TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

日本からは見えない米国大統領選

🔴自滅を助けたトランプの失敗

9月30日に行われたトランプVSバイデンの第1回目の討論会は無残なものでした。トランプがバイデンの発言を執拗にさえぎり、業を煮やしたバイデンは失言を繰り返しました。オバマ政権の副大統領であり、人生を知り尽くした78歳の高齢者でもあることから、バイデンは温厚で思慮深い人物であるかのようなイメージを抱きがちですが、それが誤りであることを最初の討論会で露呈してしまいました。

「バイデンは短気なんですよ。ゆえにトランプの挑発に感情的になり、何度も言ってはいけないことを口走っていました」

米国の著名なシンクタンクに長く籍を置いていた米国政治の専門家は興味深い見立てをしていました。

「トランプ陣営の選対責任者は地団駄ふんで悔しがったでしょう。感情的になったバイデンにそのまま話をさせておけば失言を連発して自滅していましたよ。ところがトランプがちょっかいを出し続けたものだから、結果的にバイデンは自滅を回避してしまった。第1回目の討論会は完全にバイデンの勝利でした」

討論会直前の支持率はバイデンが54%、トランプ45%で、その差は少しずつ広がっていきましたが、そこにオクトーバー・サプライズが起こりました。トランプ大統領みずからがコロナに感染、入院を余儀なくされてしまったのです。しかしトランプはわずか3日で退院、ホワイトハウスで執務を始め、10月18日には選挙人29人の大票田であるフロリダ州で大規模な選挙集会を開催したのですから、驚くやらあきれるやら、日本人の常識では理解不能な行動と言わざるをえません。

じつはカリフォルニアに14年在住の日本人の知人に直接尋ねてみると、米国の世論も日本と大差ないようでした。

「討論会の評価は貶し合い、罵り合いで評価の低いものでした。今後の選挙の方向性も今回に限っては予想がつきづらく、トランプ夫妻がコロナ陽性で入院の影響がどうでるか、残り1ヶ月でエンターテイメントのノウハウを知り尽くしたトランプ氏が何をしてくるのか、バイデン氏がすんなり勝利するのか、はたまた郵便による投票をめぐって司法に訴えるなど選挙だけでは決着がつかず、大統領就任直前まで大混乱することも考えられます」

しかし米国の現状に対する私たちの認識はかなりずれているようです。

「オバマ大統領の選挙の頃からDemocratとRepublicanのイデオロギーは益々対立し、議論を交わすことすらなくなり、溝は深まるばかりです。世界情勢を良く知る意識の高い少数の人達は別として、大半の米国民は世界に目を向けず狭い範囲の縄張り争いが主戦場になっています。アメリカは内向きです。コロナ渦も国民全体で見るとかなりアメリカ人の衛生管理は大雑把で、日本人から見ればこれでは感染止むなしといった状況です。団結してコロナを克服しようなんて意識は気薄です。また国外の政治経済問題など気にもとめない、知らない人も多いと思います」

長々とコメントを引用しましたが、これが米国の民度です。ニューヨークタイムズやワシントンポストなどクオリティーペーパーが伝える米国事情はむしろ米国社会のいっぺんにすぎません。軽薄を絵にかいたようなドナルド・トランプが大統領になってしまう土壌は今も変わっていないのです。

 

🔴トランプ逆転勝利も夢ではない

10月13日にフロリダで行われたトランプの大規模集会の映像を見ると、トランプのタフぶりと支持者たちの熱狂は凄まじく、まるで新興宗教の大集会のようでした。トランプの全米での支持率がバイデンに引き離されているといっても大統領選挙はオハイオ、ペンシルベニア、フロリダ、ウィスコンシン、ネバダ、バージニアを誰が制するのかだけが焦点なのです。

日本国内ではバイデン以上に副大統領候補のカマラ・ハリス上院議員が高く評価されているようですが、話はそう単純ではありません。

「アメリカ日系人は戦中戦後の人権問題の事もあり、基本、民主党支持者が多いのですが、カマラ・ハリスの名前を聞いた瞬間、民主党にNOを突きつけます」

ロサンゼルス在住の知人がこんなエピソードを紹介してくれました。

「戦後ロサンゼルスの日系米国人たち努力と寄付でダウンタウンに敬老ホームを作り、数年前までその孫達が運営に携わってきました。それをある日系の運営者が皆さんに無断で売却、お金を独り占めするという酷い事件が起こりました。当然裁判になります。担当判事はカマラ・ハリス氏だったのですが、なんと訴えを棄却。心ある日系の皆さんが敗訴となりました。故にロスの日系人コミュニティではカマラ・ハリスの名前を聞いただけでアレルギー反応を起こすのです」

日本では史上初の女性副大統領候補だとか、初の黒人副大統領候補とハリスを持ち上げますが、ハリスアレルギーは日系人にとどまらないのです。ハリスは黒人に厳しい有罪裁判を数多く出していたことで黒人からの反発も小さくないと言われています。人種の多様性に価値をおくのが民主党なのに、女性やヒスパニックからもハリスは評価されていないというのです。

「コロナの問題に端を発した人権問題のデモが暴動、略奪につながり、治安の悪化を心配する声が多い。合法的に移民となったヒスパニック系の人々は縄張り意識が強く、不法移民に反対の立場を取っている人も多いようです。彼らはトランプに親近感を持ちます。治安の悪化を心配する女性たちも少なくなく『民主党政権になったら益々治安が悪化する』と考えている人も多いのです」

日本では「分断」の一言で共和党VS民主党の構図が伝えられていますが、米国社会の実情はかなり前回の大統領選当時と比較するとずいぶんと複雑化しているようです。今回の大統領選の争点は経済問題だけではなく、多様な人々が多様な問題意識で大統領選をとらえており、DemocratとRepublicanの単純な対立構造ではありません。少なくとも現状ではバイデンがセーフティリードを保っているなどとは考えるべきではありません。

HARVEYROAD WEEKLY1179号より