株式会社マツモトキヨシ 代表取締役 社長 松本 清雄 氏

本来の「マツキヨ」らしさを取り戻す

財部:
松本社長は取締役に就任する前、現場でずっと仕事をされていますよね。

松本:
そうですね。(入社してから)本社スタッフになるまでが約5年で、そのあと7年で取締役になりました。商品部の方は役員になってもずっと担当していました。

財部:
店長や商品部長の頃が一番楽しかったというコメントを拝見しましたが。

松本:
やったことがすぐに結果に出るので、やはり現場が一番楽しいですね。本部のスタッフになってしまうと、実行してから結果が出るまで待つことになりますが、店舗の場合はその日に売ったもので決まりです。だから自分のやり方さえうまくいけば、その場で数字が出てくるので、やり甲斐があります。

財部:
でも、かつては非常に大きかった店長の裁量が時とともに縮小されていて、またそれを元に戻すような話もされていますよね。

松本:
そうですね。あまりにもきちんとし過ぎてしまい、面白さがなくなってしまったのです。確かにチェーンオペレーションという意味では、コンビニさんのように、どこの店に入っても同じものがあるという店舗作りも1つのやり方でしょう。でもそれは値段が統一化されているので演出の必要は少なく、定番ラインがしっかりしているという前提での話です。ですが、うちのような店では、店頭に出している商品が統一化されてしまったら、あまり面白くないと思います。そうなると、店長も何も考えないで仕事をするようになってしまうのです。言われたものをそこに置き、(指示を現場に)当てはめて作業するのであれば、別に誰が行ってもいいのではないかという話になります。物事をきちんと考えて、「こうしたら売れるのではないか」という個性が出たほうが、マツモトキヨシらしいと思いますね。

財部:
名物店長と手描きのPOPがマツキヨの持ち味でしたね。

松本:
今ではドラッグストアに限らず、手書きで絵を描いたりしながらPOPを作るのは当たり前になりましたが、やはり原点は当社でしたから。その時代にも評価されたものを、なぜうちは印刷物に変え、誰も手で描かなくなってしまったのか。逆に、他の企業は今やっているのですよね。そういうことを考えていくと、本来のマツモトキヨシに戻していく作業も必要なのかと思います。

財部:
確かにドラッグストアはそうでしょうし、本屋さんでも手書きのPOPを見ると、何が基準なのかはわからないものの、少なくとも店長が自分の責任で「これはお勧めです」と言うことには相当な信頼感があります。「ちょっと見てみようか」という気にはさせますよね。

松本:
(同じPOPでも)印刷物と本屋さんの手描きだったら、何となく手書きの方に目が行きますよね。だから(当社は)逆に、チェーンオペレーションをすることによって良い物をどんどんなくしてしまったのかもしれません。

財部:
御社は今年で創業83年目を迎えましたが、創業者であるおじい様(松本清氏)が松戸で事業を始め、1店舗、2店舗と広げられて行く中で大企業になり、トップブランドに成長しました。松本社長は3代目社長として、また大きく見直しをしていくということですが、江戸幕府でも3代目は1番重要な役割を担っていましたね。

松本:
そういわれると責任重大ですが、当社は2代目で一気に伸びているのです。ただ、店舗数が増加したことで効率化を図り、さらに伸びていく中でまた効率化を進め、初心を忘れてしまうこともあったかもしれません。オペレーションがどんどんシステマチックになり、途中から「もう店の人間は考えなくてもいい、言われたことだけやっておけばいい」という方向にどんどん流れていった事実があり、「町のかかりつけ薬局」と言いながら「そこまでシステム化していいのか」という部分も当然ありました。そうなると、売れていた時に1番良い評価を受けたものまでを捨てなければならなくなります。捨てる理由さえわからずに。それは効率化のためなのですが、効率だけで売上が向上するとは思っていませんので。

財部:
松本社長は、どの辺りでそう感じられたのですか。現場担当者や店長、仕入れを経験し、役員になって、どこでそういう潮目の変化を感じられたのでしょうか。

松本:
2005、6年ぐらいでしょうか。業績もそうですし、本部として店舗に通達する指示がどんどん硬くなっていったのは、実際に指示を出している方でもわかります。

財部:
高原さんは2代目ですが、「いつか自分が社長をやらなければならない」ということを認識していて、社長就任までの10年計画を作ってお父様に出したそうです。結果的には5年で社長になったと言っていましたが、松本社長は「いずれ社長になるのだろう」とか、それを前提にして何かをするということにあまり意識は――。

松本:
なかったですね、基本的に45歳までは社長にならないと思っていましたから。高原さんは真面目で、きちんと計画を作り、親御さんと話してという性格ですが、自分はどちらかというとあまり話しをしないタイプです。自分がこの会社の社長をやるなんて、ずっと思っていませんでした。

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財部:
マツモトキヨシに入社された段階では?

