子供の頃から経営書を読み続けてきた
財部:
雑誌などのインタビューを拝見すると、あるとき井上さんが市場に行かれて、花卉の原価率の低さと小売価格とのギャップがあまりにも大きいことを知り、「これはビジネスになる」と思ったという話があるんですが、そのディテールを聞かせて下さい。
井上:
いや、もう直感ですよ。たとえば原価100円の商品を、他の店舗で4、500円で売っているわけだから、これが200円だったら買う人はたくさんいるよなあ、ということです。少なくとも自分だったら買う、と思いました。僕はすべてそうなんです、「自分だったら買う」と思ったら「周囲にも同じことを考えている人がいるんじゃないか」と考えるんです。だから僕はすべて、自分の身を通じて何かを感じないと動けません。直感というか、単純な発想ですが――。
財部:
井上さんは以前、イベント企画や結婚式の企画・演出を手がける会社を立ち上げていましたよね。
井上:
はい、そうです。
財部:
そのあと、市場で花に出会う、という機会があったわけですね。
井上:
ええ。その頃、小佐野賢治さんが書かれた経営の本を読んでいたら、「日銭部門を絶対に会社に持て」ということが書いてありましてね。
財部:
小佐野賢治さん、国際興業の。
井上:
そうです。その本に、日銭をしっかり稼げる事業を会社に作り、それでキャッシュを回しながら新しいビジネスを立ち上げるとか、企画を立ち上げるようにしないと、資金の回収などで間違いがあったときにひどい目に遭う、と書いてあったんです。それで「確かにそうだなあ、日銭部門が一個あると、会社にとってはいいだろうな」ということで、必死になって日経新聞の記事をスクラップしていました。
財部:
なるほど。そういう問題意識が明確にあって、日銭商売を探していた中にたまたま――。
井上:
ええ。当時はちょうど「花博」(国際花と緑の博覧会、1990年)が始まる前で、僕も結構幼い頃から花をやったり、絵が好きだった関係で、一度、花卉市場に行ってみようかと思ったんです。それで実際に市場に行ったら、花が驚くほど安かったので、他社のように値段を高くしなくても、安値でいくらでも商売ができるじゃないかと思ったんです。
財部:
それで、1989年に花の無店舗販売を始められましたよね。その頃、ビジネスの中長期的な目標というか、現在の青山フラワーマーケットのイメージはあったんですか?
井上:
何もみえていませんでした。
財部:
そうですか。では実際に出店する時に、どんなことを考えたんですか? たとえばどういう店舗にするとか?
井上:
スーパーなどで売るスタイルもありましたが、あれは僕からみたら仏花のようなイメージでした。そこで、青山のブティックやレストランでも通用するようなしゃれた花を、マーケット感覚でリーズナブルに出していきたいと思い、青山フラワーマーケットという名前をつけたんです。
財部:
ということは、その名前通りのコンセプトでやられたわけですね。
井上:
ええ。ですから、最初からきちんと事業計画書を作るとか、そういうことは何もしていません。ただ、「こうしたら自分も買うから、これでいいんじゃないか」ということでやってみたら、それで本当に売れたんです。でもその反面、当時は経営のことが何もわかっていなかったので、花がいくら売れてもキャッシュが貯まらないんですよ。「おかしいなあ、こんなに売れているのに」と思って調べたら、商品の原価が7割ぐらいにまで膨らんでいる。価格を安くしたら、店の前に行列ができて面白いぐらい売れたものですからね(笑)。
財部:
ははは(笑)。
井上:
結局、原価率が上がり過ぎていて「これはいかん」と思い、帳面に仕入れ金額や仕入累計額、売上累計額を出しながら電卓を叩きました。今日は2万円で2日分の花を仕入れ、売上が2万円だったから原価率100%。でも、その次の日は仕入れなしで売上2万円になったから、2日間の累計売上高4万円に対して、原価率は50%に下がった、というようなことを日々やりまして。やはり、こういうことをきちんとしなければならないな、と思い、原始的な原価管理表を作ったわけですよ。
財部:
その原価管理表を、1号店のスタッフとは共有していたんですか?
井上:
もちろん。
財部:
それで、今日の売上高や現価率はこう、とやられていったわけですね。
井上:
はい。原価率もそうですが、花を1種類だけ売っていては駄目だから、数種類をミックスにしたものを作ってみようかというように、もう試行錯誤の連続でした。結局、会社経営とは音楽によくある「一発ヒット」では駄目で、他社が1日1つ何かを変えたら、自分たち2個変えていくというようにすれば、たとえ競合先がスタートラインの先にいても、いつか追いつけます。つまり改善ラインを、どうやって(他社との)角度をつけて、しかもスピードを持って実践するかが大事だと思うので、正直いって「何で当てたんですか」と聞かれても、僕は本当にわからないんですよ。
財部:
そうはいっても、井上さんは経営書を読んだりして、もの凄く勉強をされていますよね。
井上:
小さい頃からですね。よく母に「文学全集を読みなさい」といわれたのですが、僕の周りは松下幸之助や本田宗一郎、今里広記とか、そういう本だらけで(笑)。
財部:
そんな子供って珍しいですね(笑)。何歳ぐらいの話ですか?
