地球規模で成長し続ける「確かなグローバルカンパニー」を目指す
味の素株式会社代表取締役社長 伊藤 雅俊 氏
財部:
仕事上のお付き合いもあると思うのですが、セブン-イレブン・ジャパンの井阪隆一社長とはどういうご関係なのですか。
伊藤:
井阪さんのお仕事のコンビニエンスストアは世界でも非常に素晴らしく、日本が誇るものだと思います。アジアのさまざまなインフラ事情を抱える国でも多種多様な事業を手がけ、イノベ−ティブな仕事を続けられています。井阪さんはそこでリーダーシップをずっと執られていました。私も同じようなポジションにおり、彼の行動力を感じたのです。鈴木(敏文会長)さんとは違うスタイルで、われわれメーカーの力を引き出す力がありますね。
財部:
(今回、井阪さんからのご紹介を受けて)私はとても意外でした。井阪さんはさまざまなメーカーとお付き合いがあると思うのですが、伊藤さんとは、よほど親しくしていらっしゃるか、特別な信頼関係があるのではないかと感じたのです。
伊藤:
新しいことが必ずしもうまくいくとは限りませんが、井阪さんがそういう状況を乗り越え、われわれメーカーをまとめていかれた事例がいくつもあります。(井阪さんの)引っ張っていくエネルギーと、まとめていく力は非常に勉強になります。
現地の言葉と現地の食事、現地の人を知る
財部:
私は、日本で一番グローバルな会社は味の素さんではないかと思っています。(日本を代表する企業には)自動車やエレクトロニクス関連メーカーなどもありますが、あくまで生産が主体で、新興国に本当に販売ネットワークを作り、債権を回収できているのかというと、疑問符がつくような話が多いのです。
伊藤:
(新興国への展開を)やり始めた50年前は、流通がまだない頃でしたから、お金をどうやって回収するのかというところから始まりますよね。
財部:
ブラジル味の素さんが、「味の素」をベースに現地に好まれる香辛料をミックスした
調味料「SAZON」(サゾン)の販路を開拓した時のエピソードも驚くべきお話です。駐在員とブラジル人が2人1組でブラジル全土のスーパーマーケットを回られた。当時はネットもない時代で、電話帳で調べてスーパーマーケットに1軒ずつ足を運んで棚を見て、ディストリビューター(地域ごとの卸問屋的存在)を訪ねたそうですが、その話を聞いて「新興国戦略とはこういうものだ」という基準が私の中でできあがったのです。もう1つ、味の素さんは98年にロシアの国立研究機関であるジェネチカ研究所と合弁会社を設立し、2003年に100%子会社化されています。
伊藤:
よくご存知ですね。あの会社と研究所は、今われわれにとって、とても大事な宝物なのですよ。
財部:
当時からヨーロッパ・ナンバーワンのアミノ酸研究所という位置付けだったのですか。
伊藤:
そうですね。味の素−ジェネチカ・リサーチ・インスティチュート(AGRI)という会社なのですが、アミノ酸を作り出す微生物の最先端の研究開発を手掛けており、本当に良い仕事ができました。2012年12月に「2011年度ロシア科学技術政府賞」の表彰を受けたのです。同社の研究者が10人ほど表彰され、メドベージェフ首相から直接お言葉をいただいたのですが、そのうちの3人が当社所属の日本人でした。日本系企業の受賞も初ですが、日本人としてもこの賞をもらうのは初めてだそうです。
財部:
どんな研究を行っているのですか。
伊藤:
われわれにとって、アミノ酸の発酵生産に使用する微生物は重要な研究テーマの1つであり、よりアミノ酸の生産効率が良い菌を開発することが大事です。糖分などを原料にして、微生物がアミノ酸を作ってくれるわけなので(アミノ酸発酵)、その生産効率が高いほうが良い。そのためにアミノ酸の発酵生産に使用する微生物の能力をより高めていくのですが、(AGRIは)この分野の最先端研究に特化しています。味や成分の組み合わせについては日本や各国で研究していますが、この微生物の能力を高める開発の半分はロシアで行っているのです。
財部:
とても嬉しいお話ですね。かつてロシアの財政危機を機に、日本企業はそれまで現地ビジネスに失敗していた理由を「やはりロシアは駄目だった」ということにして、皆逃げ帰ってしまいました。その中で、ロシア企業をM&Aをしたのは味の素さんだけです。欧米の会社はここぞとばかりに優秀な頭脳を求めて会社を買いに行くのに、日本企業では味の素さんだけがロシア市場に入っていかれたことが、深く印象に残っていたのです。
伊藤:
その意味では、ロシアでモノを売る仕事を今もっとやらなければならないのです。それを「これからやりましょう」と言って取り組んでいるのですが。
財部:
今回、質問事項にも書かせていただいたのですが、味の素さんは、目指すグループ像として「確かなグローバルカンパニー」を掲げられています。私の認識では、日本企業で最もグローバル化の進んだカルチャーを持つ味の素さんが、伊藤社長の下で、グローバル化をさらに「確か」なものにしていかれるということを、意外に思いました。
伊藤:
全然、確かではないですよ。グローバル化に向けた活動はかなり行っていますが、得意な国と(不得意な国)がどうしてもあるのです。東南アジアは得意ですし、南米にも早くから進出しているので、ペルーやブラジルなども得意ですが、アフリカは圧倒的にヨーロッパ勢が強いですね。ナイジェリアでは一生懸命やっていますが、アフリカや中東、ヨーロッパ、アメリカは少々、心許ない。ですから、そこを早く開拓しなければいけないと思っています。
財部:
そうですか。
伊藤:
私は、売上高が1兆円(US$10 billion)以上あり、その少なくとも5割を海外で上げることが、グローバルカンパニーの入口の1つだと思います。アメリカのグローバルカンパニーは国内で5割を売り上げている一方、ヨーロッパのグローバル企業は欧州における売上が少なく、欧州以外の比率が高いので、われわれは海外売上高が全体の5割を超えるところを目指せば良いだろう、ということがベースにあります。それから、採算性や効率性を示す売上高営業利益率やROE(株主資本利益率)などの指標も大事です。日本企業は、どの産業でも平均して、欧米企業と同じ売上高であっても、利益、資本効率は、ほぼ半分。それを、欧米企業と同等もしくは3分の2程度にはしていきたいですね。
財部:
何が理由なのでしょう、その効率の悪さというのは。
伊藤:
株主を向いていないのではないか、という見方が1つあります。また(日本人は)農耕民族で、「まず畑から耕し、成果が出るまでには時間をかけてやる」とか「盛った土地は広げることはあっても、狭くなるようなことをしてはいけない」と言う考え方もあるのでしょう。代々守ってきているものを広げることだけに目が向いていて、(自社の事業の中で)「これを売って、こちらを買う」ということはあまり考えていませんでした。
財部:
味の素さんにも、そういうところがありますか。
伊藤:
弊社もありますね。「金利がつかなくてもいいから銀行に預けておく」とか「タンス預金」といった保守的な考え方や安全志向があるかもしれません。ですが、とにかく(海外の売上比率を)半分(にまで高めることが目標)なのです。だから変わっていかなければならないし、実際に変わり始めようとしています。われわれも利益率を向上させようとしていますから。
財部:
味の素さんは歴史的に言うと、どのように考え方が変化してきたのですか。
伊藤:
今から100年以上前のことですが、1889年に東京帝国大学理学部池田菊苗教授が、当時物理化学の中心だったドイツのライプチヒ大学に留学し、1909年ノーベル化学賞受賞であるオスワルド教授の研究室で最先端の化学を学びました。(池田教授は)「日本人と白人は体格が違いすぎる。(当時の)日本人は男性でも身長が150センチメートル強しかないのに、白人の体が大きいのは食べ物が違うからだ。日本人は食べ物が貧弱であり、これをなんとかしたい」と思い、1901年に帰国したのです。
財部:
そこから、『「うま味」物質がグルタミン酸である』ことが発見されたのですね。