TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

円安の爆発的メリット

1ドル147円を突破したとメディアは「円安危機」を煽っていますが、いつものことながら日本のメディアはお粗末です。一面的か

つ悲観的にニュースをでっち上げる。政府の対応も鼻から否定してかかります。

922日に政府、日銀が24年ぶりに大規模なド ル売り・円買い介入をしたことはご承知の通りで す。その評判はさんざんなものです。 「ア~ぁ、やっちゃった、為替介入。追いつめら れて、大ばくち(介入で方向転換できるという極 めて淡い夢)を打ったのだろうが、ファンダメン タルズに逆行した介入など『やるぞ、やるぞ』と 言っているうちが華で、やったらおしまい。来週 初めにいくらで戻ってくるかに注目。金利を操作 することも出来なければ、介入も効かないことを 世界に知らしめることになる。いよいよ、日本危 し。円の紙くず化の最終ステージに入ったかもし れない」

これはその昔、伝説のディーラーなどと呼ばれたF氏がFacebookに投稿したものですが、介入失敗論者の典型的なコメントといえます。

たしかに1ドル145円で実施された介入は投機筋 の予想を裏切るサプライズとなり、円は一気に 140円まで急騰しました。ところが円は急ピッチ で売られ927日には144円台に戻り、その後は 144~145円で推移するありさまです。F氏のいうとおり「ファンダメンタルズに逆行した介入など『やるぞ、やるぞ』と言っているうちが華で、やったらおしまい」で大規模介入は何の効果もなく泡ときえただけなのでしょうか?

私の見方は違います。

「ファンダメンタルズに逆行した介入」だとF氏は決めつけていますが、現在のドル円相場の決定的な材料は日米の金利差です。日米のファンダメンタルズの差ではなく、日米の金利差こそがドル高円安の理由です。

日銀がゼロ金利に留まるのに対して、凄まじい インフレとなった米国は0.75%という異例の上 げ幅で、連続的に金利を引き上げてきました。経 済のファンダメンタルズの差など以前からずっと 続いている話で、相場形成の材料などではありま せん。

円安が始まったのは米国がゼロ金利政策を転換 して金利を上げ始めた3月からです。円はドルだ けではなく主要通貨すべてに対して安くなってい ますが、当然のことです。下記の通り、1月と9 を比べると、諸外国がみな金利を引き上げている ことがわかります。日本だけが依然としてマイナ ス金利政策を継続している異様さがわかります。 主要通貨すべてに円安になるのも当然の帰結で す。

    1 → 9

日本    -0.10    -0.10

米国      0.25      3.25

欧州      0.00      1.2

英国     0.25      2.25

カナダ 0.25      3.25

豪州      0.10           2.35

スイス -0.75    0.50

香港      0.86         3.50

踊り場を作った価値

米国は3月から9月まで5回に利上げし、それで もインフレが収まず11月、12月にも0.75%ずつ上 げるというのが市場関係者のコンセンサスになっ ています。こうなると円はさらに投機筋から売り 浴びせられ、1ドル150円を突破するのも時間の 問題で、180円までいくという言説まで飛び出し てきました。

922日のドル売り円買い介入は、こうしたな かで行われたのです。その結果円はすでに記した 通り、介入効果は瞬時に打ち消されたかのように 見えます。

しかし物事の評価は「やらなかった場合はどう なっていたか」まで検討しなければなりません。 このタイミングで政府・日銀が電撃介入していな かったら、どうなっていたでしょうか。なす術も なく投機筋を放置していれば、すんなり150円を 越えるまで売られていたに違いありません。相場 の流れは間違いなく一方的な円安でした。

さらに921日にFOMCが利上げし、日銀はゼロ 金利維持を公表し、相場の流れを決定づけるよう な有力材料が当面はないと誰もが考えていたタイ ミングでの介入です。投機筋に与えた心理的イン パクトは強烈でした。たしかに介入直後の140 から145円まですんなり売られてしまいましたが145円」突破は許さないという国家の断固たる 意志を示した意義は小さくありません。「145 円」は明かに心理的抵抗ラインになりました。

国家の断固たる意志と私は表記しましたが、そ れは日本だけの意志ではありません。為替介入は 日本だけでなく、米国政府の協力なしにできるも のではありません。日米金融当局間でようやく合 意形成ができて初めて実行できるものなのです。 145円」という心理的抵抗ラインも11月に予定されている米国の利上げを機に150円も突破され るでしょう。しかし、9月下旬の一方的な円安相 場に急ブレーキをかけ、踊り場を作れたことは大 きな意味があります。

残念ながら日本には金利引上げという選択肢が ありません。いまゼロ金利政策を放棄すれば、そ のとたんに借金づけの中小企業や無理な住宅ロー ンを組んでいる個人の破綻が続出します。ゼロ金 利下の銀行融資はデタラメせんばんです。信じが たいことですが、共働き夫婦で、年収の合計が 1500万円のケースで、なんと銀行は1億円のロー ンを組ませているのです。

