川崎重工業株式会社  代表取締役社長  長谷川 聰 氏

日本の製造業は次のステップへ進む時がきた

財部:
その話の延長ではありませんが、環境問題といえば中国も非常に苦労して取り組んでいるテーマだと思うのですが、今日、長谷川社長に伺いたいと思っていたもう1つのテーマが中国での鉄道車両事業の話です。

長谷川:
はい。

財部:
いただいた資料を拝見すると、中国の新幹線に車両を提供するという事に関して「日本の技術が流出する」という批判に対し、長谷川社長は、「外国で商売しようという時に、技術流出を気にかけながら商売ができるものか」というお話をされていたように思うのですが、実際、どのようなお考えで中国と向き合っておられるのですか。

長谷川:
新興国とはwin-winの関係を築くのが一番大事だと私は思っています。インフラ事業、鉄道車両事業もそうですし、油圧ショベル用などの油圧機器などにしても、やはり彼らが発展していって、国力が上がっていかなければ、我々にはビジネスチャンスはないのです。

財部:
そうですね。

長谷川:
富を日本に持ってきて、技術は全く渡しませんというのでは搾取ですよね。そういうコンセプトはいかがなものかと思っているのです。我々自身も過去に欧米から技術を教えていただいたわけです。我々は船、航空機、鉄道車両などをつくっていますが、100年前にはそれらは欧米がつくっていたのです。そこにキャッチアップして、安くて品質が良い物を、世界に販売してきたというのが事実です。そういったビジネスモデルは、もう新興国に譲らなければならない状況になっていると思っています。そうなると我々は次のステップへ進まなければいけません。さっき話題になりましたが、水素社会をつくり上げる、というようなところにチャレンジしていくことが、これから我々がせねばならない使命だと思っています。

財部:
かつての日本はそのような哲学が非常に強かったように思います。しかしこの10年ぐらいでしょうか、日本経済に閉塞感があって、新興市場はまさに言葉通り"新興市場"という見方をしていて、その市場でひと儲けしたいと気軽に行っては代金を取りっぱぐれて悪口を言って帰ってくる。今、そういう悪い循環になっている気がしますが。

長谷川:
我々が新興国で事業をする際には、いろいろな形態があるのですが、一番うまくいっているのは、相手方と合弁会社をつくって資本を50:50にする、若干我々の方が多い場合もありますが、そういう合弁会社を設立して、相手方の販売力と生産、我々の技術を持って、市場に製品を供給するというパターンが結果的にはいちばん伸びています。彼らは非常に熱心ですし、常に上を目指して意欲に燃えています。一緒にビジネスをやっている連中は皆さん紳士的です。搾取しようとすると相手は当然引きます。お互いがwin-winでやっていきましょうという形が合弁会社。これがいちばん伸びるのではないかと、今までの経験上、そう思っています。

財部:
それは、中国にとって川重さんから提供してもらう高い技術が、大変魅力的だということも大きいような気もするのですけどね。

長谷川:
それはあるかもしれないですね

財部:
そういった、高い技術力を見せて、継続的な関係を構築していったほうが、結果的には得なのだという明確な経済合理性を持たないと、中国ではつまらない問題が発生してしまうのだろうと思いますね。

長谷川:
おっしゃる通りです。我々が常に日本で最先端の技術を生み出し、その中で、中国に提供できる技術も次々つくっていかないと、「もう川重さんいらないです」と、「資本金は全部お返しし、合弁会社を終わりにしましょう」と言われ、その結果、市場を失う可能性もゼロではありません。ですから、そういう意味では次々と新しい技術を生み出していって、ショーウィンドウに並べていくのが大事なことだと思っています。

財部:
なるほど。

長谷川:
今まさに中国は環境に対する技術に大変な関心を示しています。中国に行くと、市の幹部が我々の会社のことも実に良く調べていて、あの技術を持ってきて、ぜひ会社をつくって欲しいと。投資してくれたら、こんなメリットがあって、こんなに良いことがありますよと。そうやって一生懸命に市の環境レベルを上げようとしているのですね。

財部:
彼らの競争も大変なようですね。市の幹部の評価はいろいろな項目がありまして、総合点の高さを競うのですが、絶対に外してはいけない特別な項目というのがいくつかあるそうです。その中の1つが「環境」で、この評価が低いと完全にダメだそうです。だから彼らは本気になって環境改善に取り組んでいますね。

趣味の写真もビジネスも「選択と集中」

財部:
アンケートの中に、一番お好きな言葉は『独立自尊』とお答えいただいています。 社長の過去のご経歴を拝見していると、航空機のエンジンの開発をしている時に、社内では業績の悪い部門の代表格のような扱いを受けていたと。部長研修の際には副社長から「悪い所はお前か」という指摘もあったと。私が驚いたのは、その時に「技術だけではだめだ、経営も分からないといかん」と、中小企業診断士の資格を取ったと。

