住友ベークライト株式会社 小川 富太郎 氏

「機能性化学品」分野で世界のトップをひた走る

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財部:
すると御社にとって、ソリューションの提供とは、絶え間ない技術革新、ということになっていくわけですか?

小川:
そうですね。プラスチックが世界で初めて工業化されたのが1907年ですから、ちょうど来年で100年。つまり、数千年の歴史をもつ鉄やセラミックにくらべると、プラスチックはまだ出来たばかりなんですね。しかし、ここまで世の中で広く使われていて、広く研究もされていますから、やりようによっては、プラスチックが世の中の役に立つ可能性はまだ無限にある。その意味で、プラスチックを生業としていることは、当社の持続的な成長のためにはじつに良いことだと信じています。弊社の社歌にも、「夢多きプラスチックの大海に出て行く」というくだりがあるんですが、実際にそう思っておりますから。

財部:
なるほど。

小川:
日本では1911年に、東京・品川でベークライト、つまりフェノール樹脂の生産が始まったのですが、じつはその会社が、私どもの前身です。そういうこともありまして、新幹線に乗りますと、「プラスチックのパイオニア、住友ベークライト」という広告がテロップで流れるんですよね(笑)。

財部:
はい、あの広告。車内の画面に出ていますよね(笑)。

小川:
はい。あの広告は、そういうことを1つPRしているのですが、じつは新幹線の車両の内壁や内装も、『デコラ』という、50年以上の歴史がある当社製品でできているんですよ。

財部:
はあ、そうなんですか。ほかにはどんな製品があるんですか?

小川:
たとえば液晶テレビの中にある「IC」や「プリント回路板」などに使われるエレクトロニクス関連製品が約45%。また、「高機能プラスチック」とよぶ製品群がありまして、これが主に自動車や製鉄産業向けの工業用材料なんですが、比率としては全体の約25%。そして残りの約30%が、「クオリティオブライフ」、つまり生活関連製品です。その典型的なものとしては、薬やハムの包装材に使われるフィルムや、手術に使用するチューブなどがこれにあたります。住友ベークライトといえば、業界で最も知られているのが、半導体のパッケージ材料です。ほかにもグローバル・シェアでトップの商品がいくつかあるんですが、とくに半導体関連商品の中にそういうものが多いですね。

財部:
「封止材」というのがそれだと思うんですが、具体的にはどんな仕組みなんですか?

小川:
まるでゲジゲジが入っているようなICの形をご存知かと思いますが、その真ん中にある四角い部分は大体黒い色をしています。この部分が封止材なんですね。半導体からこの封止材を取り去ると、その中にウエハーから切り出したチップが載っていて、そのゲジゲジの脚1本1本が下の回路につながっています。そこを金線が結んでいて、ICを働かしているんです。「ICを封じ込めて保護をする」という意味で、封止材というんですね。製品としてはエポキシ樹脂なんですが、エポキシ樹脂はわれわれのオリジナルの商品であるフェノール樹脂の流れを汲む製品です。

財部:
なるほど。本当に素朴な質問で恐縮なんですが、封止材の競争力はどこで決まるんですか?

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小川:
かつてICの中身は丈夫なチップ1枚だったのですが、機能を高める絶え間ない変遷で、微細な配線、ぺらぺらのチップの2段、3段、4段、5段と重ね、と複雑になっており、保護する封止材も絶え間なく機能を高める、ということですね。よくICの配線が「何ナノメートル(=10億分の1ミリ)」という話が出てきますが、数年ごとに従来サイズの製品を何分の1かに小型化しています。そのおかげで昔は非常に大きかった携帯電話も、いまは手のひらに乗るようなサイズになり、しかもその中にウォークマンもカメラも入れば、もうすぐ地上波デジタルテレビまで映る、という時代になっているんです。