井上:
小学校の頃です。僕の親戚が本屋だったので「おじちゃん、これ頂戴」といって――。
財部:
その頃、松下幸之助は松下電器を作った人で、本田宗一郎はホンダを作った人だという認識を持って読まれたわけですか?
井上:
ええ。事業に失敗したとか会社が大きくなってきたとか、そういう話が、読んでいて面白かったですよ。
財部:
ということは、「いずれ会社を経営したい」という思いを、その頃からごく自然なものとして持たれていたんですか?
井上:
たとえば幼稚園を卒園するときに、絵を描くじゃないですか。その絵に、将来の夢は「羽田空港の社長さん」って描いてありますよ。
財部:
そうなんですか(笑)。
井上:
やはり社長になりたかったんでしょうね、幼稚園の頃から。そして、社長になったあとに、羽田空港から世界に行きたかったのかもしれません(笑)。
財部:
たしかに井上さんは「これまで行き当たりばったりでやってきました」と話していますが、そこから何かを学び、さらに飛躍していける人と、ただ「行き当たりばったり」を繰り返すだけの人との間には、紛れもなく違いがありますよね。何か、そこに才能や才覚というものがあるはずだという問題意識を、僕は持っているんですが、子供の頃から経営書を読んでいたという話を聞くと、井上さんはやはり、特別な何かを持っていたんでしょうね。
井上:
幼稚園の頃からああいう絵を描いてたんですから、小学校にそんな本があれば読んでいたのかなあ、という気がしますよね。
財部:
取材記事を拝見しても、「企業理念について、松下幸之助もいいことをいっているけれど、どうもしっくりこないから、やはり自分の言葉で企業理念を作らなければ駄目だ」というのは、なかなか凄い話ですよね。
井上:
そういう記事も、読んでいただいたんですか?
財部:
いやいや。それは本当に「どうしてそんなことがいえるのだろう」と思った部分が僕にはありましてね。かえって、ベンチャー企業の経営者で企業理念をしっかり語ることができる人が、意外と少ないんです。
井上:
少ないですね。やはり、(企業経営のうえで)数字が出てくるのは最後の話で、結果でしかあり得ません。僕はそれ以前に、ビジネスや経営についての「思い」があって、まずはそこを一途に分析していくべきだと思うんです。やはりベンチャー企業は、「数字を作る」というところから入ると、結局、軸がガタガタにぶれてくるケースが多いですよね。
財部:
それも単なる精神論ではなく、企業理念を皆の共通認識として持ち続けるためには、じつは教育以前に、まずは理念にきちんと共鳴できる人たちが会社に集まっているのか、ということの方が問われてきますよね。
井上:
そうですね。
財部:
理念に共鳴できない人はどんどん離れて行くし、そうした価値を共有できる人が残っていくということが、会社の現実だという部分がありますよね。
井上:
結局は、理念に共鳴できる人をどうやって集めていくのか、というところではないかという気がします。
財部:
先の話とも重なりますが、井上さんが花屋をやろうと決心するに至るまでに、どんなプロセスがあったんですか?
井上:
自分にターニングポイントがあったとすれば、僕は田舎に住んでいた時以来、青い花があるなんて知らなかったんです。だから僕は、青い花を初めてみたとき「本当に世の中に青い花があるのか」と感動して、市場に行っては珍しい花を買ってきて家に飾っていました。それで家の中がいつも花だらけになっていたんです。ところが、あるとき旅行でホテルに泊まったら、自分の周りに花がなくてもの凄く寂しくなりました。そのとき本当に、「花っていいなあ」と思ったんです。
財部:
そうなんですか。
井上:
じつは僕は以前、経営者仲間と「誰が1番大きな会社を作るか」という話ばかりしていました。ところが自分が「花っていいなあ」と本当に思ったとき、僕はそれが使命というか「花咲じじいになれ」といわれているような感じがしたんです。それで「もういい。彼らとの売上競争にしても、扱っているものが違うんだから仕方がない」とふんぎって、それから真面目にやり出しました。
財部:
なるほど。やはり僕がベンチャー企業の経営者と会っていて非常に感じるのは、理念のなさや、そこからくる危うさという部分なんですね。
井上:
僕はいまでも、松下幸之助さんが書いた本などをトイレにたくさん置いています。ブックカバーが和紙になっているような本なんですが。
財部:
『実践経営哲学』とか?
