楽天株式会社 代表取締役社長 三木谷 浩史 氏

財部:
それは、創業当時から三木谷さん自らが築き上げてきたネットワークですよね。今でも事業本部長を担当されているのですね。

三木谷:
そうですね、「楽天市場」については事業本部長をやり続けています。

財部:
そのポジションにはこだわっていると聞いています。それにしても、2000年代の初頭から、ベンチャー企業の経営者が数多く登場し、栄枯盛衰を繰り広げてきました。その中で、三木谷さんを最も特徴付けているのは、当時から今に至るまで、ずっと高いテンションを維持し続けていらっしゃることだと思います。

三木谷:
そうですか(笑)。

財部:
三木谷さんぐらいではないでしょうか。ベンチャー企業が新興市場から東証一部へと上場していくにつれて、会社を取り巻く環境は大きく変わります。その中で、経営者の肩書きも社長、会長と変わっていきますが、肩書き以上に、経営者としての「空気感」から自分の生き方まですべてが変わるのです。その意味で、三木谷さんは昔も今もずっとテンションが変わらないという点で、傑出した存在だと僕は思っています。そのベースになっているものが、今の「Rakuten Ichiba DREAM」の本などに出てくるような人々に対する思いなのですね。

三木谷:
それはありますね。消費者の方もそうですが、こういう人たちが喜んでくれたり、笑顔になったりしてくれるのは快感ですね。Facebookが今年5月に上場しましたが、楽天とはアプローチが違っても、共通するものがあると思います。ザッカーバーグCEOは人と人をつないでいくという考え方だし、僕はモノを作ったり売ったりしている人と消費者をつないでいくという考えです。うちのビジネスはショッピングモールではありますが、本当の仕事は、モノを作ったり売ったりしている人と消費者をつなぐことなのです。

財部:
そこに本質があるわけですね。

三木谷:
哲学が、明らかにアマゾンとは違います。だからビジネスアプローチもおのずと違ってくると思うのです。僕には、小さな店舗やローカル・エコノミーを守りたいという思いがあります。だから支店も日本中にどんどん作っています。インターネット関連の会社なら、普通は「支店はいらない」という話になりますが、僕はそうは思いません。パソコンを使ったことがない漁師さんやお米を作っている農家さんなどのところに行って、インターネットを使ってどうやってモノを売れば良いのかを、すべて1から教えてきたのですから。

財部:
なるほど。

三木谷:
2000年には「楽天大学」というものをつくって、どうしたら売れるのか、ネットショップ運営のノウハウを学ぶ場を提供しています。これまで5万人以上が受講しています。

ブランドコンセプトになった「5つの言葉」

財部:
この仕事を始めてから30年近くが経ちますが、僕はどこの組織や個人とも組まず、ニュートラルな立場で数多くの経営者を見てきました。大企業の経営者の多くはサラリーマンですから、サラリーマン社会の中での栄枯盛衰がある一方で、サラリーマンの中にも傑出した人物は出てくるものです。ベンチャー企業の創業経営者はみな素晴らしいのかといえば、怪しいところが多々あります。ただ共通して言えるのは、言葉の表現はどうであれ「誰かのために」という部分を本気で持っている人だけが、自滅しないタイプの経営者であるということです。やはりそれだけ、最後は自滅するケースが多いのです。

三木谷:
これを見ていただきたいのですが、(資料を見せる)「大義名分」(Empowerment)、「品性高潔」(気高く誇りを持つ)、「用意周到」(プロフェッショナル)、「信念不抜」(GET THINGS DONE)、「一致団結」(チームとして成功を掴む)、これが楽天のブランドコンセプトです。ネタを明かせば、これは当社が2005年にTBS株を取得し経営統合を提案したとき、私の父(神戸大学名誉教授、元日本金融学会会長の三木谷良一氏)が「事を起こすには、この5つが重要である」ということを紙に書いて送ってきたものです。

