岡本硝子株式会社 代表取締役社長 岡本 毅 氏

財部:
たとえば、どんなことがありますか。

岡本:
その最たるものは新聞記者の「夜討ち朝駆け」の相手で、自分が受けなければ、記者たちは刑事のところに行ってしまいます。そうなると、彼らは朝もゆっくりできないし、お酒もゆっくり飲めないのです。当時、私は警視正でしたが、垂直的な分業で、階級が警視正だから黒塗りの車に乗るのではなく、自分に与えられた役割がこうだから(役割を果たすために必要なことをやる)という、垂直分業ならぬ水平分業という考えを持っていました。その意味で、警察も会社もやはり、本質的には同じだと思います。

財部:
会社と警察は、どんな面で共通点がありますか。

岡本:
少し象徴的に言うならば、「社長、そんなに偉そうなことを言うなら、自分でガラスを作ってみて下さい」と言われないようにすることと、刑事に「部長、そんな偉そうなことを言うなら、自分で取り調べをしてみて下さい。尾行も張り込みもしてみて下さい」と言われないためにどうするか、という点では全く同じ。傍目にはかなり違うように見えても、実際にそれほどの落差はなかったというのが正直なところです。

財部:
逆に考えれば、警察は、他の官庁よりもノンキャリの数が多いという意味で、社会そのものと言ってもいいかもしれませんね。

岡本:
そうかもしれないですね。私が唯一困ったのは、ビジネスの社会に入ってから、水平目線で話すことができなかったことです。同期18人の間では水平目線で話せましたが、それ以外は常に上か下か、仕事の対象かどうかという人間関係でしたので、非常に困りました。

財部:
その裏返しで、孤立感のようなものはあったのでしょうか。

岡本:
それはありました。今でもありますがね(笑)。とくにオーナー経営者の場合には、皆そうだと思いますが、最初の頃は孤立感が強かったです。そこで同業者の組合などにいろいろと顔を出したのですが、物珍しそうに見られましたね。「なぜガラス屋になったのか」とか「どっちが面白いか」と人に会うたびに聞かれたので、そのうちバックグラウンドをあまり話さないようになってしまったのですが。

財部:
そうですか。世界トップシェアを誇るデンタルミラーやプロジェクター用の反射鏡を始め、岡本硝子さんは今や隆々たる製品を作られていますね。いただいた資料を拝見しても、「21世紀は光の時代だ」というのはまったくその通りだと思います。エコとは、光をどううまく扱うかに大きく関係しているという話ですよね。

岡本:
そうですね。

財部:
そういう意味で、御社は時代の中心にどんどん進んでこられています。当然、そこは誰もがやりたい分野で競争が非常に激しいでしょう。「わが社は開発型で行く」と言うのは簡単ですが、実際に開発先行型でビジネスを行っていくのは、かなり難しいと思います。その点、岡本さんは、どんなところをご自身なりにハンドリングできたと感じられますか。

岡本:
もし、そういうことがあるとしたら、私が技術の素人だったことが大きかったと思います。技術の素人なので先が読めないわけですが、それはトレンド(が読めない)という意味ではなく、(ある技術が)成功するか失敗するかの先読みができないということであり、それが唯一よかった点だと思うのです。

財部:
それはどういうことなのでしょうか。

岡本:
技術者、あるいはこの会社ではなくても、最初からガラス関係の会社に入っている人たちは、「こんな中小企業で、世界で初めての製品開発をやろうというのは無理だ」とか「できるわけがない」と思ってしまう。だから、そこでストップしてしまうわけです。

財部:
ええ。

岡本:
もともと「人間関係以外は不可能なことがない」というのが私の信条です。少なくとも、ターゲットに向かって歩き続けているうちは、可能性はゼロではなく、諦めた時に初めて可能性がゼロになると思います。だから「犬も歩けば棒に当たる」ではないですが、前だろうが後ろだろうが横だろうが、とにかく動き続け、模索し続け、トライし続ける。成功するか失敗するかはその時の運ですが、歩き続けていれば少なくとも可能性はゼロにはならない。そういう思いでやってきたので、「技術的に先が見えないから、やる前から諦める」ということがなかったのだと思います。

財部:
逆に、そういう考えを聞かされた社員の皆さんの方が、最初は戸惑ったのでしょうね。

岡本:
たしかに、「社長はガラスのことがわからないから、そういうことを言っているんだ」という顔をしていましたね(笑)。それで言い訳を考えたり、自分自身に言い聞かせるために「ターゲットに向かって歩き続けているうちは、可能性はゼロではなく、諦めた時に初めて可能性がゼロになる」というようなことを書いたのですが、小さなことでも成功を収めたりすると、その気になってくれるようです。

財部:
はい。

岡本:
最終的に、会社というのは人の集まりだと思うので、「ベクトルが合う」とは言えても、それが交わるとか一つの線になることは絶対にないと私は考えています。ただ、それぞれのベクトルが互いに限りなく平行で、かつ限りなく近づくということはあり得ます。その意味で、すべての社員のベクトルが揃って同じ方向を向き、かつ互いに極限まで近づくことが、会社という組織の理想の形だと思っているので、そこに向かっていくにはどうしたらいいのかということを考え続けています。

財部:
岡本さんは具体的に、社員の皆さんにそういうことをどう促していくのでしょうか。あるいは、その方向にどう導いていくのでしょうか。たとえば一緒にお酒を飲むとか会議でこうするとか、イメージがなかなか湧かないのですが、どういうことをされるのですか。

