TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

AIは気候変動問題よりも深刻?

AIは既に人間の医師の診断力を凌駕しつつある」

医師125人を抱え、日本屈指の在宅医療を提供する医療法人社団「悠翔会」の代表の言葉です。代表の 佐々木淳医師(50)は私の番組にも出演された方 で、医療界の古い慣習を打ち破りながら在宅医療の 分野でイノベーションを起こしてきました。SNSでも 熱心に投稿を続けています。その佐々木医師がAI 代の医師の存在価値について率直な考えを吐露して いました。

そもそもAIは病理、内視鏡、放射線などの画像認 識力において人間の医師を超えていると言われてい ましたが、AIの診断力が画像認識以外の領域でも医 師の能力を超えていくことは「多くの医師たちにと って想定の範囲内だった」と佐々木医師は言ってい ます。それでも、医療の目的は患者の苦悩を癒すこ とであり、無味乾燥なテクノロジーが医師の仕事を 奪うことはできやしないと医師の多くは思い込んできまた。ところが、そこに衝撃的なデータが示さ れたのです。米国医師会が発行する月刊誌『JAMA Network Open』によれば、195件の患者の質問に対し て、人間の医師とAI(ChatGPT)のそれぞれの回答を 比較すると「質」と「共感力」、その両方でChatGPT が人間の医師に圧勝しました。この記事を読んだ 佐々木氏の投稿です。 「じつはこの結果に驚きはなかった。すでにChatGPT を使っている方は実感しているかもしれないが、こ のような大規模言語モデルのAIは、私たちの感情に配慮したやりとりがとても上手だ。一方で医師のコ ミュニケーションは一言でいえば少し雑だ。その言葉が患者にどのような影響を及ぼすのか、十分に考 慮したとは思えない発言に出くわすこともある。患 者との対話において自らの感情をむき出しにする医 師も少なくない。高度なコミュニケーション力に加 え、数理的推論においても人間を突き放すAIに対 し、私たち医師のこれからの存在意義は何なのか」

そう疑問を投げかけたうえで、それでも人間の医 師には存在意義が2つの面であるといいます。

1つは『言語化できない患者の思いをキャッチで きること』。AIChatbotは、入力された言語的情報 に基づいて判断を行う。しかし人間のコミュニケーションにおいて、言語的なものが担う割合は意外な ほどに小さい。メラビアンの法則によれば、コミュ ニケーションの38%が聴覚的情報、55%が視覚的情 報に依存し、言語的情報のウェイトはわずか7%にす ぎない。一人ひとりの患者に真摯に向き合い、五感 を駆使した非言語コミュニケーションを通じて患者 の真のニーズをキャッチする、あるいは真摯な対話 の積み重ねを通じて、患者が自分自身の本当の課題 に気づけるようそっとサポートしていく。すでに一 部のAIは聴覚的、視覚的情報から相手の精神状態や 医師との対話をどのような感情で受け入れているか を評価する力を持ちつつあるが、僕は、カメラやマ イクなどのセンサーだけではキャッチできない患者 の『バイブレーション』は確実に存在するように思 う。それを感じ取れる存在であるなら。医者はこれ からも患者に必要とされ続けるかもしれない。もう1つは『手当てができること』。臨床は、病床に臨 むと書く。その原点は『患者に何かをする (Doing)』ではなく、『患者とともにある (Being)』ということにあったはず。手をつかって 身体を丁寧に触診する、痛みのある部位に手を添える、手を握って声をかける・・『手当てをする』というのは、何らかの治療をするという意味に加えて、手をあてるということそのものの重要性を示しているようにも思う。前述のコミュニケーションにもつながるが、手は患者のバイブレーションを感じるための私たちのセンサーであり、患者に想いを伝え、エネルギーを送るためのコネクタでもある。患者の観察者である以前に、一人の人間として、限りあるいのちを最期まで生き切れるように支援していく。これは在宅医療に留まらない、医療のアートとしての大切な部分であるはずだ」

佐々木医師の主張する2つの存在意義は理論的には 説得力を持ちますが、医療現場の現実をみると破綻しています。患者にそこまで寄り添える医師はどう 考えても少数派でしょう。外科医にはまだ時間的余裕があると思われますが内科医の将来は明るいもの ではないでしょう。人間しかできない役割を果たせ る医師だけが生き残れるのです。在宅医療で患者に 最期まで寄り添っている佐々木医師だからこそ言え医師の存在意義だと私には聞こえます。

米国のダイナミックな動き

全世界のAI関係者に衝撃を与えた 出来事がありました。この10年間GoogleAI研究を 牽引して、AIのゴッドファーザーの異名をとるジェ フリー・ヒントン博士が「AIの危険性について自由 に話すため」と言い残してGoogleを退社してしまっ たことです。

AIが人類にもたらす喫緊の脅威は気候変動よりも 大きい

56日のロイターはこう伝えています。

「オープンAIが昨年11月にリリースした“ChatGPT” が起爆剤となり、AIを巡る競争が加速。“ChatGPT” の月間ユーザー数がリリースから2カ月で1億人を 超えるなど利用が急拡大する中、米実業家イーロ ン・マスク氏やAI専門家、業界幹部らは4月、公開 書簡でAIシステムの開発を6カ月間停止するよう提唱。社会にリスクをもたらす可能性があるとして、 まずは安全性に関する共通規範を確立する必要があると訴えた。 ヒントン氏は、AIが人類にとって存亡 の危機となる可能性があるという公開書簡で示され た懸念は共有するとしながらも、研究の一時停止に は賛成できないと表明。研究の一時停止は『全く非 現実的』とし、『存亡の危機に近いからこそ、今す ぐにでも懸命に取り組み、これに対して何ができる かを考えるために多くのリソースを投入すべきとの 考えに賛同している』と述べた」

ヒントン氏のAIに対する危機感はきわめて健全かつ現実的といえましょう。

じつはこの報道の直前、428日日にホワイトハ ウスはAI関連企業4社の首脳との会合を持ち、AIに絡 むリスクや安全対策を巡り議論しました。参加者は アルファベットのスンダー・ピチャイ最高経営責任 (CEO)、マイクロソフトのサティア・ナデラ CEO、オープンAIのサム・アルトマンCEO、アンスロ ピックのダリオ・アモデイCEOです。政権からはハリ ス副大統領、ザイエンツ大統領首席補佐官、サリバ ン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、ブレイ ナード国家経済会議(NEC)委員長、レモンド商 務長官が出席し、2時間にわたり行われました。

会合終了後にハリス副大統領は声明でこう語りました。

AIが生活を向上させる可能性がある一方、安全や プライバシー、公民権を巡る懸念をもたらすおそれ もあると指摘。AI関連企業の首脳らにはAI関連製品 の安全性を確保する『法的責任』があり、政権はAI に関する新たな規制や法の導入に前向きであること を明確にしたと明らかにした」(ロイター)

米国の動きは速い。ホワイトハウスは行政管理予算局(O MB)が連邦政府のAI利用に関する政策指針を公表 することを明らかにする一方、全米科学財団から1 4,000万ドルの投資を受け、新たに7つのAI研究機関 を増設することも発表しました。

対照的に日本政府の「AI」をめぐる動きは。 周回遅れを挽回出来ないできないどころか、このま まではAI研究でも米国の2周、3周遅れとなることは 必定。米国の技術を使いこなして自己防衛するしか 道はないようです。