「何年かかっても最後の1台まで回収する」その執念はどこからくるのか
財部:
去年、松下電器製の石油ファンヒーターで死亡事故が起こりました。最悪の事態となりましたが、その一方で、松下電器の対応姿勢がビジネス界で大きな話題になっています。社長はこの一報を聞かれた時、どのような受けとめ方をされたのでしょうか。
中村:
去年の1月5日に小学校5年生のお子さまが亡くなられて、お父さまが意識不明になるという事故が起きました。これは言い訳になりますが、松下電器としてはすぐに行動を起こしたかったんですが、警察の捜査もあり、結局のところ初動が遅れてしまいました。その後の経過を申しますと、4月に「謹告」を出しユーザーの方にご連絡をしましたが、事故がさらに2件発生しました。対策を打っていったんですが、品質に関してはドメインのトップが全責任を持つのが松下の昔からの基本方針がございますので、松下HA社の社長が全責任を持ってやっておりました。もちろん私も常に報告は受けておりました。ところが11月21日に、また死亡事故が発生してしまいました。そして経済産業大臣から緊急命令を受け、それをうけて本社に緊急対策本部を立ち上げたわけです。
この事故につきましては、被害にあわれた方々に申しわけないということと同時に、社会の信頼を大きく裏切ることになってしまいました。これまで私は松下電器は松下幸之助の経営哲学を実践する会社だ、「スーパー正直会社」だと言い続けてきましたが、それを大きく裏切ることになってしまった。亡くなられた方、ご遺族の方々には誠心誠意尽くしてまいります。そして、「一刻も早く、また最後の一台を見つけるまで、できることは何でもやる」という覚悟でいま回収作業に打ち込んでおります。
財部:
事故は本当に痛ましいものであったし、松下がきちんと対応することは当然の義務だと思いますが、松下電器の対応の仕方をみていると、正直、よく、ここまでやったなあという感想をもちます。松下の社員が全国のガソリンスタンドを訪ねて、ファンヒーターの回収を呼びかけるビラを配ったり、テレビCMをすべて「告知」に切り替え、回収や無料修理を呼びかけましたね。また1台あたり5万円で買い取るということも思い切った対策だと私は見ていました。
ところが2006年のお正月が明けると、今度は日本全国6000万世帯におよぶすべての家庭とすべての宿泊施設にハガキを送って告知をすると発表されました。なぜ、そこまでやらなければならいのでしょうか。
中村:
本当に迅速かつ効率よくお客さまにお知らせして、できるならば引き取らせていただくために、われわれの考えられる手段は全部やるということで進めています。そうしないと、松下という企業が存在するわけにはいかないという危機感で今はいっぱいです。
財部:
たとえば三菱自動車をはじめ、過去にもいろいろ不祥事がありました。理想的にはゼロにすることがいいのでしょうが、物をつくっていく以上、何かの欠陥なり不良が生ずる可能性は絶えずあるわけで、だからリコール制度もある。中村社長は、過去に問題を起こした企業の対応がどのようなものであったか、頭にはいっているのですか。
中村:
他企業さんのことは頭にありません。私も人間ですから、何とかうまくおさめる方法はないかなと考えないこともありませんが、それじゃだめなんですよ。正直に、公表すべきものはすべて公表して、行動であらわして、少しでも信頼を回復していくしかない。
財部:
松下のある方と話をしていたら、この回収に一番執念を持っているのは中村社長だとおっしゃっていました。そういう思いはどこから来ているんですか。
中村:
「松下幸之助に申しわけない」と思っているんですよ。幸之助が確立した「お客さま本位」という経営哲学を壊してしまったんですから、本当に申しわけないと思っています。
今、松下電器は、松下幸之助がつくった経営理念を大切にして経営しているとは言えなくなっている。そんなそらぞらしいことを言うな、ということになっている。何年かかっても、この問題を契機にもう一度全社で立て直し、「創業者の理念をよく実践してくれたな」と評価されるまでやりたいと思っています。
財部:
ただ客観的に見ると、今回事故を起こした製品は1980年代に製造、販売されたものです。中村さんが社長になるはるか以前の製品ですね。しかし中村社長は、直接的に創業者に対して責任を感じる、とおっしゃる。そこはどういう脈略があるんですか。
中村:
松下が過去にやったことが原因で、問題となっていることに対して責任を持てるのは現経営者だけで、それ以外には誰もいないわけです。ですから、自分が決断したことでなくても、そうであっても、それを解決する責任はすべて現在の社長にある。それはどんなことをしてでも解決しなければならないのです。裏返して考えると、未来の社員や未来の社長に、そういう負の遺産はできるだけ残さないようにする責任も、私にはあるわけです。
