財部:
大西社長は、接客時間の確保からスタッフの数や配置、お客さまが困っている問題をいかに解決していくかということまでを、非常に大きな問題と捉えて語っていますね。私は自分自身の経験上、こういうことがきちんとできている店舗はごく限られていると思います。
大西:
今、財部さんがおっしゃったことが1番大切で、(それが百貨店の)ベースになければいけません。1人のお客さまのライフスタイルや生活観、価値観を、店頭で販売を担当するスタッフがきちんと把握し、どんなものを今日ご提案すればいいのかを真剣に考えていく。そういうことがどれだけできるかということが、百貨店が生き残っていくための最後のポイントだと思いますね。
財部:
でも、「たまには違うものが見たい」と思ってよその百貨店に足を運び、「これはどうですか?」と聞くと、決まり切ったように「お似合いです」と言う答えが返ってくるのです。「そんなわけはないだろう」と言いたくなるのですが(笑)、売らんがためのセールストークではなくて、価値に対しての気づきというか、本物のプロとしてのアドバイスを百貨店に求めたいという思いがありますね。
大西:
おっしゃる通りだと思います。今たまたま『カナーリ』と『コルネリアーニ』の店長さんのことをお話しいただきましたが、各ブランド店の店長はお取引先から派遣されています。一般にブランド店の店長は、幅はありますが、得意客を100人はお持ちです。多い方では400名ぐらいという人もいます。また伊勢丹の「お買場」(「売場」を顧客目線で呼ぶ同社の用語)には、当社の社員である販売責任者が1人いるのですが、2年前からアシスタントを2、3人つけて、お客さまの名前を覚えてもらうようにしており、これを「NYC」と社内で呼んでいるのです。
財部:
NYCとは何の略ですか?
大西:
「お名前を呼べるカスタマー」(笑)。日本語と英語が混ざっているので、あまり良い名前ではありません。お客さまがお見えになり「○△様、いらっしゃいませ」と言った瞬間に、たとえば「その方は前回何を買い、どんなものをお召しになっているか。ここ約1カ月店舗にいらしていないようだから、次はどんなご提案をしたらいいのか」ということを、そのお買場の責任者がきちんと把握して接客しようということです。
財部:
なるほど。
大西:
以前はセールスマネージャーが、お買場にいらしたお客さまの名前すらわからないということもありました。10人や20人程度なら覚えられるかもしれませんが、それ以上の人数になると、普段から自分で接客をしていないとわからないのです。顧客リストを見れば、どの方がどんなお客様なのかはわかりますが、肝心の顔と名前が一致しません。つまり、お客さまの名前を呼ぶということは、顔と名前が一致していて、なおかつ自分がお買場でのおもてなしに関わっていない限り、できないのです。社内では、この「NYC」を1人最低100人のお客さまに対して実施しようとしていますが、なかなかそこまでレベルが上がりません。でも全員がそれをできるようになれば、今おっしゃっていただいたようなトータルなご提案ができますし、自分が担当するブランドなりお買場を越えて接客することができるようになります。それが百貨店としては、1番大事なことだと思いますね。
財部:
そういうもてなしは、おそらく他の業種業態では期待できないでしょう。他業種の店舗を見ても、お客様とそこまで密接な関係を築いていこうという意欲や努力が感じられません。その部分で、百貨店に対する信頼感が、まだ社会として辛うじて残っていると思います。
大西:
そうですね。ワンストップ・ショッピングと言うのは基本的に、その建物の中ですべての商品について買い回りができるということであり、そこが、百貨店が他業種に対して唯一差別化できるポイントだと思うのです。
異なる2社のカルチャーを相乗効果として活かす
財部:
大西社長は2月1日付けで三越伊勢丹ホールディングスの社長も兼任されました。ある意味、三越さんは昔からワンストップ・ショッピングあるいは「おもてなしの心」を大切にしてきた傾向が強い百貨店だと思います。ただ、その対象が固定化されているというか、年配の顧客層が中心というイメージがあり、今後どんどん顧客の年代が上がっていくことを考えれば、従来の強みを見直し、転換を図っていく必要があるのではないでしょうか。
大西:
その通りですね。先にもお話したように、三越では約8割の方が固定客です。普通の百貨店とは違い、お客さまの三越に対するロイヤリティの高さは群を抜いています。これは非常にありがたいことですが、お客さまの年代層が6、70代と高いので、おそらく10年も経てば、この年代層のお客さまが、私どもの店舗に来ていただく頻度は大きく減るでしょう。実際、今も減っていますから、将来も減っていくのは当たり前。それゆえ、新しい顧客を創造していかなければなりません。
財部:
次の世代の三越のお客さまは、どんな人たちになるのでしょうか。
大西:
年配のお客さまたちのご子息、お嬢様がまず頭に浮かぶのですが、それだけでは十分フォローできないと思います。だから別の方々を含めて、新しい顧客創造をしていかなければいけません。3、40代のお客さまをどうやって取り入れていくかということが、1番大きな課題です。そのためには、過去のものを捨てなければならなくなります。その意味で「捨てる勇気」に加えて、先ほど言いましたモチベーションと覚悟が、三越日本橋本店を来年に再開発する時には大事になるだろうと思います。
財部:
三越と伊勢丹が経営統合されると言う話を聞いた時、ここまで文化の違う会社同士が1つになることは珍しいのではないかと思いました。大西社長が伊勢丹立川店の店長を担当されていた時に、統合の話が出たそうですね。