住宅ローン金利がほんの少し上がるだけでお手 上げになる家庭が少なからずいます。ゼロ金利政 策前提の融資の悪影響は企業にも波及し、株式市 場もいったん大崩れするでしょう。政府も簡単に は政策変更にふみだせません。政府・日銀にはカ ードがないというのが実状でした。そのなかで残 された唯一の為替介入で、それを絶好のタイミン グで切ったのが922の奇襲攻撃だったのです。こ こは評価すべきです。

円安の爆発的メリット

さて円安はいつまで続くのでしょうか。すべて は米国のインフレしだいです。米国の代表的な景 気指標である雇用統計は9月も失業率が下がるな ど、米国の労働需給は依然タイトでインフレ圧力 は続いていますが、金利引上げの影響はあちこち に散見されます。典型的なのは米国の中古住宅市 場の動きです。 「米住宅市場の9割を占めるのが中古住宅だ。 ファニーメイ(米連邦住宅抵当金庫)921 発表のリポートで、23年の中古住宅販売件数の年 間見通しを21(612万戸)より約3割少ない443 万戸とした。米調査会社スタティスタの集計によ れば、11(426万戸)以来の低水準だ。市場環 境の悪化は、住宅ローン金利が上昇し続け、需要 が落ち込むことの影響による。米連邦住宅貸付抵 当公社(フレディマック)によると、30年固定の 住宅ローン金利は9月中旬、約14年ぶりに6%を突破した。米住宅トレンド研究所(NHTI)は、住宅 ローン金利が6%を超えると住宅保有者の85%が購 入をためらうと分析する」 (103日付日経夕刊)

インフレ全体はまだまだ鎮圧できる状況にはな く、今年いっぱい利上げが続きますが、23年は半 導体市場も、中古住宅市場も、大きくダウンする と見られており、11月、12月に控えているFOMC 金利引上げのピークとなる公算が大きい。そこで 米国がリセッション入りすれば、米国は一転して 利下げモード入りします。日米金利差も縮小に向 かいますから、自動的に行き過ぎた「円安」は修 正されます。

ただし米国がリセッション入りすると日本経済はダメージを被りますから、円高方向に転じたとしても「めでたし」とはいかないのが現実です。

結局、何がどう転んでも日本経済はダメだという話になってしまうのですが、これはメディアやネットによる情報の偏りが生み出すデマゴークです。「円安」のデメリットばかりが強調されますが「円安」メリットも相応にあります。輸出や海外でビジネス展開しドルで収益を上げている企業は手取りのドルを円換算すれば何もせずとも大儲けです。

107日に来日したGoogleスンダー・ピチャイ 最高経営責任者(CEO)2024年までに1000億円 を日本に投資する計画を明らかにしました。おも にデータセンターの建設などに充てるという内容 でした。米国内の景気が減速感を強めるなか Googleは業務の効率化を加速する一方、日本を含 むアジア・太平洋地域への投資を優先することに より成長を取り込みたいという考えです。

1,000億円と聞くと莫大な投資金額に思ってし まいますが、4年で1,000億円はGoogleにとっては 些細な金額でしょう。世界トップクラスのIT企業 ですから、日本を本当に有望な投資先と考えてい るなら1兆円規模の投資でもなんら不思議ではあ りません。1,000万円程度の対日投資は、やはり 円安のお得感に誘われたといっても間違いはない と思います。

さらにインバウンドも今後凄まじい賑わいを見せるでしょう。10月に政府がコロナの入国規制を 撤廃しました。遅きに失した感は否めませんが、 ようやくコロナ以前のインバウド需要が、いやそ れ以上の対日旅行需要が生まれることは間違いあ りません。

物価が上がって大変だとメディアは大衆を煽っ ていますが、マグドナルドのビックマックの価格 を国際比較すると日本の物価がいかに安いかが一 目瞭然です。 「世界経済のネタ帳」のWEBサイトによれば、22 727日現在、世界でビックマックが一番高い のはスイスで925円。米国は6位で710円。中国は 31位で490円、韓国は32位で483円。日本はベトナ (406)の下で390円の41位です。 コロナ以前から「安いニッポン」がインバウンド需要の起爆剤になっていましたが、そこに「円 安」のせいで、いまや日本は「激安ニッポン」と 化しています。入国規制撤廃で日本は世界一訪れ たい国となっています。

それだけではありません。国家予算レベルでも 円安メリットは破格です。

「外為特会に1.3兆ドル(180兆円)の資産を保有し ており、円建ての含み益は約37兆円あります。円 安で苦しんでいる個人や事業者がいる一方で、国 の特別会計は円安でウハウハです。円安メリット を活かすなら、緊急経済対策の財源として外為特 会の円建ての含み益を充ててはどうですか?

これは国民民主党の玉木雄一郎代表が臨時国会 での発言ですが、じつに正しい指摘です。また第 一生命経済研究所によれば9.22のドル売り円買い 介入に「11.9兆円」もの実現益がでているという 試算もあります。「円安」のデメリットばかりを 騒ぎたてるのではなく、官民の膨大なメリットに 注目して日本経済を動かしていきたいものです。