財部:
企業の現地化については、やはりトップは「現地の人が当然いい」とか「日本人の方がいいんじゃないか」など、さまざまな意見があるわけですね。僕は、じつはお金がとても大切な要素だと思うんです。とはいえ「いくらペイをするか」、というだけでは、長続きしない。他にも、海外の拠点がきちんと育つための、東京エレクトロンの特別な強みがあったのではないでしょうか。
東:
うーん。そこは東京エレクトロンの社風というか、企業文化が比較的「日本的ではありながらも日本離れしている」、というようなものがあったと思うんですね。
財部:
具体的にいうと、どういうことですか?
東:
たとえば、僕が社長になったのは1996年で、当時46歳でした。この年齢で一部上場会社の社長になるのは初めてで、いろいろ騒がれたんです。当社はもともと若さといいますか、そういうものを尊重していく会社で、フレキシビリティーもあります。ディシジョンにしろ行動にしろ、非常に速いわけです。そういう文化を持っている会社は比較的少ない。だから、海外からみても「あっ、これは日本の普通の会社とは違う」と感じてもらったのかもしれませんね。当社は海外の文化や商習慣なりを尊重する会社ですから、そこら辺がだいぶ功を奏したのかなという気がしますね。
財部:
現地の従業員のために、そうとうな気遣いがあったのでしょうね。
東:
また、これは財務体質の強さにも関係するんですが、僕が会社に入ったときから、東京エレクトロンは非常に利益を重視します。ここは普通の日本企業とは違うなと感じていました。僕は77年の入社ですが、当時から利益率数10パーセントというビジネスを平気でやっていました。その頃、一般的には、利益をたくさん取るのは悪いことではないのかというイメージがあったわけですけどね。
財部:
儲けすぎだと(笑)。
東:
ところが東京エレクトロンの考え方は、(利益とは)お客さんに貢献したことの「証」。要するにバリュー、高い価値をお客さんに届けているからこそ、それを高く買っていただいているのであり、誇りに思うべきである。われわれは、そういうものを販売していかなければならないんだ、というのが基本的な考え方なんです。ですから「利益は結果」と言われますが、僕の感覚からすれば、結果というよりむしろ「証」のようなイメージですね。
財部:
なるほど、「証」ですか。
東:
そうです。利益が取れないようなやり方とか、利益を取れないようなものを作ること自体がおかしいというのが、当社の発想です。でも、言い換えますと、この業界自体が、そうやって生み出された利益をベースにして、次の開発や投資を積極的に行っていかないと、ビジネスを継続できないという厳しい業界だということもあるんです。このような考え方が比較的、海外の考え方に似ていたといいますか、少し、普通の日本の会社とは違うかなと思いますね。
アメリカと同様の「製造外注」を続ければ日本は敗れる
財部:
話は変わりますが、いま宮城県に新工場を造られていますよね。これは、私にとっては大変興味深い話です。単純に生産コスト削減のために海外に出る時代はとっくに終わっていると思うんです。ただし、もっと広い意味で、中長期的な戦略を踏まえた生産拠点を世界のどこに構えるか、ということについては、非常に多くのオプションが存在する時代になりましたよね。
東:
そうですね。
財部:
たとえばマーケットの近くに行くのか、あるいは新興市場に入っていくのか、それとも出ていくのかなど、さまざまな考え方がある中で、宮城県というのが非常にユニークだと思います。じつは「宮城県に新工場を建てるメリットは?」と、引っかかる部分もあるんですが、私がとくに興味を感じたのは「世界一の工場」を作る、という考え方ですね。工場という普遍的な概念の中で、世界一を作るんだ、という発想がとても面白いと感じました。
東:
ああ、そうですか。
財部:
宮城県と「世界一の工場」について、ぜひ教えてください。
東:
それにはいくつか要素がありまして、1つは世界の半導体ビジネスの流れがありますよね。もともと世界の半導体ビジネスの原点はアメリカ。テクノロジーもずっとアメリカ主導で動いてきました。たとえば最初はメインフレーム(企業の基幹業務などに使われる大型コンピュータ)用、それからパーソナルコンピュータ用と、半導体ビジネスは変化してきたわけです。
財部:
ええ。
東:
それがいま、少しコンシューマー寄りになってきています。携帯電話やテレビ、カメラなど、さまざまな製品の中に半導体が入り、各製品同士がネットワークで結ばれ通信網が構築される、という新しい時代に突入しています。そこに画像や映像、音声などのさまざまなメディア情報が入ってきて、ネットワークを通じて世界中に広がっていく、という格好になってきているわけですね。ところが実は、アメリカはこうした新しい産業を今後成長させていくということに対して、苦手意識を感じ始めているのです。
