仙台が「杜の都」と呼ばれるようになった始まりは今から約400年ほど前、伊達政宗の時代までさかのほる。飢饉への備えとして政宗は家臣たちの屋敷に栗・梅・柿などの木を、屋敷どうしの境には杉の木を植えるよう奨励した。これが“屋敷林”の始まりだ。さらに神社仏閣や広瀬川沿いにも木々を植えさせたことで仙台は緑溢れる町となった。
ただ明治時代には「森の都」と呼ばれていたようで、「杜の都」と表現されるようになったのは昭和になってからである。
「杜」とは自然に生まれた木々や緑だけではなく、ヒトが長い年月をかけて育ててきた豊かな緑を意味するそうだ。
7月末、酷暑の仙台を訪ねたが、緑の木陰にはいると、そよぐ風が気持ち良く、期せずして「杜の都」を肌で感じることができた。
それにしても仙台には地方都市とは思えぬ活気がある。おそらくその理由は学生が多いからなのだろう。若者なくして地方再生なしだ。どうやって若者を呼び込めるか。そこが難問だ。
仙台からの帰路、あまりにも定番だが、地元の人が一番好む「白謙」の笹かまぼこと、塩味と味噌味をミックスした牛タン弁当を買い込んだ。少し涼しくなった秋に「杜の都」を再訪したい。