宮原:
この問題についてもう1つだけ言うと、先の3国間取引による所得について、たとえばブラジルから中国に運んで得た利益はどこで課税するのか、ブラジルか、中国か、と言い出すときりがありません。次いで、同じ船が中国からヨーロッパに(積荷を)運んだ場合にはどうするのかという問題もある。そのため国際ルールでは、外国海運についての課税は、本社の所在国で一本化して行うことになっています。これは海運と航空だけのルールです。
財部:
それは、いつぐらいからなのですか?
宮原:
20年以上前からだと思います。ですから当社の場合も、パナマに船を置くと所得税が安くなるということはなく、本社のある東京国税庁ですべて合算課税されてしまいます。生まれた国が悪かったと言えばそれだけですが、それでは済まないぐらいの差になってきました。
財部:
今のお話を伺っていると、本社をシンガポールに持って行きたいという誘惑に駆られることもあるのではないですか?
宮原:
おっしゃる通り、シンガポール政府のトップの方が毎年ここに来られ、明らかにそういうお誘いはいただいていますが、われわれは日本の産業とともに大きくなってきました。鉄鋼や電力、石油、自動車産業とは、コンビナートや臨海工業地帯をどう造り、船をどうすればコストが下がるかということを、高度成長期からお客様と一緒に研究してきました。たとえば船を大型化したり、自動車だけを一度に約6000台運べる専用船を造ることで、1台当たりの輸送コストを大きく下げました。それがお客様にとっても大変なメリットになり、われわれも「それほど儲からなくてもいい」という考え方で、コストにリーズナブルな適正利潤を乗せた形で10年、15年の長期契約でやらせていただいています。こうした長期契約というコンセプトは日本だけ。諸外国ではこういった連携プレーの発想がありません。
財部:
それは日本ならではの話ですね。
宮原:
海運業はボラティリティ(変動率)が大きく、数年前に非常に上向いた時期もありましたが、今はかなり落ちています。その中で諸外国はずっとやってきたのですが、われわれは「海運マーケットとは関係なく、船の建造コストと運航コストにいくらかのマージンを乗せる、お互いにそれで良いじゃないか」と、鉄鋼会社ともやってきています。だから、これをやめてシンガポールに行ってしまうのは非常に難しいですね。しかし、今のように税制の差が大きいままに行きますと、やむを得ずということが今後出てくるかもしれません。
財部:
今、アジアのことを一所懸命に取材していますが、ASEANではFTAは当たり前。税はなくなるということが前提で、すべての国が(企業)誘致と産業育成を行っています。先日、自動車関係の人の話を聞いて驚いたのですが、2005年頃にタイ国内の自動車生産台数が約40万台だったのが、今は約180万台と4倍以上です。たった5、6年のことですが、タイは自動車立国を掲げて頑張りました。日本メーカーのほとんどが出ており、裾野が広がっていますから、いくらでも増産が可能です。
宮原:
はい。
財部:
台湾に行くとECFA(両岸経済協力枠組協定)、すなわち台中間のFTA(自由貿易協定)が進んでいます。台湾の人たちは「向こう(中国)で生産するとリスクがあるから台湾に工場を造って輸出しましょう。税金はタダです」と。実はさらにその先があって、いまやASEAN内のFTAが進み、車つくるにしても、ある部品はマレーシア、ある部品はインドネシアというように、あちこちでバラバラに作って集めるという「広域フラグメンテーション」が盛んです。そのため、本来は大手メーカーからの要請でやむを得ず外に出てきた中小企業に、いまや隣近所の国からいくらでも注文が来るのです。そういう状況を見ていると、TPP(環太平洋経済連携協定)参加で逡巡しているこの国は、今の話の手前の手前にとどまっている状態で、アジアの競争にもまったくついていけていません。
宮原:
今の財部さんのお話にもう1つ付け加えたいのですが、プラザ合意後、日本の自動車メーカーさんが海外に出て行きました。その進出先はアジアであり、アメリカ、ヨーロッパであり、最後に中国も行きましたが、工場は必ずしも沿海部ではなく、少し内陸に入ったところに立地しています。あるいは電機メーカー、キヤノンさんも同じです。
財部:
そうですね。
宮原:
今までわれわれの商売は、港から港に積荷を運び、港で荷揚げをしておしまいでしたが、待てよ、と。よく見ると、港から内陸の工場までの内陸輸送もあるし、エンジンはこの国から、ブレーキはマレーシアからというように、部品調達も1つのチェーンになっています。これが今後大きなビジネスチャンスになる、そのためにはトラック会社も持とう、倉庫も持たなければならない、ということで当社も陸に上がったのです。陸に上がったのがプラザ合意の後で、今から25年ほど前。そして今年、この陸上物流事業が、郵船ロジスティクスがやっている航空貨物のフォワーダーも一部含めて約4000億円の売上になりました。それからグループ会社の日本貨物航空では、貨物専用のジャンボジェット機を10機持っておりまして、今年やっと7、80億円の黒字になるところまできました。
