サンヨー食品株式会社  代表取締役社長  井田 純一郎 氏

井田:
ちょっとご覧いただきたいのですが、この「しょうゆ味」、「みそラーメン」、「塩ラーメン」の3つが、わが社の定番です。パッケージデザインについても、発売当初から少しずつ微調整をして今に至っていますが、そこから消費者が受けるイメージは今も40年前も変わりません。基本パターンが一緒になっているためです。

財部:
よく見ると、デザインのロゴや写真の使いは現代風ですが、昔から『サッポロ一番』を食べてきた人から見ても違和感がありません。

井田:
そうなんです。たとえば、この「みそラーメン」という白抜きのロゴや「サッポロ一番」という緑色のロゴ(『サッポロ一番』「しょうゆ味」のパッケージに記載されているもの)にしても、基本パターンはずっと変えていません。だから店頭でパッと見ても、すぐに『サッポロ一番』だということがわかるはずです。1つのブランドの商品で、フレーバーを変える時には基本デザインを共通にして、色だけを変えることが多いのですが、『サッポロ一番』では3種類ともデザインがまったく違います。つまり『サッポロ一番』はシリーズものでありながら、単品勝負の商品なのです。だから「しょうゆ味」が好きな人はしょうゆ味を食べ、「みそラーメン」が好きな人はみそ味を食べる。「塩ラーメン」が好きな人は塩味を食べるというように、お好みの味がだいたい決まります。

財部:
そうですか。この3商品は、会社の単独売上高の中で、だいたい何パーセントを占めるのですか。

井田:
私どもは、ほかにカップラーメンやパスタなども数多く出していますが、純粋にこれらの商品だけの売上は現在約4割です。そういう意味では、わが社の基幹商品ですね。

財部:
最近のリニューアルでは、何がどのように変わっているのですか。

井田:
一番最近リニューアルしたのは、この「みそラーメン」です。味噌や麺などの原材料の成分や作り方、あるいは麺に入れる調味料に到るまですべてについて、「これでいいのか」、「別の方法がいいのか」ということを、1つひとつ検証しました。その結果に基づき、試作品を作って食べてみて、「ちょっと違うな」、「もう一度やり直そう」という作業を繰り返したのです。どこをどう変えたのかについては言えませんが、すべてを1回リセットしてやり直しました。結局、90数パーセントの部分については従来のままのほうがいいという結論になったのですが、残りの数パーセントについて、今の時代に合わせて変えたほうがいいものがあったので、そこを見直したのです。とはいえ、その数パーセントの部分を変えるだけでバランスが崩れてしまうので、そこをうまくコントロールしながら商品をリニューアルするのに2、3年かかりました。

財部:
ほお。

井田:
今まで「みそラーメン」を召し上がってきた方には「変わらない味」だと言っていただけるし、初めて食べた方にも「ああ、おいしいね」と言っていただける商品です。そこでパッケージに「もっとおいしく」というキーワードを盛り込んだのですが、私自身もう何度も何度も試食しましたね。

財部:
原料や作り方を少し変えただけでも、それほど変わるものなのですか。

井田:
不思議なもので、変え過ぎてもいけませんし、逆に変わらな過ぎても駄目なのです。たとえば、1食だけ食べてみて「とてもおいしくなった」と思った商品も、家に持ち帰って毎日食べ続けると3、4食目に「これはちょっと違う」と感じる場合があります。旨みが出過ぎたり、「味噌感」が出過ぎるというように、ある部分が尖り過ぎると、1度目はおいしく感じても、続けて食べると飽きてしまったり、従来とはイメージの違う商品になってしまうことがあるわけです。だから「ここは出過ぎているので、もう1度戻そう」という指示を行ったりします。したがって試食も1回限りではありません。最終的に出来上がった商品についても、私は「本当に大丈夫か」と思いながら1週間、毎日食べ続けました。

財部:
瑣末な質問で恐縮ですが、試食する場合は、ほかに何も入れずに食べるのですか。

井田:
そうです。ですが素のままで食べておいしいものも、最後に肉や野菜を入れてみて、大丈夫かどうかの確認をします。

財部:
大変ですね。『サッポロ一番』には、ある意味で「ラーメンインフラ」と言いますか、そのまま食べてもおいしいし、何かを載せて食べてもいいという自由度がありますよね。

