堀場:
それはやはり、「人材の『材』が材料ではなく財産の『財』=人財である」という考え方で、かなり力を入れて教育してきました。立派な本社ビルを建てたり、工場を建てたりするのは、お金さえあればできるでしょう。でも唯一、お金だけでできないのが人材です。その意味で、人こそ企業にとってかけがえのない財産であり、また、私としては画一的な「金太郎飴」社員はいらないといってるんです。とはいえ社員が本当に優秀で個性的であったら、財部さんのように、個人で活躍されたらいいわけですがね。
財部:
いやあ――、私の場合は、脱落しただけなんですけど(笑)。
堀場:
いやいや、うちの社員はそんなに個性的で優秀ではありませんが。でもそんな1人ひとりがチームを組むことで、スーパードリームチームが作れるようになる。まさしくうちの会社はそうだ、と考えています。1人ひとりが本当に優秀で独立心があるなら、独立して頑張るのもウェルカム。でもやはり会社には、個人では持てない資金力やブランドを使って、多岐にわたる製品のものづくりを通じて世界一を目指すことができる、という強みがあります。個人的に世界一になろうと思ったら大変なわけで、そこでチームを組むことで可能となるわけです。しかしながら、他人とチームを組むには、自分の嫌なこともある程度許容しなければならないし、自分の義務も発生してくる。それが会社だよ、ということを私は一方でいっているんです。
財部:
まさにそれが、会社の原点ということになりますね。
堀場:
だから、会社が好きとか嫌いという問題ではないですよね。逆に「われわれのチームに所属することは、とても幸せだろう?」と自信を持っていいたい。私の父ではないですけど、「イヤなら辞めろ」ということは、もうはっきりしてるわけですね。
財部:
その一方で、堀場社長は「おもしろおかしく」ともいっていらっしゃる。
堀場:
そうですね。
財部:
先ほどエレベーターに乗りましたら、「JOY&FUN」と書いてありましたが、こうやって英訳するのかと(笑)。こうした些細な点にも、深い考え方があるようですね。
堀場:
深い、といえばそうかもしれませんが、たとえば当社にはフランス人がいま約1000人いるんです。この前、アメリカの総領事が当社に来ていたんですが、アメリカ人でさえ、そのことには驚いていました。実のところ、フランス人の価値観と京都人の価値観はとても近いんです。もちろん全員が全員同じというわけにはいきませんが、たとえば食文化や品質へのこだわりについては、多かれ少なかれ共通性があるようですね。
財部:
なるほど、そういわれてみれば、確かにそうかもしれませんね。
堀場:
正直いって私としては、暗黙値的なマネージがしやすく外国人として一番信頼しやすいトップは、やはりフランス人です。彼らは、われわれが語りかけた言葉に対して、感性に響いたという目をしますよね。その点では、アメリカ人はアプローチが異なります。
財部:
まあ、アメリカ人とは中国人そっくりですからね。
堀場:
そうです、だからアメリカ人と中国人は合うと思うんですよね。
財部:
確かにアメリカ人はロジックだけで、本当の文化というものを理解していないというところはありますよね。なるほど、長年の疑問が氷解しました。私は20年以上、この仕事をしていますが、単純に京都という理解を外したところで、企業経営という感覚で、フランスの会社をマネージしていくという話は聞いたことがありません。それで、フランス人をうまく使っていくというのはどういうことなんだろうと、ずっと疑問に思っていました。
堀場:
たとえば京都には懐石料理など、絶対フランス料理に負けない食文化があります。フランス等、自国の文化に誇りを持っている人達と対等に話をするには、自分たちの文化にプライドがないといけません。ビジネスそのものだけでは勝負がつかないんです。だから結局、日本の大企業のあるポジションの人が外国に行っても、仕事のことでは確かに上であっても、食文化や趣味などの分野で完璧に負けるわけですね。その劣等感が結果的に仕事にも効いてくるし、彼らはそこをついてくるわけですよ。
