入交グループ本社株式会社  代表取締役 入交 太郎 氏

国益と利用者の利益にかなう郵政改革が求められている

入交:
私はいくつか社外役員もさせていただいていますが、異業種で非常に勉強になりますし、会社の生のケーススタディーを見ながら、役員の方たちと接触できるのも非常にありがたいですね。2009年の10月から日本郵政でも社外取締役をさせていただいていますが、あそこにはいろいろな役員の方がいて、役員会で活発に話もしています。非常に面白いですね。

財部:
議論百出だそうですね。皆さんが全然違う立場にいらっしゃいますから。

入交:
全然キャラクターが違いますからね。余談ですが、今回の郵政改革法案の中身は非常に健全なのですが、それがマスコミによってねじ曲げられて報じられている部分があります。これは、地方に住んでみないとわからないところがありますが、やはり地方にしてみれば、中山間地域の郵便局はどうしても維持していかなければなりません。それから、地域の郵便局長さんが果たしていた役割は、郵便業務に限定されたものではなく、お世話役的≠ネところもあり、まだ日本文化の一端を担っています。この部分も、どうもねじ曲げられているので、その意味でいろいろと話をすると、皆さんにわかっていただけますね。

財部:
民間の役員の皆さんが入っている会合の中で行われる議論は、どの程度オーソライズされているのですか。

入交:
いわゆる郵政改革法案に関しては、地方で公聴会なども行った結果です。そこに入っている社外役員も含めて、郵政改革法案の中身についてはよく理解をし、皆が賛同しています。細かい部分でいろいろな議論がありますが、方針は皆の腹に入っていますから、軸はぶれていません。

財部:
実は、私は郵政の民営化については非常に興味がありまして、小泉元首相たちが登場する前から、本当に手弁当で取材していました。離島や山間部の特定郵便局が見たいと思い、1泊2日で対馬に行ったこともあります。その時に、郵便局長さんや町(現・対馬市)長、地元の皆さんにも会わせていただいたのですが、「東京の人たちは、郵便局を金融でしか見ていない。地方では郵便局は生活だ」と怒られました。それで私は目を見開かされ、対馬の郵便局を利用しているおじいちゃんやおばあちゃんを取材したのです。

入交:
ユーザーの取材もしていただいたのですね。

財部:
はい。それで私は、郵政改革法案が目指しているものの中身を理解しました。なおかつ、小泉改革の時はドイツに行き、郵政を民営化するならどういうやり方が最善なのかということも見てきました。民営化をするならきちんとやるべきところをおろそかにして、民営化という名前だけを取り、それが今に至っているということも、私はよく理解しています。

入交:
ありがとうございます。今度の改革法案でも、かんぽ生命・ゆうちょ銀行の株式を3分の1残すことで一応の拒否権を担保しており、郵便局に受委託契約の部分が残るようにもなっています。金融面も、いわゆるユニバーサルサービスを担保できるようになっているので、条件はずっと良くなります。決して民営化に反対するとか改革に逆行しているわけではなく、「地方も大事にしながら民営化もしていきましょう」という趣旨の法案で、自民党の地方出身の代議士もそれを本当はわかっているはずです。

財部:
ええ。

入交:
あまりゆっくりしていると、先ほどのアジアの話ではないですが、せっかく200兆円弱の資産があるのに、例えばベトナムの電力会社などの有望な案件にいち早く投資することができず、運用が低金利の国債ばかりになってしまいます。早くやらないと国益を損じてしまうことになるので、少しイライラしているんですよね。

財部:
そうですね。私がドイチェバンクのドイチェポストを取材した時、本当に感心したのは、「資産を運用し、運用益を上げなければ成り立たない」という彼らの意識です。当然ですよね。自分たちが巨額の資産を持っているわけですから、それを立て替えて貸すとか国際的な優良企業を買収するというような、明らかに成長が見込めるところに投資するなど、できることがいくらでもあります。ところが日本郵政の場合、あれだけ手足を縛っておきながら、結局国債を買うしかないとなると、「郵政が何もできないからだ」と言われてしまうでしょう。そういう論法でやっていたら、それこそ自滅させられてしまいますよね。

入交:
国会で、揚げ足取りのような論議ばかりしているのはもったいないですね。もっとやることがあるだろう、と思いますが。

財部:
入交さんは、どういう経緯で日本郵政の社外役員に選ばれたのですか。

入交:
地方の声も入れていくという方針の中で、「四国で誰か1人」となったらしいですね。それで、私の名前が挙がったようなのです。

財部:
そうですか。入交さんご自身は、その話を受けてどう思われましたか。

入交:
先ほども話しましたように、私自身にとっては、いろいろと勉強ができる良い機会だと思います。それから郵政の問題は国の問題とも直結していますから、そこを改めて自分自身で考えることができます。もちろん、私が何か発言をしたからといって方向性が変わるわけではありませんが、最も重要な事柄に携わりながら、常にその動きが見られるのはありがたいですね。もちろん私の役目は、地方の声をきちんと届けることですが。