財部:
それは、どうしてでしょうか。
東:
もともとアメリカには、優れた画像処理技術などが数多くあるのですが、コンシューマー向け市場ではやや弱いんです。テレビなどの民生用機器なども、ちょっと苦手というところがあります。もう1つ大きいのは、アメリカ企業はこれまでPCやメンフレ(メインフレーム)で巨額な利益を得てきたわけです。それがコンシューマー寄りになってくると、利益率は低下するわけです。
財部:
アメリカにとって美味しい商売ではないのですね。
東:
それで、アメリカ企業はむしろ開発に特化し、製造の拠点はアジアなどの新興国に置くという動きになってきているわけです。その動きを受けて国を伸ばしていこうという形で、中国、インドなどが動いてきています。こうした状況を僕なりにみると、われわれがたとえばアメリカ企業と同じような動きをしていたら、おそらく負けちゃうわけですよ。
財部:
なるほど。
東:
日本は半導体分野以外にも加工機や製造装置がたくさんあって、しかもそれぞれが世界的に非常に強い。質の高い要素技術もあります。これは日本人の特長かもしれませんが、製造技術というものに対して非常に好奇心があり、そこに価値を認めていますよね。逆に、アメリカ人はあまりそこにこだわらないでしょう。
財部:
日本人のものづくりの精度の高さは、まさにその部分ですよね。
東:
もう1つ、半導体製造装置は非常に開発を重視する産業で、2、3年で技術が大きく様変わりします。そういう非常に特殊な産業で、しかも、やりようによっては日本がこの産業で世界をリードできるかもしれないというときに、コストダウンだとか言って、拠点を海外、アジアに持っていきますか? それでは、開発と製造の距離が非常に遠くなるし、さまざまな面でスピードが遅くなってきます。
財部:
最優先するのはコストではなく、スピードなんですね。
東:
ですから、当社はむしろ開発から製造まで、拠点を日本に集約していこうと考えているんです。部品を始め、さまざまな要素技術についてサポートしてくれるキー・サプライヤーは、日本に比較的揃っていますから、そういう集合体のようなものが日本に形成されることが、長期的にみて望ましいと思うのです。
財部:
サプライヤーは、いずれ皆さん、宮城に?
東:
そういう形で集結していただけたら良いですね。少なくとも、(そういうサプライヤーが集まる)コア、つまり核のようなものを形成していきたい、と僕らは考えています。
財部:
ありがちな考えですと、「サプライヤーが多くいるところに工場を作ろう」という話になりますが、東京エレクトロン自らが、わざわざ宮城県に進出していく理由は何なのでしょうか。
東:
うちが東北大学と技術開発の面でかなり強い関係を持っている、ということがあります。そういう意味で、技術的なバックアップが期待できます。そして将来の「技術者の卵」も、そこに数多くいるだろう、ということですね。
財部:
なるほど。東北大学は、半導体分野の研究で世界的に評価が高いですからね。
東:
あと、工場の立地を考えるうえで重要なのは、「目立たないといけない」ということなんです。
財部:
ほう。
東:
企業が優秀な人材を集めるためには、その地域で埋没しちゃいけないんです。たとえば名古屋地区にはトヨタさんを始め、有力企業が数多くあります。じゃあ、そこに東京エレクトロンが行って優秀な人材がどの程度集まるか、というのはクエスチョンでしょ。良い人材を集める意味でも、当社がある程度目立つ場所、すなわち、「ここには東京エレクトロンがあるんだ」と皆さんに気付いていただけるような場所がいいだろう、という判断が1つありました。
財部:
なるほど。面白いですね。で、そうして選んだのが宮城県だったと。ここに「世界一の工場」をつくるんですね。どんな工場になるのでしょうか。
東:
やはり、スピードと開発技術力です。開発技術力が群を抜いて高く、しかも商品化を素早くやっていけるような工場でなければ駄目ですね。それともう1つは、これまでトヨタさんが生産技術分野でいろいろやられてきましたが、製造工程についてもさらに工夫を加えなければなりません。たとえば、ある工程を大幅に短縮しつつ、コストをドラスティックに削減することを考えなければならない。そのためには設計、開発から製造技術、流通まで、各分野がすべて一緒になって考えないと駄目なんです。実際、われわれは社内で「コスト2分の1削減」とか、いろいろなことを常にやっていますが、イメージとしては、各部門の知恵を集結することが何よりも不可欠ですね。
財部:
「世界一の工場」を造るリーダーは、どんな人が担当されるんですか。
東:
ウチの工場の連中です。副社長の岩津(春生氏)とか、工場担当の取締役をやってくれている北山(博文氏)とか、製造担当の黒野(洋一氏)とか、そういう人たち。さらに、彼らの部下たちやもっと若い人たちに、とにかく徹底的に考えてもらう。それしかないですよね。