財部:
結構、新しい作品をご覧になっていますね。
岡本:
それから、こちらは戦後生まれの人が選ぶ洋画ベスト。これがアメリカ映画とヨーロッパ映画です。このノートには、大スターのメアリー・ピックフォードならこれだけ見ているとか、映画監督のアンジェイ・ワイダの作品はどうかということが書いてある。ゴルフはそれほど多くはしないので、ゴルフ場のノートには、あまり赤丸のマークがついていないのですよ(笑)。
財部:
そうですね。ゴルフ場にはあまり丸がついていませんね(笑)。
岡本:
こちらは「神社百選」ですが、このノートを基にして、後日行ったところも多いですね。たとえば静岡県に行った時、どのような町を訪れ、どのお城を回ったか。お寺や神社、博物館、「三保の松原」などの観光地やホテルはどこに行ったのかということを書いています。静岡県に限らずどの県ついても同じことをやっていますが、これが結構重要なのです。足りないところはどんどん行って、ノートを埋めていかなければなりません。これは「歴史散策ノート」の3番目で、日本の城郭について整理したものです。
財部:
そのノートにはどんなことを書いているのですか。
岡本:
これも県別にまとめています。栃木県を例にとると、城郭の場所や宇都宮氏・小山氏・芳賀氏などの所領などを書いておき、自分が行ったところに丸をつけています。今興味を持っているのが、全国に1,085件指定されている国宝。国宝が何時代に作られたのか、年号がわかるものはノートに書き入れ、それぞれがどのジャンルにあたるのかも記入しています。国宝は絵画、彫刻、工芸品、書、考古、建造物に分類されています。このような遊びで作ったノートが5、60冊あるのですが、その中で今日は4冊持ってきました。ただ家族はサムーいと薄気味悪がって見てくれません。ガラクタ呼ばわりするのです。
財部:
すごいですね。岡本会長が、こういうことを一生懸命にやられているのはなぜですか。
岡本:
まずはボケ防止かな(笑)。それから、当社では営業職員が全国に5万人いますから、支社を訪れて話をする時に、その地域のおいしいものや歴史的な特徴を覚えておくと話が弾むのです。これは手で書かないと駄目なのですよ。手で書くと、途中で筆を止めながら「こうかな」と考えることができるのです。私の現場主義に基づく整理学です。
財部:
私も仕事柄、自分で取材している立場ですが、いわゆる現場主義には往々にして誤解があって、単に現場に行けば良いものだと一般的には理解されています。でも本当に大事なのは、現場に行って見聞きしたことを他と比較し、全体の中でどう位置づけるかということなのです。
岡本:
そう思いますね。私が「(全国にある日本生命の)117支社全部を回りたい」と言い出した時、「10支社も回れば感じがわかるから、それぐらいでいいんじゃないですか」との声もありましたが、ちょっと違うんです。「全国の各地域で働いている職員に平等に丁寧に接するには、1支社も残してはいけない。5万人の営業職員と直接会って触れ合うのだ」という思いで全ての支社を回りました。
財部:
「言うは易し」ですが、実行するのは難しいですよね。
岡本:
先ほどのノートでたとえると、「城でも見て回ろうか」と言って始めて、10か所しか回れなくてもそれでいいのです。そのあとに、また回り始めてノートに書いていくと、訪問先が20か所になり50か所になる。100か所ぐらいになった時に、県別あるいは時代別に分けてみたりすると、「ここが足りないから、もっと回ろう」となります。
財部:
ということは、不完全主義で臨んでもいいわけですね(笑)。
岡本:
はい。ノート作りの方法論です。また、それぞれの冊子の役割も重要で、総括版と詳細版をどう重複せずにまとめられるか…。これは試行錯誤ですね。
財部:
これは相当執念を持たないと実践できないことですよね。私も以前、週刊朝日百科『日本の国宝』という小冊子全111冊を全部買ったのですが、結局そのままになってしまいました。今日、このノートを拝見しながら恥ずかしい思いをしたのですが、私も残りの人生の中で何をすべきかという意味で、非常に深い示唆をいただいたような気がします。
岡本:
でも、私のは広く浅いだけなのです。世の中には本当にすごい人がいくらでもいますから、私は幅広く、いろいろな話をする時の参考にしています。いずれにしても、書くことは整理学にもいいのですね。自分の頭を整理したり、お客様や職員と話をする時などに、材料がいくらでも出てきます。デジタルではなくアナログの情報です。アナログの情報は自分でしか作れません。
お客様のために知識と知恵と汗で付加価値を高める
財部:
ところで、「思い出しても恥ずかしい失敗」は「支社長時代、演歌歌手を招いて歌謡ショーを開催。2,000人のお客様の前で挨拶するが、スポットライトを浴びたら頭の中が真っ白」。具体的なお答えですね。その時の様子がよくわかります(笑)。
岡本:
わかりますよね(笑)。
財部:
よくあるのは「大勢のお客さんの前で話して失敗した」という回答ですが、これでははっきり言って状況が全然わからないし、何も伝わりません。観客数が2,000人ですから、これはかなり大きなイベントで、御社の歌謡ショーだから相当有名な歌手が来ていたわけですよね。そういう大舞台でスポットライトを浴びたら頭の中が真っ白になり、しどろもどろで何をしゃべったのか覚えていない。そして失笑の中で袖口に下がる…。そんなことが社長や会長になる人にもあるのだなという驚きと、こういうことを率直かつ具体的に書かれているということで、かえって多くの人に勇気を与えますね。
岡本:
この時は本当にどうしようかと思いました。そこには支社の職員もいて、「支社長がどんな話をするのだろう」と期待しているのです。それなのに、わけのわからないことを話して、最後に「皆さん、今日はありがとうございます」と言うところを「おめでとうございます」と言ってしまったようです。それで皆が笑ったのですが、自分では何を言ったのか覚えてません。後に「おめでとう事件」と命名されてしまいました(笑)。
財部:
私もテレビの生番組などで、失敗をしてはいけないという恐怖感を常に持っています。ですからどんな時でも、ほんのわずかな時間も割いて、相当準備をするのですよ。
岡本:
財部さんでもそうなんですか。失敗はその後の対応が重要ですよね。同じことを繰り返してはいけませんから、準備をきちんとしなければ、ということを学びました。私は各支社に足を運び、営業職員の皆さんを激励していますが、どの支社にも営業職員が400〜600人はいて、その前で話すのです。
財部:
はい。
岡本:
年に1回、全国の営業成績の優秀な職員が1000人ほど集まる表彰式があるので、数年すれば1支社あたり10〜15人の営業職員の名前を覚えます。彼女たちと皆で集合写真を撮っていますから、その写真に名前と支社・営業所名を書いているのです。支社で彼女たちと話をする時、「○○を着ていたね」とか「写真を撮る時、私の隣にいたよね」と声をかけることが重要なのですね。具体的に「この人と私」として接することが少しでもできるように心がけています。また、営業成績優秀者の表彰式には来られないけれども、現場で必死に頑張っている人も沢山いる。各地の支社を回るのは、そのような職員について知ることを目標にしている部分もあるので、たとえば支社の懇親会でテーブルに座る時、「この席にいる人たちを全員覚えよう」と意識するようにしています。
財部:
それもノートになっているのですか。
岡本:
これは「職員ノート」と言って、たとえば平成23年度表彰、平成22年度表彰と、営業成績優秀者の表彰式に来られた方をメモするためのもの。これを見ると、この10年間で誰が何回招待されたか、ということがわかります。それに、その日の衣装がどうだったとか、短い会話内容がどうだったかということもできるだけメモをしています。そういう話題があると、お互いの距離を結構縮めるんですよね。距離が近くなると、経済政策などの少し難しい話でも聞いてくれるようになるのですよ(笑)。
財部:
徹底されていますね。それは話を聞くようになりますよね。
岡本:
はい。たとえば政府が社会保障制度をいろいろ検討する中で、「社会保障と税の一体改革」についてもさまざまな議論をしていますが、一般にはわかりにくいですよね。社会保障制度には、国が行っている公助の部分と、われわれが手がける企業保険という共助の部分があり、また個人が自分でお金を出して行う自助があります。この関係の中で、「私たちは自助と共助を担っている」とか、「自分たちの仕事が日本全体の福利厚生にこう役立っている」と話すと、「そうか、社会保障制度について国が進めている話と、私たちの生命保険営業はこう関係しているのか。われわれは自助の部分で頑張らなければいけない」と納得してくれるのです。
財部:
なるほど。
岡本:
また、「生命保険は将来の安心を提供し、生活の不安を解消することで、個人消費を促す役割(非ケインズ効果)もある」ということを伝えると、「生命保険営業は日本経済の活性化にもつながる」と生命保険営業の意義深さをより一層感じてくれるのです。あるいはリーマンショックと日本生命の資産運用との関係、外債や海外への投資状況などを噛み砕いて話すと、職員も理解してくれますし、中小企業の社長さん方との会話にも役立つものと思います。
財部:
お時間もなくなってきたので、最後の質問に移りたいと思います。「天国で神様にあった時なんて声をかけてほしいですか」という質問に対して、「もっと働け!(天国から戻ってこれるかも・・・)」とお答えですが、これも過去に例のない回答です。多くの方が「よくやった」とか、要するに褒めてもらいたいとか、自分の人生全体をポジティブに受け止めてもらいたいという回答をしていますが、こういうお答えはちょっと異色ですね。
岡本:
私自身も含め、自分を褒めてほしいという気持ちはありますよね。でも私は、会社では職員を褒める立場にあるのです。部下たちは皆、褒めてほしいと思っているし、あるいは叱られることも含めて、私と関わっている部分があります。私の使命は、職員たちとの関係を密にしながら、全職員の付加価値を高めていくことにあるのです。だから、命が惜しい、現世でもっと楽しみたいという気持ちがベースにはありますが、もう1つは職員との関係で私がもっと働かなければならない、という気持ちを込めて「もっと働け!」という表現になりました。
財部:
経営者の覚悟を文学的に表現したら「もっと働け!」となったのですね。
岡本:
「私は最近、経済団体などで新しい仕事をしているけど、そうした分野は全く知識がゼロ。だから今必死に勉強しているんだ」と常日頃から皆に言っています。要するに、日本生命では誰でも全員が勉強するのだよとのメッセージを伝えているつもりなんです。
財部:
そうなんですか。
岡本:
また、生命保険の営業について、「もっともっと知識を増やそう」とか、「知識が増えても知恵・工夫がないと駄目だよ」とか、「汗水たらしている姿はお客様が一番見ているよ」といったこともよく話します。当社では、「すべてはお客様のために」というメッセージを発信し続けていますが、では、私達がそれを実現するために具体的に何をしたらよいのかと言えば、結局は、お客様のために「知識と知恵と汗」を高めるということなのです。
財部:
今日はありがとうございました。