大西:
われわれも驚きました。この件については、社内的には一切話が出ていませんでした。日経新聞の1面に記事が出て、テレビでニュースが流れるまで、われわれもまったく知らなかったのです。
財部:
その時の、率直な第一印象はどんなものでしたか。
大西:
本当にびっくりしたということと、良い悪いは別にして、企業風土の違いが大きな2社が統合するというので、これは大変だと思いました。伊勢丹としては、当社を中心とする共同仕入れ機構である全日本デパートメントストアーズ開発機構(ADO)がありますし、すでに東急百貨店とも提携を進めていて、伊勢丹から同社に社長を派遣していました。そういう中での経営統合でしたから、正直申し上げると、不安の方が一瞬先に立ちました。
財部:
今は逆に、異なる企業風土を1つにしなければならない立場に立たれたわけですが、伊勢丹の立川店長時代の意識や認識と変わったもの、あるいは共通するものはありますか。
大西:
立川店長を勤めながら統合準備委員会に入ることができましたので、私は恵まれていたと思います。2008年3月から2010年5月まで、三越に1年3カ月間出向しましたが、同委員会への参加期間を含めると1年10カ月間、三越との関わりの中で働かせていただいたことになります。われわれから見ると、三越には伊勢丹にはない良いものが数多くあります。その最たるものが、「お帳場客」と言われる素晴らしいお客さまで、ここが三越の原点だと思います。1人のお客さまにとことん尽くし、高いロイヤリティを持っていただくことが、商売の本当の原点だと思いますね。
財部:
三越にはほかに、伊勢丹にはないどんな素晴らしいものがあるのですか。
大西:
ご存知のように、三越は伊勢丹の3倍の歴史がある会社で、お客さまにもそのことが十分に伝わっています。加えて、日本橋のあの恵まれた場所に、ああいう空間、建物があり、その中で百貨店を経営されているということも素晴らしいと思います。日本橋三越本店には劇場があり、また店内で美術展や伝統工芸展を開催すると、国内外からもの凄い作品が集まり、多数のお客さまがそれを見るために訪れます。そういう素晴らしい財産を、グループ内の相乗効果として活かしていくことができればいいですね。
財部:
ある意味で、その大きな第1歩が、2010年9月に増床リモデルオープンした銀座三越に集約されていると思うのですが、同店は今どんな状況ですか。
大西:
銀座三越は、皆さんから「初めて統合効果が現れた店舗」だと言っていただいています。マスコミ等では何となく「伊勢丹色が強い」と言われましたが、同店はもともと銀座三越にいた若い人たちが9割方のプランを作って実現させた店舗なのです。
財部:
そうなんですか。
大西:
増床リモデルオープン後初となる銀座三越の売上高は、約600億円でした。正直申し上げて、銀座四丁目の角地という日本を代表する一等地で600億円というのは少ないと思います。それこそ今後800億円とか1000億円の売上高を達成するためのベースとなる数字にならないと駄目なので、増床リモデル後1年の実績としては、はっきり言って良くも悪くもありません。従来の百貨店の考え方から言えば「可もなく不可もなく」ということでは駄目で、もう1歩上を行く必要があるのです。ですが、お客さまに認知していただいた2年目は、全般的なトレンドとして、プラス5パーセントは増収を見込めると思っていたところ、ここ2、3カ月はそれ以上の高い伸びを維持しています。ここでもう少し頑張って、今申し上げた年間売上高800億円に挑戦するという高い志を持って運営していくべき店舗だと思いますね。
財部:
そのために何をしていくのですか?
大西:
伊勢丹新宿本店の入店客数は年間2500万人を超えており、銀座三越では約2000万人です。入店したお客様の何パーセントが商品を買っていただいたかを示す購買率という数字がありますが、(増床リモデル後の)銀座三越ではその数値が低く、そこに何か問題があるのではないかと思いました。少し専門的な話になりますが、店作りの際には「こういうお客さまに、こういう商品やサービスを提供していこう」という仮説を立てていくわけです。当初、われわれは「銀座三越には伊勢丹新宿本店の顧客層に近いお客さまがかなりいるのではないか」という仮説を立てましたが、事実は違っていました。(増床リモデル後の)銀座三越では、伊勢丹新宿本店に比べて2割ほど平均買上単価が安かったのです。
財部:
銀座と新宿では、実は顧客層がかなり違っていたのですね。
大西:
また、日本を代表する銀座の一等地ということもあり、お客さまのファッション感度の高さを意識して銀座三越をリモデルしたのですが、実は半分以上の方が定番を求めていました。もちろん銀座のお客さまがファッションに興味がないというわけではありませんが、品質やクオリティを重視しているとか、定番で安心して着ることができる衣料品を欲しがる人の方が多かったのです。今後それに合わせてシフトしていけば、現状でも約2000万人の入店客数があるわけですから、今後伸びていく可能性は十分にあると思います。
財部:
そうですね。
大西:
銀座三越をリモデルしてから1年目が過ぎ、いろいろな課題が見えてきましたので、少しずつ修正をしているところです。もう1度仮説を作って新しい店作りをしていきます。今年の上半期については、よほどのことがない限り、売上高は毎月8パーセント台くらいで伸びていくでしょう。伊勢丹と三越が経営統合する前のわれわれにとっては、銀座に店を持つことが憧れでしたから、銀座三越を大事にしていきたいですし、まだ何か(新しいことが)できると思っています。