凸版印刷株式会社 代表取締役社長 金子 眞吾 氏

財部:
日本の漫画は、海外でも非常に人気がありますよね。

金子:
はい。実は、われわれも中国で出版社と一緒にコンテンツ配信を行っているのですが、中国ではとにかく海賊版が出回るのが早すぎます。下手をすると発売と同時に海賊版が出るような状態で、セリフもちゃんと訳してあるのです。それをみんなタダでやっていて、向こうのファンは(海賊版を)待ち構えているので、そこにコンテンツ料をもらえません。情報のやり取りがこれだけ自由になったので、放っておくと、日本の読者も海外から、タダでデータをダウンロードできるような時代になってしまいました。

財部:
そういうことを含めて、漫画家の権利をどう守るかが大事になりますね。

金子:
漫画家も、収入がなければ次の作品を描くことができません。それゆえ漫画家がコンテンツをクリエイトしていくうえで、出版社や編集者の然るべき役割があると思います。実際、漫画家には法廷闘争に出て行く時間もスキルもなく、それを誰かが代行してあげなければなりません。その意味で、佐渡島さんがやろうとしている漫画家の代理業ビジネスという機能はもちろん必要です。それから今、電子媒体で、作家や出版社に加え、われわれのようにコンテンツの制作を請け負う人たちが、それぞれどれだけの権利を保有するのかどうかも、まだ決まっていません。

財部:
凸版印刷さんの事業について事前にお話を伺い、頭をかすめたことがあります。凸版印刷さんは環境分野で太陽電池関連部材を手がけられていますが、一般論として、太陽光発電にからむ分野で黒字を出しているところはほとんどないのではないかというぐらい、収益モデルが確立されていません。たしかにエネルギーの多様化は重要で、太陽光はその中でも有望な分野です。ところが中国、韓国、台湾から価格は安いが低効率の太陽光パネルが大量に入ってきて、マーケットが荒らされています。

金子:
そうですね。

財部:
メガソーラーにしても、基本的には補助金や固定価格買取制度でなんとか運用しようというもので、永続モデルとは言い難いと思いますし、最近では価格が割安なシェールガスも登場しました。何か、テクノロジーの進化から生まれたさまざまなものが、ある一時期は良さそうに見えても、新たな技術革新やマーケットのニーズの変化、他の有力な業態の勃興によって、ビジネスモデルとしては良くても、収益モデルとして確立できなくなることが増えてくるのではないでしょうか。その意味で、凸版印刷さんが目指している「トータルソリューション」とは、そういう部分とは関係なしに、いかに収益を上げていくのかという話だと思うのですが。

金子:
おっしゃる通りです。そこをどう読み、過大投資をせずにマーケットに柔軟に対応できる体制をとることが重要だと思います。例えば、設備をすぐに他の用途に転用できるように、設計段階から考慮しておくなどの必要がありますね。太陽光パネル関連では、われわれもバックシート(太陽電池パネルの最背面に使用され、太陽電池セルを長期間保護するフィルム)を製造していますが、一時需要が落ち込んだものの、今後はもう少し復活するでしょう。ところが日本の固定買取価格が、制度開始当初の1kwh当たり42円や2013年度の38円(ともに出力10kw未満の住宅用)だから発電ビジネスが成り立つものの、仮に25円まで下がったら非常に苦しくなります。そこに安価なシェールガスが出て来たら、5年、10年のレンジで見て、採算が厳しくなってくるでしょう。

財部:
はい。

金子:
ところがフィルム技術で、たとえば昭和シェル石油グループのソーラーフロンティアさんが手がけている「CIS技術」(薄膜系太陽電池の中で最も変換効率が高く、主成分に銅、インジウム、セレンを用いる)が、より有望なソリューションになるかもしれません。フィルムの上に太陽電池の層を形成させ、現在主流のシリコン結晶系太陽電池よりも安価に製造することができるからです。(薄膜系太陽電池の)変換効率はシリコン結晶系より低いものの、低コストで太陽光パネルの面積を増やすことができるので、急速に普及する可能性があります。したがって、われわれもシリコン結晶系にこだわることなく、広い意味での技術の進歩とトレンドを見極めながら、太陽光パネル用のバックシートを手がけており、万一これが駄目になったら、すぐに他の用途にシフトするなどの多様性も考慮しています。

財部:
なるほど。

金子:
やはり凸版印刷という会社が面白いのは、文化財のデジタルアーカイブ構築やバーチャルリアリティ化を推進する文化事業をはじめ、お客様の課題を解決するソリューション構築のためのソフトウェア開発、金融機関の店頭業務のデジタル化を推進する「店頭サポートパッケージ」など、さまざまな業務を行っていること。「店頭サポートパッケージ」では、ICキャッシュカードの店頭即時発行を実現するハードウェアまで提供しています。その一方で、素材系メーカーとしての多面性を活かしたマテリアルソリューション事業も展開しています。