財部:
地方の声を届けることが、入交さんの役目なのですね。

入交:
ええ。それはまず、先ほどお話しした中山間地も含めての問題。それから今後、法案が通ったあとに出てくる問題は、地銀を始めとする地方の金融機関との関係だと思います。

財部:
そうですね。

入交:
ただでさえ貸出先が少ないところに過度の競争を持ち込んでしまい、地銀の体力がなくなるのは地方経済にとって大変なマイナスになるので、ここのすみ分けはきちんとやってもらわないといけません。これについてはまた、地方の首長とも話しながら、役員会でもいろいろと意見を述べたいと思います。

財部:
ええ。でも投資については、たとえば三井不動産が東京ミッドタウンを造ったように、皆でファンドを作って再開発を行うという手法もあります。東京ミッドタウンには、生保会社などのほかJA共済(全国共済農業協同組合連合会)も共同事業者に名を連ねていますから、公的な機関もお金を出しているわけです。そして最後に、自分もきちんと責任を取りますよということで、三井不動産自身もプロジェクトに投資を行っています。何も、切った張ったの案件ではなくて、このように長期にわたって家賃収入をきちんと確保しようという案件は、世界中にいくらでもあるわけですね。

入交:
資金を協調融資に入れたり、あるいはエクイティの出資に加わる。そういう中で、もちろん将来的には主導権も取れるというのは、非常に大切なことだと思います。(日本郵政の場合)やはり持っているお金が巨額なので、アセットアロケーションをきちんと組むことが可能です。だからかえって、それを早くやっていかないと、世界が進んでいるスピードが非常に速いだけに心配なのです。

財部:
そうですね。ぜひ、そちらの方も頑張っていただいて。ところで入交さんは、事前にいただいたアンケート(「経営者の素顔」)の「好きな映画」に『飢餓海峡』を挙げられていました。これが非常に印象的だったのですが、どういう理由なのですか。

入交:
これは三國連太郎主演で、若い時に人を殺してしまった主人公が、戦後のドサクサの中で大成功を収めるのですが、昔のいろいろなことが露見してしまうのです。かつて日本が敗戦から立ち上がる過程で、いろいろなドサクサがあったと思うのですが、それと主人公の人生がうまく描かれています。これは確かモノクロ映画のはずですが…。

財部:
65年の上映ですからね。

入交:
『飢餓海峡』は相当味のある映画です。「好きな本」のところに『豊穣の海』(三島由紀夫作の長編小説。4部作からなる)とも書いてありますが、観るあるいは読む年代によって感じ方の違う作品というのは非常に印象深いし、私にとっては良い作品なんですよね。

財部:
それらの作品をまた繰り返し読んだり、観たりするということですか?

入交:
映画の方はそれほど観ませんが、『豊穣の海』は最初に読んだのが20代の後半。私は銀行に10年勤めていましたが、その時代です。当時、輪廻転生のようなことも金融界で流行っていた時期がありましたでしょう? そんなこともあって読んだのですが、20代、30代、40代と3回読んでみて、それぞれ感じ方が違うのです。その意味で、これもやはり奥深い作品だと思います。主人公もこの4部作の中で、それなりに歳を取っていくのです。

財部:
それは、入交さんのお父様なりお爺様なり、あるいはご自身の経営者としての姿に、なにがしかの思いを重ねるわけですか。

入交:
いや、経営とはあまり関係ないですね。いわゆる人間としての成長、いや、青年・壮年・老年という、人間として生きていく大きな過程でしょうか。『豊穣の海』も全てが輪廻転生の物語なのですが、そこに三島由紀夫の天才ぶりがよく出ていて、いわゆる人生の春夏秋冬が描かれているので、考えさせられるものがありますね。

財部:
孤独感はありますか。

入交:
私はわりと大雑把で楽観的なので、ありません。友達もたくさんいます。ですが、社員とはあまりプライベートな席でお酒を飲んだりしないようにしています。経営者として、たまには社員の首を切ったり、降格をしなければならないこともありますし、歳が来れば辞めてもらわなければなりませんから。基本が浪花節な方なので、あまり親しくなり過ぎても冷静な判断ができません。それはYPOのメンバーも皆同じだと思いますね。

財部:
なるほど。最後の「天国で神様にあった時なんて声をかけてほしいですか」という質問に、「今までのことは水に流して欲しい」とありますが、これはいかがでしょうか(笑)。

入交:
やはり経営には、ある意味「人の道」に反するような部分もあります。それはけっして反社会的なことや犯罪ではありませんが、経営者はリストラもしなければなりません。当グループもさまざまな業種を抱えていますが、この会社を縮小すれば、すぐに人がこちらにシフトできるかというと非常に難しい。今では非常に専門性が高くなっているので、たとえば建設業に携わる人が会社を辞めて、すぐにメーカーで働くというわけにもなかなかいきません。やはりそこが、一番心の痛むところです。

財部:
なるほど。とても良いお話が凝縮している言葉だと思いました。今日はありがとうございました。

(2010年11月19日 東京都港区  入交コーポレーション東京支社にて/撮影 内田裕子)