岡本:
やはり製造業であるからには、現場をよく回るということでしょう。最近それが少なくなっているので反省しているのですが、社長就任当時は、朝7時15分から8時45分頃まで約1時間半、雑巾を持って建屋を回り、手すりを掃除したりしていました。最低3年は続けたと思います。あとは夕方の4時45分から5時15分まで、「今日は誕生日だから早く帰れよ」などと声をかけながら、現場を回りました。当時はまだ100人そこそこの会社でしたから、警察時代からの習慣でもありますが、従業員の奥さんと子供さんの名前から誕生日まで約300人分を全部頭に入れたのです。当社では3交代制を取っていて、ちょうどローテーションがシフトする時間帯でもあるので、従業員一人一人に必ずひとこと言葉を交わすことを目標にして、現場を歩きました。そうするうちに、私は雲の上の人ではないということがわかってもらえるようになった、という感じです。

財部:
なるほど、そういうことだったのですね。

岡本:
変な言い方ですが、あえて自分が馬鹿になるということが大事ではないでしょうか。

「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」

財部:
事前にお答えいただいたこのアンケートでも、あえていろいろな質問をさせていただいていますが、好きな映画に『ブリット』と書かれていたので驚きました。私が最初に見た洋画が『ブリット』だったのです。壮絶なカーチェイスの刑事ものですね。

岡本:
主演のスティーブ・マックイーンも好きでしたし、主人公・ブリットの恋人・キャシー役を務めた女優のジャクリーン・ビセットも好きでした。ですが何よりも、私は親父の影響で小さい頃から車が好きだったものですから、今でもこの映画のDVDがあったらたまに借りますね。主人公のブリットは1968年型のマスタング390GTに、キャシーはポルシェ356に乗っていました。

財部:
そうですか。この辺から、どうも年齢が同じなのではないか思い始めたのですが。

岡本:
私は1955年ですが、財部さんは何年生まれですか。

財部:
私は1956年生まれです。お互いに、同じ文化の中で育ったということを実感しましたね。たとえば「好きな音楽」として挙げられている、このディスコ音楽(笑)。私は、懐メロは聴かない主義だったのですが、最近やはり懐メロも良いかと思って「iPod」で一度聴いたらやめられなくなりました。

岡本:
それも「iPod」や「iPhone」ができてからですよね。かつてのCDやMDの時代は、いちいち(ディスクを)入れ替えながら曲を聴くことは、とてもできませんでした。今はオールディーズやディスコヒッツなどのCDを買ってきては「iPhone」にコピーして聴いています。

財部:
「好きな本」に、百田尚樹さんの『永遠の0』を挙げられていますね。

岡本:
はい。久しぶりに小説らしい小説を読んだと思いました。鹿児島というと、あちらの方の話がよく出てきます。ひとことで言えば特攻隊なのですが、「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」と言っていた腕のいい飛行機乗りが、なぜ特攻隊に志願したのかを、孫の健太郎がずっと調べていくのです。結局、その理由は最後までわからないのですが、それを通して戦争の悲惨さを訴えています。その飛行機乗りは、親や結婚したての奥さんがいるから絶対に生きて戻ると最後まで言っていたのに、特攻隊で死んでしまった。こんな不条理なことはあるだろうかという本ですが、久しぶりにいい本を読んだと思いました。今年の目標は年間40冊を読破することですが、もうすでに26冊まできています。

財部:
今年、そのほかに印象深かった本はありますか。

岡本:
財部さんの前職である金融業界にも若干関係があるのですが、某大手銀行を退職して経済小説を書いている池井戸潤という人の本で、某自動車メーカーのリコール事件を題材にした『空飛ぶタイヤ』という本が面白かったですね。池井戸さんにはほかにも『オレたち花のバブル組み』などの作品がありました。

財部:
とても意外だったのは、今まで読んだ全ての本の中で″Dきな作品が、高校生の時に読んだ五木寛之さんの『青年は荒野をめざす』であるというお答えでした。これは、どういう思いからなのでしょうか。

岡本:
一時期、五木さんに凝りまして、36巻と補1巻からなる黒いボックスに入った黒い装丁の『五木寛之小説全集』を、端から端まで読みました。『青年は荒野をめざす』は少なくとも3回は読みました。同じような内容でしたら、『さらばモスクワ愚連隊』とか北欧を題材にした『ユニコーンの旅』などがありますが、主人公が外国あるいは外に出る話が面白いと思います。警察庁入庁後、留学先にドイツを選んだのも、車好きであることは別にして、これらの作品の影響はかなりありますね。北欧に行ってみたいという思いもあります。

財部:
そういう思いでそれぞれの本を読み、実際に海外で生活をして、つながる部分はあったのでしょうか。

岡本:
「ここが小説に書いてあったあの場所だな」ということなどを思いながら、ヨーロッパで生活しました。ドイツの大学は半年間しかないですから、残りの6カ月はヨーロッパ中を車で回り、2年間で約8万キロ走りました。

財部:
8万キロというのは凄いですね。ある意味で、好奇心が非常に旺盛だと思います。

岡本:
そうですね。今でもそうありたいと常々思っています。

財部:
それを維持するために、どのようなことをしているのですか。

岡本:
まず肉体から衰えるので、最近では加圧トレーニングをしています。またアンケートにも書いたのですが、煙草をやめてから声が少し枯れるようになったので、ボイストレーニングというのを月2回やり出しました。人前で、昔から「社長はぼそぼそものを言うので、話がよくわからない」と言われていたので、体も声も少し鍛えようと思ったのです。お陰様でカラオケが少しうまくなったような気がしています。

財部:
じつは、私の目標もボイストレーニングだったのです。先生をご紹介いただき、トレーニングを始める直前まできています。

岡本:
そうですか。すべての基本になるのは腹式呼吸ですね。腹式呼吸で、「いー」という声を16拍までずっと出し続けるのです。話す時も、息継ぎをしないでどれだけ多くの単語をしゃべることができるかが、ポイントのようですね。