トランプ大統領の就任演説冒頭で語られた「黄金時代」という言葉は、米国の地下資源(シェールガス・オイル)=“Liquid Gold”にまさに符合するレ
トリックでした。ところが日本では米国のシェールガス・オイルの国家的価値がわかっていないため、トランプ演説の凄み、現実味が伝わりません。
じつは私は2013年にシェールガス・オイルの生産現場、テキサス州イーグルフォードを詳細に取材し、液化したシェールガスを日本に輸出するキャメロン港湾施設等々を取材し、その実像をテレビ東京『未来世紀ジパング』で特集しました。
通常の油田の遥か深く、地下3,000mの岩盤層に存在するセールガス・オイルは採掘不可能とされてきましたが、2000代初頭にジョージ・ミッチェル氏の技術革新により採掘出来るようになり、その後シェール革命と呼ばれるようになりました。世界最大のエネルギー消費国にして世界最大のエネルギー輸入国である米国が、世界最大の資源国家になるかもしれないというので大きな注目を集めました。
ところが一方で、環境原理守護者たちの猛反対にあい、フェイクニュースも多数流されました。馬鹿げた話ですが、メディアが好んで報じたのは、シェールガス掘削現場近くの家庭の水道水からガスが漏れだし、蛇口に火がついている写真です。私の記憶では週刊東洋経済がシェールガス特集を組み、このインチキ写真を特集第一面に大々的に掲載しました。ガスライターではあるまいし蛇口に火がつくわけがない。引火して爆発するなのに、なぜか蛇口から炎がでている写真があちこちに出回ったのでした。
現地取材でこの写真の出どころを探し、取材終了後もコーディネーターに探索継続を依頼しましたが、ついぞ発見には至りませんでした。環境原理主義者たちのでっちあげです。
そんなフェイクニュースに踊らせられ、シェール革命の歴史的価値が日本に正しく伝わりませんでした。それがトランプ大統領就任演説の“Liquid Gold”に対する無理解、無視の原因なのでしょう。テレビ取材の翌年、さらに文献調査や専門家への取材を行い、2014年に『シェール革命 繁栄する企業、消える産業』を出版しました。その冒頭で私はこう書きました。
「二一世紀は『米国の世紀』と呼ばれる時代になるかもしれない。少なくとも私たちは今一度、米国を再評価すべき時代を迎えている。東西冷戦時代か
ら続いた覇権主義国家としての米国の復活ではない。シェール革命でエネルギーの自給自足を可能にした米国が、自己完結型の新しい発展モデルを通じて、これまでとは違う存在感の高まりを見せてくるからだ」
リーマンショック(2008年)以降、2015年頃までの国際秩序は、米国の相対的な凋落と中国の台頭が顕著になった時期で「G2(米中二極体制)」という言葉がよく使われていました。オバマ政権(2009-2017)が「米国第一」の覇権主義を抑制し「リベラルな国際秩序の再構築」に舵を切る一方で、中国は2008年の北京五輪とリーマンショック後の巨額の景気刺激策(4兆元政策)で経済の急成長を維持していた頃です。
2012年に国家主席に就任した習近平は「一帯一路」構想を発表し、飛ぶ鳥を落とす勢いでした。強気の習近平が弱腰のオバマに米中二極体制を呼びかけていた時代です。冷戦終了後の米国一極時代が終わり、かわりに厚かましく中国が世界支配の野望を剥き出しにしていたというのが執筆当時の時代背景であったことを頭にいれて、続きをお読みください。
🔴資源インディペンデンス
「これまでは、二一世紀は『新興国の世紀』だと多くの人が思い込んできた。事実、2008年のリーマン·ショック以降の世界経済を牽引したのは中国、インドをはじめとする新興国だった。なかでも中国は香港、シンガポール、台湾とネットワーク型の経済発展を遂げ、『米中二強』といわれるまで、存在感を高めてきた。一方、米国はといえば、凋落の一途に見える。2013年10月、上院と下院の多数党が異なるねじれ現象をバックに、オバマ大統領と共和党が激しく対立。予算執行もままならず政府機関は一部閉鎖に追い込まれ、米国債の支払いが不能に陥る“デフォルト"寸前まで、債務上限引き上げをめぐる合意形成ができなかった。政治の本質は権力闘争であるとはいえ、世界経済を恐怖にさらしながら演じられた不毛な権力闘争は、米国がもはや世界のリーダーたる資質を失ったことを強く印象づけた。『米中二強』という表現、中国への積極的な評価の高まりばかりではなく、米国の凋落が相対的に中国を押し上げたというべきだろう。そんな米国に注目する理由がいったいどこにあるのか。それどころか二一世紀は『米国の世紀』とは笑止千万に聞こえるかもしれない。しかし米国の天才実業家、ジョージ·ミッチェル氏がこじ開けたシェール革命は、米国という国のあり方まで変えようとしている」
