乗りましたが、アスリートの皆さんが先導車の後ろで走っている姿はやはり素晴らしかったですね。トップランナーと一般ランナーが交差する場所では、みんながコースの反対側に寄って「頑張れよ」と声をかけるのです。涙が出ますよ。以前は、ゴール施設の通路がミーティングポイント(待ち合わせ場所)でしたが、もう通れなくなってしまったので、場所を変えました。

財部:
場所が変わったのですか。

尾山:
あの混み様ですから、もっとスペースに余裕を作らなければいけませんね。どこか適当な場所があるのかとも思いますが、個人的には、東京オリンピックのミュージアムセンターなどの施設ができた時にまた考えてもいいのではないかという気がします。

財部:
東京オリンピックを機に、そこも改良できるとしたら素晴らしいですよね。

尾山:
そうですね。実は東京オリンピック・パラリンピック招致の際に用いられた立候補ファイルに「オリンピック・レガシー」への取り組みが書かれています。2020年までに緑化都市東京をつくり上げ、廃棄物のリデュース(発生抑制)、リユース(再使用)、リサイクル(再利用)、エネルギー回収、都市の自然環境の再生からなる5Rモデルを採用するほか、オリンピック会場は東京臨海部を中心に「緑地と緑の回廊」で東京の中心部と結ばれます。それに合わせて、個人でやるのか会社でやるのか少し迷っているのですが、2020年以降のスポーツと健康はどうなっていくのかということについて、考え始めています。

財部:
スポーツと健康について、どんなことを考えているのですか。

尾山:
介護分野に、介護予防的に入ろうと思っています。日本の総人口は2049年で1億人を切り、2060年には約8800万人にまで減るでしょう(「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)、出生一定(死亡中位)推計」)。2060年には65歳以上の人口が39.3%に達しますから、老人を元気にしていかなければいけません。何もしなければ、介護および医療保険の負担が急上昇します。それこそ国が潰れてしまうでしょう。また2013年の日本の労働力人口は6577万人でしたが、2030年にはそれが5683万人まで減少し(現状維持ケースの場合)、女性や高齢者の活用が進んだ場合でも6285万人と、292万人減少する計算になります。だから、ガストアルバイター(外国人労働者)を入れるかどうかという話になるわけです。

財部:
ただ、それに対する反発は根強いですよね。建設労働者に高齢者を活用するというのもおかしな話で、そもそも建設現場が高齢化していて難しいのです。いま工事現場で働いている労働者の43%が50歳以上で、30歳未満は11%にとどまっており、50歳以上の労働者が増えている一方、20代や10代が減少しているのです。このままの傾向でいけば、工事もできなくなるのに、これを本当にどうするのでしょうか。政府が1度、外国人労働者の活用について発表したものの、その後一言も口にしなくなってしまいましたね。

尾山:
そうですね。

財部:
もっと言えば、日本社会のつなぎ止め役として安倍政権が誕生して以来、株価が上がりました。でも結局、株を買ったのは外国人だけでではないかという文句もあるわけですよ。

尾山:
證券会社の統計では、株を売っていますよ、日本人は。

財部:
売り残ですよね。機関投資家は売り越し。私は「外国人が株を買ってくれたら喜べ」と言っているのです。お金が入ってきているのだから、こんなに良いことはないというべきところを「外国人だけが買っている」というのは、誤ったマーケットです。海外からお金が入ってくることの意味を、社会として受け止められないのですよね。

尾山:
変ですよね。ずっと売り残です。個人投資家ならわかりますが、機関投資家も売っているということは、日本を示せていないということですね。

財部:
それで、なおかつ「(日本株を)買っている外国人は間違っている」という人が少なくありません。本当に間違っているのは誰かということです。こういう社会なのですよね。

尾山:
加えて、メディアも貿易収支ばかり取り上げていて、経常収支で見ることができていません。マネーストックについてもM1(現金通貨+全預金取扱機関に預けられた預金通貨)の資金供給量ばかりを見て、M2(現金通貨+国内銀行等に預けられた預金)や債券を含む広義流動性について触れないので、バランスが悪くなっています。それで「日本は日本だけでは立ちゆかなくなりつつある国である」、と言っている。でも一方で私は、日本の総人口が1億2000万人台から8000万人台になるのは、それはそれでなんとかなるのではないかと。昨日までに、当社のブースに置いていたオレンジ色のTシャツが全部売れたということは、やはり消費者の心が少し明るくなっているのだと思いますよ。

財部:
この数年で、売れる色は変わっているのですか。

尾山:
そういうことはないのですが、今日の朝に全部調べたのですが、今回、オレンジ色は昨日までに全部なくなっています。流行もあるのでしょうが、世界的にスポーツウェア自体がカラフルになっていますから、その意味でも心が少し明るくなってきているのだと思います。元日は別にしても、今年の1月2日、3日は神戸・三ノ宮の大丸あたりや原宿、新宿、千駄ヶ谷にも大勢の人出があり、当社の商品も売れました。当社の直営店も2日、3日は大変良かったです。年間を考えると、大雪の影響もそれほどではないと思います。

今に蘇る「オニツカタイガー」ブランド

財部:
そうですか。私は中学生の時に陸上競技で短距離をやっていたので、「オニツカタイガー」しか頭にありません。私は中学生の時に東京都の代表として、100メートルの全国大会に出たアスリートでした。中3の時に11秒05で東京都大会で優勝し、代表になったのです。

尾山:
凄いですね。私の隣町の知人が放送陸上で、中学の時に11秒を切ったと思います。