財部:
松下電器とは対照的ですが、今、ライブドアの問題がマスメディアで大きく取り上げられていますが、中村社長の目にはどういうふうに映りますか。
中村:
私たちは製造業ですから、物を通して社会に貢献する、そういう理念を立てているわけです。やはり理念なき企業は続かない。ましてや、ルールなり法律のすき間をついて、自分だけが望ましいことをするなんということは続きません。続いたらおかしい。アメリカの最大の事件でありますエンロンとかワールドコム、あれも実業ではないですね。企業は社会にどう役に立っているか、経営者はそれを自分自身で確認しながら経営していかなければならないと思っているんですが、こういう考えは古くさいですかね。
財部:
その通りだとおもいます。企業経営は、最後は必ず理念にたどりつきますよね。じつはIT企業の中にだって、理念を持ったいい会社はたくさんあります。ところが、そういう現実は一切話題にならなくて、「カネで買えないものはない」といってはばからない堀江貴文容疑者をヒーロー扱いした日本の風潮それじたいが間違っていたと思います。理念という言葉に古くささを感じる若い世代もあるかもしれませがん、変わらない真実というのは厳然として存在します。松下電器の石油ファンヒーター事故への対応のしかたは、まさにライブドア事件が突きつけた問題へのひとつの回答だろうと私は見ているんです。対照的な存在です。
中村:
それはありがたいことですけれども、松下も早く信頼回復しなければいけないと思っています。
財部:
でもこれまでの対応で、松下の信頼は相当回復できたのではありませんか。問題は起こしたけれど、ここまでやってくれるなら、松下だったら大丈夫かな、と思った消費者が少なからずいたのではないでしょうか。
中村:
まだまだ、一日数十台見つかる。私は毎日寝ては、いられないわけです。張さんがトヨタの社長時代に自動車メーカーの品質に対する考え方をおききする機会がありました。人命の尊さというものを、そのときに改めて教えられました。今度の事故でも、もし私が社長になってから生産された現行製品であれば、私自身が即日辞任すべきことなんです。人命を危うくするような製品をつくった責任は重いですよ。
財部:
考えてみれば、ほかの家電製品も、火事を起こすとか、なにがしかのリスクはあるわけですね。
中村:
テレビでも冷蔵庫でも、今回のFFにしても、電気製品が長寿命になって、われわれが想定した耐用年数よりもはるかに長い期間使われるようになってきています。そうすると、何十年使われても耐えられるだけの安全設計、たとえば不具合が起こったら、そこで停止するような機能を入れるとか、そういうことをやらないといけないわけです。まして今回のFF温風機は固定していますから、以前はその部屋を使っておられて、何らかの事情でその部屋は使われなくなったけれども、FFは残っていて、たまにつける、こういうのがものすごく多いんです。一番心配なのは、高齢者の方がお使いになっておられる場合で、新聞も読まれない、テレビもご覧にならないという方にどうやってお知らせするか。そこが一番大きな問題なのです。
財部:
モノづくりの考え方そのものを考え直さなければいけなくなってきたということですね。
中村:
安全という面からしますと、何十年の使用期間というふうに、設計から使用部品から、抜本的に見直さないといけないと思っています。
財部:
ファンヒーターの回収について、先ほど毎日何十台という単位で回収されているというお話がありましたが、現時点で何割ぐらい回収されているんですか。
中村:
152,000台出して、60%が回収したか、それ以前に廃棄されたかです。1カ月に大体1,500台回収したとしても、1%ですから、並大抵のことじゃないです。
財部:
本当に最後の一台を確認するまで回収作業を続けるのですか。
中村:
今は緊急対策本部で実行していますが、いずれどこかの時点で回収体制は切りかえていくことになると思いますが、回収作業は継続します。何年かかろうとも、最後の1台まで回収するという決意しております。
財部:
現時点で費用はどのくらいかかっているのですか。
中村:
2005年度で240億円ぐらいですね。幸い年末の売り上げは好調に推移しまして、業績的には問題はないので、回収にかかるおカネは絶対惜しむなという指示を出していますが、05年度の決算で240億円を超えたからといって業績を下げることはありません。石油ファンヒーター問題が起こった、対策をやった、業績が下がったでは、経営者失格ですから。
財部:
そこは僕自身も本当によかったなと思っています。