松本:
僕も不思議なんですが、最近会うメーカーのトップは、若い頃にだいたい海外駐在を経験しています。かえって、海外駐在経験のないトップの方が珍しい。その意味で、いま日本企業の経営者のメンタリティは実質的に、外に向き出していています。外をみながら、自分の会社はどうあるべきか、と考える人が多くなっているんですね。
財部:
そうですね。その「外に向き出したメンタリティ」にも関連するのですが、じつは講演会の質疑応答などで、いまだに「ほんとうに景気は回復しているのか」という質問をよく受けます。もっとも政治の議論でも、まだそういうことをいう人たちがいるのですが――。
松本:
そうなんですか。
財部:
現在の景気回復のスタイルは、もはや昔のように日本企業が国内で稼ぎ、国内に工場を作り、雇用を増やすという循環を必ずしも生み出すものではありません。いってみれば、日本企業が世界で製品を売り、世界で稼ぐ。その結果を連結で決算してみたら、本社で史上空前の利益が上がったということです。その意味で、日本の企業が世界の好景気をいかに自社の売上・利益の伸びにつなげるか、という仕組みなりビジネスモデルが重要になっているわけです。もう、売り方や買い方、部品の供給の仕方などすべてが、5年前や10年前とまるっきり変わりましたよね。
松本:
ええ、違いますね。
財部:
でもじつは、ここの部分が、まだよく理解されていないんです。私も「日本企業を取り巻くビジネスの構造そのものが変わってしまったんだ」と、よく話しているのですが。
松本:
そうですよね。当社にしても、ビジネスモデルはもう完全に、私どもが入社した40年前にくらべると、もう劇的に変わっていますよ。
財部:
どのように変わっているんですか?
松本:
やはり、グローバル化をビジネスのベースに置き、「世の中、日本国内だけじゃない」という発想でいかなければなりません。しかしその反面、現在われわれが海外で上げた利益を、今度は日本のマザープラントやマザーファンクションの充実のために、いかに還元するかということが問題になってくるわけです。
財部:
なるほど。
松本:
ですから連結決算は国際会計基準で、とはいっても、配当はまだ単体決算ベースで行っているわけです。
財部:
そうですね。
松本:
当社には約460社の関係会社がありまして、そのうち250社ぐらいは海外企業です。海外で上げた利益をそのままにしておくと、今度はこちらが少々困るわけです。ですから、その利益をいかに還元し、こちらの研究費や配当資金をいかに捻出していくか、というようなことになっています。
財部:
そこがポイントになってくるわけですね。
松本:
だから、かつてアメリカや欧州のグローバル企業が、どんなシステムを築き、自分たちの本拠を弱めることもなく海外に出て行ったかを、もっと勉強しなければならないんです。日本は。
財部:
いわば、まだ外形だけの多国籍化ということですね。
松本:
そうですね。2、3年前、ITや国際会計基準の講演をやれば必ず人がたくさん入る、という時代もありました。その影響か、財務諸表にしても、連結決算が先で単独決算はあとにくる。実際、投資家の皆さんは連結決算しかご覧にならないですよね。配当性向にしても「連結でいくらになるか」という感覚ですから、例えば「単独で配当性向60%」と、言ってみても、「それでいったいどうするんだ」というような話になる。ですから関係会社等と、どう利益のバランスをとってやっていくか、という点が、われわれの頭にいつもこびりついていますよね。
財部:
アメリカの多国籍企業は、その辺りはもう――。
松本:
うまいこと、やってるんでしょうなあ。
財部:
なるほど。でもその辺は、調べればすぐにわかる、というものでもないんですか?
松本:
いや、利益還元をどうするかという政策は、やはり企業秘密の1つでもありますからね。各社とも、移転価格に関わる何らかの対策が講じられているはずだと思います。
財部:
でも移転価格税制ということであれば、国家戦略とはいわないまでも、国が企業を税制上どう処遇するかという考え方1つで変わってきますよね。
松本:
変わりますね。GMなどもそれに対応していると思いますよ。
財部:
そうですね。そもそもGMやフォードの場合、世界市場におけるビジネスモデルや戦略自体が成り立たないですからね。
松本:
1ついえるのは、GMやフォードはアメリカで稼いだのであって、日本のメーカーとは状況が全く違うということ。アメリカ国内で、彼らが儲けたのはトラック部門なんですよ。
財部:
なるほど。
松本:
「すり合わせ」あるいは「垂直統合」という、日本でよくいわれている理論がありますよね。乗用車という製品には、この理論がそのまま当たるんです。ドアなどの部品1つをとっても、けっして定量化できない定性的なものが各メーカーの中にあり、それをうまく「すり合わせ」ることによって付加価値が高まっていくのが乗用車です。
財部:
ええ。
松本:
ところが、トラックは『レゴ』のブロックのようなものなんです。「すり合わせ」ではなく、バタバタと、ブロックの論理で組み上げていく。だからトラックは乗用車より儲かるのであって、実際GMもフォードもトラック部門で収益を上げたんです。ところが、そのトラックもまた、日本メーカーを含め競争が激しくなるものだから、GMでもフォードでも同部門が儲からなくなってきた。そういう構造が、そもそも「ビッグ3」にはあるんです。
財部:
そうなんですか。それが駄目なったので、彼らは金融収益で稼ごうとしているわけですね。
松本:
