「課題先進国」日本を豊かにするソリューションを提供していく
株式会社セブン-イレブン・ジャパン代表取締役社長 最高執行責任者(COO) 井阪 隆一 氏
財部:
井阪さんのお父様は、野村證券の井阪元副社長でいらっしゃいますよね。私は、実は野村證券に3年勤務したのですが、当時は井阪さんが専務だったのです。
井阪:
株式本部長だったと思います。
財部:
今思うと、本当に希望を持って野村證券に入りました。当時、間接金融から直接金融へという流れの中で、株式で資金を調達する動きが盛んになり、中東のオイルマネーに日本株を売り込み、資金を引き出そうという「野村キャラバン隊」も行われていました。そのように、今から考えると想像もつかないほど大規模で、隆々たる証券ビジネスの世界が広がっていこうという時のトップが井阪専務だったのです。以前セブン-イレブンさんで「井阪さんは野村證券の井阪元副社長の息子さんですか」と聞いたら、そうだということでしたので、機会があったらお目にかかりたいものだと常々思っておりました。
井阪:
恐れ入ります。ありがとうございます。
財部:
この企画の性格は、対談相手の方からこちらが予想できないような方をご紹介いただくというもので、今回はサムライの佐藤可士和さんからのご紹介です。いろいろお仕事があるのは存じ上げていましたが、井阪社長と可士和さんとはどんなご関係なのでしょうか。
井阪:
2009年11月に、佐藤可士和さんが弊社の鈴木敏文会長と対談をしたのです。それは、株主の皆さんを中心にお配りしている「セブン&アイHLGDS.グループ四季報」という季刊誌なのですが、鈴木会長から「可士和さんはなかなか面白い。非常にセンスが良く、考え方も素晴らしい。1回お会いしてみたらどうか」と言われました。そこで、最初にお会いしたのが2010年の1月か2月。セブン-イレブンのブランディングを手がけてみたいというお話で、「セブン-イレブンのブランドはよく露出していますが、ちょっと古ぼけて見えるところがあります」とおっしゃっていました。
財部:
可士和さんがですか?率直ですね。
井阪:
はい。そうかな?と思いながらも2010年3月から「セブン-イレブンブランディングプロジェクト」というミッションをスタートさせました。可士和さんからはフラッグシップ・ショップ(旗艦店)を作ってみませんか」とか「既存商品のネーミングやパッケージ、商品コンセプトの見直しをしませんか」、あるいは「店舗・商品をもっと幅広くアピールしてみませんか」、「お客様に対するコミュニケーションやPRをやってみませんか」というご提案をいただきました。
財部:
そうですか。
井阪:
可士和さんにいろいろインタビューをされたのですが、「そうですか、そんなにこだわっているのですか」といったような反応を、可士和さんは何度もされていましてね。たとえばセブン-イレブンでは、オリジナルのペストリー(パン類)を作ってお店で販売していますが、虚血性心疾患に悪い影響を及ぼすトランス脂肪酸を排除したスペックでものづくりを行っています。また、セブン-イレブンの店舗で住民票や印鑑証明が取れたりするのですが、「そんなこともやっているんですか。セブンさんにはコンテンツがたくさんありますが、コンテクスト(文脈)がなく、つながりがないですね。お客さんはわかっていないですよ」というようなお話が次々と出てきたのです。
財部:
なるほど。
井阪:
やはり外には伝わっていない、当社内部にこもっていた部分がかなりあると思いました。そこで可士和さんの力を借りて外に打ち出して、お客様への情報発信をやっていこうと言ってもう3年になります。可士和さんの目線で申し上げますと、当時おにぎりやお弁当、惣菜などのコンビニで扱っている商品は、全部同じ工場で作られていて、ローソンにもセブン-イレブンにも、ファミリーマートにも卸しているのではないか、という見方をされていた。オリジナル商品とは夢にも思っていないと。
財部:
そうなんですかね。
井阪:
はい、一般の方はそう見ているのかなと思いました。2007年に発売した「セブンプレミアム」という商品についても、一定以上の品質と価値を持った商品でなければ出さないというルールを決めていましたが、「そのルール自体も、お客様には伝わっていないですよ」と指摘がありました。そこで「ブランディングという観点でデザインの統一をしていきましょう」とか「お客様に対する約束事を明確にしましょう」という話になりました。(商品写真を示しながら)これがビフォー、アフターなのですが、以前はオリジナルデイリー商品のおにぎりやお弁当、お総菜には、一切マークはありませんでした。
財部:
そうだったのですか。
井阪:
今は可士和さんのデザインによる統一ブランドマークをつけています。以前の「セブンプレミアム」は今とは違うロゴマークがついていましたが、これだと「セブンプレミアム」が当社グループで販売している商品というイメージがつきにくい。また専門店の本格的な味を家庭で楽しめる「セブンゴールド」も同様に、当社のグループで販売しているとうい訴求力が弱かった。ですから、「セブンプレミアム」をはじめセブン-イレブンのオリジナル商品も統一感のあるブランドデザインに変えていただきました。こういうことをやりながら、改めて「(お客様と)にどういう約束事をするのか」という商品コンセプトの練り直しも進めました。さらに雑貨関連の新しいカテゴリーで「セブンライフスタイル」という新ブランドもデビューさせています。そんな取り組みを3年間ずっと続けてきました。
