コクヨ株式会社 代表取締役会長 黒田 章裕 氏

コンペの勝率が上がってきた

財部:
去年のコクヨさんの新製品発表会の会場で講演をさせていただきましたが、その時に説明をいただいて印象に残っているのは、「アーロンチェアーを超える製品」として開発されたイスの話でした。

黒田:
そうでしたか。

財部:
僕はオフィスを引越した時にイスにこだわりまして、その時は迷わずアーロンチェアーを購入しました。その時はそれが最先端だったわけです。でも実際使っていくうちに、これは日本人の体形に合っていないのではないか、と感じるようになりました。

黒田:
そうですか。体型の違いもあるでしょうが、イスの使い方も日本とは異なりますね。彼らがイスを深くリクライニングさせ足を組みながらコミュニケーションをとるスタイルをよく見かけます。日本人が先輩や上司と話すときには取らない姿勢です。オフィスの広さもそのような椅子の使い方ができるような余裕が日本にはありません。

財部:
自分の身体にイスを合わせようと、あちこち動かしてみたのですが、どうやってもベストポジションにならない。これはちょっと違うなと思ったのですが、ではアーロンチェアーに代わるイスがあるのかというと、そういう話も聞こえてこない。決して満足はしていないのですが、買い換えるというアクションまで起こせない。なんとなく使い続けていたという感じです。そんな時にコクヨさんのショールームを拝見する機会を得て、ご案内いただいた方が「これはアーロンチェアーを超えるイスです」と。

黒田:
そう申しておりましたか。自信満々ですね。

財部:
はい。おっしゃいました。そうなると僕はスイッチが入るわけです。ついに出たか、と。ましてや僕のようなメディアの人間にわざわざ言うわけですから、よほどの自信作なのだと思うわけです。「日本人の身体に合ったアーロンチェアーを超えるイス」。これで僕は期待でいっぱいになるわけです。

黒田:
ちょっと風呂敷を広げすぎかもしれませんが(笑)。

財部:
それからもう一方で印象的だったのは、その講演のときにアテンドをしてくれた女性がアーロンチェアーを超えるイスの開発話をしてくれた後、彼女個人として、それよりもはるかに安いのだけども、すごく好きなイスがありますといって、そのイスのところに案内してくれたのです。

黒田:
そうでしたか。

財部:
値段は「アーロンチェアーを超えるイス」の三分の一程度だったと思いますが、座ってみるとこれは今まで感じたことがないような座り心地で、これはこれで良いイスだなと感じるわけです。

黒田:
なるほど、そうでしたか。そのイスは今でも大変好調に売れていると聞いています。

財部:
何がどう違うのか、二人で座った感想を言いながら僕が理解したのは、ただ値段が高ければ良いとか、機能性が高ければ良いというのではなく、人はそれぞれ体型が違うし、仕事の仕方も違う。座っている時間もみんな違うわけです。よく一日の半分は睡眠時間だからベッドにコストを掛けましょうというフレーズは聞きますが、実はベッドに寝ている時間より、イスに座っている時間の方が長い人もたくさんいます。だとしたらイスには本当に色々なバリエーションがあるべきでしょうし、自分にあったイスをじっくり選べたら、これはすごいことだと思いました。

黒田:
お客様がファニチャーを選ばれるとき、いくつかポイントがあります。例えばデスクでしたらデザインと機能。収納力や引き出しの出し入れはスムーズか。最近では防災という観点で地震の時に引き出しが飛び出さないか、避難通路が確保できるかといった定量的なポイントに集約しやすい。ところがイスの場合、100人おられたら100人とも背筋のカーブが違いますから、それぞれ座りやすいイスは違ってきます。様々な機構で背中や腰をサポートするイスを数多く用意しています。エアバッグを内蔵して腰にフィットするイスもあります。

財部:
そんな機能的なイスがあるのですね。

黒田:
腰痛に悩まれている方は本当と感じます。ある作家の方も腰痛に悩まれていて、ご自身の身体にあったイスを見つけるために、ずっと東京中のメーカーをまわっていたそうですが、最終的にはうちのイスを買っていただきました。

