TAKARABE
JOURNAL本質を捉える視点

円安の行方は誰もわからない

ミスター円の「160円」

「為替の真実 円安メリット破格」と題したレポート を発行したのは1011日でした。それから1か月余 りが経過し、円ドル相場は、当時とまるっきり様相が 変わってきました。エコミストのなかには「1ドル160 円」を平然と口にする者まで現れました。本当に訳が わからないのは「160円」という数字の合理性です。 何を根拠にしたらそんな数字が出てくるのか。はなは だ疑問です。おそらく1ドル140円を突破後、145円、 150円と円安ドル高の勢いが止まらないものですから 「この勢いが続くなら160円突破も時間の問題だ」く らいの軽率さで、付和雷同の輩が多数現れたというこ とだったのでしょう。

そもそも「160円」を最初に公言した人物は「ミス ター円」の異名をもつ元財務官の榊原英資さんでし た。彼だけが140円を付けた早々に「来年前半には160 円もありえる」と持論を披瀝したのです。するとそれ まで中途半端な円安目標しか表明できなかったエコノ ミストたちが堰を切ったように「160円」を口にする ようになったのです。

榊原さんは1941生まれ。東京大学大学院を卒業し 1965年に財務省(旧大蔵省)に入省しました。主税局 などエリートコースではありませんでしたが、国際金 融畑でキャリアを積んで最終的には大蔵省ナンバー2 ポストである財務官までのぼりつめました。彼の名を 世間に知らしめたのは1995年の超円高時代でした。4 月には1973年に変動相場制が導入されていらいの最高 値である1ドル79円台に突入。これは放置できぬと 米国のローレンス・サマーズ財務副長官(当時)と示 し合わせて、大胆な為替介入を実行した時の司令塔が 榊原さんでした。そのかいあって秋には1ドル100円ま で戻り、輸出産業中心の当時の日本経済は救われたと

いう歴史があります。その時、米国金融当局と渡り合 った日本人離れした手腕から、榊原さんはエコノミス トやマスコミから「ミスター円」と呼ばれるようになったのです。 「ミスター円」は財務省退官後、メディアにも積極的 に露出し、サンデープロジェクトへも頻繁に出演され ていました。彼の魅力は世論に迎合するところが一切 なく、常に独自の見解を語ることでした。時が過ぎ、 80歳を過ぎた今もかくしゃくとして、比類なきワシ ントン人脈はいまも健在なのでしょう。堂々と「160 円」を公言した榊原さんを私は大いにリスペクしてい ます。予想が当たるか当たらないかではなく、周囲を 見渡して当たり障りのない発言をするのではなく、リ スクをとって独自の見解を公にする姿勢に頭が下がります?

米国金利打止めは近い

「ミスター円」の異名をもつ元財務官の榊原英資さんでし た。彼だけが140円を付けた早々に「来年前半には160 円もありえる」と持論を披瀝したのです。するとそれ まで中途半端な円安目標しか表明できなかったエコノ ミストたちが堰を切ったように「160円」を口にする ようになったのです。

榊原さんは1941生まれ。東京大学大学院を卒業し 1965年に財務省(旧大蔵省)に入省しました。主税局 などエリートコースではありませんでしたが、国際金 融畑でキャリアを積んで最終的には大蔵省ナンバー2 ポストである財務官までのぼりつめました。彼の名を 世間に知らしめたのは1995年の超円高時代でした。4 月には1973年に変動相場制が導入されていらいの最高 値である1ドル79円台に突入。これは放置できぬと 米国のローレンス・サマーズ財務副長官(当時)と示 し合わせて、大胆な為替介入を実行した時の司令塔が 榊原さんでした。そのかいあって秋には1ドル100円ま で戻り、輸出産業中心の当時の日本経済は救われたと

いう歴史があります。その時、米国金融当局と渡り合 った日本人離れした手腕から、榊原さんはエコノミス トやマスコミから「ミスター円」と呼ばれるようになったのです。 「ミスター円」は財務省退官後、メディアにも積極的 に露出し、サンデープロジェクトへも頻繁に出演され ていました。彼の魅力は世論に迎合するところが一切 なく、常に独自の見解を語ることでした。時が過ぎ、 80歳を過ぎた今もかくしゃくとして、比類なきワシ ントン人脈はいまも健在なのでしょう。堂々と「160 円」を公言した榊原さんを私は大いにリスペクしてい ます。予想が当たるか当たらないかではなく、周囲を 見渡して当たり障りのない発言をするのではなく、リ スクをとって独自の見解を公にする姿勢に頭が下がり ます。

米国金利打止めは近い

これは勝手な推測ですが「160円」説の背後にいる のは、1995年の大規模為替介入時に榊原さんのカウン ターパートだったローレンス・サマーズ氏ではないで しょうか。サマーズ氏は榊原氏より一回りほど若い 1954年生まれ。天才です。16歳でマサチューセッツ工 科大学に入学し、28歳にしてハーバード大学教授に就 任。世界銀行チーフエコノミストとしても活躍後、ク リントン政権で財務副長官、財務長官を歴任しまし た。その後、ハーバード大学の学長も務めました。米 国屈指の経済学者です。その人となりを端的に物語る 一文がWikipediaに記載されていました。間違いだら けのWikipediaですが、この一文は正しいと思われま す。

