松本:
ネットも新たな販売チャネルとして対応したいと思っています。お客様のライフスタイルの変化や多様化するニーズにより、リアル(の店舗)があって、それでもちょっと面倒な時はネットでもいい、というものだと考えています。当社ではリアル店舗のポイントカードと、ネットで使えるポイントが別々になっているので、これらを統合してどちらでも使える形にしなければなりません。それが普通ではないかと私は思います。皆がやっているからではなく「今日は買いに行けないからネットで注文すればいい」という仕組みが、うちでもあればと考えています。色々あるサービスの一つではないでしょうか。
財部:
そうですか。
松本:
「これからはどんどんバーチャルの世界が広がっていく」と皆が騒いでいますが、バーチャルが好きな人は、だいたいMacやiPhone、iPadなどが好きではないですか。でもなぜ、バーチャルだと言っている人たちが(新商品の)発売日にあれだけ店頭に並んで購入しようとしているのでしょう。最もリアルではないかという気がします。
財部:
商品にもよるのではないでしょうか。私はネットで買い物をするのが好きなのですが、やはり明日では駄目で、今すぐ欲しいものは数多くあるわけですね。風邪をひいていて調子が悪いのに、ネットで風邪薬を買って、届くのを明日まで待つということはあり得ません。
松本:
ネットで医薬品が販売されることに対してリアル店舗が大きな影響を受ける心配はしていません。価格の部分など気になる点はありますが、重要なことは何か問題が発生したときに「責任は誰が取るのかを明確にしておいてほしい」ということです。ネットで(薬品を)個人販売している人が、たとえば薬の飲み合わせが悪くてお客様に不都合が出た場合、責任を取らずに閉店したらどうするのか。メーカーさんには、できればネット専用の販売契約を結ぶなど、万一の場合にはメーカーさんがきちんと保証するという仕組みを整えてもらわないと困ります、と。
財部:
いずれにしても、私は基本的に、リアルな店舗は人に尽きると思います。商品の並べ方やPOPの話などもありますが、「この胃腸薬を飲んでいるのだが、もっと効くものはないのか」とか「この風邪薬の評判がとても良いらしいのだが、実際にはどうなのか」など、(薬の)機能についてもっと知りたい時、「それはお客様次第です」と言われると当惑してしまいます。ドラッグストアはそういう部分を切り捨ててしまったのではないかというイメージがありますが、それは間違いですか。
松本:
間違いではありません。間違いではないのですが、どちらかと言うと、お客様のライフタイルやニーズは多様化しており、気軽に(店舗で話を)聞きたいお客様もいらっしゃる一方で、「話しかけられたくない」というお客様も増えていらっしゃるようです。
財部:
若い人をメインに引き込もうと思うと、ますますそういう傾向になりますか。
松本:
そうですね。年配の方はそういうことはないのですが、やはり(そういう若い人が)多いですね。昔は「こちらも一緒に飲むといいですよ」とも言っていましたが、「押し売りするのか」という感じでちょっとしたクレームになることも中にはあります。今の時代は、親切心でかけた言葉がクレーム(の原因)になってしまう部分がありますね。
財部:
そうなってくると、ますますリアル店舗の意味は希薄化してきませんか。
松本:
さきほど言ったように「今欲しい」なのですよね。いろいろありますが、ケースバイケースで「無人店舗でもいいのではないか」という話になりかねないところに行き着いてしまいます。「接客はしなくていい」「(お客様が)自由に商品をレジで精算すればいいではないか」と。でも日本では無人レジがなかなか定着しておりません。スーパーさんが数年前から導入していますが。やはり人とは触れたいのだけれど、間に入ってきてほしくないという顧客心理もあるような気がします。
財部:
そういう意味で、商品のラインナップが1番のサービスになったという感じですか。
松本:
そうですね。昔はカウンターが前にあって、その後ろに薬が並んでいました。でも今はどこのドラッグストアに行っても、一部を除き薬はほとんどセルフコーナーに並んでいるではないですか。あれはたぶん「自分が聞きたい時だけ質問するので、声をかけないでほしい」というお客様の心理に配慮する意味もあると思います。最近ではどんどん人離れが起きているのか、普段の生活でも、隣のマンションに誰が住んでいるかわからないので構わない、という話を聞くことがありますね。
財部:
サプリメントは大きな売上になるのですか。
松本:
医薬品からみたら少ないですが、まだ規模は少ない市場ではあります。ただサプリメントは表示方法の問題もあり難しい部分もありますね。健康食品として並んでいるビタミンCは500円程度で購入できますが、医薬品になると1000円を超えてきますから。
褒められなかったからこそ褒めて育てる
財部:
事前にいただいたアンケートの「今、はまっていること」に、ハイキング、登山とお答えいただいています。「携帯電話が入らない非日常」という部分が大きいのではないかという気がしますが。
松本:
アルプスなどの高いところに行ったら電波が入らなくなるではないですか。
財部:
本格的な登山なのですか。
松本:
いえいえ、普通に歩いていけるところです。岩にへばりついて登るというのはやりません(笑)。家族は「勝手にしてくれ」と言っていて、誘ったら皆に無視されます。「山に行こう」と言うものなら、誰も話を聞いてくれません。会社などではなく、さまざまなところに登山仲間が20人ほど点在しているので、声をかければ誰かしら空いているのです。
