株式会社アドバネクス 代表取締役社長 加藤 雄一 氏

企業理念を一気通貫させる

加藤:
また、我々の経営思想の中にオプション経営というものがあります。以前は「こうやったら社員は幸せなはず」と押し付けていたのを、「社員が何を幸せと感じるかはわからない」という考え方をするようにしました。社員によって、幸せに感じることはそれぞれ違います。しかし、何でも好きなように、というわけには行きません。それで会社として対応できる複数の選択肢を用意して、その中から一番自分の好みに合うことを選んでもらう、という方法です。例えば社員のユニフォームも4色から好きな色を選んでもらうとか、永年勤続のお祝いをいくつか候補の中から選んでもらう、などが判りやすい例です。社内公募やフレックスタイムもオプション経営の一部です。

財部:
はい。

加藤:
例えば新入社員、結婚したての社員、あるいは子供の出来た社員、など人生のステージによって、同じ社員であっても、希望する働き方は同じではありません。社員が自分の好みにあった働き方を選べる職場を提供できれば、元気で明るく、自分の人生と会社の仕事が両立というか一致できるのではないかと思うのです。

財部:
そういった理念で、来客にも飲み物を選んでもらうようにされているのですね。 私は今日、カモミール茶をお願いしましたが、実に美味しく入っていますね。

加藤:
そうですか。ありがとうございます。 人それぞれ好みも異なりますからね。何でもご自由に、とは言えませんが、対応できる事をメニューにしていています。

財部:
今の営業マンのお話も、なるほどと思いましたけれど、頂いた資料を拝見していて、企業理念やミッションを説明した表は驚くべきものだなと思いました。

加藤:
じつは、以前、CI(コーポレートアイデンティティ)について、ものすごく時間をかけて議論をしたことがあります。 合宿までして立派な小冊子もつくりました。本当に素晴らしいものができた、と満足していたのですが、暫くして何も変化が起こらないことに気づきました。何故だろうと見直してみると、あまりにも丁寧に作った文章が長すぎて、ミッションそのものを、社長の私ですら、そらで言えなかった。これではダメです。覚えられる程度の短い言葉に仕上げなくては変化は起こりません。そして、再度議論をして、企業理念やミッションを短い言葉で表すものに作り直しました。そして今は、1つずつ、もう少し具体的に説明した追加の小冊子を作ろうと思っています。

財部:
僕も企業取材をする際に、その会社を理解するために真っ先に経営理念を見てしまうのですが、ある程度こちらも勘が働きます。理念、理念と言いながら、その言葉がどこまで社員に浸透しているのか、経営者本人もどこまで感情移入できているのかと考えてしまいます。

加藤:
まさにそのとおりだと思います。 言っていることとやっていることが違ってはいけないと強く思います。 例えば大事にしたい姿勢で「コアバリュー」としているものがあります。 その中で、主体的に行動することの大切さを説きながら、日頃の仕事では、ああしろこうしろ、と細かすぎる指示を出すリーダーがいたとします。 その人が仮に成果を出したとして、その人を昇格させてしまったら、社内では「あれで良いのだ」となってしまいます。 そうすると「コアバリュー」というのは、ただ紙に書いただけで意味の無いものになってしまいます。 首尾一貫させるという意味では、細かい事で言いますと、当社の工場には「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙がありません。その替わりに「チームメンバーオンリー」にしています。「禁止」というのは指示命令型の言葉です。主体的にそして前向きに行動して欲しいという思いとは正反対の言葉だと思うからです。

財部:
そこまで気を使っているのですか。

加藤:
「顧客満足」というのはほとんどの会社が言っています。でも実態は、顧客満足よりも、自社の利益増大に集中している事が多いのではないでしょうか。 多くの経営会議で、ほとんどが財務データを見ながら成果を中心に、あるいは、それだけを話し合っているのではないでしょうか。私は、それは一番重要なところではないと、思います。それで当社は「お客様の声」から会議に入ります。お客様からこういう風に褒めて頂いたと報告があり、次にこういう風に叱られた、という報告があり意見交換し、最後の最後に目標に対して実績はどうだったかという数字の話になるのです。でも、数字の話は、ほとんど通り過ぎちゃうような感じです。