また拙著では三井物産の天然ガス第一部米州室長(当時)の田中衆氏のコメントを掲載しています。
その革命ぶりが伝わってきます。田中氏は、シェールガス開発が本格化した2005年以降、米国の天然ガスの増産ピッチの速さに注目した。
「2005年の米国のガス生産量はLNG換算で年間約4億トンだった。それがシェールガス生産本格化により、2012年には5億トンに増加(実績)。また国際エネルギー機関(IEA)によれば2020年には6億トン、2025年には7億トンになると予想していた。当社の予測も同様だ」
その数字の意味を田中氏は、日本の消費量との比較でわかりやすく語っている。
「日本の天然ガス消費量はLNG(液化天然ガス)換算で、年間1億トン弱(約8000万トン)です。つまり今後10年ほどで、日本全体のガス消費量の約2倍のガスが、米国内で増産されると予測されています。その結果、米国では今、ガス化学産業の国内回帰が起こり、ガス発電需要(結果として電力料金低下、産業競争力強化)の高まりに十分なガスが生産されていくでしょう」
さらに田中氏は米国が天然ガスの主要な輸出国になる可能性も示唆している。「米国は、アジアを中心として伸びる一方のガス需要に対する主要供給基地の一つになるとも考えている」
米国はこれまで天然ガスの輸出には慎重で、FTA締結国以外には輸出を禁じてきたが、2013年3月の安倍首相の訪米時に、シェールガスの対日輸出解禁が決まった。
第一弾は2017年にメキシコ湾に面したテキサス州のLNGの輸出基地フリーポートから中部電力と大阪ガスに年間440万トン、20年間輸出される計画だ。対日輸出計画はさらに二つある。ルイジアナ州の輸出基地キャメロンから年間800万トンを三井物産と三菱商事が受け入れ、メリーランド州のコープポイントからは年間230万トンを東京ガス、住友商事が受け入れる予定である。
日本が現在、カタールなどから長期契約で輸入しているLNGは100万BTU当たり16~17ドルだが、米国やカナダのシェールガスを液化して輸入した場合の価格は10~12ドル程度と予想されている。米国内の天然ガス価格は市場の需給を反映してビビッドに動くため、值上がりする可能性も十分あるものの、日本やアジア諸国が購入しているLNGとの価格差は大きく、仮に米国内の天然ガス価格が2倍になっても8ドル程度だから、米国の天然ガスは長期間にわたって価格競争力を維持していくに違いない。
そこで期待がかかります。米国はエネルギーの輸入大国から輸出大国へと変身し、世界のエネルギー秩序を一変させるという期待です。同じく三井物産のシェール事業の現地子会社副社長を務める(当時)松井透氏も、過去とは違う米国の復権を確信していましたた。
「石油·ガスともに自給できるようになるうえに、米州域内のブラジル深海油田群やカナダのオイルサンドがあることも考慮すれば、米国の資源インディペンデンスが実現すると思われます。米国はLNGという形で天然ガスはある程度輸出していくと思いますが、石油の輸出を解禁するかとなると、私は懷疑的に見ています。米国はエネルギーの輸入大国から脱却しますが、輸出大国になることはないのではないか」
単純に「輸入大国」から「輸出大国」ㇸ転身するわけではないとしても1973年の第四次中東戦争以来、歴代米国大統領が目指して実現できなかった、
工ネルギーの中東依存からの脱却が現実味を帯びてきたというのが、2014年出版の拙著の結論だったわけです。
その後、原油価格の値下がりでシェールガス・オイル掘削コストが割高となり掘削が止まったり、掘削業者の再編が起こったり、環境の観点から掘削反
対運動が起こったりと、紆余曲折を経ながらも産出量は着実に伸びてきましたが、バイデン前大統領は新規の開発を禁止する大統領令を出したのです。一方でEV(電気自動車)補助金に多額の税金を投入しました。バイデンの理念倒れです。再生エネルギーはさして普及せず、この10年石油ガスの使用量はまったく変わっていないのです。相変わらず値段の高い中東産の原油や天然ガスの輸入を続けています。
ならば米国産の安いシェールガス・オイル(LiquidGold)を掘ろう。そうすればエネルギー価格が下がり、インフレ抑制につながるというのがトランプ演説だったのです。