井田:
私はまさに、インスタントラーメンは究極の加工食品の1つだと思っています。これ1食で約400キロカロリーありますが、大人の食事1食分のカロリーに匹敵します。成分的にも炭水化物、脂質、たんぱく質が全部入っているので栄養のバランスが良い。それでいて、値段が日本国内でだいたい100円、海外の場合だと日本円に換算して40〜50円と比較的安く、常温で6カ月間も日持ちがします。だからこそ今回の東日本大震災でも、インスタントラーメンが支援物資として見直されていて、私どももすでに30万食以上を無償で提供しました。被災地の方も非常に喜ばれており、社会インフラとしても非常に貴重な商品ではないかと思っています。

オーナー企業の強みを活かし、世界のラーメン市場に打って出る

財部:
世界的にも、即席ラーメン市場は有望ですね。以前、「サンデープロジェクト」でサンヨー食品さんの子会社、エースコックのベトナム展開について取材したことがあります。同社はずいぶんご苦労もされながら、ベトナムという麺を常食とする国で圧倒的なシェアを取り、エースコックベトナムがナンバー・ワンに登り詰めたのですが、これは日本企業にできそうで、ほとんどできていないことです。私の取材体験からすると、相対的な投資額からみて、ほとんどの日本企業で海外進出がうまくいっていません。失敗と言ってもいいぐらいです。サンヨー食品さんは今、海外市場についてどのように考えておられますか。

井田:
インスタントラーメンは、日本のみならず世界にも打って出る力を持った国際商品ですから、私どもも以前から積極的に海外展開を進めています。今、即席麺の国別生産量ランキングという資料をご覧いただいていますが、1位の中国から11位のロシアまでの11カ国のうち、サンヨー食品グループで展開しているのは5カ国。現在、それ以外の国にも進出可能かどうかを調査研究しているところですが、私は日本と海外では戦略が異なると思います。

財部:
はい。

井田:
日本にはすでに年間50億食、金額ベースで5000億円という大きなマーケットがあり、その中での競争です。ただ、そのマーケットの規模が増えているかと言えば、そうではありません。完全に成熟市場です。したがって日本では、ブランドを磨き、商品をブラッシュアップしていくという、いわゆる付加価値競争が展開されています。その一方で、海外に目を転じると、人口がどんどん増えていて、インスタントラーメンがまだ普及していない国も数多くある。となると、当然海外に出ていくべきだという結論になります。私どもも現在中国のほか、グループ企業を含めればベトナム、アメリカ、ロシアにも出ておりまして、それぞれの国で成功を収めております。

財部:
この資料によると、ロシアでは19億食ということですが、ロシア人がラーメンを食べるというのは意外ですね。ボルシチの延長という感じでしょうか。

井田:
そうなんです。日本のラーメンのような、いわゆる麺ではなく、スープとして食べられています。ロシアは非常に寒い国ですから、スープの需要が非常に多いのです。もちろん肉がたっぷり入った高級スープもありますが、肉なしでヌードルが入っている比較的値段が安いスープが普及しています。チキン味などの食べやすい味のスープですね。

財部:
向こうのボルシチなどのスープは、油がギトギトでとても濃いですから、ある意味で健康的かもしれません。

井田:
かもしれませんね。インスタントラーメンは、麺文化がある国ではもちろん大きく普及していますが、麺文化がない国でも、値段が安くてお腹が一杯になる、おいしい加工食品として普及します。先の資料の中ではロシア、アメリカ、インド、ブラジルなどがそうです。

財部:
メイド・イン・ジャパン、すなわち日本ブランドであることを前面に出してビジネスを行うのですか。

井田:
ケース・バイ・ケースです。たとえば私どもは康師傅(カンシーフー)という、中国最大のインスタントラーメン会社に出資していますが、同社とのビジネスではメイド・イン・ジャパンを一切謳わず、メイド・イン・チャイナを前面に出しています。一方、ベトナムエースコックの場合は、日本製の高級インスタントラーメンであるということを前面に出していますね。