財部:
私の事務所の近くにもセブン-イレブンがあり、ときどき買っています。確かに、この数年でセブン-イレブンは劇的に変わってきたという印象を、私は強く持っています。可士和さんは、芸術的なイメージを持ちながら、むしろ経営センスが素晴らしくって、経営者と同じ言語で話せるユニークな存在ですよね。
井阪:
おっしゃる通りです。私が腹の中で考えていたり、頭の中にあることを、会話の中でどんどん引き出しくれるのです。これができるまでに1年ちょっとかかったのですが、9カ月間はデザイン作業が一切なく、1、2週間に1回必ずミーティングを行い、ディスカッションを繰り返していました。その中で、(デザインが)だんだん形になっていくのです。可士和さんは、最初は質問をされるのですが、ほとんど聞き役。不思議な方ですよね。
財部:
そうですね。私も直接インタビューをしましたが、可士和さんは、経営者の特別な「インナーワールド」に入り込んで仕事をしていますよね。経営者は会社の中では孤立感も持ちながら、組織全体をある種の戦略なり思想に基づいて動かしています。つまり、強いリーダーシップを打ち出すことで動いていくわけで、周囲の人には気軽に相談もできません。周りもなかなか物が言えません。経営者にとって、可士和さんはとてもありがたい存在なのかもしれませんね。井阪さんと可士和さんとのご関係についても、納得がいきました。
井阪:
恐れ入ります。
他社の追随を許さない「サプライチェーンの密度」
財部:
ところで来月(2月15日)、『ローソンの告白』(PHP研究所)という著書を出版します。同書の取材で改めて感じたのは、セブン-イレブンとローソンにはいろいろな違いがありますが、決定的に違うのは弁当や惣菜などの賞味期限の長さ。では、セブン-イレブンは保存料を多く使っているのかというと、そうではなく非常に品質にこだわっている。おそらく製造プロセスで圧倒的な優位性を持っているのだと思います。ローソン側も、急激に温めたり冷ましたりという調理の仕方で素材の傷み方が変わってくると言っており、そういう温度のコントロールで賞味期限を延ばすことができると理解していました。セブン-イレブンは、そういうことを明確に意識して、弁当や惣菜をつくっているのですか。
井阪:
そうですね。食品事故が起こったら、今まで築き上げてきたものが全部壊れてしまいますから、衛生管理や品質管理には非常に力を入れています。私は、もともと商品開発が長く、弁当や惣菜などの生産プロセスや設備、調理器具などをメーカーさんと一緒に開発してきました。調理行程で具材を劣化させない方法などは良く勉強したと思います。そういう効果もありますが、おそらく一番大きな違いは、サプライチェーンの密度だと思います。たとえば現在、当社はセブン-イレブンを約1万5000店舗展開していますが、お総菜やお弁当、麺類などを製造している約160工場が、私どもの商品以外は作らない専用工場なのです。
財部:
(160工場が)全部ですか。
井阪:
はい。一方、ローソンさんは店舗数が1万強でおそらく30工場ぐらいですから、製・配・販のサプライチェーンの密度が、かなり違うのだと思います。工場で商品を作ってからお店に届くまでの時間も賞味期限に含まれます。この時間が短いほど、販売できる時間も長くなるという理屈なので、その差もあるのではないかと思います。
財部:
今のお話を伺って思い出したのですが、「ローソンストア100」(旧・「SHOP99」)を実質的に立ち上げた九九プラスの深掘高巨社長(現・ローソン顧問)が、ローソンと組むという決断をせざるを得なかった決定的なポイントがお弁当でした。深掘さんは「ワンコインスーパー」から始めて、24時間営業の「生鮮コンビニ」を目指すようになっていった。大手のコンビニと競争する段になって、オーナー達から「うちの弁当は不味すぎる」とクレームが来るようになった。では、てこ入れをしようといろいろあたったところ、美味しい惣菜や弁当をつくれる工場は、セブン-イレブンとローソン、ファミリーマートがおさえていて、サプライヤーの工場に設備投資までしていることに気が付いた。それが決定的となってローソンの傘下になる道を選んだと言うのです。
井阪:
そうですか。スーパーマーケットの場合、生鮮産品を仕入れ、お惣菜やお弁当をインストアのバックヤードオペレーションでお作りになっているので、サプライヤーさんに外注するというビジネスモデルがなかったのでしょう。そのため、おそらく外部の惣菜業者さんとのつながりがなかった。「SHOP99」は小型店で展開していましたが、小型店でバックヤードオペレーションを行ったら生産性を大きく下げてしまいます。そうなると、外部の惣菜業者に作ってもらうしかないのですが、なかなか他社には供給してくれないという状況だったのでしょうね。
財部:
おっしゃる通りで、最初の段階ではインストアで(弁当作りを)行っていたのですが、小さな店舗では全く商売にならないということでした。