財部:
それは、経営者というくくりでもないのですか。
松本:
そういう方もいらっしゃいますし、そうではない方もいらっしゃいますね。
財部:
基本的に「山」「登山」という回答が大半を占めるのですが、1人になりたいという欲求があるということですか。
松本:
そういうわけではないのですが、普段殺伐とした世の中に生きていますから。山に行くと逆に誰も知らないので気を遣う必要がありません。山登りには、山が好きな人しか集まってきませんから、仕事の話はまず出てこないのです。
財部:
山で仕事の話をしようとは思わないですよね。「苦手なもの」が「仕事」というお答えは、このプロジェクトが始まって以来のことですが、ある意味で超然としているところがおありなのでしょうか。
松本:
どうなのでしょうね。たぶん普通の経営者とは違うのではないですかね。どちらかと言うと、自分で仕事をしようとせずに、部下に仕事をしてもらおうとしていますし、そう変えなければならないと思っています。トップダウンでやってきて、(社員が)それに従うのに慣れてしまうのは、自分たちで考えて「これがやりたい」という時に、「そんなのは最初から駄目に決まっている」と言われているのと同じようなものですからね。
財部:
なるほど。
松本:
でも何かヒントを与え、それを改善して持ってくれば「じゃあ、それをやってみて」、失敗しても「それは仕方がないね。ただ次は失敗しないように」と言う方が、彼らにとっては達成感もあるし、次のステップとしてまた何かが出てくるでしょう。そういう気持ちを与えておいて、自分は違った角度で見ていようかなと思います。(経営者が部下たちと)一緒に頭を抱えていたら、何がいいのか悪いのかもわからなくなってしまうような気がするのです。コップは真上から見たら丸くて何だかわからないかもしれませんが、他の角度から見ている人には、それがコップだときちんとわかる。そういうことと一緒だと思います。経営者が現場に立ち入ってしまったら、たぶん何をやっているのかわからなくなってくる。だから外にいる皆さん、頑張って下さいということなのです。
財部:
最後に「天国で神様にあった時、なんて声をかけてほしいですか」という質問ですが、皆さんがどうお答え下さるのかを、こちらでは毎回楽しみにしています。「よく来たね」というお答えにはどういう意味があるのでしょうか。
松本:
天国に行けるとは思っていないのに、行けるのですから「よく来たな」という感じです(笑)。「良いことをしていれば天国に行ける」とは言っても、そういうことはないだろうということをやってきたので、もし天国に行けたら「お前、よく来たな」というイメージですね。
財部:
そういうところも印象的ですね。経営者の方は、良くも悪くも(そのポジションに)ずっとはまっているので、「自分は一生懸命にやっている」という思いが強いのです。ですから、言葉は違いますが「頑張ったね」とか、褒めてもらいたいという気持ちが背景にあるのだろうと思われる答えが多いのです。その中で「よく来たね」という答えは出色でした。同時に、松本社長の仕事とプライベートとの距離感、社員との距離感、トップダウンをボトムアップに変えていくという考え方ともリンクするお答えだ思いましたね。
松本:
自分たちもあまり褒められない方ですから、部下は褒めてあげたいと思います。基本的に、自分がやられて嫌な思いをすることはやりたくないですね。自分が現場でやっていた時に「これは無理難題だ」とか「ちょっと違うのではないか」と感じたことを、自分がその立場になってやっていたら、「こいつは嫌な上司になったな」と思われるだけなので。
財部:
私も、人間は褒めて育てるものだと思っています。
松本:
上司になる人にも言っているのですが、「役職を持った人間が、部下を叱るということは、大学生が小学生に同じレベルの要求をしているのと同じだぞ、それで勝って嬉しいですか」と話すと「そうですね」と納得しても、奥で見ているとやっているのですよね(笑)。やはり習慣というのは恐ろしいものです。
財部:
そうですね。今若い人が会社をすぐに辞めるとか、鬱の問題にしても、育ってきたプロセスや時代背景が違うということもあるでしょう。でも人を本当に育てるということが、日本の社会ではできていないのだろうと思うところはありますね。
松本:
小さい時からのコミュニケーションなのでしょうか。
財部:
そう思います。「三つ子の魂百まで」という言葉を私は信じています、やはり小さい時に「こうやったらいいのだよ」と褒められて育った人は――。
松本:
自分の場合は、褒められてないから褒めたいということですね。褒めてもらったことがずっとないまま育ってきたので、逆に褒めてあげたい。あまり利口ではないので、ちょっと変わった社長になろうと思っているのです。
財部:
非常に本質を突いた経営をされているのではないかと思いますね。
松本:
仕事は基本的に1人ではできません。何事でもそうですが、周りにいる人ににこやかに笑ってもらって仕事をしてもらう方が楽ですから。上司が毎日キリキリした顔をしていたら、(同じ職場に)いる方も嫌じゃないですか。
財部:
暗くなりますよね。
松本:
ですから逆に駄目な社長を演出しながら、周りから「大丈夫ですか」と声をかけられるぐらいがちょうどいいのかなと思います。
財部:
なるほど、卓見だと思います。今日は長時間ありがとうございました。