ええ。でも、こうなると、ものづくりという観点からはまったく違う方向に進んでしまったという感がありますね。かつて多くの日本企業も、ものづくりをやめてEMS(電子機器製造請負業)に走りましたが、その結果はみての通りです。しかし松下電器は中村会長がああいう方だったから、「ものづくりです、松下は!」と頑なに言い続けて、今の松下の姿を作られた。シャープの町田社長もそうでしょう、僕も町田さんとはよくお付き合いをさせていただいているのですが、徹底的にものづくりに拘っておられます。
危機の時、「住友精神」が支柱となった
財部:
今日お伺いする前に、いろいろ資料やホームページを拝見してきましたが、住友電工さんは住友グループの中でも非常に「住友精神」を前面に押し出している会社の1つですよね。
松本:
そうです。たとえば最近はIRに行きましてもね、今期の実績はこうで、来期はこうします、長期計画はこうです、と説明しますよね。すると「それはわかります。でもオンゴーイング・コンサーンとして、どういう方針で会社を運営しているんですか」と聞く人が、欧米人でも結構いるんです。
財部:
ああ、そうですか。
松本:
僕はIRでアメリカやヨーロッパにも行きますが、「私どものIR資料の最後に『住友の事業精神を400年間守り続けてきた』とありますが、これは『流行不易』の『不易』のことです」と話すと、「分かりました」という人が多いですよ。
財部:
アナリストも勉強しているんですね(笑)。
松本:
やはり口だけではなく、事業精神がほんとうに実行されてきたかどうかも加味しないと危ない、と思っているんでしょう。
財部:
そうでしょうね。最近、じつはあるアナリストとゆっくり会う機会がありまして、そのとき彼がですね、「もう、われわれの商売は終わりました」というんです。いま四半期決算が当たり前になり、企業は3ヶ月に1回決算を行いますから、彼らはそれをもとにして各決算期のレポートを書いているわけです。
松本:
そうですね。
財部:
ところがそのうちに、今度はアメリカでは「ミッドクォーター」といい始め、企業決算が1ヵ月半に1回行われるようになってきた。そのため彼は「そんなことをしていたら、分析対象の企業がどうなっているのかわからなくなってしまう」というわけです。しかも、ある外資系のアナリストのコメントをみたら、「われわれが知りたいのは10年先ではなく、3カ月後のことだ」と書いてあったというんですよ。彼は、「3カ月先だけをみて経営している経営者は1人もいないのに、アナリストだけが『3ヶ月先はどうなるんだ』というのは、商売として間違っている」とも話していました。
松本:
なるほど。われわれも「今日のB/Sはこう、P/Lはこうですね」という状況ですから、もう「ミッドクォーター」どころか「エブリデイ」という感じで追われていますが、それでも、常に念頭に長期的な経営計画と我々の目指すべき姿を置いた上で経営に取り組んでいます。
財部:
それにしても、住友系にしろ三菱系、三井系にしろ、旧財閥系の企業さんには結構温度差があるのを感じますね。その中で、御社はそういう創業家の考え方なり創業精神を、どこまで表に出していくのでしょうか。
松本:
そうですね。住友の歴史をさかのぼれば、17世紀に住友政友(1585〜1652)という創始者が出てくるわけですよ。もともと彼は宗教家で、涅槃宗の僧侶でした。ところが当時の幕府の宗教政策により、涅槃宗が天台宗の一派とされまして、彼は僧籍を離れて還俗するわけです。それで、やはり「何かをして食わんといかん」ということで、彼は45歳の頃、京都で薬屋と本屋を始めたんです。
財部:
そうなんですか。
松本:
当時は、僧侶がいわば製薬についての独占権を持っていました。それから本は当時、いわばインテリジェンスの塊だったわけですね。これも事実上、僧侶が独占的に持っていた、といってもいい。つまり、薬と本は昔のハイテクです。ですから結局、彼は薬と本という2つのハイテクを駆使したベンチャービジネスを始めたわけですね。
財部:
なるほど。
松本:
しかし、彼は宗教家でもありますから、商売においても非常に哲学的なものが出てくるわけです。
財部:
そもそも、哲学を持たれていた?
松本:
そうなんです。彼は晩年に家人の勘十郎に宛てて、どう人生を生きるべきか、商い事をするにはどうしたらいいのか、などの心得を6条にまとめた「文殊院旨意書(もんじゅいんしいがき)」という書状を書いています。これが明治になってリアレンジされたものが、いわゆる「営業の要旨」(1891年制定)なんですよ。
財部:
それにはどんなことが書いてあるんですか?
松本:
そもそも「営業」とはビジネスという意味でして、「我営業ハ信用ヲ重ンジ、確実ヲ旨トシ、以テ鞏固隆盛ヲ期ス」とか「我営業ハ時勢ノ変遷、理財ノ得失ヲ計リ、弛張興廃スルコトアルベシト雖モ、苟モ浮利ニ趨リ、軽進スベカラズ」などと記されています。
財部:
なるほど。
松本:
じつは当社には「SEIユニバーシティ」という、グループ社員全員対象のコーポレートユニバーシティがあるんです。その教育の場として、セミナーハウスを関西と関東の両方に置き、当社の理念や実務一式、それからケーススタディといった教育メニューを展開しています。このケーススタディにしてもケーススタディのためのケーススタディ≠ナはありません。受講者が、当グループの持つ様々な経営上の問題点をピックアップし、チームを組んでバジェット(予算)も得て、6カ月間で実際にソリューションを行います。
財部:
ほお。
松本:
ですがその基本は、「ビジネスパーソンとして理念をどうするか」ということに尽きます。そこで僕は、住友本家第17代家長の住友吉左衛門氏に「当社グループに相応しい言葉を頂けませんか」と揮毫をお願いしました。「いったい何を書いてくださるかな」と思っていたら、家長は住友有芳園(住友鹿ヶ谷別邸)に籠り、そこで「ばんじ萬事にっせい入精」(万事に精〈=心〉をい入る)と「ふすう不趨ふり浮利」(浮利〈=あぶく銭〉にはし趨らず)という言葉を書いてくれました。
財部:
そうなんですか。