財部:
非常に筋が通った経営をされていますが、社員に対するディスクローズも徹底されています。 社内報の中でも、「リーマンショックの後は潰れかけた」という話や、関連会社の買収や株を手放した理由など、それこそ関係者だけが知っているような経営の話を、社員に向けて丁寧に説明されているのは驚きました。

加藤:
はい、社内報だけでなく、毎月工場と本社で最新の話題や案件を説明して質疑応答に対応しています。同様に工場と本社で少人数の社員たちと昼食をしながら1時間ぐらい話しをする機会があります。これまで400回ぐらいやりましたか。大勢に語りかけるときには100人とか200人、昼食を取りながらの話は5人から10人くらいを対象にしています。正社員、派遣社員、あるいはパート社員による違いもありません。参加者は、私のツイッターのつぶやきを見て、あれはどういう意味ですか、などと質問されることもありますが事前準備は出来ませんのでいつも真剣勝負です。

財部:
普通、社員が社長に直接質問するなんて機会はないですし、なかなか緊張して本当に聞きたいことは聞けないと思うのですが。

加藤:
それで最初は質問をしてもらうためにサクラを使いました。もし手が上がらなかったら手を挙げてくれるサクラです。でも質問内容は任せますと。そういう習慣を付けていって、今ではサクラじゃない人もどんどん手を挙げるようになりました。サクラのような質問をしたら「もしかしてサクラ?」と聞いて、皆で笑いあったりしています。そうやってバリアを外してフランクに意見交換が出来る環境を作ってきました。

経営危機は大笑いとスキップで凌いだ

財部:
先ほどの話に戻りますが、リーマンショックの後、倒産の危機を感じていたということでしたが。

加藤:
そうです。仕事が半分以下になって、キャッシュフローをみると、あと半年もたない、という感じでした。

財部:
その時の社長ご自身の気持ちといいますか、それをどういう風に立て直していったのかをお伺いしたいのですが。

加藤:
そうですね。 本当に、これは危ないと実感しました。 経営者になって初めてでしたね、いろいろな人に相談しても、楽観的な返事はありませんでした。

財部:
そうだったのですか(笑)。

加藤:
心の支えになってくれた、仲間がいたことはとてもありがたがったのですが、やはり経営者として状況をしっかり把握して「絶対になんとかする」と決断することが大切でした。「なんとかするんだ」と。そのためにはどうしたら良いのか考えました。みんなが青くなっていたら会社はそのまま転げ落ちていくしかないので、元気にしなければいけないと。最悪の環境で会社を元気にするには、社長が元気じゃなきゃいけません。色々なことをした中で、絵も描きました。どういう絵かというと、これは当社のコアバリューを一言で表したものです。「明るく、楽しく、生き生き、夢中に、やったぜ!」。さっきのやったぜコールはこれなのですが、このような絵を3枚ぐらい描いてトイレに貼ったりしました。

財部:
これはいい絵ですね。

加藤:
これは「楽」という字を、こんな風にして飾って、とにかく明るくしなければいけないと思って描きました。もともとこのような趣味があってやったわけではなく、初めて描いたのです。もう1つは七福神と蛙を組み合わせた「七福蛙」というのを描きました。楽しいな、というやつです。

財部:
なぜ絵にしようと思ったのですか。

加藤:
何か楽しそうな雰囲気が得られるようにしたいという思いがありました。営業マンにも明るい服装をするようにすすめたり、みんなで集まって拍手をする機会をたくさんつくりました。それから自分自身を鼓舞するとために、大笑いもしました。笑うとエネルギーが上がるように感じます。だからもう声が枯れるくらい大笑いをしました。

財部:
それは、何も無いのに笑うのですか。

加藤:
はい、何も無いのに笑うのです。でもそれを普通の所でやると社長がおかしくなったと思われます。

財部:
ええ(笑)。

加藤:
ですので、車を一人で運転しているときなどにやるのです。駐車場では自分の車までの間はスキップをしたりしました。スキップをしながら暗くなれません。あと鼻歌を歌いながら暗くなれない。行動によっていつも明るく元気な自分でいる努力をしました。そんな色々な事をした結果、パニックにならなかったのが良かったと思います。普通、平常心とか、人間万事塞翁が馬とか言います。私の部屋にもそれらしき言葉が飾ってあるのですけれど、でも人間、実際にそういう危機に直面するとパニックになるのです。

財部:
人生とは予測できないものだ、なんてしみじみと考えている状況ではないですよね、現実になると。