株式会社ワコールホールディングス 塚本 能交 氏

塚本:
そうですね。

財部:
それからですね、今回、いろいろと資料を拝見してきた中で、ちょっと驚いたのが、ワコールさんの市場シェアなんです。もちろん女性のインナーウェアでワコールさんは国内ナンバー・ワンですが、漠然と「3割、4割」ぐらいの圧倒的なシェアをお持ちだろうと思っていたら、売上市場規模では2割強で商品を購入されるターゲット女性では、ワコールさんでも「10人に1人」程度ということで、じつは驚いたんです。

塚本:
はい。これまでその1割のターゲットでよいということでやってきました。ですから当社は、そういう意味ではまだまだで、これから(株)ピーチ・ジョン(本社・東京都渋谷区、野口美佳社長/女性用ランジェリーの通信販売、直営店『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』を運営。06年にワコールと資本業務提携)さんなどと一緒になって、もっと若者向けの市場に出て行こうと考えているんです。いわば「残り9割」の市場に、これから出て行こうというわけですね。

財部:
なるほど。

塚本:
いままでは、その「1割の方」を対象に商売するという展開でやってきて、逆に海外もそれで成功したと思っています。まあ、スタートはそれでいきましたが、結果的に量(が重要)といったときに第2ブランドを作ったりしました。それでタイなどは、日本よりも量が多くなったんですが、価格は安いんです。

財部:
従来、アッパーな高品質の商品を中心にしてこられたワコールさんで、いま新たな展開が始まっている、というわけですね。

塚本:
そうですね。たとえば『Wing』という、量販店さん用のブランドがありますが、これは、どちらかといえば若者向けで、GMS(ゼネラルマーチャンダイズストア)対応ブランドという位置付けです。いまGMSさんは元気がありますから、地方に行けば、むしろ『ワコール』よりも『Wing』の方がメジャーかもしれません。逆に、従来『ワコール』を扱っていただいたお店で顧客層が若くなったり、客単価が下がったりしたら『Wing』に切り替える、という感じでブランドの相互乗り入れも起こっています。いずれにしても、『ワコール』は百貨店ブランド、『Wing』は量販店ブランド、という路線を基本に、そこに『PJ』(ピーチ・ジョン)を加えることで、顧客の年齢層や商品の価格帯について、より幅広く対応できるようにしたいと考えています。

財部:
これはワコールさんに限った話ではなく、僕自身の仕事における大きなテーマとして捉えているのが、人口減少です。日本では年金問題を語る時、「人口が減るから制度が危ない」というくせに、景気の話になると人口の問題はどこかにすっ飛んでしまって、「とにかく景気を良くしろ」という。しかし、構造的に国の人口が減少していくなかで、企業が成長を続けていくというのは大変なことですよね。その点は、ワコールさんはどのようにお考えですか。

塚本:
たしかに子供さんの数が減ってきて、子供用品はほんとうに厳しいと思います。ところが以前は、親たちが子供に物をいっぱい買ってあげられるだけの余裕があったかといえば、ありませんでした。それに加えて現在、たしかに子供さんは減っていますが、1人の子供に対して両親や両親のおじいちゃん、おばあちゃんから物を買ってあげる、という形になっている。つまり現在の方が、1人の子供に対する消費は増えていると思うんですよ。

財部:
そうですか。

塚本:
少し前の話ですが、大阪の大丸百貨店で、たとえば子供用パジャマではどんなものが売れるのかというと、子供が実際に着ているものと、親が買ってあげたいものと、おじいちゃん、おばあちゃんが買ってあげたいものは違う、ということでした。つまり(その子供が)お嬢さんだったら、おじいちゃんとおばあちゃんは、お姫様みたいな格好をさせたいんです。その一方で、お父さんたちは、商品の値段が少々高くても、良いものを買っていく。それでいて、子供たちは、友達同士で泊まりに行ったりするときは、皆チャラチャラした懐かしいジャージみたいなものを着たがるんですよ。

財部:
ええ。

塚本:
でも、子供というのは賢くて、おじいちゃんやおばあちゃんが買ってくれたものは、それはそれで「ありがとう」というわけです。で、「今度、持っていくからね」といいながら、買ってもらったパジャマの下に、友達が着ているのと同じようなジャージを隠して入れていく。だから(おじいちゃんやおばあちゃんが買ってくれたパジャマは)実際には使わないのですが、そういったものも、プレゼント用のような形でそれなりに売れるというんですね。