長谷川:
いえ、資格は取っていないです。取るほど時間的余裕もなかったのですが、勉強だけはしました。

財部:
そうでしたか。ただ、考え方として独立自尊というと言葉と文脈が通じるなと思って拝見したのですが。

長谷川:
そこは繋げて考えたことはなかったのですが、独立自尊は慶應ですから、ずっと叩き込まれてきました。何でもある程度は自分で知識を吸収して、自分なりに仮説を立て検証する。人から聞いただけで、はいはい、といっているだけではいかんと思ってきました。その時は技術部長だったのですが、ある会議に出たときに、私の所属する事業部の売上規模が1000億円くらいありまして、「普通の会社だったら取締役だ、それくらいの意識で勉強して会議に出て来い」というようなことを上司から言われました。技術のことしか分かりませんから、これはまずいと思いました。ですから経営とはどういうものか勉強するためには一番手っ取り早いかなと思って中小企業診断士の勉強を、通信教育でしたのです。それはやはり、役に立ちましたね。

財部:
役に立ちましたか。

長谷川:
ええ。その後、企画部門、営業部門と渡り歩きましたが、やはりベースがある程度分かっていますと入りやすいですよね。経営全体から見たときの営業部門、企画部門のあり方はこれでいいのかな、とか、さまざまな見方ができましたので、やはり広く勉強するという事は大事だと思っています。

財部:
ご趣味が旅行、そして写真と、これは昔からのご趣味ですか。

長谷川:
そうですね。写真は小学生の終わりか、中学生の始めくらいからですね。義理の兄が白黒写真でしたが、現像、焼き付けを自分でやっていたんです。お前もやってみろ、と言うので、はまりましてね。写真を撮っては現像していました。カメラも好きで50年以上、同じ趣味で生きていますね。

財部:
それはカメラの技術そのものが魅力なのですか、写真が好きなのですか。

長谷川:
写真を撮る時の、あの何とも言えぬ心の高揚、っていうのですかね、パッとこうフレームがありますでしょ、どことどこに焦点を合わせて、どこまで深度を深くして、どこをクローズアップさせるか。そういうのを考え始めますと、何て言うのですか、撮りたいなという気持ちが高揚してくるのです。ただ風景を見ているというのとは違うのです。

財部:
はい。

長谷川:
写真は引き算だと言うのです。絵の方はどちらかと言うと足し算で、白いキャンパスに色を足していく、写真は世の中にいろいろとある中から、いらないものを切り取っていって、ここだけを対象にしていくのです。花を撮るとき、花にピントを合わせて他のもの、例えば周りの花や葉は、ぼかすように深度を変えるわけです。いわゆる選択と集中。どこに集中するかとかテーマを決めるのが写真です。会社のビジネスも選択と集中。カメラと経営は似たところがあるのだとか言っています、これはこじつけですけどね(笑)。

財部:
僕はカメラの趣味はないのですが、テレビの仕事ですから映像は身近に感じています。企業取材は工場とかインタビューが多く、そんなに面白い映像があるわけでもないのですが、撮り手によっては、なんでもない生産ラインが非常にいきいきと見えたり、あるいは立ってレポートをする際の背景の選び方、ただズームするだけでもテーマのニュアンスを感じさせたり、カメラマンのセンスで実はまるっきり変わってしまいます。あれをみていると、スチール写真はもっと奥が深いのだろうと思いますね。

長谷川:
そうですね。デジタルはすぐに見られるのはいいのですが、やはりワクワク感、どんなものができてくるかなという楽しみは、フィルムの方がありますね。デジタルは瞬間的にわかってしまいますし、あとから補正することもできます。フィルムは一発勝負です。それ以上発色のしようがないので、私はそちらの方が良いなと。デジタルは記念写真とか撮り損ねてはいけない時に安心感はありますね。パッと見てすぐにわかりますので。

財部:
今でもアナログのカメラを使われて、自分で現像しているのですか。

長谷川:
いや、カラーの現像は非常に難しいのでやっていません。もう少し暇になったらやれるかもしれないなとは思いますけどね。

財部:
最後に、この「天国で神様にあった時に何て話かけて欲しいですか」という質問のお答えですが、神様と対話型にした方はなかなかおられないのですけど(笑)。

長谷川:
ははは(笑)、あまり意味はなかったのですが(笑)。

財部:
神様「天国で良かったね」、長谷川社長「私が天国でいいのですか?」、神様「たまには救うのが来ないと暇でな!」と。この一連のフレーズはどこから。

長谷川:
なんとなくそう思っただけなのですけどね。いつも捻くれていて斜めからものを見る方ですから、ちょっと違った風なものでもいいかなと思ったのですがね。

財部:
はい、確かに違ったことになりました(笑)。今日は大変興味深いお話をありがとうございました。

(2011年12月9日 東京都港区 川崎重工業本社にて/撮影 内田裕子)