「財務長官時代に『サマーズに謙遜を求めるのは、マドンナに貞操を期待するようなものである』と評され たように、しばしば言動が高圧的だと批判された」

当たらずとも遠からず、といったところでしょう。 それはさておき、サマーズ氏は学長こそ退任していま すが、いまもハーバードの教授として教鞭をとってお り、その影響力は小さくありません。実名は伏せます が、某大手証券のチーフエコノミストによれば、同社 はサマーズ氏と年間数千万円で顧問契約を結び、米国 のディープな政治、経済情報を入手しているとのこと でした。大なり小なり他社も似たようなことを他社で もやっているでしょう。榊原さんの「160円」発言の 背後にはサマーズ氏の影がちらつきます。

そのサマーズ氏が米国メディアで大注目されたのは 昨年2月でした。

アフターコロナの景気対策としてバイデン政権が 1.9兆ドルの巨額の財政政策を発表した時でした。

サマーズ教授は米ワシントンポスト紙への寄稿で猛 烈に批判したのです。

「通常のリセッション(景気後退)のレベルを超 え、第2次世界大戦時のレベルに近い規模のマクロ経 済対策は、過去一世代に経験することがなかったよう なインフレ圧力を引き起こす可能性がある」

これは凄い。アメリカのインフレ率はコロナの影響 2020年に1.25%まで下落しました。それをうけて 2021年にはさらなる景気対策が求められたのは当然の 流れであり、結果的にみれば2021年は2.26%まで回復 しました。しかしその年の2月時点で「1.9兆ドルの財 政政策」を批判し、サマーズ氏はその後の急激なイン フレを予測し、その政策対応の難しさにも言及してい たのです。

「リセッションを招かずに急激なインフレを抑制す ることはこれまでよりさらに困難ではないかと心配し ている」

まさに米国がいま直面している事態を正確に言い当 てていました。20212月にサマーズ元財務長官から 批判されたイエレン財務長官も黙っていませんでし た。記者会見での発言です。 「十分な規模の積極的な追加経済対策パッケージが実 行されれば、米国は2022年に完全雇用に復帰し得る が、パッケージが不十分であれば、雇用と経済の回復 は遅れる恐れがある」

これはこれで現役閣僚としての当然の責任であり、 雇用を最優先しての決断だと言っているわけです。さ らにイエレン財務長官もインフレリスクを当然、認識 はしていました。

「急激なインフレが起こればそれに対応できる政策

手段がある。しかし景気対策を出し渋れば失業率が 4%(完全雇用)まで下がるのは2025年になる」

新旧財務長官二人のインフレ論争からちょうど1 後、ロシアがウクライナに侵攻。それをきっかけに石 油価格や食料品価格などが急騰。尋常ならざるインフ レ圧力が加わってしまったので、2人の主張の是非を 単純比較することは出来ませんが、個人的にはサマー ズ氏の主張に傾倒します。

今年に入ってからFOMC6月、7月、9月、11月と4 連続で0.75%利上げし、政策金利の誘導目標を3.75% -4%としました。インフレ抑制効果は散見されるもの、人手不足(失業率が最低)がいっこうに収まる気 配はない。こなると12月中旬に予定されているにFOMC の行方が気になります。112日のFOMC終了後、FRBパウエル議長が記者会見で何を語るのかに注目が集ま りました。 112月のFOMCでは引上げ幅が0.5%に縮小するのか? 2金利の最終目標は4.75%なのか?

市場関係者たちはこの2点に聞き耳を立てました。 「パウエル議長は記者会見で、利上げペースを見直す 時期が『到来しつつある』とし、『早ければ次回(12 )もしくは、その次の会合かもしれない』と述べ た。一方で次回会合での政策判断について『まだ何も 決定していない』としたほか、利上げの『一時停止を 考えるのは非常に時期尚早だ』とした」(112日ロ イター)

FRBはこれまでインフレ退治を唯一の目的とし、リ セッション(景気後退)入りも厭わないという姿勢を 貫いてきましたが、112日に発表された声明文には 「景気全体を考慮する」という一文があらたに付け加 えられたことは大きな変化です。イエレン財務長官を はじめ、バイデン政権の意向が強く働いた結果でしょ う。

再度、新旧財務長官によるインフレ論争のなかでの イエレン財務長官の発言を思い出してください。 「急激なインフレが起こればそれに対応できる政策手 段がある。しかし景気対策を出し渋れば失業率が4% (完全雇用)まで下がるのは2025年になる」

いまや米国の失業率は3.5~3.7%で推移しており、 完全雇用状態です。FRBの「金利打ち止め宣言」は12 月なのか、来年に持ち越されるのか。円安の行方もこ の一点にかかってきました。

*=「HARVEYRO221111号」より転載。

*月刊『Voice』新年号(PHP129日発売)に「過剰な 円安を恐れるときは過ぎた」を寄稿します。