株式会社三陽商会  代表取締役社長 杉浦 昌彦 氏

財部:
百貨店以外の販売ルートについては、どう考えているのでしょうか。

杉浦:
従来とは違う販路および売り方という意味では、中国市場にも力を入れている一方で、PC系やモバイル系の通販に代表されるネット市場が非常に大きくなり、当社でもかなり伸びているのですが、そこが1つのポイントになるだろうと考えています。今、いろいろとネットを展開している会社もありますが、その多くがモノを作って売るのではなく、モノを調達して売っている。われわれの場合はモノを作り、ネットで売ることができるという意味で、無限大の可能性を秘めているわけで、その価値を追求していくべきだと思います。いろいろな部分で基礎を固めていくのが大変ですが、今でも(ネット販売は)非常に伸びています。

財部:
その場合、ネットでの売上はブランド別に伸びているというイメージでしょうか。

杉浦:
「Sanyo iStore」(http://sanyo-i.jp/)というオンラインショッピングサイトを立ち上げています。ブランドを充実させて拡大させていこうと投資を行っています。

財部:
ネット販売は、リアル店舗での販売にどんな影響を与えていくと思われますか。

杉浦:
若い人たちが携帯を取り出してモバイルショッピングサイトに入り、「ネットなら特典があるから、こっちで買おう」というような時代が来つつあります。変な話ですが、駅ビルや百貨店のショーウィンドウが展示会場のようになってしまう可能性も秘めています。まだそうなってはいませんが。

財部:
私自身は職業柄、参考図書がどうしても必要になりますが、どうしてもアマゾンに行ってしまいます。

杉浦:
それは本屋さんが大変ですよね。

財部:
ええ。アマゾンの凄いところは、今や場合によっては当日配達で送料無料なのです(Amazonプライム会員の場合)。それが1冊でも良いとなると、ほとんど年中アマゾンを見て、本を買ってしまうことになってしまいます。その一方で、私はファッションについては非常に保守的で、インターネットで服を買うということはあり得ないと思っていました。ところが、今年の夏はあまりにも暑く、クールビズということで、あるブランドのポロシャツをネットで購入したのです。すると次回からは、もう服のサイズもわかっているので、「あれでいい」とか「同じものでいい」と、店に買いに行くのが面倒になりました。つまり、オンラインショッピングを1度行ってサイズなどの確認ができれば、顧客のロイヤリティは相当に高まるということだと思います。

杉浦:
以前、前三越伊勢丹ホールディングスの武藤社長に、どんな視点で伊勢丹新宿店に新館(メンズ館)を造ったのかについての話を伺ったのですが、私からすれば、伊勢丹の新館はある意味で従来の百貨店ではなく、自分たちで良いものを集める編集力をフルに発揮し、絶えず移り変わる顧客のニーズに対応した商品を提供するということ。ところが今、日本の百貨店が、インポートブランドなどのショップインショップを多く造ったために、自分たちでMDを編集できない状態になっているように思います。

財部:
それはなぜですか。

杉浦:
もともと百貨店は単品志向であるべきで、たとえばお客様がズボンがほしいと言うなら、ズボンがたくさんあったほうがいいわけです。同様に、お客様はキャリア向けのパンツについても、数多くのアイテムが集まっているところで、比較して選びたいと考えています。(新宿伊勢丹の新館は)今でもそういうことをイメージしていますが、それはおそらく、一方ではメーカーと闘う姿勢の表れだと思うのです。その意味で、「お客様に対して何が一番良いのか」ということを絶えず考えながら、商品を仕込む姿は美しいですよね。喧嘩もしますけれど(笑)。

財部:
三陽商会さんと、ある部分では利害がぶつかり合うわけですよね。

杉浦:
そうなんです。それが今度はバーバリーや、ポール・スチュアート、ザ・スコッチハウスなど、さまざまなブランドのアプルーバル(承認)に大きく影響してくるわけです。出店や店舗に関するアプルーバルも商品と同様にありますから、ライセンサー(本国)は「この並びでは駄目だ」とか「この大きさでは駄目だ」とか「ここにはこういうウィンドウがなければ駄目だ」と言ってきます。そういう部分で「格闘」になるのですが、多くのラグジュアリーブランドは伊勢丹の言うことを聞きましたね。