財部:
そうなんですか。

三木谷:
なぜこの仕事をやっているのかと考えた時、やはり世の中の役に立てるからであり、自分にとって大事なものはインテグリティ(誠実さ)です。法令順守は当たり前ですが、グローバルに言えば法制度は国ごとに違いますし、クロスボーダー(国際間取引)になると(法律で)決まってない事も多く、とくにインターネットは、国内法があまり関係ない世界です。そういう状況下では、法律よりも倫理観が優先だと僕は考えます。以前DeNAさんがプロ野球に参入したとき、球団名をつける際にメディアに叩かれましたが、僕が言いたかったのは「野球を通じて子供達にソーシャルゲームのプロモーションをしなくてもよいのではないか」とそれだけだったのですけれどね(笑)。

財部:
僕は、もう業界の「横綱」になった三木谷さんが、なぜDeNAに対してこんなに怒っているのだろうと、テレビのニュースを見て思っていました。

三木谷:
あれはもっと真剣に考えて欲しかったのです。もちろん僕たちも、(球団経営を)財務的にジャスティファイするために「楽天」というブランド名をつけて、ある程度のプロモーション効果を織り込み、ビジネスとして成立させています。でも、そもそも「プロ野球界の大義名分は何なのか」ということから考えていくと、認められないことはあるはずです。 そこの線引きをもう少し真剣に考えたらいいのではないかという意味で言ったのです。

財部:
最初に「大義名分」を意識することは本当に大切ですよね。僕が若い頃に講談社のある編集者が、「この仕事は大義名分があればやっていける。しかし、これがなければ絶対に自滅する」と話してくれたのです。僕はこの10年間、「自分にとっての大義名分とは何か」ということをずっと考えてきました。その中で結論として出てきたのが、「世の中にあまりにも真実が報道されていないので、真実の中から生きる情熱を掘り起こすこと」なのです。この大義名分を明確にして、いまBS番組「財部ビジネス研究所」や「報道ステーション」などの取材に取り組んでいます。それにしても、楽天が掲げている「ブランドコンセプト」が、あのTBSの一件のときにお父様が書かれた言葉が元になっているというのは驚きました。

三木谷:
そうですね。

財部:
お父様から、その5つの言葉が書かれた紙をもらったとき、どんな気持ちになりましたか

三木谷:
父に対しては、ライバル意識もあります(笑)。父は1997年に旧日銀法が改正された直後に『中央銀行の独立性』という大論文を書き、経済界すべてが大蔵省を恐れて味方をしていたときに、1人だけ日銀の側に立ったのです。「やはり血は争えない、テレビに叩かれようが、自分は行くんだ」という気持ちになりました。

財部:
お父様から受け継いだ血を、自らの体に感じるぐらい――。

三木谷:
あまり認めたくはないのですがね(笑)。でもやはり、僕は「日本は絶対にこうしたほうがもっと良くなる」と思うことについては、グローバルな視点から見ればそういう流れだと思うわけです。それに逆らっていったいどうするんだろう、と。世の中には、経済のマクロ政策について「神学論争」ってありますが、ビジネスの世界でも本当に多いですよね。

財部:
たとえば、どんなことに対してですか。

三木谷:
医薬品のネット販売規制の話にしても、(国が)今やろうとしていることはどう考えてもメイク・センスではないし、言っていることもつぎはぎだらけで一貫性がありません。無薬局町村数は増える一方なのに、自己の利益のために主張するのは、やはり間違っていると思うのです。同様に、子供たちから高額な利用料金を徴収しているオンラインゲームの名前を球団名に入れて、夢を持って少年野球に打ち込む人たちにプロモーションするのはまずいのではないかと、1人の父親として感じました。そういう部分が、楽天のビジネスモデルにもあるのです。ビジネスですから、お金を儲けなければいけないのは当然ですが、あくまで結果としてお金が儲かっていくのだと思います。

財部:
今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

(2012年5月30日 東京都品川区 楽天株式会社 本社にて/撮影 内田裕子)