財部:
ほお。

塚本:
ですから最近、「(少子高齢化で)経済が低迷する」とはいいますが、そんなに心配していません。たとえばおじいちゃんやおばあちゃんが株に手を出し、それが損をして孫に小遣いをやる余裕がなくなってきた、孫にあげる服を買えなくなった、というなら、そういえるのかもしれませんが、実際にそういうことは非常に稀なケースです。私はこれから子供さんが少なくなり、高齢者もどんどん高齢化していくとはいえ、商品に付加価値をつけて、結果的に服を2枚買ってもらうようにしたり、単価を上げるなりすれば、(経営に)それほど大きな影響はないと思っています。

財部:
なるほど。

「機能性下着」とメンズ向け下着がブームに

塚本:
また、当社の新しい取り組みとしては、一昨年から売り出した『スタイルサイエンス』(身体の引き締め効果が期待できる機能性下着)、それからメンズインナーウェアなどがあります。いまや男性族もゴルフに行ったり、テニスに行ったりと、外で見られるような機会も増えてきたので、「俺のパンツ、格好悪いよ」といって自分で買われる方もいれば、奥さんや母さんに「格好悪い」といわれる方も出てきた。そういう流れで、最近メンズの下着売り場も、ちょっと華やかになってきたんですよ。

財部:
そうですね。

塚本:
ですが、そういう商品を作ることができるのは、ウチと、グンゼさんぐらいしかありません。ですから、その辺の分野ではまだいけると思いますし、それからいま、たとえばクイーンサイズといった大き目の商品や介護用品など、景気とは関係なしに売れているものもあるんです。中高年向けの、腰回りやお腹を支えるような商品もその1つですが、そのように、ある機能に特化した商品の売り場が、最近もの凄く伸びているんですよ。

財部:
そうですか。たとえば御社の『クロスウォーカー』(週5日着用し1日6000以上歩くことで、体系を引き締める下着)は「メタボ対策」(メタボ:メタボリックシンドローム/内臓脂肪症候群)の、男性用の機能性下着という意味で、なかなか時代にあった商品だなあと思いましたね。

塚本:
はい。これも女性で最初スタートして、男性からの要望が多く、社員をモニターにして着用テストをしてみたら、結構効果があったんです。ちょうどタイミングがいいことに、昨年4月には厚労省が、各企業の実施する健康診断でメタボ対策のための腹囲測定を義務化すると発表しました。そこで「そういう効果がある肌着を作りました」と発表したら、NHKさんに番組で取り上げていただいたりしまして、もの凄い反響があったんです。もしかしたら大化けするんじゃないか、と思っているんですが。

財部:
僕はファッションが割と好きで、自分の着るものは基本的に自分で買いに行くんです。ところが、男性の下着に至っては、どこもだいたい同じで真面目に買いに行く気が起こらない、底の浅いマーケットなっていると感じます。その意味で、僕はいまの塚本社長の話に衝撃を受けたというか、これは面白いマーケットになるかもしれない、という気がします。従来の男性用下着の枠を超え、デザイン性に加えて機能性もあり、ただ履くというだけで、なにがしかのプラス効果が期待できるとしたら、それはもの凄い付加価値ですよね。

塚本:
そうですね。女性の場合は「寄せて上げて」という機能を始め、さまざまなニーズがあるので、男性用下着には、女性向け下着ほどのマーケットがあるとは思っていません。しかし、いままで男性用下着というものが、あまりにも少なすぎました。そこで男性用下着にバリエーションを加えることで、少なくとも、女性向けマーケットの1割は取りたいと考えているんです。おそらく、それだけでも、当社で100億円程度の数字はいけるだろうとは思っていますが。

財部:
いま日本で一番可処分所得を持っていて、結構オシャレな「団塊世代」を中心とした中高年が、大概メタボの対象か予備軍になっているわけですからね。これはぜひ、大々的に展開してほしいという感じがします。

塚本:
ただ『クロスウォーカー』は、1枚3000〜5000円程度と、普通の下着にくらべて値段が高いのですが、それを毎日履いてもらって1日6000歩いていただくということになっているので、常時2、3枚は要る計算になります。ですから、そこまでお客様に買っていただけるようになったら、結構凄いなあと思いますね。

財部:
そのためにはメディア戦略が必要かもしれません。何か、そういう機能性下着を履いて活躍している人がいるという実例を、メディアが取り上げて自然に広まっていく、ということになっていくと面白いのですが――。