財部:
ほう。郵船グループが飛行機をもっているとは知りませんでした。
宮原:
ベルリンの壁が崩れたあと市場経済が世界中に広まり、メーカーさんも世界の最適地でモノを作り、製品を最適方法でデリバリーするという需要が生まれました。そこで船だけでは駄目だということで、当社は20年にわたり、非常に積極的に取り組んでいます。こういうことを行っている船会社は、日本にはほかにないですし、世界的に見ても、当社のほかには1、2社しかありません。
財部:
世界的に見ても非常に進んだサービスを展開されているのですね。
宮原:
お客様から見ますと、「当社は船だけ」あるいは「トラックだけ、陸だけです」というのはあまり意味がありません。どんな手段でもいいから、自分の荷物を一番安全に、早く、安く運んでくれる業者が良いわけです。手前味噌な言い方になりますが、日本郵船グループは海でも陸でも空でも、どんな組み合わせでもやれるメニューができてきています。この総合物流事業を、当社の強み・特徴として、もっと高めていきたいですね。
財部:
グローバルな知見がないとできないことですね。
宮原:
中国が良い例で、現地に行けば需要は確かにありますが、地場の業者との競争もあり、従来の日本の姿勢のままでは勝てません。彼らと同じレベルにコストを下げる必要があり、サービスの内容も良くしなければならないということで、ずいぶん時間がかかりました。中国の物流事業もWTOに入った2001年頃から本格的にやり始め、黒字になったのはここ3、4年です。
財部:
黒字になっただけでも凄いと思いますが、海運ビジネスと陸上のビジネスの分野では、文化が大きく違うのではないかと思います。その辺はどうなのでしょうか。
宮原:
確かに違いはあります。苦労もありましたが、やはり良いサービスを荷主さんに提案することで、商売をいただけるということは変わりません。そのために、どういう具合に(サービスを)変えていくのか、改善していくのか、という部分は共通しています。ただし、海運しかやってこなかった人が、年を取ってから、ある日突然「陸上輸送をやれ」と言われてもなかなか難しい。ですから今、若手には、入社後10年のあいだに最初は海運、その次は陸上、3つ目は経理などというように、3カ所ぐらいを経験させるようにしています。
日本の生命線であるシーレーンを脅かす海賊問題
財部:
もう1つ、税制と並び、会長が年初におっしゃっていた海賊の問題も大きいですね。
宮原:
ある意味で、海賊の問題は、スエズ運河が通行不能になるのと同じぐらいのインパクトになりかねません。今、そういう脅威が徐々に増してきています。ソマリア沖のアデン湾という割合狭い場所で、年間で約200回以上、つまり3日に2回は襲撃が起きているわけです。
財部:
そんなに頻繁に、海賊の襲撃があるのですか。
宮原:
彼らは小船に乗って船を襲い、銃を撃ちながら停船を命じ、船に乗り込んできます。すぐに銃を撃ったり殺したりはしません。乗組員を1部屋に缶詰にして身代金の交渉に入ります。身代金を取るのが目的ですが、問題は身代金の額がどんどん上がっていることで、今は数百万ドル、数億円と言われています。小さな会社だと、その額を払うだけで潰れてしまいます。また拘留期間も4〜6カ月程度に長期化しているため、人道上の問題もある。そういうことが、この地区で日常的に起きているのです。悪いことに、去年の夏頃からそのエリアが拡大し、インド洋全体に広がってきています。小船を親船に載せて遠いところまで行って、そこで小船を降ろすのです。
財部:
システム化されていますね、海賊も。
宮原:
彼らは、拿捕した船を親船に使っているので、撃てないのです、中に人質がいますから。そのため海賊が活動する水域が非常に拡大しており、ペルシャ湾の出入口であるホルムズ海峡に近いところまで、海賊が横行し始めています。ホルムズ海峡は幅が2マイルぐらいの狭い場所で、そこをイラクやイラン、UAEなどで原油を積んだタンカーが出入りしています。日本に向けて原油を運ぶタンカーの8割が、そのホルムズ海峡を通っているのです。海賊が奪った身代金のかなりの部分が、アルカイーダなどのテロ組織に回っていると言われていますから、もしそこで(海賊が)テロ組織と結びつくようなことになってくると、安全保障上の大問題になります。
財部:
日本経済にも大きな影響がありますね。
宮原:
中東から欧州に向かうタンカーは、アデン湾を通ってスエズ運河に入り、地中海に抜けます。ところが、「そこは危いので通るのをやめて、距離は遠くてもケープタウン経由で喜望峰を回ろう。航海が何日も余計にかかりコストも上がるが、安全には代えられない」という船が、うちでも増えてきています。そうなると、経済的な問題も非常に大きいですね。