財部:
イスは健康に直接影響するアイテムです。でも本当に身体に合うかは実際に数日間、長時間座ってみないとわかりません。こういうニーズにはどう応えますか。

黒田:
ある会社が新しいオフィスを作るとき、社員にイスを選ばせたいということで、各メーカーがイスを20脚ずつ貸し出し、ブランド名を隠して、しばらくの間、試してもらうことになりました。値段に関係なく一番評判が良かったイスを買いたいというのです。社員100名ほどでしたが、すべての人に座ってもらい、投票してもらった結果、弊社のイスが半数以上の票を獲得しご購入いただきました。社員に心地よく仕事をさせてあげたいというマネジメントがだいぶ増えて来ており、その傾向に伴なって、弊社もコンペの勝率を上げられるようになって来ました。

財部:
それはよい製品を提供しているという証ですね。

黒田:
継続的にそうありたいと思っています。

顧客の価値を生むために頑張った社員が評価される

財部:
今の日本の経済状況は底を打って良い方向に動き出していると感じますが、かつて世界であれほど競争力があった日本企業が、気が付いたら競争力を無くしている。これは日本製品がというより、ホワイトカラーの生産性の低さが問題になっているのだと思います。例えば、トヨタは世界一の自動車メーカーになりましたが、世界中からリスペクトされているのはクルマであり生産現場であって、トヨタの本社にホワイトカラーの働き方を学びに行こうという話は聞いたことがありません。日本には日本独自のホワイトカラーの働き方というものが提示されていないのです。これまでどちらかというと、気合いと根性で頑張るみたいなことをずっとやってきましたが、これからはそれでは通用しません。そういう意味で、コクヨさんはオフィス家具だけではなく、オフィスでの働き方そのものを提案しているといことが随所に出てきます。

黒田:
働き方をお客さまに提案するなら、まずは自社で実践するべきだと思っています。弊社はお客様から得た気付きをチームで共有して、さまざまな部署が利害を乗り越えて動き、目標を信じて価値を生み出す、というところに強みがあると思っています。オフィスはこのように、社員同士の連携を支援することが重要な役割だと思っています。

財部:
どういうことを実践されているのですか。

黒田:
営業担当はまずお客様から安くて良い商品を人数分納入して欲しいと言われます。「はい、頑張ります」と答えますが、続けて「新しいオフィスで社員にどのような価値を発揮して欲しいのでしょうか」と尋ねます。お客様の中には安くて良い商品を納期通りに納品してくれればいいと仰るお客様もおられますが、「実は社員がいきいき働く元気なオフィスにしたい」と具体的に期待値を仰るお客様もおられます。どちらもお客様の期待値なので、コクヨの営業担当や販売店様の営業担当の後ろに、オフィス環境設計、商品手配、配送、組立、生産工場といった後続部隊がお客様の期待値ごとに列を作ります。期待値が困難なほどそれぞれの機能が密着し期待値に応えようとします。

財部:
お客様の要望をかなえることこそが、コクヨのバリューなのだということを、全社で意 識共有できているということですか。

江田:
コクヨでは販売店様、営業担当、設計、内務、物流、生産のような機能の密着を「バリューチェーンの密着」と呼んでいます。コクヨの子会社では、各機能の中で特に自分自身の枠を超えてお客様の期待値に際まで応えた社員を表彰する制度があります。表彰式で社員は振袖やタキシードで赤い絨毯の上を歩いて表彰台に向かいます。その式典に参加している殆どの社員が、自分の前後にお客様の期待値に際まで応えてくれるすごい仲間が大勢いることを改めて認識します。自分がまた新たなお客様の課題解決に踏み出しても、仲間全員が同様に力強く歩いてくれるという「信頼の連鎖」を創っていけるのだと思っています。

財部:
そういったコクヨの変化に対してお客様の反応は変わりましたか。

黒田:
様々なお客様の中で、高い期待値をお持ちのご担当者がコクヨの営業担当の活動をご覧になっているうちに、私達の「信頼の連鎖」の先頭に立って社内で新しいオフィスの目指すところを説いてくださるところも出てまいりました。

財部:
いい話ですね。




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