財部:
はい。パッケージにも日本語が結構入っていますよね。

井田:
やはり、その国その国の状況を見て、ということですね。日本製であることを謳っても、あまりうまくいかないケースがありますから。

財部:
社長ご自身が今、一番成長を期待しているマーケットはどちらですか。

井田:
当面で言いますと中国です。世界最大の人口であり、インスタントラーメンは423億食と、日本の10倍近い量が生産されているにもかかわらず、まだ需要が伸びています。それがどこまで成長するかと言えば、日本での消費量は人口1億人で50億食ですから、1人当たり50食。ところが、仮に中国で13億人がインスタントラーメンを50食食べるようになれば、現在の423億食からさらに200億食以上増える可能性があります。もしかしたら中国人は日本人より麺好きで、日本人よりも多く麺を食べるかもしれません。そうなると、いったいどこまで需要が増えるのか、見当がつかなくなってきます。

財部:
そうですね。

井田:
その中国という国で、わが社がシェアを持っていますので、マーケットが拡大すれば拡大するほど、グループ企業の売上もどんどん増えていくのです。その一方で中国も、一人っ子政策の影響で、人口が高止まりから減少に転じる可能性があるので、将来はどうなるかわかりません。もしかしたら、次なる成長市場のインドあたりが世界最大のラーメン消費国になるかもしれません。ただ、インドの方がそこまでラーメンを食べるのか、中国の方ほどは食べないのではないかと考えると、向こう2、30年は中国とインドが1、2位を争う形で拮抗するのではないかと思います。

財部:
インドには、中国のような国営企業がほとんどありません。中国の場合、現地の強い企業と組まずに独資で進出すると、途中まではうまくいっても、最終的には国営企業が出て来て技術から何まですべて取られ、シェアもひっくり返されてしまいます。ですから御社が康師傅と組まれたのは、最も良い選択だと思いますね。

井田:
そうですね。

財部:
その意味で、インドでは、外国企業同士もしくは日本企業同士でまっとうに競争ができますから、中国よりやりやすい部分があります。ただ、向こうに駐在したり、住んだりすること自体が大変なのでなかなか難しい面もありますが、インドで新しくビジネスを始める時に、しっかりブランドを作れば相当先行できると思います。先日、報道ステーションの特集でパナソニックを取材したのですが、最も不調なインド市場で捲土重来を期し、シェアを取り返していこうという取り組みを行っています。インド市場ではサムスンブランド、LGブランドがすでにできあがっていますが、パナソニックとしては、まずはとにかく大量にお金をつぎ込んで宣伝広告を行い、「こういう日本の会社があるんです」と現地の人に教えることが第一歩だと言うわけですよ。

井田:
ただ、すべての国で言えるのは「商品ありき」だということです。いかに広告宣伝費を大量にかけても、その商品が実際に顧客満足を得られなければ売れなくなります。『サッポロ一番』も、じつはコマーシャル力で売れているわけではなく、「日本で一番おいしいラーメン」だからこそ売れているのです。この分野では「しょうゆ味」も「みそラーメン」も「塩ラーメン」も、究極的においしいラーメンだと私は思います。それから、もともと台湾発祥の康師傅という会社は、かなり遅れて中国に進出しました。その頃はすでに中国国内にラーメン市場ができあがっていて、大手数社がシェア争いをしている段階でした。その中で康師傅がなぜ成功したかというと、抜群においしいラーメン、これまでの商品とは比較にならないほどおいしいラーメンを出したからです。

財部:
それまで中国で流通していたインスタントラーメンとは、どこが違うのでしょうか。

井田:
従来の中国のインスタントラーメンは、どちらかと言うと、値段が安くて味はほどほどでした。スープも粉末のものだけで、その中には塩とこしょうと調味料、野菜の粉末が入っている、という程度です。でも当時、中国の方は「ラーメンとはこういうものだ」と満足していた。ところが康師傅は、従来の粉末スープに液体味噌スープや液体の肉スープを加えた、ダブルスープのインスタントラーメンを出しました。それが抜群においしく、一度そのラーメンを食べた人が"はまって"しまったのです。そういうラーメンですから当然、他の商品よりも値段が高いのですが「他のラーメンよりはるかに美味しい。これが本当のラーメンだ」と評判になり、大ブレイクしたわけです。やはり食品ですから、おいしさが一番です。それも「ちょっとおいしい」では駄目で、「抜群においしい」でなければ売れません。