井上:
はい。そういう本を読むのが、最近面白くなってきまして。たとえば以前は耳学問で、「企業が小さいときは、自会の身の丈に合った人材を採れ」というように、頭でインプットしていたんです。でも最近では、本で読んだ事柄が「ああ、このことをいっているんだな」と、自分の経験に基づいて実感でわかるわけですよ。
財部:
でも意外ですよね。経営書をトイレに置いて読んでいるというのは。
井上:
ウチの子供たちも、本がトイレに置いてあるから、読んでいるんじゃないかな(笑)。
財部:
そうですか(笑)。いま一番心に残っているフレーズは、どんなところですか?
井上:
今朝読んだのは、昔は12月25日が大正天皇祭という大祭日に当たっていて、「年末にはそうした休日も入るので、1週間会社を閉めましょう」という話が社内であったとき、松下幸之助が激怒したという話です。幸之助さんはそのとき、「お前たちは経営がわかっていない。現場の一番の稼ぎ時で、皆が頑張っている時に工場を1週間閉めて、もし何かあったらどうするんだ。誰かが入ってきたときに、自分たちの命である工場を守る人が1人でもいるのか」というように、2時間も延々と社員を叱ったというんです。
財部:
なるほど。
井上:
それは当社の場合も同じで、年末は市場も休みになるので、暮近くになると花屋さんはだいたい店を閉めるわけです。でも僕は、年末は大晦日まで、そして年が明けて元旦からも、営業している当社の店舗を回っています。やはり現場を中心に考えると、これはやって当たり前のことなんですね。
財部:
ええ。
井上:
でも僕だったら、従業員が「休みたい」というなら「まあいいか」というかもしれません。ところが、本には、幸之助さんは2時間叱り続けたと書いてありましたから、そこまで社員を叱れるのは凄いと思います。やはり、あの人は芯の部分で、つねに1本、経営者としての絶対的な自信があったから、そこまで怒れたんでしょうね。
財部:
最後は、哲学者でしたよね。幸之助さんという方は――。
井上:
やはり1人の人間として、もの凄い方だったのでしょう。彼のことをよく「経営の神様」といいますが、僕は経営云々ではなく、幸之助さんは人として凄い方だったと思います。あるとき、幸之助さんが誰かに誘われて昼飯を食べに行った時、豪華な料理が出たそうなんですが、「皆が頑張っているときに、こういう贅沢なものを食べるわけにはいかない」といって食事を断った話も読みました。こうなると、もう経営だとか戦略という部分を抜きにして、普段から「人としてどうあるべきか」という部分になりますよね。
財部:
そういうお話をされるということは、井上さんご自身も、そんな人間として生きたいという価値観をお持ちだということです。それ自体が、世間一般が感じるベンチャー起業家のイメージとかけ離れていますよね。
井上:
もっと掘り下げると、じつは僕は「会社ありき」ではなく「人ありき」で、自分をつねに磨きたいと思っています。これは従業員についてもそうなんですが、僕はスタッフが結婚などで退職するとき「当社で過ごした時間はどうでした? 勉強になりましたか」と必ず聞きます。彼女たちが当社にいる間、従業員1人ひとりの人生を決める「成長曲線」が、従来よりずっと上向きだったと思ってもらえるような会社でありたい、という思いがあるからです。だから僕は、彼女たちに「とても勉強になった」といわれると、よかったなあと思えるし、それが一番の関心事なんですね。
財部:
ところで、今回ご紹介いただいた、ジョージズファニチュアの横川社長とはどういうご関係なんですか?
井上:
以前、赤坂に出店したとき、スープストックトーキョーの遠山会長が飛び込みで当店にいらしたんです。それ以来、彼の店の近くで出店したりする中で「飲みましょうよ」ということになりまして。遠山会長が「じゃあ、誰か呼んでくる」ということで、横川さんをはじめ、デザインが好きな方たちと一緒に食事をしたりして、そこからお付き合いが始まったんです。
財部:
そうなんですか。
井上:
たまに一緒に飲んだり、パーティーで会ったりしていますよ。
財部:
じつは、僕はこの『経営者の輪』でも、若手経営者の方のラインがとくに気に入っているんです。同年代で晴れやかに活躍されている方は、井上さんの周りにも大勢いらっしゃいますか?
井上:
ええ。YEO(Young Entrepreneurs' Organization)という、グロービスの堀社長たちが昔立ち上げた青年起業家機構(現、EO)がありまして、そこでグッドウィル・グループの折口会長を始め、蒼々たるメンバーとずっと一緒だったんです。その中で、ベンチャー起業家として10年ぐらい一緒にやってきた経営者たちは、本当によく頑張ったなあという感じですね。
財部:
浮き沈みの激しい人たちや、すでに消えてしまった人たちとくらべて、いまも継続的に発展を遂げている経営者は何が違うんでしょうか?
井上:
自己実現というか、長い目で自分が「これをやりたい」というものを常に追いかけているか。そのために改革、改善を続けているかという、その辺の違いではないでしょうか。つまり、お金をみているのか、人をみているのか、というような部分ですね。つねに自己研鑽をしている人は、長い目でみてビジネスをやっているような気がしますし、「カネ、カネ」といって事業を展開している人は長くは続かない、と思いますね。