財部:
ええ。

小川:
そういうお客様の市場での競争にいち早く対応するため、たとえば既存商品の半分の厚みで同機能、あるいは4分の1の大きさで同機能、という技術革新を可能にするのが、たいてい新素材や新材料なんですね。そうした素材や材料を提供することで、たとえば半導体を作っておられるお客様には「よし、次はもっと新しい機能を織り込もう」と考えていただける。しかも当然、4分の1の大きさで従来と同じ機能をもつ製品ができたら、その価格も単純計算では4分の1になる。このように、より高い機能をより経済的に実現する、というお客様の競争を、われわれが材料開発で支えていく、という感じです。

財部:
そうなんですか。

小川:
ですから、これはある意味で「研究開発の自転車操業」といいますか、お客様から次々に新しい課題を与えていただき、それを実現するような材料をご提供していくという勝負です。こういうことをやれるのは、おそらく日本の化学メーカーしかありません。というのも、これからも半導体サイズがどんどん縮小してきますから、製品に求められる機能が高まっても、それほど製品の数量が期待できません。開発には手間暇かかりますが、製品はどんどん入れ替わるこうした製品は、コンビナートやバルクで展開しているようなタイプの会社にはあまり向かないのです。それでわれわれの世界では、こうした分野を「機能性化学品」と呼んでいるのですが、機能性化学品分野では、この半導体の封止材でも、日本メーカーのグローバル・シェアが90%とか、そんなレベルになっているんです。

財部:
はあ、そんな環境なんですか。

小川:
はい。ですからグローバル競争ではありますが、事実上、日本企業同士の競争なんですね。それがより厳しい機能開発や、開発競争におけるスピードアップの原動力になっていて、海外メーカーはちょっとついてくるのが難しい状況です。ですから液晶に関しても、最終製品のテレビに使うパネルは、韓国製や台湾製などいろいろありますが、そこに使われる素材・材料に関しては日本製品が圧倒的に強いですね。

財部:
世界中に多数の生産拠点を抱えていらっしゃいますが、それはまさに、世界のあらゆるメーカーに素材・材料を供給するための体制をとられている、ということなんですね。

小川:
はい。いま具体的には13カ国に30数拠点を展開しています。エレクトロニクス分野については、東南アジアも含めて東アジア方面にメーカーが集まっているので、そこをフォローできるような生産体制を敷いています。それから高機能プラスチックは自動車産業向けがその多くを占めますが、最近は自動車の電子化が進んで「コンピューターの塊」になってきていますし、これだけガソリンの値段も上がりましたから、軽量化・省エネのニーズも強くなっています。そんなわけで、自動車のエンジンルーム内のアンダーボンネットという部分の、熱がかかるような箇所で「強化フェノール樹脂」(熱硬化樹脂)が大活躍しているんです。

財部:
ほお。

小川:
じつは、この強化フェノール樹脂材料でも当社が世界トップシェアです。この分野については、生産基地は必ずしも東アジア中心ではありません。北米、日本、アジア、ヨーロッパなど、各自動車メーカーさんが進出されたところに、われわれも工場を準備し、製品を卸させていただいているんです。

財部:
やはりその、他社との競争というのは、目に見えてあるものなんですか?

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小川:
そうですね。開発競争とはいいましても、やはりお客様からすれば「今日はここの製品を使い、明日はここの製品を使う」というわけにはいきません。(お客様が意図する)開発の成果に応えるものができなければ仕事が進まないということになりますから、信頼関係が必要なんですね。ですから、お客様もサプライヤーを選ぶ。そしてわれわれも、自分の持つ力を最も発揮できるようなお客様との長い関係を、できれば志向していく。その結果、われわれの仕事のスタイルも、優先顧客を決めて、そこへの開発に集中していくというような格好になっています。

財部:
なるほど。

小川:
よくわかりませんが、皆さんに規格品的なものを大量に売るのは、おそらく中国や台湾のメーカーさんの方が得意なはずです。しかし、われわれは選ばれたお客様との間での信頼関係の下で、可能な限り長期的な視野に立って開発を進めています。というのも材料開発分野では、すぐに玉手箱のようには答えが出てきませんから、3カ月後のご要望ではなく、3年後に「こういきたいんだ」というお話をできるだけ掘り起こし、それに向けて開発を進めていかなければならないのです。自分たちの製品を支える特殊な原材料をご提供いただける原材料会社さんとの信頼関係も大変重要です。