塚本:
そうですね。それから当社には『CW-X』という、テーピング機能がついたスポーツアンダーウェアもありまして、最近ではゴルフをやる方とか、市民マラソンの選手にも履いていただいています。われわれとしては、イチロー選手や杉山愛選手などのプロのアスリートたちがパートナーとして効果を十分に実証してくれているので、もう少し機能を抑え、価格も落としたうえで、家庭内で洗濯や掃除、炊事などの作業をするときに疲れが少ないタイツ、として売り出したいと考えています。現在、『CW-X』は1万円以上していますが、これを7、8000円ぐらいの値段で一般ユーザーに提供できるようになったら、一気に広まるのではないかなと思いますね。

財部:
なるほど。『CW-X』は新宿伊勢丹のメンズ館には入っているんですか? 僕はあそこにときどき行くのですが、気がつきませんでした。

塚本:
入っています。『CW-X』は、スポーツ用品売り場にありますね。

財部:
そうですか。

塚本:
じつは以前、百貨店さんの会合でご一緒した方が、ご自分のお店で「隣に(『CW-X』の)売り場を作ろう」という話をいただいたことがあったんです。その会社はどちらかというと、ゴルフウェアを作るのが専門というところなんですけど、その方に『クロスウォーカー』と『CW-X』を両方履いてもらったら、両方行けるじゃないかということになって、実際に売り場を作っていただいたら、「意外と売れたよ」ということでした。

財部:
ゴルフをする時に、スッと入れそうなマーケットですよね。

塚本:
ええ。ですからウチの担当者なんかにいわせると、(比較的『CW-X』の認知度が高い)ゴルフや市民マラソン、自転車の競技会などは(市場としてみれば)小さな世界であって、実際に各店舗でもまだ、一般向けに『CW-X』を広めていくような売り方をしていないんです。今年2月に行われた「東京マラソン」でも、ランナーの約20%が『CW-X』を履いていたというデータがあるほどなんですが――。

財部:
一般の人たちの認知度を、ぜひ上げたいところですね。

塚本:
ええ。「東京マラソン」で走っている人の20%よりも、それをテレビで観ている人たちの10%の方が、数としては多いわけですからね(笑)。

財部:
そうですね(笑)。じつはBS日テレで『財部ビジネス研究所』(毎週木曜22:00〜22:54、再放送は毎週日曜9:00〜9:54)という番組をやっていまして、毎回「KEYPERSONに聞く!」という、経営者のインタビューコーナーがあるんです。同コーナーでは、その都度ご登場いただく経営者の方にアンケートを行っていまして、その結果をみると、約9割の方が、健康管理としてウォーキングをされているそうです。最近、こうした傾向が50代から40代へと低年齢化していていて、しかも一昔前の「サプリメントでもちょっと飲んでおこうか」といった浮ついた感覚ではなく、「身体を動かしてきちんと健康管理をしていかないと、仕事もできないよね」というように、地に足をつけた健康志向が広がっている、という実感が僕の中にあるんです。こういう動きがキーワードとしてつながっていくと、その先に、もの凄いマーケットが期待できそうですね。

塚本:
時代の流れでしょうね。もともと大正生まれの人たちは戦争に行った経験があり、若い頃に身体を鍛えていたから、「何をいまさら」という感覚があって、あまり運動しませんでした。ところが彼らが年を取り、身体が衰え始めると、サプリメントを手に取るようになったわけです。また最近では、昭和10年代に生まれた60代中盤から後半ぐらいの方が、学生時代にちょっと運動したぐらいだったので、50、60歳を境に体力が落ちてきて「(ゴルフのショットが)飛ばなくなった」という話が多くなっています。(そこで彼らの多くは朝の散歩やジム通いなどで、健康のために汗をかいているのですが)私自身、ゴルフやさまざまなイベントに行くと、彼らから「あなたも歩いたらどうだ、僕は毎日1時間以上歩いてるよ」とか「僕は2キロのダンベルを持って歩いてるよ」といわれることが結構あるんです。

財部:
そうなんですか。何か「地に足をつけた健康志向」という動きが、いずれ時代の流れを左右しそうな「追い風」として、グッと吹いてきたような感じですね。その意味で『CW-X』や『クロスウォーカー』といった商品が、たんに国内マーケットだけでなく、世界に広まってほしいですよね。やはり日本発のそういう技術は、海外にはありませんから。

塚本:
そうですね。