財部:
そこが素晴らしいですね。日本の大企業にも、失敗したと言わずに15年も20年も同じことをやり続けているところがありますから。
三木谷:
そうですね。でも(「楽酷天」の場合)、別のやり方ならいけるのではないかという自信があるから、一回閉じたという事情もあるのです。まだ手の内をお見せすることはできませんが。
財部:
そうですか。
三木谷:
でも、今回は少し長期的に構えています。急いでいるように見えてはいても、じつはそれほど焦っていません。中国では今、インターネットショッピングが過熱競争に陥っていますが、「(市場は)いずれこういう流れになっていくだろう」というグランドデザイン戦略を描き、持っているサービスをうまく組み合わせながらやっていこうと思います。でも、中国以外のところは本当にうまくいっているのですがね(笑)。
財部:
そうですね。楽天は2008年を境に、国際化を急激に進めていきましたが、それは何がきっかけだったのですか。最初は台湾の「楽天市場購物網」ですね。
三木谷:
はい。グローバル戦略を考える場合、大きく分けて2つのパターンがあると思います。ひとつは、非常に単純なビジネスモデルを作り、それをグローバル展開していくこと。たとえばフェイスブックやグーグル、アマゾンはそれに近いですね。その一方で、「楽天市場」は、ショッピングやトラベルから銀行、証券、クレジット、メディアまでほとんどすべてのサービスがここで完結するという世界を作ったわけです。
財部:
そうですね、多面的にやっておられますね。
三木谷:
じつはこれは国際競争を考えたうえでのことなのです。グローバル・ジャイアント(世界的な大企業)が押し寄せてきた場合、1つの価値提供しか行っていないとなかなか戦えません。でも、われわれはユーザーに多面的な価値提供を行っているので、1つの価値で攻めてこられてもあまり恐くないのです。それがたとえば、アマゾンなどの大手がなかなか日本で「楽天市場」に勝てない理由だと思います。2005、6年頃には日本において「城を囲む大きな堀はもうできた、これで本丸を攻めに行っても大丈夫だ」と――。
財部:
そういう確信を得たのですね。
三木谷:
はい。多少は攻められるかもしれませんが、もともと(「楽天市場」を)グローバル化する方針だったのですが、まずは日本でしっかりとした本丸を作ってから出て行こうと思っていました。当然、国内ビジネスもビルドアップしていく必要があります。逆に、2012年1月に買収したカナダの電子書籍サービス会社Kobo社のケースもそうですが、国際化を進めることによって、海外からノウハウがどんどん流入しています。社内の公用語を英語化しことも意味があって、アマゾンの「Kindle」(キンドル)や「Kobo」、「haar-like」(ハーライク)といった、さまざまな海外のノウハウの吸収が、他社とは比較にならないスピードで進んでいくのです。「このサイトのようなことをやろう」ということが、サッとできてしまう。
財部:
いろいろ資料を拝見すると、三木谷さんは「Kobo社の国際化への対応へのスピードは楽天も驚くほど速い、そこが非常に魅力的だ」というお話をされています。いまやアマゾンの「Kindle」対、楽天の「Kobo」という構図になってきていますが、そこでぜひお聞きしたいのは、どうして楽天が「Kobo」を買収できたのかということなのです。
三木谷:
多くの人が気付いなかったんですよ、「Kobo」の可能性に。彼らは楽天のグローバル戦略に非常に共感し、「こいつらは本気だ、成功するに違いない、だから一緒にやろう」と思ってくれたことが大きかったと思います。日本に来ればへたくそながら一生懸命に英語でしゃべっているし、そこが伝わったと思っていますね。
財部:
最初はどのように、Kobo社にコンタクトされたのですか。
三木谷:
以前、日本で電子書籍ビジネスをいくつか手がけたのですが、結局グローバルにやらないとビジネスとして難しいと感じました。たとえば英語の本が読めますよ、日本の漫画を世界に輸出しようと広がりを持つために、コンテンツ配信はやはりグローバル・プラットフォームでなければダメなんだと。損もしましたので、最初は「Kobo」はあまり考えていなかったのですが、なんだか気になって「もうちょっと調べてくれ」と言ったら、とても魅力的な会社だということがわかりました。シリコンバレーでなく、カナダのトロントにある会社だったため、アメリカ企業を含めてノーマークでした。(コンタクトを取ってから)2日後にテレビ会議を行い、4日目には飛行機に乗ってカナダを訪れ、5日目に大筋で合意しました。
財部:
凄いスピードでしたが、Kobo社側はどんな受け止め方だったのですか。
三木谷:
Kobo社の親会社インディゴ・ブックス・アンド・ミュージックは、ある程度のリターンがあるのなら売却もありだという考えでした。さらには、財務体力のある会社の傘下に入ったらKoboも伸びるだろうという思いもあったようです。親会社のCEOとKobo社のCEOはまるで家族のようで、「この子たちのためになるのなら、私は構わない。私が世界でやりたかったけれど、無理だということがわかったから、あなたが(「Kobo」を)世界のチャンピオンにしてほしい」と言われました。本当に泣いていました。
財部:
そうですか。三木谷さんが考えているよりもずっと速いスピードで国際化を進めようとしていたという、Kobo社の企業文化や戦略とは、どんなものだったのでしょう。
三木谷:
まずは1番大きなイシューにフォーカスしてビジョンを作り、それに向かって進んでいくやり方です。細かいことはのちに詰めていく、というスタンスですね。あとは割り切り、全部を独り占めするのではなく(パートナーと)シェアしていく。アマゾンなどは、どちらかと言うと、全部を独り占めしようという考え方がありますが、楽天もKobo社もパートナーシップを大事にしていこうという考え方です。やはりKobo社の技術力は素晴らしいし、開発のスピードが圧倒的に速い。出版社さんに聞いてもらえば、そう答えてくれると思います。
アマゾンとは一線を画するビジネス哲学
財部:
先日、どうしても欲しい英語の本があり、日本では手に入らないというので「アマゾンUK」で購入しました。イギリスの本なので非常に高価で、運賃も高かったですね。目が疲れるので、僕はこれまで電子書籍を遠慮していたのですが、実際にこういう場面に接すると「もうやっていられない」という気持ちになります。しかも、注文してから本が届くのに何週間もかかりますから、電子書籍は今後もの凄い勢いで広がるだろうと実感しました。
三木谷:
アメリカでは、新刊についてはもう紙の出版と電子書籍が50:50です。
財部:
そんなにですか。でも日本だと、電子書籍はさしたるロットではないですよね、今は。
僕の本も出版社からイーブックで売りますという契約書はくるのですけれど、一体いくら売れているのか。
三木谷:
今はそんな感じですが、Kobo社の経営者は、「私たちを見てください。10年かかると思われていたことを1年で実現させました」と言います。もはやスピードが違います。日本でも来年になったら「えっ、そんなに売れているの」ということになりますよ。これまではシリアスなプレイヤーがいなかったのです。今年から「Kobo」と「Kindle」が日本に入ってくるので、僕は「今年は『読書革命元年』だ」と言っているのですが、本当にそうなると思います。
財部:
僕の理解で言うと、アマゾンの存在感がこの数年で高まった理由は、翌日配達、即日配達にあると感じています。いわばスピードに対する誘惑があり、読みたいと思ったときにすぐ欲しいから買う。これが即、実現するからですね。
三木谷:
電子書籍は30秒。
財部:
それも、リーズナブルな価格の機器で読めるなら、あっという間に広がりますね。
三木谷:
はい。これはある意味で、革命的な発明だと思います。
財部:
そこで伺いたいのは、三木谷さんの中でアマゾンはどういう存在なのか、ということです。単に企業規模が大きいとか、世界ナンバー・ワンであるから追いかけるのとは異なる三木谷さんの思考回路の中で、アマゾンや「Kindle」を強く意識されている部分があるのではないでしょうか。
三木谷:
強く意識してはいないですね、基本的には。
財部:
あるいは嫌いなのではないか、と(笑)。
三木谷:
いや、素晴らしいサービスだとは思いますが、ただ根本から哲学が違うのです。
財部:
どう違うのですか。
三木谷:
アマゾンでは、巨大なプラットフォームの中に卸業者やメーカー、店舗があるわけですが、お客さんはアマゾンから商品を買っています。「楽天市場」では、楽天が中心にあり、そこに多数の店舗が集まっている、それぞれ店舗の周りにファンがいて、ファンが直接、各店舗から商品を買っているのです。つまり、本当の意味で「楽市楽座」の世界を実現しているのです。eコマースには効率性も重要ですが、やはり、ショッピングとはリッチなエクスペリエンスだというのが僕たちの考え。そこで人と人とのインターアクション(交流)やコミュニケーションが生まれ、その延長でお客様がモノを買うのです。それが、僕がこのビジネスをいまだにやっている理由であり、社会的なミッションだと感じているんです。
財部:
それが、楽天とアマゾンの大きな違いなのですね。
三木谷:
全部自分たちで売って1兆600億円の売上を達成したところで、それはビジネスマンとしては嬉しいかもしれませんが、1人の人間としては「値段を安くしているから売れるのだろう」ということで終わると思います。僕が好きなのは、当社で発行している雑誌「Rakuten Ichiba DREAM」にも書かれているような小さなお店のサクセスストーリー。「楽天市場」があって始めて商売ができるようになり、モノが売れ、その店舗のオーナー様が独立自尊で生計を立てていけるようになった話です。数ある店舗の中には当然、競合もあるというように、「楽天市場」はあくまでオンライン店舗のコミュニティです。アマゾンのビジネスは自己完結型ですが、僕たちは「楽天市場」の店舗の皆様に、できる限りリーズナブルなプラットフォームを提供していこうと思っています。
財部:
こういう考え方は、欧米にビジネスモデルを持っていったときに、理解を得られるものなのですか。
三木谷:
今ではもう、理解を得られますね。もともと不良だった人が、「楽天市場」をきっかけにビジネスを始めて、会社も設立できたとか、楽天市場は夢を実現する場になっているんです。商売とはもともとそういうものだと思うんです。僕たちがよく言っているのは、「楽天はアマゾンが目指しているような『スーパー自動販売機』ではない」ということなんです。
財部:
でも確かに、こちらが求めているのも「スーパー自動販売機」ですね(笑)。
三木谷:
僕たちも、もちろん「スーパー自動販売機」もやるわけですが、それは要するに「この商店街に、大きなショッピングセンターがあってもいいか」、というぐらいの考え方。あくまでも主役は個々の店舗であり、「ショッピングセンター」は集客設備であるということです。同じようなビジネスモデルでアマゾンに対抗しているわけではなく、僕には僕なりのパートナーシップ的な思想があり、それとアマゾン的な思想との戦いだと思っているのです。