「真善美」があらゆる企業活動の根幹にある

財部:
そうでしょうね、伊勢丹さんの新宿新館はトップ中のトップだと思いますから。私は今回、三陽商会さんのデータをいろいろ拝見し、正直言うと、このご時世にずいぶん頑張っておられるという印象を抱きました。売上高の約8割が百貨店という点から見ても、非常に努力された結果の数字だと思います。

杉浦:
私自身が、何かを動かして利ざやを取るのではなく、モノを作って売ることが基本だと思っているのです。私の実家は愛知県刈谷市で味噌と醤油を作っていましたが、私が幼い頃にオートメーション化の波の中でカゴメさんなどが出てきて、醸造をやめました。学生の頃はバーバリーなど知りませんでしたから、「この会社はもともとレインコート屋か」という程度の認識でしたが、作って売るということが当社の基本であり、そこに共感するものがあったのです。

財部:
そういう体験が、今の仕事にも活きているのですね。

杉浦:
われわれと百貨店との関係は、当社の場合、特に百貨店の比重が高いのは、社是である「真善美」という言葉に代表されるような良い商品を作ろうとしていることが大きいと思います。当社にとって、そういうものを売る場所が百貨店だったのです。そこに、武者小路実篤さんに「真善美」と書いていただいた書があります。創業者の吉原信之が90歳で亡くなって4年経ちますが、彼は、これまで美の対象として顧みられることのなかった民芸品(民衆や民間による工芸)の中に、「健康な美」や「平常の美」が宿ると説いた柳宗悦さんの考え方に感動し、昭和40年代の終わり頃から「真善美」を社是に掲げていました。

財部:
「中期経営ビジョン2009」を拝見しても、「真善美」が、ものづくりを始めとする、あらゆる企業活動の根幹にあると記されていますね。

杉浦:
良い洋服、たとえばカシミアのセーターでも高級なものを着ていると、それを「ずっと離したくない」という思い出が、男性にはよくあるじゃないですか。女性にも、そういう服が一着や二着は必ずあると思います。「そういうものを作れ」と、創業者に言われたものです。創業者は「値段が問題ではない、良いものを作ろう」と盛んに訴えていました。それが当社のものづくりのルーツであり、そういう考え方を百貨店さんも取り上げてくれたと思うのです。

財部:
三陽商会さんの、ものづくりに対する考え方は一貫していますね。

杉浦:
逆に、平成に入ってからデザイナーズブランドを手がけた人や、90年代に会社を変革して百貨店以外の販路を開拓した人が数多くいますが、それはそれで成功したと思います。でもやはり、ものづくりの部分に何が残ったのかということについては、どなたも疑問を持たれているのではないでしょうか。先ほどのデザイナーやパタンナーの話にしてもそうです。当社はワコールさんと共同で女性の細やかなフィッティングを研究したり、フランドルさんと企画・生産部門において業務提携を行い、日本のものづくり再生プロジェクトを開始しましたが、フランドルさんにも同じ思いがありました。最近、フランドルさん以外にも「モノを作るというのはそういうことだよね」と言ってくれる人たちが、まだ数多くいらっしゃるのです。

財部:
そうですか。

杉浦:
結果として、われわれがそうやって作ってきたものを売るところが百貨店だった、というのが今までの流れであり、それをベースにしながらグローバルに中国や東アジアを攻めようとか、ネットを攻めようというのが当社の販路戦略になっています。(アパレル業界は)従来、モノを作って小売業者に買っていただくという、いわばホールセールを基本に動いてきましたが、ここ10年は、(メーカーみずからが)小売も手がけるという方向に少しずつ変わってきています。商業施設に店舗を出したり、直営店を開きながら、独自で販路を見つけていくという形が多くなっていますね。

財部:
そうですね。

杉浦:
ユナイテッドアローズさんやビームスさん、シップスさん、トゥモローランドさんはどちらかといえば、自分たちでやっていこうという路線が強く、成功しているところもかなりありますが、それはそれで非常に良いことだと思います。そのポイントはストア運営であり、お客様が訪れるたびに「店頭の顔が変わって楽しい」と感じさせる背景には、(モノを)作るノウハウがあるのです。一方、自分たちで(モノを)作らなくても、良いものを集める力があるところは、国内外のベンダーを使い、セレクトショップという形態で、店舗にお客さんを呼んでいます。いずれにしても、自分たちのオリジナルを売る、というスタンスを取られているところは成功していると思いますが、結局、「自分たちでモノを作らないと儲からない」というのは、誰もが感じていることなのです。