財部:
BtoCのウェブサービスも手がけていますよね。

金子:
「shufoo! (シュフー)」(http://www.shufoo.net/)という電子チラシポータルサイトを運営しており、アプリをダウンロードしていただいた皆様に、ご登録いただいたエリア周辺にある流通店舗のチラシを、毎日プッシュ型で配信しています。

財部:
これは地域地域で、動くわけですね。

金子:
新聞の折込みチラシと同じ仕組みで、ご自宅近くのスーパーなどは大体網羅していると思いますよ。また最近、共稼ぎ夫婦が多くなり、奥さんと旦那さんが勤務先近くで落ち合って買い物をしようという時、新聞にはそのエリアのチラシが入ってきません。でも「shufoo!」では、登録したエリアのチラシが毎日配信されます。以前はペーパー中心で、紙のチラシをスキャンして載せていましたが、今では流通などの掲載企業も、電子チラシそのものを作るようになりました。また、お店のタイムセールや特売キャンペーンの1時間前にチラシを打てるので、ちょっと売れ行きの悪い商品を安くして、その日のうちに在庫を捌くこともできます。主婦たちはこれを見て、「今日は4時からタイムセールをやるのか」と店頭に集まってくる。お陰様で、「shufoo!」には毎月約1億ページビュー以上のアクセスがあり、最近ではアクセス数がさらに増えています。

財部:
凸版印刷さんの収益モデルとしては、どういう課金方法になるのですか。

金子:
「shufoo!」では、主婦の皆さんが各店舗のチラシの中から見たいものを選び、実際にそのチラシを見ていただくと、閲覧履歴が記録されるようになっています。ユーザーがチラシを見た回数に応じて、チラシを掲載している企業に従量制で課金するというモデルです。ところが新聞の折込みチラシの場合、企業側は紙代や折込み代を支払い、ある程度の見込み部数を配布しても、実際にどれぐらいの人がチラシを見たのかわかりません。

財部:
でも「shufoo!」だと、チラシが実際にどれだけ読まれているかがわかりますね。

金子:
もっと凄いのは、店舗によっては、チラシ紙面の中で特売情報を発信していますが、それをどれだけのユーザーが見てくれたのかというアクセス数を出し、データを午前中に店舗に戻しているのです。店舗ではそれを見て、「今日はこの特売情報がよく見られているから、この商品を多く仕入れよう」というように、店舗の販売方針を毎日変えています。「shufoo!」では、イトーヨーカドーさんを始め、北海道から九州までの全国約9万店舗のチラシを掲載させていただいています。

財部:
これは、地場の中小スーパーさんも利用しているのですか。

金子:
今までは大手さんだけでしたが、われわれも各エリアで営業をかけているので、地場の流通さんにもどんどん入ってきていただいています。「shufoo!」はチラシを開いてもらっていくらというシステムなので、コスト面でも非常に有利です。最近、新聞の購読者数が減っており、特に20〜40代の若い世代には新聞を取らない人が数多くいますが、そういう若い人たちも、スーパーのチラシに代表される生活情報は確かに見たいと言っているのです。

財部:
こうした多様なソリューションを支える人材を、どう育てているのですか。

金子:
凸版印刷では「全体最適化の視点による、構造改革の遂行」という方針の下で、販売部門における品種別事業部制を発展的に解消し、全品種に対応する営業体制の全国展開を図ってきました。私が全社員に言っているのは「今までは事業部制で、自分の部署しか知らない、よそには興味がない、と思ってきたかもしれないが、それでは『トータルソリューション』という言葉自体が素人の域を出なくなる。凸版印刷の社員は、自社のあらゆる事業を、お客様のところでプレゼンテーションできるくらい勉強しなさい」ということです。

財部:
営業マンが顧客のニーズに合わせて、凸版印刷さんが持つすべての商品やソリューションを提案していくのですね。

金子:
当社の企画部隊は今、全国で1200人ぐらいいます。社内のすべての事柄についてよく理解したうえで、お客様の課題にマッチしたソリューションを提案していくためには、今までマーケティングをやってきた人たち、クリエイティブ/コンテンツを手がけてきた人たち、ITをやってきた人たちを全部一個口にして対応しなければなりません。われわれがこれからやろうとしているセールスプロモーションには、この3つの要素が絶対に欠かせないのです。クリエイティブ/コンテンツは得意でも、マーケティングとITは全然駄目ということになると、もう使えません。だから出身部署は関係なしに、顧客先でこの3要素についてきちんと対応できるプロデューサーが何人育つかがポイントで、ここ10年でようやく人材が育ってきました。IT技術系の出身者でもプロデューサーになり、各種キャンペーンやイベントにおける企画競争の中心として活躍しています。