財部:
なるほど。社長はどのくらいからそういう理解をされてこられたんですか。
堀場:
私はもともと戦闘機乗りになりたかったんですが、近視でギブアップして、アメリカに行ったときに向こうで飛行機の免許を取りました。飛行機の操縦練習では、最初はインストラクターと一緒に飛ぶんですが、10時間か12、13時間目にソロ(単独)飛行をやるんです。1人で2、300キロの距離を飛んで帰ってきたりするんですけど、ある日、南カリフォルニアのオレンジカウンティエアポートで単独訓練をしていたとき、空港に帰ると天候不良でクローズド(空港閉鎖)になっていました。燃料が残り1時間分ぐらいしかなくて、当時私が通っていたカリフォルニア大学(UCI)のアーバイン校の上空で待てと管制官に指示されて、ずっと旋回してたんですね。よく成田でも回っているでしょう。
財部:
はい、そうですね。
堀場:
ところが、30分経っても40分経っても着陸許可が下りない。それで「着陸したい、燃料がない」と訴えると、管制官は「ほかのところに行け」というわけですよ(笑)。ところが、そこからほかの飛行場に行くにも30分以上はかかるから、必ずしも燃料が十分かどうかわからない。でも仕方ないと思って少々飛んだら、ちょうどディズニーランドの上空にさしかかり、雲の切れ目にお城がみえた。そこで私は、その雲の切れ目から降下して、オレンジカウンティエアポートに強行着陸したんです。そうしたら当然のことながら、「何をするんだ、パーク(駐機)したら電話してこい」とその後30分ぐらい怒られましてね。
財部:
大変な目に遭われたんですね。
堀場:
私がそのときにまず思ったのは、「UCI(カリフォルニア大学アーバイン校)の学生が空港に強行着陸した」と新聞沙汰になる、ということ。2番目は、私を教えてくれているインストラクターが教員ライセンスを失うんじゃないか、ということ。そして3番目は、私はもう飛行機のライセンスは取れなくなる、ということでした。やはり、これがごく日本的な常識じゃないですか。ところが結局、私はライセンスを取れたし、新聞沙汰にもならなかった。しかも、私がインストラクターの家に謝りに行ったとき、彼はなんと「コングラチュレーションズ!」(おめでとう)といったんです。
財部:
へえ。
堀場:
そこで私が、「何が『コングラチュレーションズ』なんだ」と思っていると、「これで君は一流のパイロットになった」と彼は言うんです。「あのときの天候、ガソリンの残量などについて、君の判断は正しかった」と。最後に、そのインストラクターは「そういうときに、臨機応変に対応するのがパイロットとして1番大事なことだ、墜落したら何にもならない」と諭したのです。
財部:
そうなんですか。
「失敗を奨励する」人づくり
堀場:
さんざんどなった管制官も訓練が終わる時に「さよなら」って言ってくれたのです。日本語で。彼もわかっているわけです。私が二度とチェックを怠らないということを。アメリカでは、社会全体が失敗を財産にしていくように作られているんです。一方、日本では失敗した人を全部葬り去ってしまう。だからその次に経験のない人が上に来るのです。大企業の話に戻るんですが、いまの大企業の社長や幹部たちは、学生時代を含めて、これまで失敗をしてこなかった人たち。ということは、彼らが最後に経営を担うときになって、大失敗を犯してしまう危険性があります。この事も原因して日本はいま、社会全体が「負け戦」の形になってしまっている。そこで逆説的なんですが、私は社内で、極論するなら「失敗を奨励」しています。ただ1つ、皆に念を押しているのは「失敗は若いときにやってくれ」ということなんですがね。
財部:
ははは――。
堀場:
幹部になってから失敗するようでは、本当に会社が潰れてしまいますから(笑)。それと、もう1つ社員に話しているのは、「同じ失敗を2度繰り返すな」と。それ以外に私は社員にあまり多くを問いません。加えて、先ほど社員の1割が海外駐在を経験するといいましたが、その海外研修も、毎年入社4、5年目の社員10名ぐらいを対象に行っています。とはいえ本来は、サラリーマンにとって入社4、5年目に海外研修に行くというのは致命傷になりがちなんです。やっと会社に慣れてきて、これからというときに1年間外に出たら、社内における自分のポジションというものがわからなくなりますからね。
財部:
ええ。
堀場:
彼らにしてみれば、やっと自信がついてきて、仕事が面白くなってくるときじゃないですか。でもそこで、あえて手を挙げて海外に行くということに意味があると思うんです。そもそも、若いうちに外に出てみるということ自体、ある種の持続性に対しては失敗ですが、当社では本人がそういうことを経験して戻ってきたときに「そんな失敗をしてきたからいい」というように評価します。逆にいうと、向こうに1年間いれば、どんな人でも必ず語学ができるようになりますね。そもそも当社の入社試験には英語の試験がないんですよ。
財部:
ないんですか。
堀場:
ええ。というのも、そもそも流暢な英語は、英語屋のやることで、われわれは言葉をハートで喋るべきだと思うんです。私はよく、「上手に話すアナウンサーははたして、相手の心を打つ言葉を話しているだろうか?」というんですが、そうすると皆ピンとくるわけですね。やはり言葉というのはマインドでしょう。だからそれを学ぶことが最も大事。流暢な英語を喋れる人はたくさんいるし、アメリカに行ったら、だれでも英語を喋っているわけですからね。
財部:
まったく同感です。私たちの取材という仕事にしても、そういうところが非常に大切で、実際に相手の方とお目にかかった瞬間、お互いに感じるものがあるわけですよ。ですから外国の方へのインタビューは、全部通訳を使います。通訳には「できる限り、僕の話していることのニュアンスを伝えてほしい」とお願いします。ちょっと違うなと感じたら、いい直してもらうという作業を繰り返します。そうしないとコミュニケーションが全くできないですから。
堀場:
まあ、いろいろな意味で、マインドが大事だというところを学んでいく必要がありますね。
財部:
やはり、そういうマインドは、「おもしろおかしく」という堀場製作所の企業理念を形作るコアの部分になってくるのでしょうか。
堀場:
そうですね。大きくみればそういうことだと思うんですよね。
財部:
それから、私はもともと金融の出身で、株価もデイリーにきちんとチェックをしているんですが、日経平均株価が戻したというレベルとは全く無関係に、堀場製作所さんの株価はここ数年、すさまじい勢いで上がってきていますよね。
堀場:
確かに、ここ4、5年、800円ぐらいからピークの5000円台まで、かなり上昇しました。1つだけいえるのは、われわれは何か大きなホームランを打っているわけではないということです。これまで20年かけて改革をやってきて、海外に出して戻して、ということを繰り返して育てた社員たちが、いま40代から50歳ぐらいで、海外関連会社や各部署の責任ある立場で頑張っている。もちろん、その次の世代への教育はまだ続いているわけですが、こういうことは急にやったわけではないんですよ。これが1つ。
財部:
なるほど。
堀場:
それと、企業はバランスが良くないといけません。われわれのような開発型の企業では、生産技術や営業、それから財務や管理についてもバランスが必要です。3年前のドイツの時もそうですし、フランス企業を買収したときも、一連の作業は全て自前でやっているんです。当社では基本的に、銀行や証券会社などとは全く関係なしに、自社でデューデリ(デューデリジェンス/投資やM&Aの対象企業に対する調査活動)ができる部署を持っているんです。
財部:
弁護士や会計士は最初からコミットさせないんですか?
堀場:
そうなんですよ。最終的には関与していただきますが、しかし基本的には、われわれがマネージしています。
財部:
それは凄いですね。