財部:
そういう考え方の延長線上で、国内生産への回帰を打ち出されているわけですね。

杉浦:
そうですね。日本を代表する合繊メーカーさんやさまざまな企業の方が日本のものづくり再生プロジェクトに賛同してくださいました。国内素材の共同開発および共同仕入といった支援のための仕組みを作れば、東レさんや帝人さんにしろ、もともと日本の繊維産業を支えていた存在で、「われわれも国内でも頑張っていこう」という気概を持たれていますし、私たちもそうしていきたいと思います。

財部:
私たちはいろいろな意味で、価値観の転換点にいますよね。ところが、この10年、20年を振り返ると、日本社会はなんとなくバブリーなイメージを引きずっていると思います。ファッション分野では、バブルが崩壊したあとも、さまざまなブランドが入ってきたために、価格や品質などについて一体何が良いのかがわからなくなり、良いものも悪いものもごちゃ混ぜになってしまったような気がします。

杉浦:
ブランド力が、そういうものをわかりづらくした部分があります。本当に良いものはいいのですが、そうではないものがどっと押し寄せ、良いものも悪いものもごちゃごちゃになってしまいましたから、消費者も目が回りますよね。

財部:
私はルイ・ヴィトン エピの革財布をもう10年使っていますが、今でも10年前とさほど使用感は変わりません。ところが、そういうブランドものの革製品もナイロン製の商品も、表面的にはあまり見分けがつかなくなっています。そのあたりから、いろいろな面で価値観が狂ってきたような気がします。

杉浦:
そうですね。

財部:
一方、三陽商会さんでは、震災で大きく落ち込んだ売上高が、7月には単月でほぼ前年並みに戻っていますね。

杉浦:
ほぼ前年比100%の水準に戻っていますが、どちらかというと西日本が弱いですね。藤崎さんや三越さんなどの動きを見ていると、仙台では5月から8月まで4カ月連続で、売上高が前年度比110%とか115%と、2桁も伸びています。

財部:
特需ですよね。西は駄目ですか。

杉浦:
西は東ほど回復力が出ていないですね。東京などの首都圏も苦しいのでしょうが、今年5月4日、大阪・梅田にJR大阪三越伊勢丹がオープンし、3月3日に博多阪急がJR博多シティに開業しましたが、一方福岡の天神地区あるいは大阪の心斎・難波地区が伸びないような形勢が強く、消費が低迷していると同時に、本当の意味でのお客様がまだ戻ってきていないような気がします。こういう構造的な不況がずっと続いているので、本当に大変です。加えて、政治の不安定もあれば、今後どうなるのかわからないほど欧米諸国の経済もガタガタで、円は高くなるし、これで金利が上がったら大変なことになります。今、復興増税の議論も進んでいますが(政府は10月28日に復興財源確保法案を閣議決定した)、消費税の増税は当面除外されるにしても、消費に対してあまり良い影響はありません。今後、少子化も追い打ちをかけてくるでしょうし…。

財部:
所得税には、絶対に手を着けてはいけないと思います。きちんと税金を納めている人が1番の消費者なのですから、そこの負担を重くしてどうするのかという話ですよね。

杉浦:
そうですね。

財部:
そういう中で、先ほどから伺ってきた、国内で作ることの意味や価値、あるいは生産性というものが、どうリンクして売上につながっていくと考えたらいいのでしょうか。

杉浦:
たとえば、国内の女性用下着市場で1位のワコールさんと2位のトリンプさん(トリンプ・インターナショナル・ジャパン)が持つシェアは、合わせて40%を超えるとも言われる一方、われわれの、特に紳士服のシェアはアパレル業界の中で1.5パーセント程度に過ぎません。その観点から行くと、良いものが売れる、シェアの獲得はまだ十分にあり得ると思います。

財部:
どのようにしてシェアを向上させていくのですか。

杉浦:
製造メーカーの売上高が、いきなり1兆円になるとことはあり得ません。前年比110%強の成長を7年間続けると、売上高は2倍になりますが、それも難しいでしょう。だとすれば、やはり内容の変革しかありません。新たな販路の開拓については、それぞれの販路の違いに応じて、うまく会社を変革できるかどうかがポイントです。また百貨店向けのビジネスに関しては、別にそちらを落とすということではなく、百貨店での売上もしっかり守ることが重要です。われわれのものづくりの基盤、もしくはバロメーターにもなりますから、百貨店は百貨店できちんとやっていかなければいけません。