松本:
全然思っていないですね。入社後2年間ぐらいはあまり気にかけてもらってなかったですから。

財部:
数ある同族会社の中でも前代未聞ですね。

松本:
マツモトキヨシも、(私が)小さい頃は関東以外では有名でもなく、特に何とも思わずに仕事をしていました。

財部:
では逆に、マツモトキヨシに入社してモチベーションが高くなったということですか。これは面白い仕事だと思えるようになったのは、やはり店長ですか。

松本:
いろいろな仕事を手がけてきた中では現場や商品部、あとは商品開発も面白いですね。

財部:
「もしかしたら社長になってしまうのではないか」というリアリティはいつ頃から出てきたのですか。

松本:
10年ぐらい前ですね。昇進のスピードが少しずつ速くなっていたのです。これはおかしいぞと。昇進や昇格するたびに「私にはまだ早過ぎるので結構です」と断っていました。ところが「駄目だ。」と言われて、どんどやらされてしまった感じです。

財部:
最終的には社長を受けたわけですよね。

松本:
最後はやるしかないのかと。38歳で(社長を)やれと言われ時には「もうやめて下さい」と思いました。

財部:
実際に社長になってみて、いかがでしたか?

松本:
7年間やめていたタバコを吸い始めました。今まで(マツモトキヨシが)やってきたことを壊し(これまでの成功体験にとらわれず、良いことは継続し、改めるべきことは改めること)にかかっているわけですから。私が就任した2011年4月はちょうど東日本大震災の直後でした。「震災の影響もあり、たぶん競合各社も収益は厳しくなるだろう、ここで膿を出してしまおう」と思って取り組んだのですが、結果として、震災の特需が発生し、他社は業績が良くなってしまったのです。今までやめると言ってできなかったことを、ここで一気に断ち切ると言った手前、他社は業績が向上していくのに、自分だけが達成できなかったらどうしようというストレスが大きかったですね。

財部:
その時、従来(マツモトキヨシが)やってきたことで「これはちょっと違うのではないか」というものを変えようという明確な問題意識があり、社長になったらそれをすぐにやろうと思っていたのですね。

松本:
今までの商習慣を変えるために、「これとこれはすぐにやらなければいけない」ということは、ずっと前からわかっていました。すぐに実行できることと時間をかけてやることを考えて、最初にやっておきたいことを最初にやったのです。それが失敗すると間違いなく減収減益になるようなことをやってしまったのですが。

財部:
それは勇気のいることですね。

松本:
そうですね、指示を受ける立場の時は「こんなことはやめてしまえばいいのに」と思っていることでも、その張本人になったらなかなかやめられないものです。

財部:
(社長就任以来)そういうことを続けてこられて2年が経ったわけですが、同業他社の規模も大きくなり、「インターネット販売があるから地場のドラッグストアはもういい」という人たちも結構出てきています。M&Aで(ドラッグストア事業を)売りたいという人も数多くいて、御社や他社でも大型の買収案件も増えている。おそらくインターネットショッピングが普及すれば普及するほど、規模の小さな地場のドラッグストアが事業売却を選択する機会が増えてくると思います。その辺りの戦い方はどうなってくるのでしょうか。

松本:
おっしゃるとおりだと思います。特に大手・中堅の企業で、都心部に店舗が少ないところは、都心の小規模店舗をターゲットにしていこうとするでしょう。

財部:
コンビニは私も注力して見てきた業界なのですが、セブン-イレブンは今年度も過去最高の1600店舗の新規出店を計画しています。一方、ローソンは体力の違いもあると思うのですが、そこには追随しないのですね。それぞれの戦略に結構個性が出てきているような気がしますが、ドラッグストア業界はどうなのですか。

松本:
たぶん企業ごとに目標を発表していると思います。基本的にうちも目標は出しているものの、私はあまりこだわっていません。かなり前になりますが、数を優先して100店舗弱を出店し厳しい店舗を多くつくってしった時期がありました。 要するに数合わせの世界に入ってしまうのです。仮に100店舗を作って3分の1が厳しい店舗だとしたら、30店舗分は無駄なお金ということになってしまいます。目標は100店舗でもいいですが、赤字店を作るのなら意味がなく、黒字店を10店舗でも20店舗でも作らなければなりません。だから数の論理だけで攻めるのはやめよう、という世界になってくるのですよね。

財部:
特に地方への出店はなかなか難しいですよね。

松本:
フランチャイズ展開のコンビ二さんも今はいいかもしれませんが、われわれのように直営を中心に店舗展開をしている商売だと、コスト的に考えますと難しいエリアもあります。

財部:
確かにフランチャイジーとは本質的に違う商売ですね。それから、御社ではネットとの関わり合いについて、どう考えておられますか。家電量販店でもそうですが、ネット販売を無視できなくなってきている一方で、リアルの店舗があります。自己矛盾をはらみつつも、(ネット販売を)やらざるを得ないので、皆がどんどん拡大していますが。